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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第二章 八年前、始まりの日
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戻らない記憶

 このラプェフェブラ大陸の中央にはウィレンツィア王国が存在し、他四国が東西南北に分かれるように配されている。

 そして大陸を分断するようにウィレンツィア王国の南側には世界の尾根、ストレアル山脈が聳え立っていた。そのためストレアル山脈を挟んで北側にドルシグ帝国、ウィレンツィア王国、サンスタシア帝国が存在し、南側にオートレア王国とエダルシア王国が存在している。


 故に北側に位置する国から南側諸国に陸路を使って向かおうとした場合、ストレアル山脈越えが必須となってくる。しかもこのストレアル山脈は標高も高く切り立った絶壁の部分が多く、整備された唯一の登山道以外を踏破してのストレアル山脈越えは現実的ではなかった。

 その唯一の登山道は、ストレアル山脈の比較的標高が低く難所の少ないサンスタシア帝国とエダルシア王国の間に作られていた。何人(なんびと)も、大陸の北側から南側に陸路で向かうためにはこの登山道を通って行くしか方法はない。

 

 そうやって漸く大陸の北側から南側に渡ったとしても、今度はエダルシア王国からオートレア王国へ渡るためには二国の国境となっているマニラナ大河を渡らなければならない。この大河は川幅が二十キリルになる場所もあり、橋など架けられるような大河ではなかった。故に、船を使わないとオートレア王国へは渡れないのだ。


 そのためオートレア王国は、このラプェフェブラ大陸においてストレアル山脈とマニラナ大河に挟まれた、実質陸の孤島のような国だった。


 故に、オートレア王国は自国内で何か問題が起こっても、他国に頼ることが容易ではない。

 天災などに見舞われても、早急に食料の供給であてにできる隣国はエダルシア王国だけであるし、また疫病や伝染病などに罹っても他国からの救助や支援を要請をしている間に国中に蔓延してしまう。

 オートレア王国はそうした厳しい環境下にあったからこそ、自給自足や医療面に特に力を注いで発展してきた歴史があった。今では別名、農業大国、医療大国との異名を持つほど、他国の追随を許さない豊富な資源と医療技術に特化している国であった。



「……」


 急にオートレア王国に行きたいなどと言い出したイリスを、皆が驚愕の眼差しで見つめていた。

 イリスが不用意に国外に出ることさえ危険である今、何故そんな遠い国に行きたいのか、その真意を皆が量りかねていた。

 しかしそんな視線に臆することなく、イリスは真っ直ぐに帝を見つめながらゆっくりと言葉を紡いだ。


「私には、八年前以前の記憶がありません」


 続く言葉を発する前に、イリスは自身を落ち着かせる様に小さく一つ息を吐いた。


「私が……おそらくはウィレンツィア王国の王女であること、けれどそれが確定ではないことを先程父から聞きました」

「えっ?」

「そうなの?」


 イリスの言葉が予想外だったようで、ソファに座っていたリュカとカインは身を乗り出しながら驚いてイリスを見上げた。

 

「……残念ながらね」


 そんな二人に、イリスは申し訳ない気持ちになりながら肩を竦めて力なく笑んだ。


「遺伝子鑑定もドルシグ帝国の妨害があり出来ていなかったことを聞きました。であるならば、これから同じことを試みようとしてもおそらく無理でしょう」

「今更何処からか遺伝子鑑定に使えるような王女の私物が出てくるとも思えないし、ドルシグ帝国に阻まれるだけだろうね」


 帝がイリスの言葉を補いながら話を纏めてくれる。イリスは帝を真っ直ぐに見据えながら、この場にいる面々に向けて自身の想いを伝えた。


「私が先ずすべきことは、記憶を取り戻すことではないかと思うのです。王女であるかもしれないという曖昧なままでは、前に進めない……」


 思い出せない記憶の中にはきっと、王女として生きてきた十年間が存在しているはずなのだ。それが思い出せれば、他の何よりも自分がウィレンツィア王国の王女であるという確たる証拠になる。

 

「私はサンスタシア帝国の騎士です。今の記憶のないままであっても、助力を乞われればどんな処にだって私は助けに向かうでしょう。けれど、それでは違うと思うんです」


 イリスは元々正義感が人一倍あり、困っている人を助けることも護ることも厭うことはない。

 だから記憶がないまま王女として担ぎ上げられたとしても、イリスはそこに困っている人々がいるのであればウィレンツィア王国奪還に協力するだろう。しかしそれでは、サンスタシア帝国の一騎士としてウィレンツィア王国に協力するのと同義だ。


 今のイリスではウィレンツィア王国に対して何の思い入れも感慨も無いのだ。王女としての自覚も自国を取り戻したいという気概も無い。

 そんな自分が王女として、リュカやカインの様に自国を取り戻すために必死になっている人達と同じ気持ちで隣に立てるとは到底思えなかった。

 

「記憶を戻すために、医療大国であるオートレアに行きたいの?」


 今まで黙って話を聞いていたカインが不安そうに訊ねてきた。眉根を下げ口元を歪めるその表情からは、イリスの身が心配だという気持ちがありありと窺える。

 イリスはそんなカインに、大丈夫だということが伝わるように優しく微笑みを返した。

 

「そうだね。医療大国であれば、私の記憶も戻るかもしれないと思ってる」


 ウィレンツィア王国から連れ出された時に高熱を出し、アンナ宅に匿ってもらって目覚めた時にはイリスに一切の記憶はなかった。イリスが記憶を失くしたのは、心因性によるものの可能性が高いと侍医から聴いている。 

 当時ウィレンツィア王国の双子の王子と王女は十歳になったばかりだ。十歳の子供が経験するには過酷な現実を目の当たりにして、心を閉ざしてしまってもおかしくはなかった。


 そこまで思考を巡らせてから、イリスははてと首を傾げた。


「……王女って生きていれば、十八歳でしたよね?」


 話の内容が突然がらりと変わり疑問を口にしたイリスに周囲が付いて行けず呆気に取られる中、帝だけはその質問に何でもないことのように答えた。


「イリスを帝都で匿うにあたって、見た目を変えて生活させていたわけじゃないからね。年齢ぐらいは偽装しようかという話になったんだ。実年齢より二歳下にして君には伝えていたんだよ」


 イリスは琥珀色の髪色に翡翠色の瞳という見た目を変えていない。イリスの色彩はそんなに数は多くなく、加えて翡翠色の瞳というのはウィレンツィア王国王家によく出る色であるとリュカとカインから聞いていた。普通なら変装させて匿うべきだろうが、イリスはこの見た目のまま八年間過ごしてきている。

 黙り込んだイリスが何を考えているかお見通しとばかりに、帝が柔らかく微笑んだ。


「王女は未成年だったため公務などで対外的には顔を見せていないからね。ウィレンツィア王国王女の容姿が分かる人物は少ない。逆に変装させて過ごさせていたのならば、どうして自分は変装して暮らしているのかってイリス自身が疑念を持っただろう?……まぁ今回、それが裏目に出てエルヴィン皇子には気付かれてしまうことにはなったけれどね」


 確かに変装させられて過ごしていたのならば、イリスはずっと疑念を抱いていたことだろう。

 そのため変装は諦めて年齢だけは変えていたというが、周囲の人から見て二歳など誤差の範囲だろう。あまり意味がなかったのではないかと思われた。

 だがそんなイリスの疑問を、続く帝の言葉が払拭した。


「騎士団に入れるのは十三歳からだからね。帝都に着いてすぐ、記憶が無いのに剣を覚えたいと言い出したイリスに、少しでも多くの時間を与えたかったんだ」


 帝の真っ直ぐな瞳に見つめられ、思わずイリスは目を逸らした。

 戦禍のウィレンツィア王国から逃がしてくれただけでなく、それからずっと父であるアイザックや帝をはじめとするサンスタシア帝国に護られていたのだと、イリスは改めて実感していた。


 帝の言う通り、イリスは帝都に着いてすぐアイザックに頼み込んで剣を教わっていた。

 二歳年齢を偽ったことで、イリスはアイザックの元で五年の鍛錬を積むことが出来ていた。十三歳で騎士団に入団した頃には、イリスは他の騎士と対等に渡り合えるぐらいの実力を有していた。

 軍総司令官を父に持ちその上女性であるイリスが騎士団で苦労しないための時間だったのだろう。


(私はずっと、護られっぱなしだったんだな)

 

 イリスは自分のことを、強いと思っていた。無論、今では他国にもその名を知られるほどの実力があることからも、それは事実ではある。

 しかし実際は、このサンスタシア帝国にずっと大事に護られていたのだ。イリスはそうした真実を聞かされ、そんなことは露知らず驕っていた自分を恥じた。


 そんなイリスに苦笑しながら、帝は尚も優しく声を掛けた。


「イリス……。イリスはウィレンツィア王国王女であると同時に、今までも、そしてこれからもサンスタシア帝国の騎士なのだろう?国の騎士を大事に思い護ることは、私にとっては当たり前のことだよ」


 その言葉に、イリスはその場に膝を付くと、帝に向かって騎士の礼を取った。


「帝、今まで私を保護し大事に護って下さっていたこと、感謝致します。そしてこれからも……私を助けて下さいますか」


 イリスが顔をあげ、目の前に座る帝を真っ直ぐに見つめた。帝は目を逸らさずにイリスを見つめ返すと、青空のような澄み切ったその碧眼を細めた。


「勿論だよ。君の為に尽力することを誓おう。だが……」


 そこで言葉を区切った帝は、イリスに向かって片方の口角だけを上げて意地悪く笑って見せた。


「先程も言ったが、国賓を跪かせている状況も国際問題になりかねないので、座っていただけるかな?」


 愉しそうに笑いながら告げる帝に苦笑しつつ、イリスは礼を取って漸くソファに腰を下ろすと帝に向き直った。


「オートレア王国に向かうにあたり、余暇をいただきたいと思っています。職務に穴を開けてしまうことになります。申し訳ありません」

「いや、それは構わない。しかし、君を一人で行かせるわけにはいかない。護衛は付けさせてもらうよ」


 イリスは驚いて言葉に詰まってしまった。護衛をつけられるとなると、その護衛にも長くサンスタシア帝国を離れさせることになってしまう。

 オートレア王国に陸路を使って向かうとなると、どんなに早くても数か月はかかる。戻ってくるとなるとその倍の日数がかかるのだ。


 陸路を使わず、貿易船などを利用して海路を移動する方法もなくはないのだが、これには色々と制約があった。

 海路が他国へ移動できる手段として使えるとなると、戦争などにおいて利用される可能性があるためだ。なので、海路は一般の民がおいそれと気軽に使えるものではなく、国としても勝手に船を出すことは出来ない。その国の許可や相手国の許可なども必要になり、非常に手間と時間がかかるものだった。


 またドルシグ帝国の動きが今まで以上に活発になってくる可能性もある。むしろイリスを直接狙ってくる可能性も高い。

 護衛がイリスと一緒にいることで危険に晒されることもあるだろうし、何よりドルシグ帝国を警戒していかなければならないこの時期に、自分一人に他の騎士の時間を割いてもらうのが申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 イリスがどう答えるべきか迷い黙していると、今まで黙ってイリスの後ろに控えていたレオンとロイがソファの横に一歩進み出た。


「と、言うことで。イリスには護衛として、レオンとロイが就くから」

「えっ!」


 イリスが慌てて二人を仰ぎ見るが、レオンとロイは当然とばかりに帝の宣言に騎士の礼を取って応えている。

 おそらく、最初に二人が執務室に呼ばれていたのはこの護衛の打診についてだったのだろう。その時点で話がついているとなるともうイリスが何を言っても決定は覆らない。イリスは申し訳なさでがっくりと肩を落とした。 

 しかしそんなイリスとは対照的に、その話を聴いて嬉しそうな声をあげた者がいた。カインだ。


「わぁ嬉しい!じゃあこの前みたいに、これからはイリスとレオンとロイの三人とまた一緒に行けるんだね」

「えっ?」


 何故イリスの記憶を戻す旅に、当然のようにリュカとカインも同行することになっているのだろうか。

 イリスが早く何か言ってカインの考えを改めさせなければと思っているうちに、向かいに座っている帝がニッコリと意味深な笑みを深めた。


「カイン、残念だけれど君はオートレア王国には一緒に行けない。ここでお留守番だ」

「は?」

「え?」


 驚いて疑問の声をあげたリュカとカインが、同時に帝を見た。

 そこには笑顔をたたえているものの目が全く笑っていず、何かを企んでいることがありありと見てとれるテオドール帝の笑顔があった。 






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