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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第一章 回り始める運命の歯車
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邂逅

 草原に生い茂る草花を揺らして一陣の風が吹き抜けていく。イリスとドルシグ兵との間には沈黙が流れ、周囲の物音は掻き消されたかのように静寂が辺りを支配していた。


 剣を構えながら、イリスは自身の後ろで未だに座り込んだまま動けない青年の様子を窺う。見たところ足に怪我も負っているようで、青年を庇いながらの戦闘となると少々分が悪い。


 だがイリスが何かしら策を練る前に、眼前いた兵士の一人が剣を振り上げこちらに一歩を踏み出してきていた。


(仕方がない!)


 ここはまだどこの国にも属していない無主地であり帝国領土内ではない。帝国領土内で他国の者と戦闘になれば平和条約に抵触することになり国際問題へと発展しかねないが、今回はそれには当たらないだろうとイリスは算段を付ける。

 仮にドルシグ帝国が何か言ってきたとしても、そちら側が先に手を出したのだから正当防衛だと主張できるはずだ。


 イリスは腰を落として瞬時にフラッデルを発進させると、相手に向かって真っすぐに構えた剣でその腹を突き刺した。


「……え?」


 それは誰の声だったのか。刺された兵士か、その両脇にいる他二人の兵士のどちらかか、はたまたイリスの後ろで座り込んで動けない青年か。


 短い沈黙の後、イリスの頭上で刺された兵士が僅かに呻き声をあげたのを耳にして、イリスは思わず兵士の顔を見上げた。

 痛みを耐えるように歪んだ表情を見て、イリスの胸には僅かに動揺が走る。


(臓器は避けて真っ直ぐに刺したから、すぐに適切な処置を施せば死には至らないだろうけれど)


 ともすると敵に対しての心配が顔にも出てしまいそうになり、イリスは慌てて表情を引き締め直した。

 一つ短く息を吐いて背筋を伸ばすと、毅然とした態度で告げる。


「言ったはずだ。ここで争うならば、容赦はしない」


 相手に剣を向けた以上、そこからは命のやり取りとなる。イリスはサンスタシア帝国の騎士として、自国を脅かそうとする存在を許すわけにはいかなかった。


 イリスは右足の踵でペダルを操作しフラッデルを後ろに後退させ兵士の身体から剣を引き抜くと、相手との間に距離を取った。


(もう少し離れたいところだけれど)


 ちらりと視線を向けて、未だにその場から動けない様子の青年を見遣る。あと残る兵士は二人。この距離のままでは青年も戦闘に巻き込んでしまいかねない。

 イリスはドルシグ兵から視線を逸らすことなく、後ろに向かって声を掛けた。


「とりあえず城の方角に向かって走るんだ!」

「へっ?」


 突然声を掛けられたことに驚いたのか、後ろから素っ頓狂な返事が返ってくる。だがイリスはそれに構うことなく続けた。


「走って帝国領に入るんだ」


 戸惑う青年に疑問や反論を挟む余地を与えず、次の瞬間イリスはドルシグ兵に向かってフラッデルを再び発進させた。


「!!」


 元々それほどなかった距離が一瞬で縮まる。ドルシグ兵も反射的に剣を構えたが、剣が届く間合いの直前までくると、イリスはフラッデルを垂直に立てて兵士の目の前で真上に上昇した。


 予想外の動きに呆気に取られているドルシグ兵を視界の端に捉え、イリスは兵士の頭上を越えると今度は身体を縦に回転させる。左手でフラッデルの先端を掴んで落ちないようにしながら空中で逆さ吊りの姿勢になりドルシグ兵の背後に回り込むと、兵士が振り返る前にその背中に切り込んだ。


「ぐあっ」

 

 切られた兵士が草原の柔らかな草の上に呻き声をあげながら倒れ込む。生命に危険が及ぶ程ではないが深い傷だ。もう立ち向かってはこられないだろう。

 

「このっ!」


 相手も手練れの兵士だ。イリスの想定外の動きに最初こそ驚きが勝っていたが、他二人がやられたのを見て残った兵士は気を持ち直すとすぐさま切り掛かって来た。

 イリスは逆立ちの状態のままで地面に片手を付き、フラッデルを振り下ろされた剣に向けて横向きに掲げ、盾の様にしてその剣を受けた。

 ガキンッ、という金属同士がぶつかり合う音がその場に響く。意表を突いた防御に驚き兵士がよろめいた隙に、イリスはその場で宙返りをし体勢を立て直すと兵士の足を目がけて剣を振るった。


「ぐぅっ」


 脚を深く切られ立っていることが出来ずに、呻き声と共に兵士がその場に膝を付く。


「……すげぇ」


 ふと、逃げるように指示したはずの青年の声が耳に届き、イリスはそちらに僅かに視線を向けた。


(なんでまだそこに?)

 

 逃げるよう指示したにも関わらず、先刻と変わらずその場に座り込んでいる姿が視界の端に映る。


(追われていたし怪我もしているから、もう身体が動かないの?でも……)


 もう逃げる体力が残っていないのか、戦闘を目の当たりにして驚いているのかは分からなかったが、青年が動けない以上このまま戦うしかない。だが、幸い動ける敵は後一人。ここにそのまま青年が居ても倒すことは出来るだろうとイリスは考えを巡らせる。


「!?」


 再びフラッデルを発進させようとしたまさにその時、目の前の敵とは別の気配を感じてイリスは視線を森の方に向けた。


 西へ伸びる街道の森の入り口に、毛並みの良い黒馬に乗った人物と、その人物に追従するように軍馬に騎乗しドルシグ帝国の茶色の軍服に身を包んだ兵士が数名見えた。


「……っ!」


 一瞬にして、身体が凍り付くような感覚に襲われる。 

 イリスは黒馬に乗るその人物が放つ気配に怯みそうになるのをぐっと堪え、視線を外さず真っ直ぐに見つめ返し剣を構えた。


 闇のような漆黒をした長髪が風に靡いている。身体付きを見れば武人であることは一目瞭然だが、どことなく上品さを感じさせる佇まいだった。

 だが、髪と同じく漆黒をした双眸は仄暗く揺らめいており、計り知れない恐ろしさをイリスに感じさせた。


「……どうしたんだ?……!!」


 今までの戦闘が嘘のように突然イリスの動きが止まったことを訝しみ、後ろに居た青年が恐る恐る立ち上がると声を掛けてきた。


 立ち上がった青年はイリスの顔を覗き込んだ後、イリスが何処かを見ているのを見て視線の先を辿る。そしてその視線の先にいる人物を見て、青年は驚愕の表情を浮かべ息を呑んだ。


「……あいつ、誰なの?」


 青年の反応から知っている人物なのだと判断し、イリスは青年に視線を向ける。

 青年はこちらが心配になる程顔面蒼白で、蛇に睨まれた蛙のようにその人物から視線を外すことができず前を見据えたまま震えていた。


 やがて、独り言のようなか細い声がイリスの耳に届く。


「……ドルシグ帝国第三皇子、エルヴィン」

「!!」


 想定外の返答にイリスは驚きを隠せず、森の入り口に佇む人物、エルヴィン皇子を振り返った。

 相変わらず優雅に騎乗し口角を上げたその表情に、剣を握るイリスの手が小刻みに震える。


「あれが……」


 その時、胸に去来した思いは何だったのか。

 憎悪、憤り、焦燥……。身体中が震える程に湧き上がる抱えきれない想いに支配されていくのが分かる。

 何故こんな感情に囚われるのか分からない。けれど、イリスの全身全霊が目の前の人物が敵だと告げていた。


 イリスは自身を落ち着けるように深く息を吐くと、目の前の敵を真っ直ぐに見据え剣を構え直した。






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