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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第二章 八年前、始まりの日
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混乱の執務室

 一通りの話を終えたイリスは、アンナに別れを告げアイザックと共に客室を後にした。


 アイザックによると、アンナは少なくともドルシグ帝国の動きが活発なうちはロードベルク城のこの客室で保護するとのことだった。

 アンナの身の安全が保障されることに安堵したイリスは、この後騎士団本部に戻るというアイザックとも途中で別れ、自身は機密文書室へと向かっていた。

 

(きっと、皆心配してる)


 自然と足が速まり気持ちも急いていたのだが、いざ機密文書室の扉を前にしその把手に手を掛けた途端、イリスの手は止まった。


(……何て言って、戻るべき?)


 部屋を出る前の会話から、皆イリスこそがウィレンツィア王国の王女だと思っているはずだ。イリスはまさにそのことを聴くためにアイザックとアンナの元に行ったのだから、イリスはその結果を知っているはずだと思っていることだろう。

 だが正確には、イリスがウィレンツィア王国の王女だと確定したわけではない。


(どう、思われるのかな……)


 そうは言っても、状況的に見てイリスがウィレンツィア王国の王女でほぼ確定ではある。

 その事実に対して、レオンとロイはどういう反応をするのだろうか。騎士として同じ部隊に所属しこれまで共に仕事をしてきたが、これからはこの関係性がどうなるのかが心配だった。

 リュカとカインは探し人が見つかったのだ、きっと喜ぶことだろう。けれどそのことを、心の何処かでイリスは素直に喜べてはいなかった。


 把手に手を掛けたまま、暫しの時間が過ぎる。けれどこれ以上考えても答えは出ないと、イリスは勢いのままに扉を開いた。


「っ、ただいま」


 思いの外大きな声が出てしまい少し慌てる。室内にいたリュカとカインは、突然扉が開いたことに驚いた。


「おっ、おう!……焦った。おかえり」

「っ!びっくりしたぁ。イリスおかえり。大丈夫だった?」


 扉の前で暫し考え込んでいたせいで、イリスは扉を開ける際にノックをするのを失念してしまっていた。


「あ、ノックもしなかったね、……ごめん」


 機密文書室内に歩を進め周囲を見回す。そこにいたのはリュカとカインの二人だけで、レオンとロイの姿はすでになかった。当然と言えば当然だ。二人共こんな所でイリスの帰りを待っていられる程暇ではない。きっと仕事に戻ったのだろう。

 先程部屋を出た時同様、リュカとカインは窓際の閲覧用の机に座っていたのだが、部屋に入ってきたイリスを見てリュカが椅子から立ち上がった。


「さっき別な騎士が来てさ、伝言預かってるんだ。イリスが親父さんとの話が終わって戻ってきたら、皇帝陛下が話があるから執務室に皆で来いってさ」


 このタイミングでする話とは大方イリスのことと今後のことだろう。

 リュカの隣の椅子に座っていたカインが椅子からピョンと床に飛び降りると、座っていた椅子を机の下に戻しながら付け加えた。


「レオンとロイは先に呼ばれてもう行ってるんだ。だから、僕達も早く行こう」

「……そっか。分かった」


 見ると、閲覧用の長机の上はすでに綺麗に片付けられていた。イリスが機密文書室を出る前の話で、もうリュカとカインはサンスタシア帝国民の国民台帳を調べる必要がなくなったと判断したのだろう。

 国民台帳は元の棚に戻されており、最初にこの部屋を訪れた時と同じように机の上は何もなく整然としていた。


「……じゃあ、行こうか」


 イリスを先頭に、帝の執務室へと三人で向かう。

 きっと聞きたいことも確かめたいことも沢山あるだろうに、執務室へ向かう道中、リュカとカインはイリスに何も言わなかった。寧ろ何の雑談もなく、ただ黙って三人で歩を進めていた。


(リュカとカインは、どう思っているのかな)


 この八年間、国を奪われて尚決起することなくその姿をくらませ、安穏と生きてきた生き残りの王族のことを、革命軍やウィレンツィア王国民はどう思うのだろうか。

 真実としては、イリスは記憶を失っていて自分がウィレンツィア王国の王女だという自覚もなく生きてきていた。だから奪われた国のことを顧みることが出来なくても仕方がないと言えばそうなのだが、周囲がそう思ってくれるとは限らないだろう。

 

 そんなことを考えながら歩いていたら、目的の部屋の前に着いていた。

 イリスが扉の中に向かって声を掛ける。中から了承の声が返ってきたことを確認して、執務室を護る衛兵が扉に手を掛けた。けれど衛兵が開ける前に、扉は内側からゆっくりと開け放たれた。

 見ると、内側から扉を開けたのはロイだった。その隣にはレオンの姿もある。そして部屋の奥の執務机にはこの部屋の主である帝が座しており、隣には宰相の姿もあった。


「思ったより遅かったね。親子の語らいは十分にできたということかな」


 帝は執務机から立ち上がると、部屋の右側に配された応接用のソファに向かい腰を下ろした。


「掛けなさい。ちょっとこれからの話をしよう」


 促されるままにリュカとカインが帝の向かい側のソファに腰を下ろす。しかしイリスは、そのソファの後ろに控えたレオンとロイと並んで立とうとしたところを、帝に制された。


「今日はイリスに話があるんだ。不敬には問わないから座るように」

「いえ、私はこのままでも……」

「では、言い方を変えよう」


 固辞しようとしたイリスの言葉に被せるように帝が言葉を発する。帝はその端整な顔立ちに不釣り合いな意地の悪い笑みを浮かべると、イリスをその透き通るような碧眼で見つめた。


 こういう顔をする時の帝はいつも周囲を困らせるような無理難題を言うのだ。

 例えば、隣国との境にしか咲かない幻の花が咲くかもしれないという情報を掴んだから調べてきて欲しいだとか、今まで不治の病だった症状に対して新薬を開発したからその病の人に臨床試験をして欲しいだとかだ。

 しかしその無理難題の横暴さは表面上の話でしかない。真実は、どうしても休暇が取れず病床の親元に帰れない騎士が自宅近くに行く為に課した任務だったり、不治の病に苦しむ恋人を持つ侍従に臨床試験と称して無償で薬を投薬させてくれたりしているのを、帝が自身の我儘として通しているのだ。

 こうした帝の行いが、臣下に慕われる一端でもあった。無論、政治的な手腕も群を抜いているのだが。


 イリスは自分にどんな言葉が投げかけられても、その言葉の真意を掴もうと身構えていた。

 しかしそれでも、発せられた言葉にイリスは目を見開き身を固くしてしまった。


「国賓をこのような場所でお迎えしているだけでもいたたまれないというのに、更に立たせておくことなどできかねます。座っていただけないでしょうか」


 帝はこちらを一瞥すると改まった口調で告げた。国賓とは勿論リュカとカインの事ではないだろう。

 その一言で察する。帝は今この時から、イリスをウィレンツィア王国王女として扱うという一種の決別だった。

 イリスは帝と視線を合わせていられず、目を逸らすと俯いてしまっていた。


 勿論イリスが真実を知った今、王女として扱うのは当然かもしれない。けれど、この変わりようがイリスには到底受け入れられなかった。

 帝から「もうサンスタシア帝国の者じゃない」と壁を作られ突き放された気がした。


(でも、私は……)

 

 何か反論しなければと顔をあげると、帝は相変わらずその碧眼の双眸でイリスを見つめていた。目が合うと、僅かにその目が細まる。

 その穏やかな表情に、イリスはあることに気付いた。


「……もう私は、帝の騎士ではない、という事ですか?」

「君は君の真実を知ったのだろう?君がこのサンスタシア帝国とは何の関係もないという事を」


(……やっぱりそうだ)


 帝はおそらく、今まで記憶が無いどこの誰とも分からない人物を保護していただけ。という事実を作ることで、ウィレンツィア王国王女とサンスタシア帝国とは何の関係もなかったことにしようとしてくれているのだ。


 イリスの真実を知っている上で保護していたとなれば、ドルシグ帝国が今後どう出てくるか分からない。サンスタシア帝国とドルシグ帝国の確執を生まず、イリスが気に病むことがないように突き放してくれているのだろう。

 

(だけど……私は)


 先程アイザックとアンナをイリスは突き放そうとしたが、二人は困らされたっていいと言って一緒に困難に巻き込まれることを了承してくれた。

 本当ならイリスはサンスタシア帝国を危険に巻き込みたくはない。この気持ちこそが本心だ。しかし、だからと言ってここで決別できる程サンスタシア帝国という国に思い入れがないわけでもなかった。

 それならば、我儘かもしれないし無謀かもしれないが、それでもイリスはウィレンツィア王国王女としての自分を受け入れながら、サンスタシア帝国騎士としてサンスタシア帝国も大事にしたかった。


 イリスは真っ直ぐに帝を見つめると、先程アイザックに言ってもらって嬉しかった言葉を引用して自身の気持ちを伝えた。


「帝がいいと言って下さるのなら、私は今までも、これからも、そしてこの先ずっと、サンスタシア帝国に……帝に忠誠を誓う騎士です」


 イリスの言葉に一瞬驚いたように目を見開いた帝だったが、我に返ると声を出して笑い始めた。


「はははっ。まさか、そうくるとはね。イリスには敵わないよ。それとも……そんな話を父娘でしたのかな」


 笑いを何とか堪えようとしながら、察しのいい帝が探りを入れてくる。イリスはそれには答えずに「どうでしょうか」と曖昧に返しておいた。

 これからどうするのが正解か分からない。けれどイリスは、ウィレンツィア王国を取り戻すことに協力しながらも、サンスタシア帝国も守ってみせると固く決意していた。


「やっぱり力づくでも、アイザックもこの場に連れてくれば良かったよ。当事者だから本当は来るように言ったんだけどね。ドルシグ帝国の動きを把握しておきたいって騎士団本部に行くって聞かなくて」


 くくくっと喉の奥で笑いながら、帝が付け加える。


「あの冷静沈着なアイザックが、娘の事になると必死すぎて驚くよ」


 ひとしきり笑った後、帝は両手を組んだ膝の上に乗せると一瞬でその雰囲気を一変させイリスをひたと見つめた。


「本当は、我が国を巻き込まないように動くであろうイリスに、どうやって今後協力していこうかと思案していたところだったんだ。まさかイリスが、今後もサンスタシア帝国の騎士として忠誠を誓ってくれるとは夢にも思わなくてね」

「……ご期待に添えず、申し訳ありません」

「いや、こちらとしては嬉しい限りだよ」

 

 帝が自身の後方に控える老齢の宰相を振り返る。視線を向けられ、宰相のジェラルドが僅かに頷いて同意を表した。きっと宰相と二人、ありとあらゆる想定をし今後について検討してくれていたのだろう。

 

「だから突き放した方がイリスが動きやすいと思ったんだが、そうではないのなら話は早い」


 帝が宰相から視線をイリスに戻したところで、イリスは今の正直な気持ちを伝えた。


「正直に言えば、巻き込みたくはないです。サンスタシア帝国にも一切ドルシグ帝国を近付けたくない。……それならば、ウィレンツィア王国に協力して元凶を叩くだけです」

「そうだね。そのための今後の方策を共に考えようか。……では私の忠実な騎士は、これからどうしたいのか聞いてもいいかな」


 帝が射貫くような視線で、イリスを試すような質問を投げかけてくる。だがそれに怯むことなく、イリスは帝を真っ直ぐに見つめ返すとゆっくりと口を開いた。


「私は……オートレア王国に行きたいと思っています」


「は?」

「え?」


 今まで黙ってイリスと帝の話を聞いていたリュカとカインが、イリスを見上げて同時に疑問の声を上げた。イリスの向かい側にいる帝と宰相も、目を見開いて驚いている。イリスの隣に立ち並んで控えていたレオンとロイからも、視線が集まったのが分かった。


 誰もがイリスの真意を量りかね、次に続くイリスの言葉を固唾を呑んで見守っていた。






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