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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第二章 八年前、始まりの日
34/96

遭逢

『……どういうことだ』

 

 予定の見張りの時間よりも数刻早く部下であるティムに叩き起こされたアイザックは、部下の只ならぬ様子から事態の重さを理解し、直ぐに寝台から飛び起き傍に置いていた剣を握ると宿屋の外へと駆け出た。


 ウィレンツィア王国が誇るエストラル城は後方を世界の尾根たるストレアル山脈に囲まれており、王都は城から扇状に広がるように造られている。

 そのエストラル城は近くの採掘場から採れる白みを帯びた石が主に材料として使われており、何百年も前に建てられたとは思えないほど美しい白亜の城だった。

 その城の裏手の方から、真っ赤な炎が立ち昇っているのが見える。深夜だというのに昼間のように周囲を照らしながら煌々と炎が燃え盛っており、白亜のエストラル城を怪しく浮かび上がらせていた。


 城からだいぶ距離があるアイザックが滞在しているこの宿にも、城の方から微かに風に乗って怒号や喧騒が聴こえてきている。城で何かがあったのは明らかだ。


 そして周囲の住宅からも何かしらの違和感を感じて家から出てきたり窓から顔を出し始めた王都民が、城の惨状を目にして悲鳴をあげたり叫び声をあげだす。城から距離を取ろうと着の身着のまま王都の外へ向かって走り出す人も現れ、辺りは一瞬にして騒然となった。


『ティムはリリキアの町の南部に潜伏している小隊と合流。王都から一キリルの距離まで進軍し待機、指示を待て。ゼアン!』

『はっ』


 本来なら見張りを終えて仮眠をとっている時間帯のゼアンを呼べば、当然のようにアイザックのすぐ脇に待機していた。


『ゼアンは俺と共に王城の様子を確認しに行く。馬を動かせるようにしておけ。サンスタシアへ状況を報告後すぐに向かう。散れ』

『『はっ』』


 あっという間に二人は己に課せられた役割を果たしに、その場を離れ姿が見えなくなった。アイザックはもう一度エストラル城を見上げたのち、踵を返すと宿の中に駆け戻った。


 

 宿の自室に置いていた荷物の中から無線機を取り出し、サンスタシア帝国に状況を説明し援軍の要請を行う。

 無論、城内で何が起こっているのか詳細についてはまだ分からない。そのためドルシグ帝国の仕業と決めつける訳にもいかない。

 しかし今まさにエストラル城からは火の手が上がり、平和の象徴たるウィレンツィア王国が混乱の最中にあることは間違いないのだ。隣国として軍を派遣しても平和条約には抵触しないだろう。

 状況を把握した後で、サンスタシア帝国からの軍を災害派遣の援軍として救助に尽力させるのか、ドルシグ帝国に対しての対抗勢力として進軍させるのかすれば良いだけた。

 今はとにかく、一刻でも早く援軍が必要だった。


 サンスタシアへの無線に出た軍総司令官からも、直ぐに軍を送るとの即断が下された。その上事態は一刻の猶予も無いため、有事に備えて近くに待機させていた小隊はアイザックの一存で動かしていいとの命令が下る。


 エストラル城の事態が火災などの災害の場合は救助に、ドルシグ帝国の侵略であれば即座に進軍して王族などの要人の救助に向かえということだろう。

 そのためにも先ずは、エストラル城の状況を把握しなければならない。アイザックは無線を切ると表に飛び出した。



 深夜という時間帯もあって先程はまだ事態に気付かず寝ていた人々も多かったが、漸く殆どの王都民がエストラル城の事態を把握したのだろう。大通りは城方面から逃げてくる人々で先程とは比べ物にならないくらい騒然としていた。


 宿屋の前ではゼアンが二頭の馬の手綱を引き、興奮している馬を撫でて落ち着かせながら待機していた。

 馬は叩き起こされたのと人々の喧騒もあり、嘶いたり体を振るわせ暴れたりしている。それをゼアンが必死に宥めていた。

 この状態での乗馬は無理だろう。


『いずれにしても、この人混みの中を馬で駆けるのは無理だ。宿屋の裏手で待機しておけ。城の様子を見てくる』

『しかしっ!』

『いつでも出られるように、馬を頼む』

『……はっ』


 大通りは逃げる人々でごった返している。この中を馬で城に向かって逆走するのは無理だった。

 ゼアンに少しでも馬が落ち着ける場所での待機を命じると、アイザックは城へ向かって駆け出した。



 しかしいくらも走らないうちに、走りにくさでアイザックは足を止めた。時間が経つにつれてどんどん逃げ惑う人々の数は増え、更に大きな荷物を乗せた荷車なども走ってくるのだ。

 迫りくる一人を避けても、避けた先にまた走り出てくる人がいてぶつかりそうになる。この人波を搔い潜り逆走するのは至難の業だった。


『ちっ!このままじゃ埒が明かない』 


 城は目の前なのだが、一向にその距離は縮まらない。アイザックは人混みの中を目を凝らして周囲を見回すと、住宅街の中へ続く脇道を見つけた。人混みの間をすり抜け、なんとかそこに身を滑り込ませる。

 脇道も王都外へ逃げようとする人々が走ってきていたが、大通りの比ではない。アイザックは走りながらその人々を躱し、住宅街の裏手の森の中に出た。

 

 一週間滞在している間にウィレンツィア王都の地図は頭に入っている。この住宅街の裏手に広がっている森を住宅街に添って北に向かえば、エストラル城の右側に出るのだ。


 アイザックは暗闇の中を方向を見失わないように常に住宅街を左手に見ながら走り、エストラル城を目指した。

 先程までは逃げ惑う人々の喧騒に掻き消されていたが、静かな森の中では大通りを逃げる人々の声よりも目の前の城から聞こえる怒号や何かが燃える嫌な臭いの方が強くなってきていて、アイザックの気持ちを焦らせた。


 早くと気持ちが急くほど足が思うように前に出ない。唇をかみしめ拳を握り、とにかく足を前に出して走った。


 程なくして森が開けてくると、目の前に城を囲む城壁が見えてきた。

 この城壁を右手に見ながら行けば、城の正面に位置する城門に辿り着けるのだ。


 ――ガゴッ。


(っ!なんだっ!!)


 完全に森からは出ず身を潜めながら城門に向かおうとしたその時、後方の城壁から石が崩れるような音が聞こえた。

 思わず足を止め、音を立てないようにしながら素早くしゃがみ込む。息を殺して音のした方を注視した。


(……隠し扉!)


 すると何もなかった城壁の一部がゆっくりと扉のように外側に開き、中から侍女の格好をした女が顔を出したのだ。

 女は誰もいないことを確認するように左右を見回した後、慎重に身体を滑らせ城壁にできた扉から出てきた。

 その手には、シーツに包まれた大きな荷物を抱えている。


(誰だ?)


 驚いてアイザックは目を瞠る。しかし女の方はもちろんアイザックには気付かず、城壁から完全に外側に出ると抱えた荷物を大事そうに抱え直し、森に向かって走り出した。


 荷物は余程重いのだろう。走る女の足取りが重い。

 よく見ると女の服のあちらこちらも破れている。城内から何とか逃げて来た、というところだろう。

 女は真っ直ぐに、アイザックが先程通ってきた住宅街後方の森に向かって走っていた。森の中に身を潜ませながら王都外へ逃げるつもりなのだろう。


 アイザックは踵を返し音を立てないようにして女に近付くと、走る女を後ろから片手で拘束し同時にもう片方の手で女の口を塞いだ。


『っ!!』

『声を出すな。私は敵ではない。城内で何があったか答えるんだ』


 女は声にならない悲鳴をあげる。驚いたであろうに、その手に抱えた荷物は落とすことなく、更に抱える腕に力を込めていた。絶対に離さないと言わんばかりだ。


『今からこの手を離す。……いいか、大声を出すな。それはお互いにとって得策じゃない』


 小声で紡がれたアイザックの言葉に、口を塞がれたままの女はこくこくと頷いて肯定を表す。

 それを確認しアイザックはゆっくりと女から両手を離した。そうは言っても手を離した瞬間に叫んだり逃げ出したりするのではと警戒していたのだが、女はそんな素振りは一切見せず、振り返ってアイザックを上から下まで眺めると視線を合わせた。


 意志の強い眼差しが、アイザックを射るように見つめていた。


『サンスタシア帝国の騎士の方とお見受けいたします』

『!』


 アイザックは驚いて目の前の女を見つめた。

 何処で自分が何者であるか分かったのだろうと思考を巡らせる。今は調査のために滞在しているのでサンスタシアの騎士服を着ていない。帯剣しているから騎士だと推測はできるかもしれないが……とそこまで思案して一つの可能性に辿り着いた。


『驚いた。君はこの紋が分かるのか』


 先程咄嗟に手にしたアイザックの剣の鞘には、サンスタシア帝国騎士団の紋、鷲頭(しゅうとう)の獅子が刻印されていることに思い至る。

 しかし、サンスタシア帝国の紋である四翼の獅子を知っているのならまだしも、他国の侍女が騎士団の紋まで知っているとは俄には信じがたかった。


 驚いているアイザックの姿に自分の考えが間違っていなかったことを確信したようで、女は明らかにほっとした表情を見せると同時にその場に崩れ落ちる様に膝を付いた。

 先程までは虚勢を張っていたのだろう。他国の騎士と分かって、女の目にはみるみる涙が浮かんできていた。


『大丈夫だ、君は助かる。直ぐにサンスタシアからの援軍も到着する』


 慌てたアイザックが落ち着かせようと女の肩に手を置くと、脱力するように膝を付いて尚、女がしっかりと抱えていたシーツの一部が風に靡いてはらりと捲れた。


『……お願いがあります。どうか、どうかこの方をお助け下さい!』

『!!』


 アイザックの視線が、捲れたシーツのところで大きく見開かれる。


 女の腕の中には、琥珀色の美しい髪をした子供が大事そうに抱えられていたのだった。






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