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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第一章 回り始める運命の歯車
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革命軍の少年

 時は少し遡る。


 イリスがドルシグ兵と対峙する数時間前、サンスタシア帝国に程近いヴェントの町で、それは起こっていた――。




◇◇◇   ◇◇◇




「ちっ!見つかった!!」


 夜も更けてから漸くサンスタシア帝国領に最も近いヴェントの町に辿り着き、宿屋でくつろごうとしていたその時、隣を歩いていたカインが左耳を手で抑えながら舌打ちをした。


「急にどうした?」


 何事かと訝しみながら、リュカは突然立ち止まったカインを見下ろす。

 カインは慌てた様子で左耳に入っていた何らかの機械を取り出すと、それを思い切り足で踏んで潰した。


「ドルシグにバレた。おそらく追ってくる」

「……は?」


 カインは足の下で粉々に砕けた物体から視線を上げると、耳を疑うような言葉を口にした。その表情は不安と焦りで歪んでおり、いつもの快活なカインの表情でないことがその言葉が冗談などではないことを物語っていた。


「仕掛けていた本物の盗聴器がバレた。多分真っ直ぐこっちに向かってくる。僕はおそらくドルシグに見つかる心配はないから、リュカは何とかしてサンスタシア帝国まで逃げて!」

「はぁ?」

 

 言われていることの内容が突飛過ぎて微塵も理解できず、リュカは間抜けに口を開けながら首を傾げるしかなかった。




 リュカは、ウィレンツィア王国内で密かに活動している革命軍の一員だった。

 革命軍とは言っても、軍と呼べる程の戦力はない。ドルシグの乱で生き残ったウィレンツィア王国の元騎士もいなくはないが、あとは剣もまともに振れないような王国民で構成されている。かく言うリュカも、戦力にもなれない十八歳のしがない王国民だ。


 ウィレンツィア王国に常駐しているドルシグ軍は、王国を実質掌握してはいるが、王国民を虐げたり横暴を働いたりということはしていない。

 なぜなら、もしそんな事実があったのなら、今度こそ他国に「不可侵の掟」に従いドルシグ帝国を正当に粛清する機会を与えてしまうからだ。

 そのため実際のところ、王国民にとってはウィレンツィア王国がドルシグ帝国に乗っ取られてからも、日々の生活を送る上での実害はほぼ無いと言ってもよかった。


 ではなぜ革命軍が存在するのか。


 それは皆が、国を愛していたからに他ならない。

 他国のように軍事面に注力せず、優れた技術をもって国を発展させることもせず、利益を追求しようと画策することもない。緑に囲まれた平和の象徴として泰然たる自国に、皆が誇りを持っていたのだ。

 そんな愛するウィレンツィア王国を簒奪された王国民は、いつの日にか必ずドルシグ帝国に反旗を翻し国を取り戻すことを胸に、希望を繋いでいる。


 しかし寄せ集めの集団に出来ることは少ない。

 先代国王の世話をするために王城に残されている僅かなウィレンツィア王国関係者の手を借りて、城内に盗聴器を仕掛けてドルシグ帝国の動向を探るのが関の山だった。


 王城内にはドルシグ軍が常駐しており、先代国王を見張っている。その指揮を執っているのが、ドルシグ帝国第三皇子のエルヴィンだった。

 彼は新皇帝となった第一皇子、次に第二皇子をも殺め、自身はウィレンツィア王国に眠る「世界の力」を手に入れるためウィレンツィア王国に残り、帝国の皇帝には自身の意のままに操れる第四皇子を据えている。


 だがドルシグの乱以降、エルヴィン皇子が思っていたように事は進まなかったようで、「世界の力」の封印が解かれることはなく、この八年間大きな動きは無かった。


 しかし、唐突にそんな毎日は終わりを告げる。


 つい数日前、何の前触れもなく大きく状況が動いたのだ。

 とある情報を掴んだ革命軍は、リーダーの指示のもと各地に散らばった。なんとしてもドルシグ帝国より先に、掴んだ情報を生かすためだ。


 そうしてリュカがウィレンツィア王国を発ってから、今日で三日目だった。

 ウィレンツィア王国より東に位置する街や村を捜索する仲間と共に王国を出発し、途中で仲間と別れながら、最終的にリュカはカインを連れてサンスタシア帝国に向かっていた。


 外はすでに日が沈み夕暮れの時間帯。仲間が多い時は野宿もしていたが、夜間の見張りなども考えるとカインと二人ではそれも難しい。

 向かう先に小さくヴェントの町明かりが見え今晩はそこで宿をとることに決め、疲労の濃い足を引き摺りながら何とか町に辿り着いたのは、もう夕闇の時間帯だった。

 今夜は三日振りにベットで眠れる。そう思って部屋へと喜び向かっている途中で、カインが急に大声を上げたのだった。


  


 まだよく状況の呑み込めていないリュカに構うことなく、カインは捲し立てる。


「ここでは駄目だ。帝国領土内に入ってしまえば、後は条約の庇護の元サンスタシア帝国がきっと助けてくれるから!」

 

 仕掛けていた本物の盗聴器とは何なのか、沢山の仲間が各地に散らばっている中で何故自分達だけをドルシグ軍が追ってくるのか。分からないことだらけだったが、カインの必死な様子からはこれが冗談などではないことがうかがえた。


 だとするならば、確かにこの暗闇の中をカインを連れて逃げるよりは、ここにカインを残した方が安全だとリュカも判断する。

 本人も言っているように、ドルシグ帝国がカインを革命軍の一員と見なして掴まえる可能性は低かった。


「分かった。後で必ず迎えに来る」


 リュカはカインの頭に手を乗せ、安心させようと出来る限りの笑顔を向けた。だがその笑顔を見て、逆にカインは泣きそうに顔を歪める。


「大丈夫だって。安心して待ってろ」

「ちょ、やめろって」


 頭に乗せた手でわしゃわしゃとカインの黒い髪を乱暴に撫でる。抗議の声をあげたカインだったが、視線を彷徨わせた後困ったように笑いながらリュカに向き直った。


「……リュカ、気を付けて」

「カインもな」


 短く言葉を交わして別れを告げると、リュカは身一つで外へと飛び出した。


 宿屋に面した通りは、ヴェントの町を貫くように東西に伸びており、そのまま東のサンスタシア帝国まで続いている。

 町明かりに照らされた街道の遥か先、出口の見えないトンネルのような漆黒の闇を見つめて、リュカは大きく一つ息を吐いた。


「……いくぞ」


 自分を鼓舞するように、決意を言葉にする。

 闇の先を真っ直ぐに見据えて、リュカは全速力で東に向かって走り始めた。





 

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