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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第二章 八年前、始まりの日
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告白

 いきなり入室してきたレオンだったが、何も言葉を発することなく後ろ手に扉を閉めた後、黙ってその場に立ち尽くしていた。

 その緊張の面持ちに誰も言葉を発することができず、室内にいる皆がレオンからの言葉を待つ。


 しかし何の言葉も発せられないまま、時間だけが無常に過ぎていく。入口の扉の上に架けられた時計の秒針が動く音だけが、コチコチと規則正しくリズムを刻んでいた。


「レオン、今までどこに行ってたの?」


 場の空気に居たたまれなくなり、ロイが口火を切る。それに後押しされ、場の空気を変えようとイリスも続いた。


「そう言えば、別任務だとは聞いていたけれど」


 毎朝の騎士団の定時連絡で、イリスがリュカとカインの監視に就き、レオンが別任務に就いていて不在だという事は知らされていた。しかしレオンの別任務については、詳細を聞かされていない。


「え、レオンどっか行ってたの?イリスもずっと僕達に付いているし、フラッデル隊ってロイ一人で大変だったんじゃない?」


 自分達に付きっ切りなことで迷惑をかけていると思ったようで、カインが慌ててロイを振り返った。

 ロイはそんなカインの頭に大きな掌を乗せると、そのまま優しく撫でた。

 

「フラッデル隊が俺達三人なのは教えてたんだっけ。まぁ、元々フラッデル隊は空からの巡視とかが主な任務だからね。俺一人でも何とかなるんだ」


 その穏やかなやり取りに場の空気が一気に和む。だがそれを続くリュカの一言がぶち壊した。


「そんな何とでもなる任務に、三人も就いているんだな」

「リュカ!ちょっとは考えてから喋って!」


 リュカの脇腹にカインの正拳が突き刺さる。威力はそれほどでもなかっただろうが、不意の攻撃に対応できずリュカは椅子からよろめいた。

 そして自分の発言の拙さに気付いたようだ。体勢を立て直すと勢いよく頭を下げた。


「ごめん、そんなつもりじゃなくて……」


 悪気はなく、ただ純粋に思ったことが口から出てしまったのだろう。頭を下げ続けるリュカの背中を、尚もカインがポカポカと叩いていた。

 イリス達が怒っても文句はいえない言葉ではあったが、発言後に繰り広げられる毎回のリュカの慌てぶりと周囲の対応にいつもイリスは笑いが込み上げてきてしまい、どうしても怒る気持ちにはならないのだ。


(自分に関することで、リュカに謝らせてばかりだな)


 なんだが逆に申し訳ない気持ちになりながら、イリスは笑いを押し込めて説明を付け加えた。


「フラッデル隊っていうのは、元々私のために作られたような部隊なの。ほら、私が普通にインペリアルガードや騎士団にいると、他の騎士達が気を遣っちゃうでしょう?テオドール帝が全体の調和を図るために、他の騎士にとっても私にとっても気兼ねなく在籍することが出来る部隊をわざわざ作って下さったんだよ」


 どんなに強くとも、騎士団内に女の居場所が無いのはリュカやカインでも何となく分かる。

 まして男よりも強かったのなら、尚更居づらいだろう。


「だからフラッデル隊は三人しかいないんだけど、インペリアルガードの中の一つの部隊だから、三人だけで任務を行うわけでもないのよ」


 実際、巡視はフラッデル隊が空を、陸は騎士団が担っている。皇帝の警護も、インペリアルガード内で役割分担がなされているのだ。


「そうは言っても、今回ドルシグ兵の侵攻を真っ先に発見したのはイリスのお手柄だからね。フラッデル隊の有用性が今回で明らかになったわけだし、この三日間、全方位を俺一人で巡回して見張るのは大変だったよ」


 大げさに両手を広げて肩を竦めて見せるロイの動作に、カインは思わず笑い声をあげた。


「ふふっ。ロイって本当に優しいよね。僕ならロイに惚れるけどなぁ」


 言いながらカインは、ちらりと視線をイリスと依然扉の所で立ち尽くしているレオンに向けた。

 そのカインの視線にイリスは気付いたのだが、何故今視線を送られたのかは分からない。

 すると次の瞬間、カインの頬をロイが両手で挟み、自分の方にグイッと顔ごと向けさせていた。


「お、そりゃどうも。もうちょっと大きくなったら考えてあげるよ」


 顔を覗き込みながらロイは冗談を言って笑っている。カインは急に顔を挟まれ驚いていたが、それをしたのがロイだと分かると「ごめんなさい」と謝った。

 

「こういうところが、優しいよねぇ」

「お褒めに預かって光栄ですよ」


 二人にしか分からないやり取りを繰り広げながら顔を見合って笑っているカインとロイに、イリスは首を捻るばかりだ。


 ロイは何だか愉しくなってきたようで、両手で挟んだままのカインの頬を軽く引っ張ったり押し込んだりして、カインに変顔をさせ始めている。


「ろひ、いひゃい。やめひぇ」

「大人の世界に首を突っ込んだ罰です。甘んじて受け入れなさい」


 痛いと言いながらもカインもどこか愉しそうなので、イリスもあえて止めたりせずその様子を見ながら顔を綻ばせた。

 だが愉しそうにカインの顔を引っ張っていたロイは、その手を止めるとゆっくりと扉を振り返った。


「……でさ、結局レオンは何の用なの?」


 黙ったまま立ち尽くしているレオンに、皆の視線が集まる。


「ああ……ちょっとイリスに話があって。ロイが居てくれるなら、イリスを借りてもいいか」


 急に自分の名前が出てきて、イリスは驚いてレオンを見た。

 レオンは今までの愉し気なやり取りにも一切その表情を崩すことなく、真剣な面持ちでじっとイリスを見つめていた。

 その射るような視線に、自然とイリスにも緊張が走る。


(何を、言われるのかな……)


 断る理由もないので呼び出されたからには応じないといけないのだが、何となく言われたくないことを言葉にされそうな気がして、イリスは気が進まなかった。

 身体の中にどんどん冷たく重たい塊が溜まっていくようで、身体が強張り身動きができなくなっていく。

 呼吸もだんだん苦しくなってきて、息が上手く吸えなかった。


 険しい顔付きのレオンと青褪めるイリスの様子が周囲にも伝染し、場が一気に緊張感に包まれていく。

 しかしただ一人、そんな緊張感漂う空気を全く意に介さず、リュカが音を立てて椅子から立ち上がった。


「ちょっと待てよ。イリスも話があるって言って、今からみんなで聞くとこだったんだよ」

「リュカ!」


 空気を読めとばかりに、カインが立ち上がったリュカの服の裾をぐいっと引っ張った。

 そこで初めて周囲を見回し、またもや余計なことを言ったと気付いたようだ。


「……ごめん」

「「はぁ」」


 隣に座るカインと立ったままのロイが、これ見よがしに盛大に溜息を吐く。

 出会って間もないのに息ピッタリの二人に、イリスは思わず小さく笑いを零した。

 

 張りつめていた場の空気は、完全に離散していた。


(実直なリュカ、優しいロイとカイン。そして、いつも皆を纏めて引っ張ってくれるレオン。この四人なら、根拠も何も無い考えを話してもきっと笑わずに聴いてくれるかもしれない)


 そしてもし自分の考えが間違いだった時には、こんな風に茶化しながら笑い飛ばしてくれるような気がして、イリスは勇気をもらった気がした。


「レオンの話が急ぎでないのなら、レオンにも一緒に私の話を聞いてもらいたいんだけど……いいかな」


 イリスは自分が先刻とは打って変わって、穏やかな気持ちでいることに驚いていた。

 胸を刺すような痛みは、もうなかった。


 レオンはイリスの問いには答えず、黙ったままだ。


 けれど、イリスの問いに対してレオンがどうするのかと周囲の視線が一斉に集まっていることに気付いて、ガシガシと頭を掻きむしって溜息を吐くと諦めたように頷いた。

 

 それを確認してイリスも大きく息を吸うと、気持ちを落ち着かせる様に細く長く息を吐き出した。


「何から話せばいいか……。まず、落ち着いて聞いてもらいたいんだけど、私は八年前に帝都に転入してきているんだ」

「……は?」


 予想外のイリスの言葉に、リュカが驚いて目を見開く。


「イリスの台帳はまだ見てないけれど……」


 カインは告げられた事実に驚きはしたが、冷静に閲覧用の机の上に山積みになっている国民台帳の束をちらりと横目で見た。


「騎士団や城で働く者の情報はそこには載っていないよ。別に管理しているんだ」


 カインの視線を理解し、ロイが説明を付け加える。ロイも動揺しているのか、僅かに声が震えていた。


「私はサンスタシア領土内の辺境の地で暮らしている祖母の所で過ごしていたんだけど、八年前から帝都の父の下で暮らすことになったの」

「あ、今来ているばぁちゃんの家で、小さい頃は過ごしてたってことか」


 リュカが納得したように手を叩き頷いているが、カインは無言でイリスを見据えていた。

 イリスは一度視線を落とし瞳を閉じると、意を決して顔を上げ真っ直ぐに皆の顔を見た。


「正確には、過ごしていた、ということになっているの」


 曖昧な表現をするイリスに、カインが言い詰める。


()()()()()って、どういうこと?」


 周囲をぐるりと見渡し、イリスは全員の表情を確認する。

 やはり皆それぞれ思うところがあるようで、その複雑な表情を見れば、イリスは次の言葉を紡ぐのが躊躇われた。


 だが、このまま黙っているわけにもいかない。このままでは自分の中の疑念も、不安も、何も解決しない。

 イリスはぐっと拳を握りしめ、気持ちを奮い立たせた。


「……私には、八年前より以前の記憶が無いんだ……」


 静まり返る部屋の中で、時を刻む秒針の音だけが規則正しく響いている。


 言うべき言葉も掛けるべき言葉も見つからず、誰もがただ黙って今もたらされた言葉の意味を、頭の中で熟考することしかできなかった。






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