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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第二章 八年前、始まりの日
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小さな棘

 国民台帳の閲覧も、気付けば今日で期限最終日の三日目となっていた。


 台帳の束も残すところあと一冊となり、それなりに条件に合う人物も何名かリストアップされてきている。

 リュカとカインは国民台帳を全て調べ終わったら、サンスタシア方面に向かった仲間達と手分けして該当者に直接会いに行き、一人一人確認するのだという。


「直接会いに行っても、その人の何を見て生き残りの王族だと判断するの?」


 生き残りの王族は王子か王女か、その性別すら分かっていない。疑問に思ってイリスが問えば、リュカはしかめっ面で覗き込んでいた国民台帳から顔をあげた。


「ああ、見た目だよ。髪色は変えられている可能性もあるけど、瞳の色は変えるのは無理だろ?ウィレンツィア王家の色があるんだ……ああ、そういえ、もがっ!」


 イリスの方を見て話していたリュカの口を、カインが後ろから勢いよく塞いだ。

 窓際の壁に造り付けられている閲覧用の長机に、今日はリュカを真ん中にカインとイリスで挟んで座っていたので、リュカは突然後ろから伸びてきた手に口を塞がれ驚いて舌を噛みそうになっていた。


「っ、何すんだよカイン!」


 振り返ってカインの手を払い除けながらリュカが怒鳴る。

 けれど険しい顔を向けられてもカインは怯む様子もなく、指を一本立ててリュカに突き付けた。


「あのねリュカ、お喋りしてる時間はないんだよ。今日でここを使えるのも最後なんだから」

「……分かってるよ」


 怒り心頭だったリュカだが、正論を返され言葉も無くすごすごと引き下がると再び国民台帳に視線を落とした。その姿を確認してからふんすと鼻息も荒く息を吐き出し、カインはイリスに視線を向けて肩を竦めて見せた。

 そんなカインの行動に苦笑しながら、イリスも再び国民台帳に向き直る。


 イリスとしては、何故か今はその生き残りの王族の容姿を聞きたくなかったので、カインの行動に内心ではほっとしていた。



 再び静かになった室内に、三人の台帳を捲る音だけが響く。その時、不意に機密文書室の扉が軽快にノックされた。


「やあ、進んでるかい?」


 ノックに対する返答も待たずに入室してきたのは、白い軍服に帯剣、小脇にフラッデルを抱えた職務中の格好のままのロイだった。


「わぁ、ロイだ!」


 嬉しそうに立ち上がって駆け寄り、カインは三日ぶりに会ったロイを出迎える。リュカとカインはあの日以来、ロイとレオンには会っていなかった。


「カインとリュカも元気……ではなさそうだな。探し人は見つかりそう?」


 出迎えてくれたカインの頭に手を置いてポンポンと優しく叩きながら、ロイは疲労が滲む二人の顔を覗き込んだ。


「んー、どうかな」


 座ったまま大きく伸びをして、リュカが溜息を吐く。


「まぁ、該当者がいないわけではないけど」

「何だよ。その中に探し人がいる可能性もあるだろう」

「まぁ……そうなんだけどさ」


 歯切れの悪いリュカの返答に、ロイが首を捻る。


「何か引っかかるのか?」


 ロイがリュカの隣まで歩み寄って開かれたままの国民台帳を覗き込むが、特に問題がありそうな人物がいるわけではなさそうだった。

 ますますロイが首を捻ると、リュカは姿勢を戻し居住まいを正すとロイを見上げた。


「こうしてちゃんと素性が管理される処に、身を隠さなくちゃならない生き残りの王族の情報があると思うか?」

「いやいや、その疑問はおかしいだろう。そんなことは百も承知で、それでも全ての村や町や都を調べるために革命軍総出で捜索に出たんだろう?」


 ロイが呆れた顔でリュカを見た。

 おそらく閲覧の疲れもあって、リュカは思考が後ろ向きになっているのだろう。

 諭されて少々ムッとした表情をしたものの、リュカは直ぐにその表情を再び曇らせた。


「まだ何か不安があるのか?」


 その表情の変化を見止めたロイが問えば、リュカは振り返って隣に座るイリスを見た。

 急にじっと見つめられて、イリスは居心地が悪く視線を彷徨わせる。そんなイリスにお構いなしに、リュカはずいっと更に顔を近づけた。


「なぁ、イリスって今いくつ?」


 顔を覗き込みながら真剣な表情で問いかけられ、イリスはその質問の意図が分からず何と答えるべきか一瞬迷う。

 そんなイリスの困惑を余所に、カインとロイは面白がってリュカを揶揄った。


「リュカ、女の子に歳を聞くなんて失礼だよ」

「お、何?狙ってんの?」


 次々に思ってもいない方向の言葉を投げかけられ、リュカは盛大に溜息を吐くとがっくりと肩を落とした。

 当のイリスは、そんな三人の言動を見て苦笑するしかない。


「何でそうなるんだよ……。ロイ、お前そんな恰好ってことは仕事中なんだろ、何しに来たんだよ。揶揄いに来たのなら帰れよ」


 ロイを見上げ、リュカは軽く手を振って追い払う仕草をする。

 そんなリュカの仕草を気にすることなく、ロイはリュカの隣に座るイリスに視線を向けると微笑んだ。


「そうだった、用事があって来たのを忘れるところだった。イリス、客間に行ってごらん。君の祖母殿が来ているよ」

「えっ!……なんで……」


 なぜこのタイミングで祖母が帝都に来ているのか。

 イリスの祖母は帝都には住んでおらず、サンスタシア帝国の帝都から南に下った辺境の小さな山間の家で、一人暮らしをしている。イリスの記憶にある限り、祖母は一度たりとも帝都に来たことはなかった。


「さぁ?何の用事で来たのかまでは聞かされなかったけど」


 理由はロイにも分からないようで、顎に手を添えながら首を傾げている。

 イリスは、先程感じていた疑念が今は小さな棘のように確実に形をとり、胸に突き刺さるのを感じていた。


 ともすると思考の渦の中に呑まれそうになっていたイリスだが、それを無邪気にカインが会話に割り込んできたことで現実に引き戻された。


「イリスのおばあちゃん!僕も挨拶に行きたい!」 

「あ……、うん……じゃあ、一緒に行く?」


 カインの勢いに押されて返答してしまったイリスを見て、困ったように笑いながらロイがカインの肩にポンと手を乗せた。


「今は隊長も昼休憩を利用して面会に行っているから、カインはまた後でにしてあげような」


 微笑みながらロイが優しく諭す。

 そのやり取りを黙って聞いていたリュカが、感心したようにぼそりと呟いた。 


「一隊員の家族にまで、隊長自ら挨拶しに行ってくれるなんてすごいな」


 誰に聴かせるでもなかったその呟きを拾ったロイが、手を振ってリュカの言葉を否定した。


「ああ、違うんだ……なんていうか……」


 歯切れが悪く言い淀み、ロイがイリスに視線を向ける。イリスは大丈夫だと言うように頷いて見せると、ロイから言葉を引き継いだ。


「三日前帝の執務室に行った時、帝の他に宰相と軍総司令官でありインペリアルガードの隊長がいたんだけど、覚えてる?」

「うん、覚えているよ」

「ああ……いたような気がするな」


 あの時疲労困憊だったリュカは、やはりその時の記憶は曖昧らしい。

 報告をするために帝の執務室を五人で訪れた際、そこには帝の他に、宰相のジェラルドと軍総司令官のアイザックもいたのだ。

 

「アイザック隊長は、私の父親なの。だから、祖母は父の義母なのよ」


 その言葉に、カインは瞳を輝かせイリスに尊敬のまなざしを向けた。リュカは、合点がいったとばかりに頷いている。


「すごいや!じゃあイリスはお父さんの背中を追って、騎士になったんだね」

「そうか、軍総司令官なんて人が父親なんだな。だからあんなに強いのか」


 二人の言葉に、イリスは曖昧な笑顔を返すことしかできない。


「……じゃあ私、ちょっと客間に行ってくるね……ロイ」

「分かってる。二人の護衛は任せとけ」


 腕を折り曲げて力こぶを作ってみせるロイに、何かが引っ掛かり不安でいっぱいだったはずのイリスも思わず笑みが零れていた。

 ロイのさりげない優しさは、イリスをいつも勇気付けてくれるのだ。


 少しだけロイに力をもらって気を持ち直したイリスは、扉に向かって歩き出す。その時不意に先程の質問が気になって、足を止めるとリュカを振り返った。


「そういえば、リュカは何で私の年齢が知りたかったの?」

「ああ、それか」


 リュカはカインとロイに交互に視線を向ける。今度は茶化さないよう睨み付けて牽制すると、もう一度同じ質問をした。


「で、イリスは今いくつなの?」

「……十六だけど」

「ほらな」


 イリスの返答を聞いて、リュカはわざとらしく溜息を吐いた。

 質問の意図も同意の意味も分からず、イリスは首を捻る。


「何が?」

「イリスは十六だけど、十歳のカインと同じくらいの少年だって言われてもギリギリ納得できる。逆に、女の格好して黙って座ってたら十九、二十って言われても騙されるかもしれない」


 リュカの言いたいことがよく分からず、三人は黙ってリュカの話の続きを待った。


「俺たちは十代に絞って生き残りの王族を探している。流石に今年十八になる王子か王女が、十歳以下だと偽っているとは思わないけど、イリスみたいに性別を偽っていたら?逆に、本人が大人びた顔付きをしていて二十代前半と歳を偽っていたら?そしたらもう見つけようがないなって」


 先程胸に刺さった棘が更に深く入り込み、イリスの心臓を抉るような感覚に囚われる。イリスは自分の胸の辺りの軍服をぎゅっと掴んで、その痛みを抑え込んだ。


「別に、イリスは性別を偽っているわけじゃないだろう」


 憤り隠さず、ロイが鋭くリュカを睨んだ。その視線に、リュカが慌てて言い訳をする。


「例えば、の話だよ。イリスが女ってことを隠しているわけじゃないのは知ってる」

「でもさ、じゃあなんでイリスは男の子みたいな格好してるの?」


 リュカとロイの不穏な空気を意に介さず、カインが気になったことを率直にイリスにぶつけた。その素直過ぎる質問に、イリスは苦笑しながら答える。


「髪は剣を振るのに邪魔だから切っているの。騎士服だから男みたいに見えるけれど、家では普通に女の子の格好もしているんだよ。父は寧ろ私を騎士にはしたくなかったし、本当は女の子らしくあってほしかったみたいだからね」

「へぇ、意外。女の格好しているイリスなら、十六の女に見え……るのか?」


 見たことのないイリスの姿を想像してみたが想像できず、首を傾げたリュカに素早くカインとロイが鉄槌を下した。


「……っ痛ぇ」


 座っているリュカの頭を真上から殴ったロイの拳よりも、カインに抓られた頬の方が傷むようで、リュカは頬を押さえながら呻き声を発していた。

 止められなかったことに対して謝罪するような表情を浮かべ二人がイリスを見たので、イリスは可笑しくなって笑い出してしまった。


「ふふっ。大丈夫、二人共気遣ってくれてありがとう」


 イリスには優しい眼差しを向ける二人を、リュカが睨む。


「二人共ちょっとは手加減しろよな」

「流石に僕だって怒るよ」

「リュカ、イリスに何か言うことは?」


 二人に窘められ、リュカが気まずそうにイリスに向き直ると頭を下げた。


「ごめんなさい」

「いいえ。前にも言ったけれど、別に女の子扱いして欲しいわけじゃないから。慣れているし大丈夫」


 イリスは沈んでいた気持ちが少し軽くなったような気がして、一つ大きく息を吐いた。


「あのね、皆に聞いてもらいたい話があるんだけど……」


 イリスの改まった態度に、今までふざけ合っていた皆が一斉に静まり返った。


(やっぱり、憶測で言うべきことじゃない。でも……)


 話そうと口を開くが、告げるべき言葉に迷い、もう一度口を閉じる。


 話があると言いつつ黙ってしまったイリスを不思議そうに見つめながらも、誰も口を挟むことなく話の続きを待ってくれていた。



 この三日間、行動を起こされたくなかったのは誰だったのか。

 なぜ、イリスの祖母がこのタイミングで帝都に来たのか。

 そして――。


「!!」

 

 イリスが抱えきれない思いを抱いたまま口を開きかけた時、入口の扉がノックと共に急に開け放たれた。

 突然のことに驚いて、皆に一斉に緊張が走る。

 しかし扉の前に佇む人物を認めると、ロイも安堵の息を吐いて咄嗟に剣の柄に伸ばしていた手を元に戻した。

 

 黙って部屋に入室してきたのは、三日前行動を共にしたもう一人、レオンその人だった。



 



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