表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第二章 八年前、始まりの日
27/96

消せない疑念 

 次の日、朝の訓練を終えたイリスはテオドール帝に呼び出されていた。

 おそらくリュカとカインの事だろうと思っていたが、やはりその話だった。


『ウィレンツィア王国からの旅人についてだが、完全に信用するわけにはいかない。サンスタシア帝国内にいる間はイリスが護衛と称して行動を共にし、彼等を常時監視、様子を報告するように』


 凡そイリスの予想通りの内容だった。誰かが監視に付くだろうとは思っていた。それが自分だとは思わなかっただけだ。

 イリスはテオドール帝の前を辞すと、直ぐにその足でリュカとカインの泊っている客室を訪れた。


 扉を守っている衛兵に視線を向けると、衛兵は無言で僅かに首を振った。昨晩から二人はこの部屋の中に居て、外へは出ていないようだ。

 それを確認してから、軽く扉をノックした。


「イリスだけれど。入っても構わない?」


 もう朝食の時間は終わっている。今はおそらく部屋で寛いでいることだろう。

 ノックの音を聞き、室内からバタバタと扉に駆け寄ってくる足音が近付いてきたと思ったら、こちらが扉を開ける前に勢いよく扉が開け放たれた。


「おはようイリス」


 笑顔と共にカインに出迎えられる。

 その笑顔に、監視しなければならない後ろめたさから僅かに気持ちが沈んでいたイリスも、つられて自然と笑顔になった。


「おはようカイン。昨晩はよく休めた?」

「うん。久しぶりにベットでゆっくり眠れたよ。ウィレンツィアを出てから、ずっと野宿ばかりだったからね」


 無邪気に話しているが、その道程は楽なものではなかったはずだ。特に一昨日からはエルヴィン皇子に追われ命の危険にも晒されている。十歳の子供には過酷な旅だったのは間違いないだろう。


「リュカもおはよう。体調はどう」


 カインと会話をしながら室内に入ると、ソファに凭れ掛かりぐったりとしているリュカが目に入った。


「ああ、イリスおはよう。大丈夫、ちょっと体がキツイだけで体調はいいよ」

「夜通し走ったから、筋肉痛がひどいんだって」


 リュカの言葉を補うようにカインが言葉を添える。

 普段運動をあまりしない人にとっては、身体が悲鳴を上げて当然だろう。言葉とは裏腹に、リュカは目に見えて辛そうだった。


「大丈夫には見えないけれど……でももし動けそうなら、帝から国民台帳の閲覧許可をもらって来たんだ。今から行かないかなと思って」

「本当か、っ、いででで」


 その言葉に、身体をソファに預けて顔だけでこちらを見ていたリュカが勢いよく体勢を起こした。途端、腰を抑えて再びソファに蹲る。

 その様子に苦笑しつつ、イリスは軍服のズボンのポケットから古びた鍵がいくつも付いた鍵の束を見せた。


「この通り、機密文書室の鍵も預かって来てるの」


 すると蹲ったまま顔だけこちらに向けたリュカが、安堵の息を吐いた。


「昨日のカインの話は俺も知らないことばっかりで、なんか全部飛んじゃってさ。皇帝に依頼した協力の返事を貰い忘れたって、後悔してたとこだったんだ」

「うん、それに関してはごめん」


 さらっと簡単にカインが謝るが、リュカの意見にイリスも同感だった。

 あまりにもカインからもたらされた情報が衝撃的過ぎて、前半のリュカの話はほぼ飛んでしまっていた。

 今朝方テオドール帝から呼び出されて国民台帳を見せてやって欲しいと頼まれるまで、そんな話があったことすらイリスはすっかり忘れていたくらいだ。


 革命軍からサンスタシア帝国に対しての要望は二つ。

 国民台帳を見せて欲しいこと。そして、有事の際にはウィレンツィア王国に協力して欲しいこと。

 後者に関しては、革命軍に言われるまでもなく条約に則り協力することをあの場で確約していた。そして前者に関しては、革命軍の有用性を示せたのならとの条件付きだった。

 国民台帳の閲覧を許可したということは、お眼鏡に適ったということだろう。


(カインのあの技術力を見せられたら、まぁそうなるよね)


 あの技術は絶対にドルシグ帝国になど渡してはならないものだ。あの技術が手に入るのであれば、国民台帳の閲覧など安いものだろう。


(まぁ、リュカとカインが国民台帳を悪用したりしないって分かってるから、できることではあるけれど)


 個人情報の漏洩も国家としては大問題である。二人がここで知り得た情報を悪用しないと断言できるからこそ取れる手段でもあった。



 さっそく三人で部屋を後にし機密文書室へ向かったのだが、やはりリュカは身体が思うように動かないようだ。

 足を引き摺りながら廊下や階段をなんとか移動するという動きのため、普段のイリスと比べたら目的の部屋がある一角に辿り着くのに倍以上の時間が掛かった。


 漸く重要な資料や機密情報などを保管、管理している一角に辿り着き、扉の前に控えている衛兵に許可があることを伝える。衛兵にも今回の閲覧許可は伝わっていたようで、何事もなく場所を避けてくれた。すると衛兵が背にして守っていた扉横の壁に、小さな液晶画面が現れる。

 

 イリスがその液晶に手をかざし、機械を起動させた。すると指紋や静脈認証などが行われ、確認が取れたことを示す無機質な音が静かな石造りの廊下に響く。次の瞬間、扉からカチャリという鍵が外れる小さな音が鳴った。


「その鍵で開くわけじゃないんだな」


 イリスの手に持たれた鍵束を、リュカが覗き込む。

 開いた扉の中にはまた廊下が続いていたため、カインは物珍しそうに奥を覗き込んでいた。今回の目的の部屋はこの廊下の最奥にある。とは言っても、先程の扉から最奥までは五部屋しかないのだが。


「昨日帝の執務室に行く時にもこういう扉を通ったの覚えてる?ロードベルク城は古い建築物だけど、要所要所にこういう最先端技術を取り入れて、警備を強化しているの」


 リュカは「そうだったっけ?」と首を傾げた。昨日この城に辿り着いた時には既に疲労困憊だったので、詳細まで覚えていないのだろう。


 目的の部屋の前に辿り着くと、鍵束から一つ鍵を掴み出した。それを鍵穴に差し込みながら、イリスは今朝方この部屋の鍵をテオドール帝から借り受けた際、提示された条件を告げた。


「帝からこの部屋の書類を閲覧することに際して条件が出されているの。一つ、ここで知り得た個人情報は一切口外しないこと。一つ、そちらが得た情報は帝にも報告すること。そして最後に、この機密文書室の使用許可は今日を含めて三日間とすること」

「……三日かぁ」


 溜息混じりにリュカが呟く。しかしカインは前向きだった。


「元々こんなにあっさりと帝国の皇帝が国民台帳を見せてくれるって思ってなかったでしょ。見せてくれるだけでもありがたいんだから、三日間死ぬ気で頑張ろう」


 しょんぼりと肩を落とすリュカの背中をカインがバシバシと叩いて気合を入れている。イリスがその様子を微笑ましそうに見ていることに気付き、リュカは気まずそうに視線を逸らした。


「いやだってさ、帝国民何人いると思ってんだよ。三日で何とかなる人数かって話だろう」

「だからさ、一分一秒も無駄にできないんじゃない」

「ふふふっ」


 これでは完全にどっちが子供だか分からない。イリスは可笑しくなって笑い声を溢した。

 笑われたことに対してリュカはムッとした表情を見せたが、鍵が開いたのを見てカインが先を促したので、話はそこで終わりになり三人で室内に入室した。


「わぁ、……凄いね」


 書物がきっちりと詰め込まれた本棚が所狭しと並べられているその光景を見上げて、カインが感嘆の溜息を溢した。 

 本棚の中には、帝国領土内の地質捜査資料やこれまでの河岸工事の資料、税収に関する書類や交易に関する関税の書類など、様々な書類が束ねられて納められている。


 如何に科学技術大国と謳われるサンスタシア帝国であっても、こうした機密情報の保存には未だに紙が使われている。それは他四国にあっても同じだった。

 これほど技術が発達した世であるならば情報の管理など機械に頼った方が容易いのだが、何故かそれは暗黙のうちに避けられていた。


 おそらく千年前の世界大戦で、何かきっかけがありそうなったのではないかと伝えられている。

 情報が機械で管理されていると、他国からでもサーバーを攻撃できてしまう。情報の抜き取り、改ざん、漏洩は容易い。それ故、大戦の教訓として機密情報の保管保存は紙媒体のみになっているのではないかというのが最も有力な説だった。


 イリスは目的の物が納められている本棚へと真っ直ぐに向かい、辞書三冊分ぐらいの厚みのある書類の束を二冊手に取ると両手でそれを抱え、窓際にある長机の上にどさりと音を立てながら置いた。

 そこは閲覧用の机になっており、基本的に広くスペースを使えるよう机の上には何も置かれていない。

 イリスはその長机の下に納められている椅子を二脚引き出すと、リュカとカインを座るように促した。


「これが我がサンスタシア帝国民の国民台帳だよ」


 椅子に腰かけながら、リュカがパラパラとその資料の一部をめくる。中には帝国民一人一人の名前や住所、出生日時、家族構成や職業などの個人情報と共に、今回調べる目的である、この情報が登録がされた日付も記入されていた。

 この日付は大体が出生日の数日後になっているが、パラパラと何枚か捲っただけでも幾人か届け出の日付と出生日に大幅に差異がある人いた。

 結婚や出産など、様々な理由で情報が差し替えになることがままあるからだ。

 その情報量に圧倒されたようで、リュカが溜息を漏らす。


「この情報量で二冊もあるのか」


 リュカが覗き込むように折り重なった資料の束を見る。

 それに対して申し訳ないような気持ちになりながら、イリスが答えた。


「ごめんリュカ、これがあと十冊以上あるんだ」

「……」


 口を開けたまま絶句しているリュカにかける言葉が見つからず、イリスは黙って次の台帳の束を取りに元の本棚の所まで戻った。



 途中で昼食をとるために離室したが、その後はまた室内に籠ってリュカもカインも只管に資料とにらめっこしている。

 何もせず見張っているだけなのもいたたまれなくなり、午後からはイリスも手伝うことを申し出るとリュカもカインも諸手を上げて喜んだ。


 イリスは台帳を一つ受け取ると、一枚目から丁寧に内容を確認する。

 基本的にはまず台帳の人物の出生日時を見て、今何歳かを計算する。十代以外は即除外だ。

 次に十代だった場合、この資料が届け出られた日付を確認する。十代で結婚や出産をする者は少なく、大体は出生日に届け出られた時のままだ。その場合はその人物を除外し、出生日と届け出日が大きく異なる者に付箋を付けて分かるようにしておくのだ。

 後は革命軍がしらみつぶしに該当者を訪ねて廻り、直接確認するとのことだった。

 それも途方もない作業だとは思ったが、とりあえず国民台帳の閲覧には期限が決まっているので、先ずはその決められた期間内で出来るだけ該当者を絞り込むことが優先だった。


「……」


 そこまで思考を巡らせてから、イリスはふと、三日間という期限が設けられていることについて疑問を持った。


(どうして、三日間なのかしら)

 

 二人がかりで全ての国民台帳を閲覧するのに、適当な日数設定なのかもしれない。

 だが閲覧を許可した以上、敢えて閲覧する時間に制限を設ける意味が見い出せない。


(もしかして、閲覧自体に制限が必要なのではなく、別の意図のためにその日数が設けられているのかしら……)


 例えばその三日間、リュカとカインを閉じ込めておくための口実として、国民台帳の閲覧に敢えて期限を設けた。という可能性は十分にあり得る。

 三日間しか使用できないとなれば、二人は与えられた時間内に何としても手掛かりを掴もうと自らこの部屋に籠りきりになるだろう。

 

 もしくは、閉じ込めておきたいのはリュカとカインではなく――。


「……ス、イリス!大丈夫?」


 考え事をしていて、呼び掛けるカインに全く気付かなかったようだ。

 椅子に座って台帳に手を掛けたまま固まっているイリスを心配して、カインが肩を掴んで揺さぶりながら何度も名前を呼んでいた。


「……ごめん、ちょっと考え事をしていて」

「疲れちゃった?ごめんね、手伝わせて」


 心配そうに顔を覗き込むカインに微笑みを返す。

 カインの隣では、リュカも同じような顔をしながらこちらを見ていた。二人に、もう一度大丈夫だと告げてからイリスは再び台帳に視線を落とした。


 しかしその紙面に書かれている内容は、もう一切頭に入ってこない。



 物事は多角的に捉えて考察せねばならない。

 だから、一つの考えに囚われそれ以外の可能性を考えないという事をしてはいけない。思考を止めてはいけないのだ。

 それが分かっているのに、イリスの中では、もはや予想は確信に変わっていた。


 この三日間、行動を起こさせたくないのはリュカとカインではないだろう。

 

 それと同時に、自分の中に小さな疑念が生まれた。

 それはあっという間にイリスの心を侵食し、暗く、重くのし掛かる。

 イリスはこの疑念をどうしていいか分からず、ただ、目の前の台帳を見つめるしかなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ