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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第一章 回り始める運命の歯車
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閑話 エルヴィンの誤算 4

 床に散乱する、爆発によって所々砕けたり溶けたりしている機械をただ呆然と見つめる。

 サルヴァは未だ機械から視線を外さず、工具を使って出来る限りその構造を調べていた。


「爆発で熔解した部分もあるので断言はできませんが、これには電気信号を伝える回路が組み込まれているようです。……これが猫に付いていたということは、猫の神経に電気信号を与えて、操る仕組みだったのではないかと思われます」

「……では、どんな動物でも操る術があるということか?」

「それは……この状態では分かりかねます」

 

 動物を意のままに操れるということは、人間も操ることが出来るのだろうか。もしそんなことが可能ならば、これほど有用な技術はない。


(何としてもこの技術が欲しい)


 今まで誰も成し得なかった夢のような技術だ。その使い道はいくらでもある。

 だが浮かれてばかりもいられない。この技術が今まさに、ドルシグに対して使用されているのだから。


「どこの国の物だ」

「……」

「サルヴァ」


 思わず険のある低い声が出た。その鋭さに、未だ機械を弄っていたサルヴァが身体を震わせてピシリと固まる。


「だ、断言はできかねますが、……これは大国の物ではなさそう、です。機械には造り手の個性が出る。これには革命軍の盗聴器と似た部品も使われておりまして、もしかすると……革命軍の物やもしれません」

「ばかなっ!」


 あんな寄せ集めの素人集団に、こんな精巧で斬新な機械を造り上げるだけの技術を持った者がいるというのか。


「信じられないな」


 もしこの機械が本当に革命軍の物だとするならば、ウィレンツィアにあるゴットハルト工房辺りの人間が革命軍に協力しているのだろう。あそこはちまちまと庶民的な物を製作させるのには惜しい技術力を有している。

 だが仮にこの機械がゴットハルト工房の物だとしても、一介の工房程度で開発できるようなものではない。俄には信じられなかった。

 

「動物を操る技術もだが……ではこれを、一体何処から操っているというのだ?」


 操縦者がいる可能性を考えて、周囲に目を配る。

 しかしすでに闇が降りた森の中は再び静まりかえり、動く者の気配は感じられなかった。

 何かを言いかけてサルヴァが口を開きかけるが、言い淀み再び閉じる。それを一睨みし、続きを促した。

 サルヴァは肩をビクリと震わせ、そして覚悟を決めたかのように視線を上げてこちらを見た。


「……肝心の回路が壊れているので正確には分かりませんが……かなり遠くからでも操作できるやもしれません」

「……」


 遠隔操作できるという事か。いったいどの程度まで離れても操れるものなのか。

 もしもあの猫を城の周辺ではなくウィレンツィアの王都にいながら操作できるのならば、間者を使わずともできることが増える。こんな動物が何かを探っているなど、誰が思うものか……。


「!」


 そこまで思考を巡らせ、唐突にある考えに至った。


「……やられたな。遠隔操作の機械に気を取られ過ぎた。もしかするとこれには他に、盗聴器が付いていたかもしれん」

「これにですか?」


 ヘルムートがまじまじと床に散乱する機械を覗き込む。

 遠隔操作して何かをさせようとしても、動物では所詮出来ることは限られている。だが盗聴には最適だ。誰も動物が聞き耳を立てているなどとは思わない。革命軍もそう考えたのだろう。


(恐ろしい技術だな。……だが面白い)


 救いはこの技術が大国ではなく革命軍の物だという事か。

 革命軍の資金力では量産もできないだろう。現段階ではまだそれ程脅威ではないはずだ。


(この技術を持った革命軍の技術者が、次にどう動くか)


 おそらくこの技術を大国に渡し、味方に付いてもらうだろう。各国もこれだけの技術者を逃すはずはない。この技術と引き換えであれば革命軍に対する協力を惜しまないだろう。


 ではこの技術者が三国のうち何処へ向かうか。


 ウィレンツィアはこのラプェフェブラ大陸の中央に位置しているが、ウィレンツィアの北西から南にかけて、世界の尾根たるストレアル山脈が連なっている。ドルシグ、サンスタシア、ウィレンツィアの三国からオートレアやエダルシアに向かうには、どうあってもこの山脈越えが必要だ。


 距離的に考えて、オートレアとエダルシアはないだろう。

 ウィレンツィアやもしくはドルシグに潜伏という可能性もゼロではないが、その選択はしないはずだ。メリットがない。

 であれば、この技術者が向かう先はサンスタシア一択だ。

 技術者であればサンスタシアに向かうのは必然に思える。あそこは科学技術大国などと呼ばれていい気になっている国なのだ。自分の技術を評価してもらいたいと考えるはずだ。


「サンスタシアへ向かう。フラッデルの用意を」

「閣下自ら向かわれるのですか?」


 ヘルムートが驚いて目を見開いているが、その言葉には答えず歩き出しながら言葉を続けた。


「東側に向かった革命軍の人数を報告させろ。その中に探している人物が必ず居るはずだ」

「はっ」

「サルヴァ、壊れていてもその機械の解析を続けろ。封印の扉よりそちらが優先でいい」

「御意」


 回廊を後にし、城内を靴音も高らかに突き進む。

 ヘルムートが並行して付いてきながら、これからの動きを確認する。俺の言葉少なな発言でも、その意図を汲み取り理解したようだ。


「革命軍が本拠地を出て各地に散ったのが三日前です。そのほとんどが徒歩での移動であるため、サンスタシアまではまだ到達していないでしょう。ヴェントの町の手前に兵の潜伏先があります。連絡を入れて兵と馬の準備をさせておきますので、そこからは馬をお使いください」


 的確な判断と対応力に目を見張る。これだから此奴を手放せないのだ。


「分かった。このまま出る」


 フラッデルを取りに行ったヘルムートと一旦分かれ、俺はそのまま城門へと向かう。

 暫く待つと思われたが、程なくしてフラッデルと外套を手にヘルムートも現れた。 


 俺はフラッデルに足を乗せると、すぐさま起動させる。ウィレンツィアから向かっても、夜中フラッデルで駆ければサンスタシアに着く前に追いつけるはずだ。


「閣下、先程東に潜伏させている兵からの報告も入りました。サンスタシア方面に向かった革命軍は八名。途中の町や村で何名かずつ分かれ、先程ヴェントの町に入ったのは青年と男児の二名だけだそうです」


 革命軍の技術者は必ずサンスタシアに向かうはずだ。ということは途中の町や村で別れた奴等の中にはいないだろう。ヴェントの町に入ったこの二人組の奴が技術者で間違いない。


 フラッデルに乗せた右足を操作する。その脇から両翼が飛び出したのを確認すると、踵を踏み込みフラッデルを急発進させた。


「後は任せる」


 ヘルムートが頭を下げたまま「ご武運を」と告げる。しかしその言葉は風を切る音に搔き消され、周囲の景色と一緒に後ろに流れて消えて行った。




◇◇◇   ◇◇◇◇


 

 

 夜中フラッデルで駆けた甲斐あって、ヴェントの町の手前で潜伏している兵士達と合流できたのは日付が変わってすぐの頃だった。

 ここから馬で駆けても、革命軍の奴等を確実に捕まえられるだろう。

 

 夜間であれば人目がほとんど無いので気にならないが、基本的にフラッデルでの走行は目立つ。ここからはヘルムートの手筈で用意された馬に乗ってヴェントの町へ入った。


 まずは宿屋を捜索するよう兵士達に指示を出したのだが、町には宿屋が一軒しかなかったようですぐに調べはついた。

 真夜中のため宿屋の主人も奥で休んでいたが兵士達が叩き起こし確認を取ると、二人組の客は昨日は一組しかおらず、その客は一旦宿は取ったようだが直ぐに出て行ったらしい。

 人物像も確認するが、青年と男児の二人組で間違いないようだ。

 

(逃げられたか)


 ここで捕まえられるのが一番手っ取り早かったのだが、相手も一筋縄ではいかないらしい。我々が追って来るだろうことを察して逃げたようだ。

 ここからサンスタシア領土内までは目と鼻の先だ。宵の口にヴェントの町を出発したのであれば、サンスタシアに逃げられてしまう可能性もある。

 子供連れのために、その歩みが遅いことに賭けるしかない。


「もうここに要は無い。行くぞ」


 宿屋内を尚も調べようとする兵士達に指示を出し、待つことなく馬で駆け出す。

 今は一分一秒が惜しかった。



 東へ伸びる街道を真っ直ぐに進むと、日の出前に街道の先に一人佇む青年を発見した。

 彼が革命軍の青年だろう。こちらを認識するなり、街道を外れ森の中に逃げ込んだ。

 しかしその姿からは、相当疲れている様子が窺えた。これなら捕まえることも容易だろう。

 報告にあった男児の姿は見当たらなかったが、子供が足手纏いで何処かに置いてきたのかもしれない。

 だが今はそんなことはどうでもいい。目の前の人物を捕らえることが最優先だ。


 兵士達の何名かに、馬から降りて森の中を追うよう指示を出す。

 どんなに森の中に逃げ込もうとも、行く先は分かっている。サンスタシア方面に向かって追えば必ず捉えることができるだろう。

 俺は急ぐことなく、悠然と馬を歩かせ街道の先へと向かった。



 森を抜けると、開けた草原に出た。遠く街道の向こうに、サンスタシアの帝都が見えている。

 兵士達が青年を追い詰めている頃だと思い周囲を見渡せば、街道より北側で繰り広げられていた光景に目を奪われた。


 サンスタシアの騎士が一人で、兵士達と戦いを繰り広げていたのだ。


 騎士は真っ白な軍服に身を包み、フラッデルを自在に操り兵士達を次々となぎ倒していく。

 噂には聞いて知っていた。サンスタシアには、フラッデルを操り戦う騎士がいると。しかもそれは女の騎士であるという。


 聞くのと実際に見るのとではこんなにも違うのかと目を剝く。自分でも乗るので分かるが、フラッデルをあのように操るなどとても人間業とは思えなかった。

 戦っているようには見えないのだ。まるで現実味が無い。そういう演武のようにすら見えた。


 驚いて見入っていると、視線に気付いたようで騎士が動きを止めた。

 倒れていた兵士達もこちらに気付いたようで、這う這うの体でこちらに向かって戻ってくる。

 その様子を見ても、騎士の実力が分かる。あの動きの中で、条約に抵触しないよう致命傷にならない程度に手加減していたのだ。


(凄まじいな)


 これが女の仕業だとは思えなかった。フラッデルを操る技術もだが、剣の腕も大したものだ。

 戻ってくる兵士達から視線を再び上げると、騎士はこちらに剣の切っ先を向け真っ直ぐに俺を睨み付けていた。


「……っ!」


 その姿に、一瞬にして八年前のあの時の光景が瞼に浮かぶ。

 琥珀色の髪、翡翠色の瞳。目の前の人物は、少し背丈が変わっただけで、あの時と全く一緒だった。

 景色までもが、今いる草原ではなく石造りの城内の一室に見えてくる。

 俺を見てもその翡翠色の瞳に怯えは無く、真っ直ぐにこちらを見据えていた。


 八年前のあの時もそうだった。弱冠十歳の王子は恐れることなく、真っ直ぐにこちらを見据えていたのだ。


 思わず込み上げてきそうになる嗤いを何とか押し殺す。騎士といくつか会話をしたが、正直殆ど覚えていなかった。


(面白い物を見つけて追って来たら、それ以上にとんでもない物を見つけてしまったものだな)


 俺は傍にいた兵士達に帰還することを伝えながら、もう一つの指示を出す。


「革命軍の動向はもう追わなくていい。あの騎士に付いて調べろ」


 ここにきて色々と誤算続きだったが、やはり運命は俺の味方だったというわけだ。


 八年の退屈が嘘のように、止まっていた歯車が音を立てて勢いよく回り始めたのを肌で感じながら、俺は意気揚々と帰還の途に着いていた。



 



これにてエルヴィン視点の閑話終了です。明日から第二章に入ります。

何度か毎日投稿が途絶えてしまったのが残念。第二章は頑張りたいところです。

鋭意執筆いたしますので、これからも応援よろしくお願いします(・∀・)ノ

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