閑話 エルヴィンの誤算 3
今回の話には動物に対する酷い扱いが含まれます。苦手な方はご注意下さい。
生き残りの王族がいると分かって、数日が経った。
革命軍はすぐさま行動に出ていた。
本拠地にしていた場所は今、もぬけの殻になっている。
革命軍には何の役にも立たない女子供も所属しているようだが、そういう奴等はウィレンツィア領土内の自宅に留まっていて、そいつ等を除いた他の全員で生き残りの王族探しに散ったという報告を受けていた。
まぁもっとも、その全員をかき集めても数十人といったところだが。
俺は先代国王に、生き残っている王族がいる事実を伝え揺さぶりを掛けてみようと試みたが、先代国王はその事実を知っても眉一つ動かさなかった。
「知っていた……という事か。やられたな」
その言葉に対して、先代国王の口角が僅かに上がるのを俺は見逃さなかった。
おそらく封印の扉に最初に連れて来た時すでに、その事実に気付いていたのだろう。
封印の扉には王族の生体情報が登録されている。八年前扉の開錠を試みた際、セキュリティパネルは認証不可により緊急停止し操作は出来なくなったが、何らかの方法でまだ生きている王族がいることを知ったのかもしれない。
(つくづく忌々しい扉だ)
これが千年前に造られた物だとは、到底思えなかった。
だがここ数日で、八年の沈黙が嘘のように漸く様々な真実が明るみになり事態が急変している。
そして今また、封印の扉に関して更に新しい事実が分かったという報告を受け執務室の扉を開いた。
「サルヴァ、何が分かった」
生き残りの王族がいると分かって以降、ドルシグには戻らずウィレンツィアに滞在している。ここ数日で歩き慣れた回廊を供も付けずに闊歩し執務室の扉を開ければ、そこには側近のヘルムートと科学者のサルヴァがいた。
ドルシグにおける科学部門の最高責任者であるサルヴァは、腰の曲がった老いぼれではあるがその頭脳は本物だった。
サルヴァは曲がった腰を更に曲げて恭しく一礼する。
「閣下、遂に封印の扉の開け方が分かりました。……何故先代国王では扉が開かなかったのかというと、あの封印の扉は王族が二人いることで開く仕組みのようです」
その言葉に一瞬目を見開いて驚いたが、次の瞬間嗤いが零れていた。
生き残りの王族がいることが分かったこのタイミングで、今王家の血を引く王族が二名生きて存在している。
「ふはははっ!運は我に味方しているということか!」
王族一人で扉が開いてしまう構造ならば、脅したり人質なりで無理やり開けさせることもできるため、鍵となる王族を二人にしてあるのだろう。どこまでも厄介な扉だ。
(今後は、その生きている王子か王女が重要になってくるな)
それと同時に、先代国王への対応を瞬時に頭の中で組み立てる。生き残りの王子王女を護るために、自決などされては敵わない。
(先代国王を勝手に死なせない為に、部屋に四六時中見張りを付けて監禁するか)
だが先代国王の監禁などが知られれば、他三国が難癖をつけてくる可能性もある。各国へそれを悟らせないために、病気療養中とでも言っておけば部屋に留めておく言い訳は立つか。
逆に革命軍には、この情報を流して何が何でも生き残りの王族探しを急いでもらう方が得策だ。先に先代国王の寿命が尽きてしまう可能性もある。
その場合生き残りの王子か王女に適当に相手を宛がって子を産ませるという手もあるが、ここからまた一年待つのも億劫だ。
王族が二人揃っているうちに事を成し得たい。
思考が纏まったところで執務室の扉を開け、いつも通り片手を軽く挙げて二人に盗聴器を気にせず話していい旨を知らせた。
「サルヴァ、声が小さくて聞こえん。何が分かった」
サルヴァは心得たように一礼をすると、封印の扉の開錠には王族二人の生体情報が必要であることを説明した。
これで、新しい情報が革命軍にも届いたはずだ。せいぜい血眼になって生き残りの王族探しをしてくれ。
(しかし、まったくあの先代国王は食えないな)
おそらく先代国王は、王族が二人いることで封印の扉が開くことも最初から知っていたのだろう。
封印の扉には王族の生体情報が登録されており、王族が二人いることで扉が開くのであれば、王族の血が絶えて残り一人になってしまった段階で扉は二度と開くことはない。
これだけの技術が詰め込まれている扉だ。その段階で扉の機能自体が止まるか壊れるかすることも考えられる。
しかし八年前のあの時、封印の扉はその機能を停止したのでは無く、開かなかった。つまり、まだ開く可能性があるということを示していた。そのことに先代国王は気付いたのだ。
だからこそ、各国に声明を出すことを拒まなかったのだろう。
世界平和条約に則り各国からの援軍を受けて、ドルシグを粛清することもできた。しかしそれをせず不本意な声明を出すことを吞んだのは、平和の象徴たるウィレンツィアが、その決断によって国土を戦場へと変えこれ以上の血が流れること防ぎ、王国民を守ったからだと思っていた。
(くくくっ、それは勘違いだったということか)
しかし実際は、孫を思う祖父心だったという訳だ。
ウィレンツィアの領土内を戦場にしてしまえば、あの時逃げ延びたであろう命を再び危険に晒してしまうかもしれない。せっかく生き延びた命が安全な場所へ避難するまでウィレンツィアを戦禍に巻き込みたくなかったのだろう。
各国への声明を出すことで他三国の援軍を抑止し、あの時生き延びた命が確実に安全なところまで避難するための時間稼ぎに使われたのだ。
「……っふふ、ははは」
八年前のあの状況で、よくそこまで視野に入れて即座に判断できたものだと思わなくもない。
ウィレンツィアの民を思っての英断だった面もあるだろうが、個人的感情が皆無だったわけでもないだろう。実に愚かしく人間らしい思考に思わず嗤いが込み上げた。実に愉快だった。
「っ!!」
突如として何かの気配を察し、一瞬で表情を引き締め窓の方を振り返る。
「閣下?」
「いかがなされましたか?」
表情が一気に険しいものに変わったからだろう。ヘルムートとサルヴァが声を掛けてきたが、気にする余裕は無かった。
(この違和感は何だ?)
窓の外からの視線を感じて、執務室の窓の取っ手に手を掛け一気に開け放った。
その音と振動に驚いて、窓の向こうのバルコニーを闊歩していた黒猫がビクリと身体を揺らしこちらを見た。
「閣下……猫がどうかなさいましたか?」
黒猫は直ぐに興味を失くすと視線を進行方向に戻す。そのまま優雅にバルコニーを横切り端まで来ると、ひょいっとバルコニーの手すりに飛び乗った。
(何だ……。何か嫌な感じがする)
何かは分からない。だがこういう感覚は見逃さない方がいい。
自分の直感を信じてここまでやってきたのだ。毒の入ったグラスを渡された時も、暗殺者を送り込まれた時も、その直前で違和感を感じた。その自分の直感を信じて行動してきたからこそ、今生きていることができている。
直感に従い、躊躇なくバルコニーの手すりに飛び乗った黒猫を切り捨てた。
――ドオォン!
「っ!!」
「閣下っ!!」
切り付けた直後、黒猫が爆発音と共に弾け飛ぶ。
咄嗟にヘルムートが前に飛び出して来て俺に覆いかぶさり、身を挺し爆風を防ぐ。爆発自体は周囲の者を殺傷するほどの威力はなかったが、爆風に煽られ一歩後退った。
城を取り囲む森からは、巣に帰ったばかりの鳥達がその音に驚いて、飛び立ったり鳴き喚く声が次々に沸き起こる。
一瞬にして辺りは騒然となった。
黒猫だったものはバルコニーの欄干を乗り越え、頭から階下に向かって落ちていく。
未だに俺に覆いかぶさって周囲の安全を確認しているヘルムートを押し退け、バルコニーの欄干から身を乗り出してその行方を追った。
「閣下っ!」
「ヘルムート付いてこい!サルヴァは階段からで構わん!」
確認すると、バルコニーから落ちた黒猫だったものはこの部屋よりも前に突き出している階下の部屋の尖塔の縁に落ちたようだ。
すぐさまバルコニーの欄干を飛び越え、城の屋根づたいに黒猫だったもののところまで向かう。
後ろからヘルムートの叫び声が聞こえたがそんなに柔な身体じゃない。今はあれの正体を突き止めることが最優先だった。
爆発で黒焦げになった黒猫だったものを覗き込むと、その腹に何かの機械が取り付けられているのが見て取れた。
(なるほど。違和感の正体はこれか)
ちょうど黒猫の腹に収まるくらいの大きさだ。先程黒猫を見かけた時は、腹の陰になって機械は全く見えなかった。
「閣下っ!危険ですから、……」
追いかけて来たヘルムートの視線が、黒猫だったものの腹に括りつけられた機械のところで止まる。
「か、閣下、い、いかがなされましたかっ」
続いて、曲がった腰で走れもしないのに階段をできるだけ急いで降りてきたのだろう。サルヴァが息を切らせながら、尖塔が見える回廊の窓を開けて声を掛けてきた。
息も整わないをサルヴァに、黒猫だったものを掲げて見せる。
「サルヴァ、何だと思う」
何だと問われて、何かがあることに気付いたようだ。サルヴァが窓から身を乗り出して凝視する。
「憶測で物は言えません。少々お待ち頂いても?」
サルヴァはお気に入りの玩具を見つけた子供の様に、好奇心に溢れた目を向けた。黒猫だったものを手渡すと、それを回廊の床に丁重に寝かせる。
そして懐から小さなケースを取り出すと、急いで蓋を開けてその中から工具をバラバラと床にぶち撒けた。
器用に左手の指の間に三本の工具を挟み、右手に持った使用する一本と持ち替えながら作業を進めていく。老いを感じさせないその様子に感心しながら、窓から回廊に身を滑り込ませた。
回廊に降り立つと、同じく窓から入室してきたヘルムートがハンカチを手渡してきたので、煤が付いた手を拭う。
その時、サルヴァが驚愕の表情で黒猫だったものから視線を外し顔を上げた。
「閣下っ……。壊れていて断言は致しかねますがこの機械、おそらくはこの黒猫を……自在に操ることが出来るかもしれません」
「……どういうことだ」
動物を自在に操るだと?そんなことが本当に可能なのか?
いったい誰が、何の目的で、何処から操っているというのだ?
思考が纏まらず、詳細の説明を求めて思わずサルヴァとヘルムートを交互に見る。
だが二人ともそのあまりの衝撃に、もはや言葉もなくただただ間抜けな顔を浮かべていた。
いや二人だけではない。
己も今、全く同じ顔をしているであろうことが自分でもよく分かっていた。




