閑話 エルヴィンの誤算 1
いつも読んでいただきありがとうございます!
第二章に入る前に、今日からエルヴィン皇子視点の話を入れます(たぶん四話くらい)。
無くても話は通じますが、ぜひお付き合い下さい。
(ああ、退屈だ)
執務机の椅子に深く腰を下ろし、背凭れに寄りかかりながら溜息を吐いた。
安寧だの不変だの、何とつまらなくくだらない時間の浪費だろう。人は何故こんな何の変哲も変化もない毎日に満足できるのだろうか。それが心底信じられなかった。
自分の中にあるこの渇きはいったいいつになったら満たされるのだろうか?
先代皇帝を亡き者にした兄とその次の兄を蹴落とした時は、この渇きも少しはマシだったような気がする。
ウィレンツィアに侵攻した時だってそうだ。生きていることを実感できるような喜びがあった。
このままウィレンツィアを手に入れて、『世界の力』を開放し、世界を手に入れよう。それはきっと、自分がずっと感じている渇きを埋めてくれるに違いない。そう思っていた。
――だが、事は思うように進まなかった。
ウィレンツィアを陥落させることなど容易かった。元々軍事力など皆無な国だ。何の手応えもなかった。
封印の扉については勿論事前に調べさせたが、如何せん千年前の遺物だ。謎が多く文献なども殆ど残っていないため、直接調べるより他有効な手段は無かった。
仕方なく、国について多くを知っていそうで御しやすい年寄りを生かしておくことにする。子供も捉えるのは容易いが、後々生かしておくと面倒になる。その点老い先短い奴は未来が無くていい。
そう考えて、国王夫妻と双子の王子と王女をこの手に掛けた。
後は適当に兵達が場内に居る者を殺して回っていた。実力差は歴然だ。話にもならない。
それこそあっという間にウィレンツィアは手に入った。もう少しぐらい歯応えがあってもいいものを……正直つまらなさ過ぎた。まぁそれでも、一時の快楽は得られたので良しとしよう。
先代国王に声明を出させ各国を牽制してから、封印の間に向かう。
せめてこれから手に入れる『世界の力』がこの鬱屈とした気分を変えてくれるといいのだが。
そんなことを思いながら、扉の前に側近やドルシグの科学者、ウィレンツィアの先代国王を連れてきた。この扉を開ける鍵となるのがウィレンツィア王家の人間だということくらい調べはついている。
先代国王は自分以外の王族が皆殺されたと聞かされ、随分と顔色が悪かった。
死ぬのなら扉を開けてからにしてくれ。無論、扉を開けてくれさえすれば、生かしておく道理はないが。
先代国王を扉の前に立たせると、すぐさま扉に付けられたセキュリティが眼球や指紋、静脈認証など、様々な点から本人であることを確認していく。厳重ではあるが別に特筆すべき技術ではない。しかしこれが千年前に構築されたものであるとするならば話は別だ。
千年前に滅びた世界というのは、今と同じかそれ以上に、科学技術が進んだ世界だったのかもしれない。そんな世界線で起こった戦争とは、いったいどんなものだったのだろうか。
それこそその戦争によって世界は滅んだのだ。世界を滅亡させるほどの脅威の只中に自分が存在していることを想像する。それは生きていることを如実に実感させ、血が湧き踊ったことだろう。
そんなことを考えていると不意に室内に不快な警報音が鳴り響いた。扉に目を遣ると、セキュリティパネルは認証不可により緊急停止し、画面は真っ暗になりそれ以上の操作は出来なくなっていた。
ドルシグから連れてきた科学者が目を剥いている。
漠然と扉が開くとしか思っていなかったため、不意を突かれて少々驚いた。しかし直ぐに我に返り、先代国王に視線を向ける。先代国王も驚いて目を見開き絶句していた。
演技ではないだろう。この状況で演技でそれができるとは思えなかった。
「なぜ開かない」
歩みより隣に立つと、呆然と立ち尽くしていた先代国王が気付き、こちらを見上げた。
「……分からない。……扉は我々王家の人間が鍵になっている。それは間違いではない」
一瞬こちらを見上げたが、すぐに先代国王は視線を扉に戻した。その顔は、信じられないと言わんばかりだ。
(ふむ。動揺はあるが虚偽は混ざっていなさそうだ)
人の機微には聡い方だ。間違いないだろう。
「王族でもお前では扉を開ける資格がなく、息子や孫なら開いたという事か?」
鋭く睨み付けてみたが、先代国王は怯むことなく真っ直ぐに睨み返してきた。役に立たないなら切り殺されても仕方がないこの状況でそれが出来るのは、老いたとはいえ一国を背負っていた者だということか。
「……王族が鍵になっている、としか伝え聞いていない。……私も扉が開かないとは思わなかった」
(こいつ以外皆殺しにしてしまった今となっては、確かめようもないな)
僅かばかり後悔するも、すぐにそんな些末なことは気にならなくなった。ウィレンツィアを手に入れた今、後はこじ開ければいいだけの話だ。
「こいつを連れていけ。見張りを付けて普段通り生活させろ。各国に付け入る隙を与えると面倒だ」
各国に向けて先手を打ち、先代国王から声明を出させてある。実際はドルシグがウィレンツィアを手中に収めていると分かっていても、条約に抵触しないうちは各国共手出しはできない。
無論、各国に付け入る隙を与えるような情報を掴ませるなど間抜けなことはしない。
(『世界の力』を手に入れてからなら、いくらでも相手をしてやるがな)
世界を相手にするなど楽しそうだ。気が付くと久しぶりに、声を上げて笑っていた。
――しかし、ここから更に誤算が生じた。
色々調べさせたが、扉に付いているセキュリティ装置の構造は現代の物とは違うらしく、解析に時間を要するとの報告が上がる。
ならばいっそ、扉の脇に穴でも開けて中に入ろうと考えた。どうせこの城は石造りなのだ。
しかしそれは試みる前に、それを予見したかのような先代国王によって止められていた。
「この城は重要機密情報の漏洩を防ぐために、積まれたレンガの一つでも引き抜こうものならば、封印の間は崩れる構造になっている」
年寄りの世迷い事だと一蹴したが、先代国王が尚も言い募る。
「もしそれを実行するのであれば、自分は構わないが身の回りの世話をしてくれているウィレンツィアの者だけは城外に逃がしてからにしてくれ」
憎しみを抑え頭を下げ懇願する姿に、僅かながら疑念が生まれる。こういう疑念は放置しない方がいい。万が一を想定し、城の構造を調べさせることにした。
結果、その言葉がはったりではなかったことが分かった。
建築や土木の観点からも調べさせたが、皆一様に驚くばかりだった。
「恐れながら閣下。仰る通り、この部屋の何処か一部分を壊すだけで部屋全体に影響が出る造りのようです。もしかすると城全体にも影響があるかもしれません。どのように造られているのか全く想像もつかず、これが千年前の技術かと思うとその技術力の高さに感服するより他ありません」
地震などの自然災害もなく、この城は平和の象徴として長く存在していることは知っていたが、それ程までに千年前の技術の粋を集めて造られた物なのかと驚く。
同時に、手詰まりだと理解した。
こじ開けられないのであれば、扉のセキュリティを崩すしかないのだが、それに当たっている科学者や技術者からは、歯切れの悪い返答しか返ってきていない。
怒りのままに役立たずを切り捨ててしまいたいが、それでは優秀な人材が減っていくだけだ。得策ではない。
いったいどのくらい時間が掛かるのだろう。科学者ではない自分には見当もつかない。
また暫くは退屈な日々が続きそうで嘆息した。
――それから八年も月日が流れるとは、この時の自分は思ってもいなかったのだ。




