廻り始める運命の歯車
カインは一瞬後ろを振り返り、ちらりとリュカを見た。
リュカはカインがテオドール帝と話し始めてからずっと、カインの話す内容に目を見開き驚きの表情を浮かべている。
何も知らされていなかったことに対して憤ってもおかしくない状況なのに、リュカは振り返ったカインと目が合うと、なによりもまずその目に心配の色を滲ませた。
「……」
その視線に困ったような曖昧な笑顔を返すと、カインは再び前に向き直った。
(カインはきっと、リュカを巻き込みたくなかったのね)
カインより後方に控えるイリスには、その表情をつぶさに見て取ることができた。おそらくカインは、リュカを巻き込まないために何も知らせていなかったのだろう。
リュカを囮に使ったのかとレオンから聞かれて笑っていたカインを思い出す。その実カインはその小さな身体で、リュカを本当の意味では守っていたのだとイリスは思った。
「今回分かったのは……『世界の力』を守る封印の扉の開け方なんだ」
カインは一呼吸置くと、ゆっくりと話し始めた。
「封印の扉の開け方を知ってるって、さっき言ってたよね?」
「ああ。ウィレンツィア王家の人間が鍵になっているんだろう?」
「そう。鍵とは、王家の人間そのものを指していたんだ」
カインは指で摘まんだままだったトンボを再びカバンにとまらせると、拳を握ってテオドール帝の前に突き出した。
「高度な技術によって造られた封印の扉は、その内部に王族の生体情報が登録されているんだ。眼球、指紋、静脈認証など、あらゆる方面から本人確認を行い、その封印が解かれる仕組みになっているんだよ」
カインが握った拳から一本ずつ指を立てて、封印を解くための手順について説明をする。
だがその説明を、テオドール帝は首を振って否定した。
「その言い方には語弊があるな。さっきも言ったが、先代国王では今現在扉は開いていない。亡くなった国王の生体情報が必要だったのだろう?」
カインの言い方だと王族の誰の生体情報でも扉が開くことになる。けれど実際のところ、先代国王が居るにも関わらずドルシグ帝国は封印の扉の開錠に成功していない。であるならば他の特定の、例えば現国王の生体情報が必要だったと考えるのが妥当だ。
だがその現国王を殺してしまったがために、ドルシグ帝国は封印の扉をこの八年間開けることが出来なかったのだろうと予想できる。
けれどそんなテオドール帝の考えを否定するように、カインは小さく首を振った。
「問題はここからなんだ。ドルシグも、封印の扉を開けるための王族は一人いればいいと考えて、ドルシグの乱の時に老齢の先代国王だけを残したんだ。……だけど、扉は開かなかった。けれど扉の研究を続けて、ついに登録されている生体情報から生きている王族がもう一人いることが分かった。そして……」
そこで言葉を区切り、カインはテオドール帝の澄んだ碧の瞳をじっと見つめた。
「封印の扉の本当の開け方を知ったんだ。封印の扉は……王族が二人いることで開けることが出来る」
「ではっ……」
あまりの衝撃にテオドール帝は声をあげたが、次の言葉は続かなかった。
死んだと思われていた、正当なウィレンツィア王家の血筋である王子か王女が生きていた。そして「世界の力」を手に入れる為には、その生き残っていた王族も必要となる。――それは、つまり。
「その生きていることが分かった王子か王女の存在が、世界を変えるんだ」
その身がドルシグ帝国の手に渡れば、「世界の力」の封印は解かれ、世界は再び戦禍にのまれることだろう。
また、もしこの事実が明るみになり、革命軍でない誰かが先に王子か王女を見つけたのならば、世界大戦になるくらいならとその命を奪うこともあるかもしれない。
生きて存在していること自体が、世界にとっての脅威なのだ。
もはやその存在は、世界の命運を握っていると言っても過言ではなかった。
◇◇◇ ◇◇◇
テオドール帝との謁見を終えて、一同は先程通ってきた外回廊を再び歩いていた。
先刻は薄暗がりとはいえ日が沈んだばかりの時間帯だったが、時刻はもうすでに夜遅く、東の空には満月から僅かに掛けた月が輝いていた。
外回廊の石造りのアーチから、その明るい月の光が降り注ぎ回廊の隅々までを照らしている。
聞きたいことも話したいことも山程あるはずなのに、自分達の中で情報を処理しきれず、誰もが黙ったままその歩みを進めていた。
だがそんな沈黙に耐えられず、カインが重い空気を破る。
「……そういえば、レオンは皇帝陛下の所に残ったんだね」
その問いかけに、ぼんやり前を歩いていたロイが振り返った。
先程テオドール帝の前を辞する際に、レオンだけ執務室に残ったのだ。
「フラッデル隊のリーダーはレオンだからね。先程はリュカとカイン側からの話を聞いたけど、僕達からの報告も必要なんだよ」
「大国の騎士さんって、朝早くから夜遅くまで本当に大変なんだね」
カインが感心して労うように告げるが、それに誰も答えることはなく、一同の間にはまた沈黙が流れた。
「あ、ここだよ。この客室を使ってくれ」
外回廊からいくつか扉をくぐり廊下を抜けて、目的の部屋まで辿り着く。
リュカとカインをサンスタシア帝国で正式に保護することになり、ロードベルク城内の客室で暫く匿うことになったのだ。
「扉の前に衛兵を配置してあるから、何かあったらすぐ助けを呼んでね。私達もすぐに駆けつけるから」
イリスがカインの手を取ると、自身の両手で包み込みながら伝えた。
「心強いや。ありがとう」
カインの隣を歩いていたリュカは、本当にもう限界で話す気力すらもないようだ。イリスの言葉に力なく頭だけを下げている。
「あとで食事を運ばせるから、食べられそうだったら食べてゆっくり休んでね」
手短に伝えてから、手を振るカインを笑顔で見送ってその扉を閉める。
閉まった扉をしばらく見つめ、イリスは暫くその場に立ち尽くしていた。
漸く長い長い一日が終わったと感じているのに、ここからが始まりのような気がしてどうしても胸が騒いでいた。
◇◇◇ ◇◇◇
リュカとカインをイリスとロイに送らせるよう指示を出し、四人が出て行った扉をテオドール帝は黙って見つめる。
再び重々しく扉が閉められたのを確認してから、独り佇むレオンに視線を移した。
「ではレオン、今日起こった出来事の仔細の報告を聞こうか」
毎日の定時報告では、レオンはいつ何時でも主観を挟まず起こった出来事を淡々と報告している。しかし今は、皇帝陛下の御前だというのに何を言うべきかを迷い、考えあぐねていた。
そんなレオンを見てテオドール帝は、困ったように微笑むと優しく声を掛けた。
「では言い方を変えよう……レオンは私に何を聞きたい?」
「陛下っ!」
テオドール帝の発言に驚いた表情を見せたのは、その隣に控えるジェラルドとアイザックだった。
そして何かを言いかけたアイザックを、テオドール帝は軽く手を挙げて制した。
そのやり取りを見ていたレオンの心は決まった。最早自分の中にある予想は、確信に近いものになっていた。
「では不敬を承知でお訊ねします。自分は今日リュカスとカインの話を聞いて、ある一つの仮定に至りました。……そうであって欲しくはないと思っていますが……帝は……ご存知だったのですか?」
傍から聞いているとレオンが何を言いたいのか、肝心な事が全て伏せられていて全く要領を得ない質問だった。
だがレオンはあえて全ては語らず、テオドール帝に知っていたのかと聞いた。
その質問に、テオドール帝はどこか寂しげに微笑むと一つ頷きを返した。
「レオン。君の考えは正しい、とだけ伝えておこう。そして私は……そうだね、最初から全てを知っている」
ある程度予想していた答えではあったが、レオンはその返答に少なからず衝撃を受けた。
そして視線をテオドール帝からアイザックに移す。アイザックはレオンの視線を感じ、目を逸らさずに真っ直ぐに見つめ返した。
「この後どう動くかね?軍総司令官殿」
不意に問われ、アイザックは尚も射るような視線を向けるレオンから視線を外し、暫し思案してからテオドール帝へと向き直った。
「……私情ではなく、まず私の義母を保護しに向かいたいと思います」
自分の考えていたことと意見が違ったためテオドール帝は一瞬眉根を寄せたが、すぐにアイザックの意図を理解して頷いた。
「そうだね、急いだ方がいい。必ずドルシグの手の者も来るだろう」
「待って下さいっ!」
礼を取りすぐにテオドール帝の前を辞そうとしたアイザックを見て、慌ててレオンが声を掛けた。
「ドルシグ帝国も動き出すであろうこのタイミングで、隊長が軍を離れるのは国にとってリスクが大き過ぎます」
レオンが一歩前に踏み出し、握った拳を自身の胸に当てた。
「俺が行きます」
背を向け扉に向かって歩み出していたアイザックもその脚を止め、レオンを振り返る。
「俺なら、何故隊長の義母君を保護しなければならないのか理解しており、適任であると考えます。……そして、」
そこで言葉を区切ったレオンは、振り返り真っ直ぐにアイザックを見た。
「隊長は今、ここを離れるべきではありません」
レオンは今朝方、ドナの森の前で対峙した時のエルヴィン皇子のことを思い返す。
カインを追って来たであろうその人は、結局何もしないで不敵に去って行ってしまったのだ。それは一体何故か。
エルヴィン皇子はカインよりも重要なものを見つけてしまったのだ。だからカインをこれ以上追うことも、ここで深追いすることも止めた。
国のためもあるが、護るべき者のために、レオンはアイザックにここに残っていて欲しかった。
「分かった。その任、レオンに任せよう。直ぐに出られるか?」
「はい。お任せください」
レオンはそれ以上言葉を重ねることなく、一礼すると執務室を後にする。
去り行くその背中を見つめテオドール帝は一つ大きく息を吐くと、椅子の背凭れに寄りかかり深くその身を沈めた。
「『運命』とは存在すると思うかい?アイザック」
アイザックはまだ、レオンが今しがた去った扉を見つめたままだ。
「……分かりません。しかし、止まっていた歯車が回り始めたのは、事実かと思います」
「詩人だね」
ふふっとテオドール帝が眉を下げて困ったように微笑む。
椅子の背凭れに寄り掛かった身体を戻すと、テオドール帝はスッと表情を一変させ、厳しい顔付きになった。
「さて、どうするかな……。ここからどう動くかに、これからの世界の全てが掛かっている」
テオドール帝は深く息を吐き、虚空を見つめた。
「隠していたわけではないが……もう少しこのままでもよかったと思うんだけどね。運命は待ってくれないらしい」
誰に聴かせるでもないテオドール帝の独り言が、静かな執務室内に響き渡る。
その呟きに隣に控えるジェラルドもアイザックも何も返すことが出来ず、ただ黙ってその言葉を深く受け止めた。
まるであつらえたかのように歯車は嚙み合い、あらゆる偶然を引き寄せて、運命は確実に動き始めていた。
エルヴィン皇子は気付いてしまったのだ――イリスという存在に。
これにて第一章完結です。
悩みながら執筆する日々が続いておりますが、ここまでくることができたのは読んで下さっている皆様のお陰です。本当にありがとうございます!
書いてる本人では分からないので、「内容が分かりにくい」「ここ矛盾してる」などなどありましたらご指摘よろしくお願いします。
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