脅威となるもの
その場の誰も言葉を発せず、皆がカインが次に何を告げるのかを待っていた。
刺さるような視線が集まり、沈黙が押し寄せる。そのあまりに重たい空気に、さすがのカインでも自分が言った事の重大さに気付いたようだ。
カインは胸の前で両手をブンブンと大きく振ると、先程のテオドール帝の発言を否定した。
「無理無理!それはできないよ。人間のような大きな生物を意のままに動かすのなら、それ相応の巨大な装置くらいの機械が必要になるんだ。腕や足みたいに一部分を動かすのならまだ現実味があるけれど、人間どころか大型の動物であっても、出来ないとは言わないけれどそれを操るのは現実的じゃない」
カインの言葉に、一同がほっと安堵の息を吐く。
もしこの技術が実用可能でドルシグ帝国に渡ろうものなら、再び世界中が戦火に見舞われることだろう。
テオドール帝も安堵の表情を隠さず深く息を吐いたが、すぐに表情を険しいものへと戻した。
「……では最後に。この技術のことがドルシグ帝国側に知られてしまい、君たちは追われることになったのだったね。であるならば、今後も君達は追われる立場になる。エルヴィン皇子は君の技術の全貌を知ったのだろう?」
そこで初めて、イリスはその可能性に思い至っていたことを思い出した。
「本物の盗聴器」の存在を知ったからこそエルヴィン皇子は自ら追って来たのだ。だからこそイリス達は、ヴェントの町まで駆けカインの保護を急いだ。
(この技術についてすでにエルヴィン皇子が知っているというのは、ものすごく深刻な事態なんじゃないかしら)
これだけの技術を見せられ、黙っているエルヴィン皇子ではないだろう。今後何としても、開発した技術者を捕まえてこの技術を手中に収めようとするはずだ。
だがイリスの懸念を余所に、当のカインは子供らしく首を傾げた。
「……大丈夫じゃないかなぁ。エルヴィン皇子が気付いたのは、『生物を自在に操ることが出来る』という技術だけだと思うよ」
「それはそうだろう。……その技術こそ何よりも手に入れたいから、エルヴィン皇子は自ら追ってきたのだろう?」
カインが何故そこで大丈夫と言い切れるのかその真意が分からず、皆が首を捻る。
生物を自在に操ることが出来る――それは今までどんな技術者でも成し得なかった夢のような技術だ。喉から手が出るほど欲するのは当たり前であり、その技術の存在が知られてしまった以上、大丈夫と言えることは何一つなかった。
しかしカインは緩く首を横に振る。
「そうじゃなくて、えっと……。先ず、盗聴器がバレた経緯から話すね」
カインは頭の上にとまっていたトンボを指で掴むと、目の前に掲げて見せた。
「ドルシグ軍を探るための本物の盗聴器は、猫に付けていたんだ。そしてその猫には、これよりももっと大きな盗聴器を付けて城の近くで盗聴させていたんだよ。遠隔操作を可能にするなら、そのくらいの大きさが必要だったんだ」
(……カインがドルシグ帝国の手に渡らなくて、本当に良かった!)
何度そう思ったか分からないが、イリスはカインの言葉を聴くたびにそう思わずにはいられなかった。
小動物であれば遠隔操作も可能になるだけで、出来ることは格段に増える。使い方を一歩間違えればそれこそ戦争の道具にもなり得る恐ろしい技術だった。
次にカインのその口から何が飛び出してくるのか、最早イリスは戦々恐々としながらカインの言葉に耳を傾けていた。
「なるほど。ではエルヴィン皇子は、猫ぐらいの動物であれば遠隔操作する術があるということを知った。ということかい?」
テオドール帝がカインの話を要約するが、カインの言いたいことはそういうことではなかったようだ。再び首を振ると、何かを思案するように首を傾げ視線を彷徨わせた。
「それはそうなんだけど、僕が言いたいのはそういうことじゃなくて……。んー、じゃあさ、皇帝陛下は僕のこの技術を知って、何が一番の脅威になると思う?」
言われてテオドール帝も「ふむ」と執務机に肘を付き手を組んで唸った。
後方に控えるイリス達も、カインのその堂々たる背中を見ながら思考を巡らせる。
何が脅威になるかと問われれば、一番は生物を操れるということだろう。そんなことが出来たのならば、戦争において戦況が覆る。
だがカインは大きな生物は操ることができないと言っていた。であれば、現段階ではこの技術はそれほど脅威ではない。では他に、この機械の何が脅威となるのか。
イリスは首を捻りながら、一国の皇帝陛下相手に堂々と立ち振る舞るカインの背中を見つめる。
頭の上にいたトンボは今カインが再び指で摘まんで持っているので、盗聴器を搭載したトンボは後方に控えるイリス達からは見えない。
(まぁカインの頭の上にいた時ですら、小さすぎて盗聴器なんて見えはしなかったけど……)
「!!」
そこで、イリスははたと気付く。
テオドール帝も答えに辿り着いたようで、組んだ手を放し、目を見開いていた。
「……この小ささ、か」
「ご名答」
つい先程初めてそれが盗聴器だと知った時、その小ささに脅威を覚えたのは間違いないのだが、その後の生物を自在に操れるという前代未聞の技術に翻弄されてそのことがすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
つまりはエルヴィン皇子も、猫を自在に操れるというその見たこともない技術に心奪われ、盗聴器の小ささまでは思い至っていないという事なのだろう。その上カインは、猫にはもう少し大きな盗聴器を付けていたと言っていた。であるならば、その盗聴器をトンボに付けられるサイズまで小さくできるなど考えもしないはずだ。
「なるほど。確かに生物を操れるのは素晴らしい技術だが、人や大型の動物などは操れないとなれば、それほど脅威ではない。寧ろ、このトンボが盗聴器として送り込まれでもしたら警戒のしようも無く、これほどの脅威は無いかもしれないな」
感心しながらテオドール帝が頷く。だがそれも一瞬で、一拍置くと再び厳しい表情で話を続けた。
「だが、捕まえた猫から機械を外してどの様な構造か調べることもできる。すでにその技術がドルシグ帝国に渡り、ここから更に開発を進めて人体を操る術を完成させるかもしれない。それは、これ以上ない脅威となるのでは?」
「それはたぶん難しいと思うよ」
テオドール帝が更なる可能性を示唆したが、それをカインは被せ気味に即座に否定した。
「その根拠は?」
テオドール帝は鋭い視線をカインに向ける。
国を背負う者として、憶測で物事を楽観的に捉えることはできない。その判断に今後の国の命運が掛かっているからだ。
しかしカインは自分を射抜くようなその視線を物ともせず、堂々と答えた。
「機械を付けていた猫だけど、エルヴィン皇子が執務に使っている部屋のバルコニーを徘徊させてたんだ。そしたらエルヴィン皇子が何かを察したみたいで、いきなりバルコニーの窓を開けると猫を切り殺しちゃったんだよ。その時に機械の方も一緒に壊れてる」
盗聴器越しに聴いていたのだろう。カインがその時の状況を詳細に説明する。だがそれにも、テオドール帝は即座に否定で返した。
「ドルシグ帝国とてそれなりの技術者を有している。壊れたくらいでその構造を解析できないとは思えないが?」
テオドール帝のその言葉を受けて、カインは自慢げにふふんと鼻を鳴らして答えた。
「それは大丈夫。バレるとは思ってなかったけれど、それも想定に入れて造ってあるからね。あの中には小型の爆弾も入ってたんだ。切られた衝撃でそれが爆発したはずだよ」
機械の存在が露見してもその技術を盗まれないために、対策を万全に施していたようだ。
得意気な口調で自信満々に答えるカインだったが、そこでふと何かを思い出し視線を落とした。
「でも……猫が危険な目に遭わないように、身体から無理に機械を外すと数秒後に爆発するようにもしてあったんだ……だから、本当なら猫は大丈夫なはずだったんだけど」
胸の前で手を組み、カインが悲し気に俯く。犠牲にしてしまった猫に対して、罪悪感を感じているのだろう。
「猫のことは残念だったが……。ではなぜ、エルヴィン皇子はバルコニーを徘徊していた猫を、いきなり切り殺したんだ?」
テオドール帝は気持ちに寄り添いながらも質問を続ける。今はカインの感傷に付き合っている暇はなく、少しでも有益な情報を得ることが先決だった。
カインは俯けていた顔を上げ、テオドール帝を見上げた。
「あの時エルヴィンは新たな情報を掴んだんだけど、その時警戒心が働いたんだと思う。何かの気配を感じてバルコニーを開けて、気配の正体を調べてた。それがただの猫だと分かっても、念のため猫を切り殺したんだよね」
(……確かに。エルヴィン皇子の、自分に敵対するものに対しての警戒心は強そうだった)
イリスが今朝エルヴィン皇子と対峙した時も、イリスの考えを即座に見抜いていた。それを思えば、敵意や悪意などはより鋭く察しそうだと思えた。
「虫の知らせとはよく言ったものだが、何かしら気付く要素があったのかもしれないな。カインの話を信じていないわけではないけれど、こちらとしてはあらゆる可能性を視野に入れておかなければならない。多角的に物事を考えながら、今後警戒に当たらせてもらうよ」
「気を悪くしないでくれ」とテオドール帝が付け加える。それに対してカインがゆるく首を横に振った。
「さて、それでは……さっき最後の質問と言ったが訂正するよ。今の会話で気になることがあったからね」
先程のカインとテオドール帝の会話で、何か気になる点があっただろうかとイリスは記憶を辿る。けれど会話の内容と情報の一つ一つが強烈過ぎて、どんなに記憶を辿っても何も不審な点は思い出せなかった。
そんなイリスとは対照的に、何かを確信しているかのようなテオドール帝はゆっくりと口を開いた。
「先程の会話にあった、エルヴィン皇子が掴んだ『新たな情報』とは何だい?」
今日は本当に驚くこと続きで、これ以上驚くことがあるだろうかとイリスは疑問に思いながらもカインの背中を見つめ続ける。
(でもきっと今からカインが話す内容は、おそらく……いいえ確実に、今後の世界の命運を握る)
何故かそう確信している自分がいて、イリスは震えるそうになる身体を必死に押さえ付けることしかできなかった。




