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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第一章 回り始める運命の歯車
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カインの盗聴器

 テオドール帝が驚愕の表情でカインの指先を見つめる。

 トンボが盗聴器であるという事がそもそもどういうことなのか、イリスにはまだよく分からない。だが先程カインが捕まえた時に見た限りでは本物のトンボにしか見えなかった。そしてそれは誰にも盗聴器であると気付かれることなく、今までこうして皇帝陛下の御前にあったのだ。

 それを考えれば、カインの手にある盗聴器が脅威以外の何物でもないことは誰の目にも明らかだった。


(……もしこの技術が、ドルシグ帝国の手に渡っていたら)

 

 恐ろしい考えがイリスの脳裏を過る。

 ウィレンツィア王国に眠る、千年前の世界大戦後に封印された「世界の力」。それがどんな物か、武器なのか戦術なのかすら後世に語り継がれていないが、そんな物が無くとも今カインの手の中にある盗聴器さえあれば、国を陥れること、内情を掴んで効率的に攻め入ることなど容易いと思われた。


「すまないが、それを間近で見せてくれないか」

「陛下!」

「構わない。いざという時はアイザックが助けてくれるだろう?」


 テオドール帝の提案をすぐさま隣に控えていた宰相のジェラルドが諫める。だがそれに悪びれる様子もなく、テオドール帝は宰相の更に隣に控える軍総司令官アイザックを覗き込んだ。

 声を掛けられたアイザックは、仕方なしといった感じで小さく嘆息する。


「……カイン、と言ったか。では陛下の前にそれを持ってきて見せてくれ」


 アイザックの言葉を受けて、カインは頷くと数歩前に出て摘まんで持っていたトンボをテオドール帝の執務机の上にポンと無造作に置いた。


「はい、どうぞ」

「!」


 手を引っ込めようとした際左手がカバンの淵に触れてしまい、カインは思わずそちらをチラリと見てしまった。そのカインの僅かな動きに反応して、アイザックが咄嗟に帯剣している剣の柄に手を伸ばす。

 皇帝陛下に対して何かを仕掛けようと思えばできる距離で不審に身体を動かしたのだ。アイザックの警戒は当然と言えば当然だった。


 そんなアイザックの一瞬の動きを察知し、イリスの身体も咄嗟にカインを庇おうと腰を浮かしかけていた。

 だがアイザックは、カインがただ手をカバンにぶつけただけだと判断し剣を抜くことはなかった。カインはそのアイザックの一連の動きに全く気付いていない様子で、ただニコニコと機嫌良さそうに笑っている。

 アイザックが剣の柄から手を放したのを見届けて、イリスも立ち上がることなくそのまま腰を再び落として片膝を床に付けたのだが、内心は肝が冷えていた。


(何事も起こらなくて良かった)


 カインとは数時間前に会ったばかりの仲ではあるが、行動を共にしたことで少なからず情が湧いている。

 できればサンスタシア帝国やテオドール帝に仇なすことなく、この謁見を終えて欲しいと思っていた。

 

(そういえば、リュカは大丈夫かしら?)


 ふと気になって視線を向けると、リュカは驚愕の表情のまま固まっていた。

 ここまで来る道中に話していた時も、リュカは本物の盗聴器について何も知らなかったが、本当に今初めて聞かされて驚いているようだった。

 そしておそらく、アイザックの動きにはカイン同様全く気付かなかったが、一国の皇帝陛下を前に動じることのないカインの一挙一動には気を揉んでいるようだった。


「アイザック、そんなに警戒しなくても大丈夫だと思うよ」


 テオドール帝の発言に、イリスがリュカに向けていた視線を前方に戻す。

 椅子から身を乗り出して執務机に置かれたトンボを覗き込もうとしたのだが、そのあまりの近付きぶりに、アイザックが手をテオドール帝の顔の前に伸ばして制しているところだった。


「お言葉ですが陛下、これが爆発物だと仮定した場合、私が盾になるとしてもこの距離は危険です」

「仮にこれが爆発する物だとして、この小ささでどれ程の威力が出ると?」

「それでもです。ご尊顔に傷が残るでしょう」

「顔の傷くらい気にならないよ」


 そんなテオドール帝とアイザックのやり取りを目の前で黙って聞いていたカインは、これ見よがしに大きく嘆息しながら答えた。


「あのさ、それ爆発したりしないよ?っていうか、そんなに小さくても人一人殺せるくらいの威力、僕なら付けられるけどね?」


 突然のとんでもない発言に、驚き過ぎてテオドール帝とアイザックは口を開けたままカインの言葉に答えることも出来ない。

 そんな二人を気にも留めず、カインは再び大きく嘆息しながら告げた。


「それにだよ?皇帝陛下を殺傷するくらいの威力のある爆発がこの距離で起きたら、僕の手もやられちゃうでしょ。技術者にとって手先の器用さは命なのに、自分で自分の手を駄目にするようなこと絶対にしないよ」


 尤もな意見に、テオドール帝とアイザックも唸るしかない。


「そうだよね、疑ってごめんね」

「……申し訳ない」

「別にいいよ。分かってくれれば」


 気にしていないとカインが軽く手を振る。本来であれば不敬極まりない態度だが、あまりにもいろいろなことが起こり過ぎていて、今はそんな些細なことを気にしている余裕がなかった。


「では、これが爆発するような危険物ではないと分かったということで……アイザックもいいかな」

「はい陛下。しかし、他に如何様な危険があるとも分かりません。警戒は引き続きさせていただきたい所存です」

「それはそうだね。カインには申し訳ないけれど、完全に信用しているわけではないんだ。警戒はさせてもらうよ」

「もちろんいいよ。でも、僕たちはサンスタシア帝国に協力をお願いしに来たってことだけは忘れないでいてね」


 仕方がないとカインが肩を竦める。

 話し方や表情などは子供らしいそれなのに、会話のやり取りは全く子供らしくなくてテオドール帝はくくっと喉の奥で笑った。


「ではこの盗聴器に関して、二、三質問があるのだが」

「いいよ。何でもどうぞ」


 自分の作ったものに対して絶対の自信があるのだろう。カインが腰に手を当てて胸を張るのが後ろ姿からでも分かり、イリスもなんだか可笑しくなって思わず笑みが零れた。


「先ず一つ、このトンボは本物のトンボにしか見えないのだが、盗聴器だという証拠は?」


 先程バルコニーにフラッデルで降り立った際、カインが捕まえていたトンボで間違いない。おそらく本物のトンボだろう。その際自身の工具を取り出し何か細工をしていたのは見ていたが、これがどうして盗聴器なのかイリスにも分からなかった。


「このトンボ、さっき外で捕まえて連れてきたんだ。ひっくり返してみて、お腹に何かついているでしょう?」


 カインの言葉を受けて、テオドール帝がアイザックに視線を送る。その視線に頷きで答えると、アイザックが慎重な手つきでトンボを摘まみ上げ、そしてお腹が上になるようにひっくり返した。

 

 トンボのお腹には、カインが言うように何か機械のようなものが取り付けられている。トンボの腹からはみ出ないくらいの小ささだ。これが本当に盗聴器だというのならば、従来の物よりも遥かに小さかった。


「……そうだね、君が言うようにお腹には確かに何らかの機械が取り付けてあるね」

「じゃあさ、僕に聞こえないようにそこで二人で何か言ってみてよ。僕がその盗聴器で聴いておくから」

「……」


 半信半疑のまま、テオドール帝が視線をトンボからアイザックに向ける。アイザックも動揺を隠しきれない表情ではあるが、テオドール帝の視線の意図を察し片手で口元を覆うと屈みこんで皇帝の耳元に口を寄せた。


(本当に大丈夫かしら……)


 イリス達の距離では、アイザックが何をテオドール帝に伝えたのか全く聞こえなかった。

 だが心配するイリスを余所に、カインは人差し指を立てると自信満々に答えた。


「今この扉を護っている騎士さんの名前は、デンバーとポール」

「!!」


 カインの言葉に、イリスは驚いて目を見開き、隣で同じように控えているレオンとロイを見た。

 レオンもロイも、信じられないという顔でカインの背中を凝視している。

 だがテオドール帝だけは、面白い物を見つけたと言わんばかりに目を輝かせてカインを見ていた。 


 執務室の扉の前に居た騎士の名前は正解だった。

 しかも今日はドルシグ兵の襲来という非常事態が起こり現在各方面の警戒を強めている。実はそのために、今執務室の扉を護る衛兵は騎士団の人間と交代していた。普段なら絶対にこの場の警護をしない二人が警護に当たっていたのだ。

 だからこそ、アイザックも事前の下調べなどが出来ない事柄として二人の名前を試しに言ってみたのだろうが、それなのに二人の名前が分かるということは、盗聴器が本物であるという確たる証拠でもあった。


「疑っていたわけではないけれど、この小ささだ。信じられない気持ちの方が強かったんだが……どうやら本当にそのトンボに付けられている機械が盗聴器のようだね」

「信じてもらえたみたいで良かった」


 テオドール帝の言葉に安堵の表情を見せたのは、相対しているカインよりも後ろに控えているリュカの方だった。ほっとして胸を撫で下ろしている。

 当のカインはと言えば、相変わらず飄々と大国の皇帝と渡り合っていた。


「では二つ目の質問だ。先程からこのトンボはあまり動いていないが、本物のトンボなのかい?それとも精巧に造られた人工物なのだろうか?」

「本物のトンボだよ。その機械、盗聴器と一緒に他の機能も搭載しているんだけど、これで動かせるんだよ」


 トンボは先程から、腹を見るために執務机にひっくり返されたまま微動だにしていない。テオドール帝の疑問も尤もだった。

 だがカインは当然だと言わんばかりに主張すると、カバンの中をガサゴソと探り両手に収まるぐらいの大きさの四角い機械を取り出していた。


「もう少し大きい機械だったら、こういう操作盤は無くても遠隔操作できるんだけどね。今トンボに付けている機械は小さいから、直接近くで操作しないとさすがに動かせないんだ」

「どうやって、生物を意のままに操るんだい?そのトンボ、まだ生きているんだろう?」


 トンボは飛び立ちはしないが、先程はカインのカバンの表面にしっかりとその脚でしがみ付いていた。生きていることは間違いない。


 皇帝の質問に対して、「分からなかったら別にいいんだけど」と前置きをしてからカインが説明を始めた。


「人体拡張技術の応用なんだ。動きの命令を電気信号に変えて操作するんだよ。まぁ、この機械を付ければ生物を動かすことができるくらいに思ってくれていいよ」


 カインの言っていることの半分も理解できずにイリスがロイを見ると、ロイもお手上げだと言わんばかりに小さく肩を竦めて見せた。

 ロイの更に奥に居るレオンも同様らしく、小さく首を横に振っている。


「見せてあげるね」


 言うが早いか、カインは持っていた機械の電源を入れるとそれを操作し始めた。途端に、執務机の上にひっくり返ったままだったトンボはくるりと反転して体勢を戻すと、ふわりと飛び上がる。そしてカインの前まで飛んでくると、その頭の上にゆっくりと降り立った。


「ね、凄いでしょう?」


 カインが手の中の機械の操作を止めてテオドール帝に再び向き合う。

 自慢げなカインは子供らしく褒めて欲しそうにしているが、一同はそれどころではなかった。


「では……例えばこれは、人であっても意のままに動かせるのかい?」

「!!」


 その言葉に、イリス達が一様に驚いてテオドール帝を見上げた。

 

 もしそんなことが可能であるならば、いくらでも悪用が出来てしまう。例えば戦争において、どんな屈強な相手にも怯まずその命が尽きるまで戦い続けるような、最強の兵団を作ることもできてしまうだろう。

 

(ドルシグ帝国がそんな力を手に入れたら……)


 その場に居る全員が、次のカインの言葉を固唾を飲んで見守っていた。



 



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