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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第一章 回り始める運命の歯車
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対峙

 目の前の信じられない光景に、イリスは全身が強張るのを感じた。

 未だかつて、こうも堂々と自国の領土にドルシグ帝国の兵士が入ってきたことなど無かったからだ。


(なぜドルシグ帝国の兵士が?追われているのは誰?……いや、そんな事より!)


 驚きはしたがすぐに気持ちを切り替え、イリスは左耳の耳輪(じりん)に付いた金色をした半円筒状のイヤーカフに手を伸ばした。

 

「こちらイリス。城より北北西、城より四キリル、ドナの森よりドルシグ軍と思われる兵士三名に追われる青年一名を発見。これより救助に向かう。至急応援を要請」

 

 無線になっているそれで城に応援を要請する。指令室からの応答を得て、イリスはフラッデルの後ろに乗せた右足の踵でペダルを上下に細かく操作し、追われている青年とドルシグ兵の間に向かうべく急降下を始めた。


 基本的にフラッデルで真下に急降下することはできない。下降したいのならば、緩やかな傾斜をつけて徐々に高度を下げるしかない。

 フラッデルの電源を切れば文字通り真下に落下することはできるのだが、それでは降下した後に目的地に留まることができないのだ。

 なぜなら自由落下後に地面に着地する直前でフラッデルを再起動させると、起動時に生まれる上への浮力と、自由落下から生まれる下への気流が相反するため、どうしても思わぬ方向に飛ばされてしまうのだ。それは例えるなら、磁石の同じ極同士を合わせようと近付けると、反発して合ってズレてしまうのと似たようなものだ。


 だがそれは、あくまで()()()()()()の話だった。

 それが普通の認識であり正しい使い方ではあるのだが、イリスの場合は違った。


 イリスは急降下に伴う気流に体を流されないよう体勢を低くすると、フラッデルを高速で回転させながら降下を開始する。

 下降と回転を交互に組み合わせることで、狙い通りの場所に急降下することが出来るイリスのみが仕える技だ。



 イリスは騎士団の中でも小柄で腕力も弱い。敵と相対した時に、圧倒的にリーチが足りない上に力も弱いため、打ち合いで負けしてしまうのは必然だった。

 そんな悪条件の中であっても屈強な男達に負けない為にイリスが考えた秘策は、フラッデルを使っての戦闘だった。足りない腕の長さを、非力な腕力を、フラッデルの瞬発力とスピード、機動力で補ったのだ。

 今ではイリスは、戦闘においてフラッデルを己の体の一部のように、意のままに操ることができるようになっている。


 だが口で言うのは容易いが、それは他人がおいそれと真似出来るようなものではない。

 戦闘中に敵を相手にしながら、両足の繊細なコントロールが要求されるのだ。理屈では分かっていても、同じことが出来る者は大陸中を探しても一人もいない。

 結果、各国の軍に属する者であるならば、イリスの存在は少なからず知られているほどの存在になっていた。

 


「っ!!」

「なんだ!!」


 ネジが高速で回転して板にねじ込まれるように、自身が風を生み出しながらドルシグ兵と追われていた青年の間に舞い降りる。

 一瞬何が起こったのか分からず、ドルシグ兵は風に押されて一歩後ずさり、青年は風の強さに目を瞑り尻餅をついてその場に座り込んだ。


「!!」


 風が止み、静寂が辺りを支配する。青年はかたく閉じた目をゆっくりと開くと、その中心に突然人が現れたことに驚いて声にならない悲鳴をあげた。

 ドルシグ兵も同じような状況だったようで、声を発することも出来ずにただ呆然と立ち尽くしている。

 ゴクリという自分が息を呑む音だけが、いやに大きく青年の耳に届いた。


 その静寂を、イリスが背負っていた剣を鞘から抜く音が破った。

 空気を震わせる金属音に、ドルシグ兵も我に返り剣を構え直す。だがイリスの後ろに座り込む青年だけは、未だ動くことが出来ず状況を何とか理解しようと思考を巡らせていた。


(白い騎士服!サンスタシア帝国の騎士か?いや、サンスタシア帝国の騎士は黒い騎士服だったはず。なら、こいつは何者だ?)


 自身の目の前に立つ人物を下から見上げる。騎士服に身を包み剣を構えている以上騎士なのだろうと推察するが、どう見ても背丈は青年よりもずっと低く、身体付きも華奢で見るからに細かった。

 追われていた身としては助けに入ってくれたことに心の底から感謝したいのだが、どうみても戦力になりそうにないその見た目に青年の胸には申し訳なさが滲んでいた。


(もしかして見習いの騎士か?相手はドルシグ兵三名だぞ、勝ち目ないだろ)


 憐憫が理不尽な憤りに変わる。青年としては助けてくれることは嬉しいのだが、自分のせいで他人が死ぬことは避けたい。

 しかし目の前に立つイリスはそんな青年の葛藤はお構いなしに、凛とした声で相対するドルシグ兵に言い放った。


「ここで争うならば、ドルシグ帝国による我がサンスタシア帝国への侵攻と受け取る」


(なんで煽るんだよー!!)


 戦いに詳しくない青年にも、ドルシグ兵の怒気が増したのが分かった。こんな小童に舐められてたまるかという想いが透けて見えるようだ。


 次の瞬間、真ん中にいたドルシグ兵が剣を振り上げ一歩を踏み出した。


「あっ!」


 青年の口から思わず声が漏れる。それは、目の前で自分を庇ってくれたイリスがやられるのではないかという懸念から発した声だったはずだった。


 だがその声は、直ぐに驚愕の光景に呑み込まれてしまう。


 一瞬にして、目の前に立っていたはずのイリスはドルシグ兵との距離をつめ、そのまま剣でその腹を突き刺したのだ。


「……え?」


 何が起こったのかも分からなかった。それは相対したドルシグ兵も、その両脇に立っていた他二人の兵も同じだったようで、皆一様に動きを止めて目を見開いている。


「言ったはずだ。ここで争うならば、容赦はしない」


 剣を振り上げた状態のまま固まっていた兵士の手から、力なく剣が零れ落ちる。その口から真っ赤な鮮血をゴボリと吐き出したのを避けるように、イリスが真後ろに向かってスッと後退して距離を取った。


(何が、起こった?)


 ドルシグ兵から距離を取る際に腹から剣を引き抜いたイリスは、後退した後平然とした様子で剣を振って血を払う。突き刺された兵士は支えを失くし、呻き声をあげてその場に力なくうつ伏せに崩れ落ちた。


 目の前で繰り広げられた光景が信じられず、青年は呼吸をするのも忘れて食い入るようにイリスの背中を凝視する。残された二人のドルシグ兵も、我に返って剣を構え直したものの未だその顔には困惑の表情が張り付いていた。


(フラッデルを使って、突進したのか?)


 イリスの足元では、地面から僅かに浮いた状態でフラッデルが起動音を立てている。だが仮に自分の予想が正しかったとしても、青年にはフラッデルを使った戦い方というのが全く理解できなかった。


(そもそもフラッデルって、あんなに低い状態で飛べるのか?)


 国に数機しかないフラッデルだ。青年は頭上高くを飛ぶフラッデルを数回見たことがあるだけだったため酷く混乱しているが、それが通常の認識であり間違っていない。

 こんなにも低空の状態で浮力を維持しておけるのは、イリスの身軽さとフラッデルを使いこなせる技術の成せる技故なのだ。


(なんなんだ、こいつ)


 混乱を極める惨状の中で、只一人イリスだけが冷静に現状を把握し、揺るぎない眼差しで敵を見据えて剣を構えていた。






1キリル (約1km)

1メタリ (約1cm)

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