表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第一章 回り始める運命の歯車
19/96

革命軍の要望

 その場に居る誰もが口を開くことも身動き一つもできず、時が止まったかのようだった。

 テオドール帝とイリス達、そして宰相達までもがリュカのもたらした情報にそれぞれ思うところがあり、誰も口を開くことはなかった。


 張りつめた空気がその場を支配する。耳が痛い程の静寂に怯みそうになるが、リュカは意を決して本来の目的を果たすために話を切り出した。


「そこで、サンスタシア帝国にお願いがあるんです」


 沈黙が破られ、一同の視線が一斉にリュカに集まる。その視線に気圧されながらも、リュカは握った拳を更に握り込み気持ちを奮い立たせた。


「その生き残りの王子か王女の存在で、膠着していたドルシグ帝国もきっと動き出すと思うんです。『世界の力』を手に入れんと、強硬手段に出るかもしれない。……その時、ウィレンツィア王国だけではドルシグ帝国に太刀打ちできないんです」


 そこで言葉を切ったリュカは、前のめりになりながら声を張った。


「有事の際には、ウィレンツィア王国に救援の手を差し伸べてもらえないでしょうか」


 今のウィレンツィア王国は実質ドルシグ帝国の支配下にあり、全く機能していない。ウィレンツィア王国の騎士達はドルシグの乱の際に命を落とした者が多く、騎士団は解体されており、国としての軍事力は皆無だった。

 革命軍とてリュカが言うように寄せ集めの集団でしかなく、実質戦闘要員となれる者は一握りだろう。それでドルシグ帝国に対抗するなどしょせん無理な話だった。


 テオドール帝は組んだ両手をゆっくりと解くと、鋭い目つきでリュカを見据える。

 まだ何も言葉を発していないのに、溢れだす威圧感にリュカは圧し潰されそうだった。


「言われるまでもない。条約に従い、有事の際には勿論国を挙げて救援に向かうし、今度こそドルシグ帝国を粛清すると誓おう。我々とて、この八年間苦渋を強いられてきたのだ」


 怒りを孕んだテオドール帝の声が静かな室内に朗々と響く。


 サンスタシア帝国とて、ドルシグ帝国をこのままウィレンツィア王国にのさばらせておくことを良しとしていたわけではない。けれど、ウィレンツィア王国側から手出し無用の声明が出されてしまったがために、動くことができなかったのだ。

 ドルシグ帝国を叩く正当な理由があるならば、サンスタシア帝国のみならず他二国も、すぐさま駆けつけることだろう。

 

 テオドール帝の圧に竦み上がりながらも、リュカは何とか気を確かに持つ。まだ話は途中なのだ。ここで引くわけにはいかなかった。


「あの……それで、革命軍はその生きている王子か王女を探すために、革命軍総出で捜索に出たんです」


(なるほど、革命軍はその生き残りの王族を探しているのね)


 リュカとテオドール帝の会話を黙って聞いていたイリスは、漸く合点がいって軽く頷いた。

 カインを探しにヴェントの町に向かっていた際に、革命軍が何故散開しているのかを聞いたが、リュカは今ここで話せる内容じゃないと言っていた。

 確かにウィレンツィア王国の正当な王位継承者が生き残っていたなど、何処に人の目と耳があるかも分からない公共の場で話していい内容ではないだろう。


「俺達は何としてもドルシグ帝国より先にその王子か王女を見つけたい。そこで、サンスタシア帝国の国民台帳を見せてもらいたいんです。十代の男女の物だけで構いません」


 国民台帳とは、住んでいる民の個人情報を纏めたものだ。この大陸の五つの大国では、何処の国にも存在している。

 十代に絞ったのは、双子の王子と王女はドルシグの乱の時十歳だったからだ。それから八年、今は十八歳になっている。

 国民台帳を見れば、その人物の台帳がいつサンスタシア帝国において作られたものなのかも分かる。出生時からではなく、八年前以降に十歳前後で台帳が作られた人物を探せば、該当者を絞り込むことが出来るのだ。

 革命軍はこの方法で、各国の都や町、小さな村までもしらみつぶしに捜索をするつもりだった。


 だが一つ目の要求と違って、こちらはかなり難しい要求だと分かってもいた。

 国の民の個人情報だ。おいそれと他人に見せられるものではない。それが分かっていてもその要求を突き付けたのは、帝都の人口数故だった。小さな町や村なら、一人一人目視でそれこそしらみつぶしに確認することも不可能ではないが、帝都の大きさでは対象となる十代の男女だけでも相当数がいる。一人一人を確認するなど、到底無理な話だからだ。


 皇帝は僅かに眉間に皴を寄せ、低く唸りながら考える素振りを見せた。 

 その表情に、やはり無理だったかと諦めかけた時、テオドール帝は片側の口角だけをあげて不敵な笑みを浮かべた。


「君たち革命軍に、それだけの価値があるならば……協力を検討しよう」

「!!……じゃあ、」

「先ず確認したいことがある」


 邪険に扱われて当然の要求だと分かっていたが、思わぬ色好い返答に食い気味にリュカが言葉を続けようとすると、それをテオドール帝が右手を軽く挙げて制した。


「君等はドルシグ兵に追われてこのサンスタシアまで逃げて来たね。その上エルヴィン皇子までもが君等を追って来た。皇子自らの手で捕まえようと思うほどの、君等の価値とは何だい?」

 

 言われて、リュカはぐっと押し黙る。


(イリス達は、エルヴィン皇子の目的はカインだろうって言ってたが……)


 リュカは僅かに顔を動かして後ろを盗み見、最後方で今まで一言も発していないカインを見た。

 この場においても緊張をするでもなくその顔はいつも通りで、視線を感じてリュカと目が合うと笑顔を返す余裕すらあった。その子供らしい笑顔に、エルヴィン皇子が自ら追って来る程の理由が本当にあるのかと不安になる。


 実はエルヴィン皇子自身は、普段はウィレンツィア王国に居ることの方が少ない。ウィレンツィア王国には軍を置いて腹心の部下に指揮を執らせ、自身は殆どドルシグ帝国にいるのだ。だが、ここ数週間は封印の間で動きがありそうだという報告を受けてウィレンツィア王国入りし、それ以降王国から出ていなかった。

 そのエルヴィン皇子が、王子か王女かは分からないにしても反逆の芽となる存在が生きていることが分かった今、意味もなくウィレンツィア王国を離れることはないだろう。その隙を突いて、正当な王族が国の奪還のために戻ってくる可能性だってあるからだ。


 それが今回、一介の技術者捕縛のために様々な懸念がある中エルヴィン皇子自らが動いて追ってきたのだ。

 重要な情報を盗聴したとしても、「本物の盗聴器」なるものがいかに優れたものであったとしても、所詮は盗聴器である。そこまでして追ってくる理由がリュカには分からなかった。


「エルヴィン皇子の目的は、僕だったと思うよ」


 悩み項垂れるリュカを余所に、快活な声がその場に響く。その声に、テオドール帝もイリス達も、視線を最後方にいるカインへと向けた。

 カインは相変わらずいつもと変わらない調子で、片手を挙げて自分の存在を主張している。


「私の騎士達からその可能性については、すでに報告を受けているよ」


 テオドール帝がカインに微笑む。だがその笑顔の奥には、カインを値踏みするような鋭さも混じっていた。


「その上で再度問おう。では、エルヴィン皇子が自らの手で捕まえようと思うほどの君の価値とは何だい?」


 テオドール帝の微笑みに気圧されることなく、カインが満面の笑顔を返す。


「理由は……言葉よりも実際に見た方が信じられるでしょう?百聞は一見に如かずってね」

「一体、何を見せてくれるのかな?」


 腕を組み、「愉しみだ」とテオドール帝が喉を鳴らして笑う。

 その笑いには、どこか諦めに似た物が含まれていた。どんな物を持ってこられようとも自分を満足させる物ではないと、確信しているかのようだった。


「どんな報告を聞いているのか僕は知らないけれど、見せたいのは僕が造った盗聴器だよ」


 やはり、という思いでイリス達がお互いの顔を見合わせる。

 考えが合っていたという思いとは裏腹に、カインが本当にエルヴィン皇子が欲するほどの物を造り上げられる人物なのかをイリスも測りかねていた。 

 テオドール帝に臆することなく堂々と立ち振る舞うカインを、リュカも心配そうに見つめている。


「では拝見するとしよう。軍事大国の皇子が欲するほどの、君の実力をね」


 悪意を持って揶揄するというよりは、カインの自信ありげな態度に合わせてテオドール帝が促す。

 その言葉を受けて、カインはリュカの背中から前に躍り出ると、自信あり気に得意そうな顔をして見せた。


「盗聴器は、さっきからここに居るよ」


 一瞬カインが何を言っているのかか分からず、一同が首を傾げる。「盗聴器」が「居る」とはどういう意味だろうか。


「……まさか」


 一つの結論に辿り着き、イリスが驚愕の表情を浮かべる。視線がカインの身体に掛けられたカバンを捉えると、今まさにカインはそこに手を伸ばしそれを摘まみ上げた。


「僕、小さく造るのが得意なんだ。凄いでしょう?」


 子供らしい笑顔で得意気に語るカインを、一同が驚愕の表情で見ていた。

 カインが言っていることが本当なのか、誰も俄には信じられない。

 でもこれがもし本当なら、世界が引っ繰り返るほどの技術力なのではないだろうかという事だけは、イリスにでも分かった。



 今カインの掌の中に居るのは先程捕まえて鞄に付けていた、何処にでもいる何の変哲もない一匹のトンボだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ