掴んだ情報
執務室に入室した時は緊張の面持ちだったリュカだが、今は居住まいを正し真っ直ぐに目の前の人物を見据えていた。
リュカの目の前に鎮座するテオドール帝は、二十七歳と年若い皇帝だ。
一見すると凛とした佇まいの優しげな好青年といった風貌に見えるが、微笑みを湛えたその表情の奥には、為政者としての威厳と鋭さも兼ね備えている。
サンスタシア帝国は十年前に先代の皇帝を流行り病で亡くし、当時皇太子だったテオドールが十七歳で新しく皇帝として即位していた。
若くして皇帝の座に就いたテオドール帝を、前皇帝の時代から仕えてきた、隣に控える老齢の宰相と壮年の軍総司令官が支えていた。
「俺は、ウィレンツィア王国で革命軍に所属しています。先日、革命軍がドルシグ帝国の動きを偵察していて、ある重要な情報を掴んだためにこうしてサンスタシア帝国に救援を求めに来ました」
テオドール帝を前に今度は臆することなく、淀みなくリュカが答える。
(確かにリュカは、ある重要な情報を掴んだって言っていたけれど)
イリスは黙って、リュカがその話をしていた時のことを思い返す。
リュカは、掴んだ情報があるけれどその場では言えないと言っていた。そして、皇帝陛下に会わせてくれたら言うとも言っていたのだ。
ある程度リュカの話した内容を無線でレオンとロイが報告していたので、テオドール帝は疑問を持つことなく話の続きを促した。
「革命軍のことは、こちらとしてもその存在を知っているよ。それで?掴んだ情報というのは何だい?」
「!」
リュカが一瞬、目を見開いて驚く。おそらく、革命軍の存在を知っていることに驚いたのだろう。
だがイリス達からすれば、それは驚くことでも何でもなく至極当然な事だった。
平和な世の中であっても、水面下では各国とも自国以外の国への警戒を怠っていない。そんな中で、現在進行形で不穏な動きをしているドルシグ帝国とウィレンツィア王国に在住しているドルシグ軍周辺の動きを、他の国が警戒しないということはあり得なかった。
ドルシグ帝国の動きを探る中で、自ずと革命軍の存在も明らかになるというものだ。
「……革命軍のことは、どのぐらいご存じなんですか?」
動揺を隠せずリュカが質問で返す。それにはイリスも驚いて顔を上げた。流石に質問されたことに対して答えずに質問で返すのは不敬だった。
(そんなことで怒るような帝じゃないけど……)
視線をリュカとテオドール帝の間で彷徨わせながら、イリスが一人狼狽える。そんなイリスの様子に気付いたテオドール帝は、くつくつと喉を鳴らして笑った。
「くくっ、大丈夫だよイリス。そんなに心配しなくても不敬罪で投獄したりしないよ」
「……浅慮で申し訳ありません」
「構わないよ」
イリスとテオドール帝の会話を聴いて、リュカは自分の何かが良くなかったことを察した。だが何がいけなかったのかは自分では分からない。助けを求める様にリュカは左右を見たが、ロイはニッコリといい笑顔を返すだけで、レオンに至っては視線も合わせてくれなかった。
(この薄情者っ!)
心の中で悪態を吐いてから、リュカはうっかり口からその言葉が外に出てしまわなくて良かったと安堵する。いつもなら思った瞬間言葉になっていたことだろう。
リュカは深く息を吸って吐き出すと気持ちを落ち着かせ、再びテオドール帝と向き合った。
「革命軍のことをどのくらい知っているか、ということだったね。そうだな、おおよその人数は把握しているよ。その活動拠点と活動内容もね」
テオドール帝は気分を害した様子もなくリュカの質問に答える。その返答を聞いて、革命軍の殆どのことは知られており、第三者的立場であるサンスタシア帝国ですら把握しているのならば、ウィレンツィア王国にいるドルシグ帝国軍が革命軍のことを知らないなど在り得ないと痛感させられた。
国を相手にするということはこういうことなのだと、まざまざと実感させられる。
(革命軍の力だけでドルシグ帝国に対抗しようなんて、所詮無理なことなんだな)
国と寄せ集めの集団の力の差を見せつけられた気分だった。戦力も情報収集能力も、何もかもがその足元にも及んでいない。
(だからこそ、サンスタシア帝国の協力を仰がないと)
決意も新たに、何としても有益な情報を流して協力を要請しなければとリュカが意気込む。
リュカの目つきが先程と変わったのを見逃さず、すかさずテオドール帝が言葉を重ねた。
「けれど我々は、君が言う重要な情報とやらはまだ掴めていないんだ。だからぜひ、それを教えて貰えないかな」
「はい、実は……」
言いかけてリュカは、はたと気付いて言葉を止めた。
(このまま皆に聞かせてもいいのか?)
これから話す内容は、おそらくまだ知られていないであろうドルシグ帝国の機密情報なのだ。誰にでも聞かせていい話だとは思えない。
特に、直接助けて貰ったイリス達をこれ以上国家間の諍いに巻き込みたくなくて、リュカは思わず視線をテオドール帝から隣に控えるイリス達に向けた。
その視線の動きで、テオドール帝はリュカが何を思案しているのか察したようだ。
「君の言わんとしていることも分かるが、ここには、君の話を聴くべき人物だけを残したつもりだよ」
「……申し訳ありません」
この若き皇帝は、人の心を読みその機微を見逃さないなと感心しながらリュカが頭を下げる。
一国の上に立つ人物とは、こういう人物なのだろうと実感させられた。
一つ息を吐いて下げていた頭を上げると、テオドール帝を真っ直ぐに見据えリュカは心を決めた。
「掴んだのは、正確に言えばウィレンツィア王国についての情報です。ドルシグ帝国がずっと『世界の力』を欲していたのは、ご存じですよね」
「世界の力」とは、千年前の世界大戦の後ウィレンツィア王国に封印された戦争の遺物だ。
どんなものであるかその詳細は語り継がれていないのだが、その名称から世界大戦時に威力を発揮した武器なのではないかと実しやかに囁かれている。
力を欲するドルシグ帝国は、それ故その存在を手に入れようとしていた。
「あぁ、知っている。それを目的にウィレンツィア王国へ侵攻したが、『世界の力』を封印した扉を開けることが出来ず今に至っていることもね」
「サンスタシア帝国が掴んでいるのは、そこまでですか?」
流石にここまでの情報はどの国でも掴んでいると予想はしていたが、あまりにもあっさりと告げるテオドール帝に悔しさが募り、最期の一言は嫌な言い方をしてしまった自覚がリュカにはあった。
しかしテオドール帝はそんなリュカの思惑など気にかける様子もなく、淡々と言葉を続ける。
「そうだね……その封印の扉が、どうやら高度な技術によって厳重に閉ざされていること。それを開ける鍵が、ウィレンツィア王国王家の人間であること。このあたりまでは知っているよ」
その言葉に、リュカが目を見張り息を呑んだ。
今テオドール帝が言ったことは事実で間違いないのだが、その事実を革命軍が掴むまでには相当長い年月を要したのだ。それこそ盗聴器を仕掛けたり、王城内で働く侍女や侍従を使って怪しまれないように少しずつ王城内を探ったり、途方もない労力と年月を費やしてやっと知り得た情報だった。
(大国の諜報部隊ってのは、本当に俺達みたいな寄せ集めの集団とは訳が違うんだな)
リュカは諦念に至り肩を落とす。自分達の努力が徒労に終わったような気分になっていた。
テオドール帝はそんなリュカを気にもとめず、更に畳みかける。
「王家の人間が鍵なのに開けられないということは、生き残った先代国王では開けられないということになるね。……つまり、殺されてしまった国王あたりが鍵として必要だったんだろう。その鍵が永遠に失われてしまったのに、「世界の力」を封印した扉を無理矢理こじ開けず八年を費やしているということは、無理には開けられない仕掛けがあり、そしてまだ……開けられる可能性が残されている。という想像はできるかな」
執務室の机に両肘をついて、組んだ両手の上に顎を乗せながら自身の見解を述べたテオドール帝は、「正解かな?」と悪戯っぽくリュカに笑って見せる。
革命軍としての矜持など、リュカはもう粉々に打ち砕かれていた。何をもってしてもこの皇帝陛下には勝てないと思い知らされる。「サンスタシア帝国が掴んでいるのは、そこまでですか?」なんて物知り顔で語ったさっきの自分を穴に埋めたい気分だった。
「……俺達も、無理にこじ開けることが出来ない理由は分かりませんでした。しかし今回、封印の扉を調べていたドルシグ帝国を盗聴していた際に、ある事実が分かったんです」
「……へぇ、どんな事実かな」
今まで余裕の表情で語っていたテオドール帝の顔から笑みが消える。サンスタシア帝国でもまだ知り得ていない情報なのだろう。
その表情の変化にびくりと肩を震わせるも、リュカはテオドール帝から目を逸らすことなく見据え続ける。ここからが正念場だった。
「封印の扉には、王家の人間の生体情報が入力されているらしいのです。歴代の王から、それこそ亡くなられた双子の王子と王女のものまで、全て」
リュカの言葉に、執務室内の空気が明らかに変わった。
テオドール帝の脇に控える宰相ジェラルドと軍総司令官アイザックの顔にも動揺が浮かぶ。場の緊張感に気圧され声が震えないように、リュカは拳を握り締めた。
「その生体情報の解析や分析を、ドルシグ帝国はこの八年間ずっと続けていました。そしてついに、先代国王の他に、まだ有効な生体情報があることを突き止めたんです」
「……まさか……」
声を発したのは、リュカの隣にいたイリスだった。小声ではあったが、リュカ以外誰も声を上げていない執務室の中に、その声はいやにはっきりと響いた。
「……」
誰も言葉を発さず、事の成り行きを見守っている。
リュカは深く深呼吸をした後、結論を告げた。
「そうです。ドルシグの乱が起きた時、先代国王陛下以外殺されたと思っていた王家の血が生き残っていた。……そしてそれは、双子の王子か王女のどちらかであることが分かったんです」
リュカとカイン以外のその場に居た全員が、一様に驚きの表情を浮かべ押し黙る。
ウィレンツィア王国の若き王族が生きている――。
ドルシグ帝国にとっては反逆分子に他ならない。しかしウィレンツィア王国民にとって彼の人物は、現状を打破できる一縷の望み。
希望の光、そのものだった。




