謁見
ロードベルク城の一番高い尖塔に設けられたその広いバルコニーは、イリス達フラッデル隊の離発着に使われている場所なのだとロイが教えながら、一同はバルコニーからそのまま外回廊になっている城内に入った。
所々に配置された衛兵は整然と立ち並んでおり、今の時間帯は侍女や給仕の姿も見えず、石造りのロードベルク城はひっそりとしていた。
日が沈みひんやりとしていて、空気までもが静けさを醸し出しているようだった。
科学技術大国と名高いサンスタシア帝国であっても、皇城は石造建築だった。もちろん、扉に付けられた防犯面での機器に関しては最先端技術を駆使し鉄壁の守りを備えている。だが城自体は随分昔に建てられた時のままだった。
これには理由があり、城を防衛という意味で改築する必要が無いからだった。
どの国にも言えることだが、千年前に制定された世界平和条約によって、他国への侵略は認められていない。そのため、侵略に備えて皇城を強化する必要は皆無なのだ。
また同じく条約によって、自国の領土を拡大することも認められていない。
逆に言えば、領土内であればいくら大きくしても発展させても構わないのだが、狭い領土内に多すぎる人口を抱えることはあまり得策ではなかった。
増えすぎた人口は確かに国に税収はもたらすものの、その把握と管理が難しくなるためだ。
その上、国が抱える民全員が飢えないようにするため、農業や産業を営むための土地も必要となる。
闇雲に人口を増やして住宅ばかりが増え、そうした土地を確保することができなければその全てを交易で賄うことになるのだが、それは危険性が高く不確実性が大きすぎた。
それこそ戦争などになって供給が立たれれば、どんなに武力で優位に立とうとも、時間を掛けられてしまえば飢えて勝手に滅びるのはこちらだからだ。
そのため各国共、自国に与えられた領土の中で、抱えられる分だけの民を守り、国を守ることで、この千年間を過ごしてきていた。
国が権力を他国や国民に誇示するために城を豪勢にすることも新しくすることも必要ではなく、城はその国の象徴的役割以外の役目を担っていなかった。
静寂が支配する外回廊を、一同は誰一人喋ることなく黙ったまま殊の外ゆっくりとその歩みを進めていた。
歩幅の小さいカインに合わせているというよりも、寧ろリュカに対しての配慮だった。
前を行くロイが気を利かせて、リュカの様子を見ながらその速度に合わせてゆっくりと歩いていた。
リュカは体力的、精神的にももう限界だろうが、じっとしてフラッデルに乗っているよりは体を動かしている方が気が紛れるようで、何とかついてきているといった感じだった。
外回廊は片側が石造りのアーチになっており、外と繋がっていて窓などが無く、心地良い風がそのまま入り込んできている。
その風が、時折ふわりとリュカの髪を撫でていっていた。そうした僅かな刺激でも途切れそうな意識を呼び戻してくれているようで、リュカは時折自身の首を振って、目を覚まさせながら回廊を歩いていた。
暫く進むと、目的の扉を見つけてロイが立ち止まる。ゆっくりとした足取りのリュカが来るのを待って、扉の両側に佇む衛兵に目で合図を送った。ロイの合図を受け、扉の両脇に立っていた衛兵は扉を重々しく開け放った。
「わ……」
「ここからは内回廊だよ」
「なんだ……どこかの部屋に入るのかと思った」
カインは扉の先を覗き込んで周囲を見回している。中には再び左右に回廊が続いており、内回廊になっていた。
胸に手を当てて安堵の息を吐くカインに、ロイが意地悪く笑って顔を覗き込んだ。
「皇帝陛下の部屋に入ると思った?」
「だって!凄い豪華な扉だったんだもん!」
図星だったようで、カインが顔を赤らめながらロイの足をポカポカ叩いて反論する。その可愛らしさに、ロイはカインの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ごめんごめん。でも皇帝陛下の執務室は、こんなもんじゃないぞ?」
カインは一歩後退ってロイから距離を取り、ぐしゃぐしゃになった髪の毛を手で押さえて直している。
ふくれっ面のカインはロイを睨み付け、一歩下がってイリスと並ぶようにして再び歩き始める。そんな姿がやっぱり可愛くて、イリスもロイも微笑みながら内回廊を歩き始めた。
それからいくつかの角を曲がり、階段を下ると、先程内回廊に入るために通った扉とは重厚さの異なる扉が目に飛び込んできた。
「うわぁ、すごいね!」
カインが思わず感嘆の溜息を漏らす。何とかここまで付いてきていたリュカも足を止め、扉に見入っていた。
そこには、細やかな意匠の細工が施された美しい扉があった。
回廊の中に突然現れたこの扉は、石造りの堅牢なロードベルク城において上質で繊細な雰囲気を醸し出しており、そこだけが異質に際立っていた。
しかしこの扉が異質なのは、石造りの壁と違って重厚で美しいからではなかった。その扉の脇にある機器の類が、美しいこの扉の不自然さを際立たせていたのだ。
それらは全て、この扉を守る防犯のための物だった。扉の前には騎士も控えており、物々しい機器類と相まって、この部屋が重要な部屋であることを物語っていた。
「皇帝陛下の執務室だよ。中に我らが主、テオドール帝がいらっしゃる」
ロイが後ろを振り返って説明するが、リュカは項垂れてほとんど聞いておらず、カインに至っては騎士の脇にある機器類に目を輝かせて見入っていた。隣に立つ騎士も、感嘆の声を上げながら愉しそうに機械を眺める子供に困惑の表情だ。
対照的な二人にロイはふっと笑いを溢すと、隣に立つイリスとレオンに視線を送った。
二人が了承の意で頷き返したの見て、扉を開けるよう騎士に指示を出そうとした時、イリスがはたと気付いて待ったをかけた。
「待って!ね、カイン、そのトンボは流石に逃がしてあげよう?」
カインの胸には、まだトンボがとまったままだったのだ。飛び立つこともないので、すっかりその存在を忘れてしまっていた。
「そういえば忘れてた。まだとまってたんだね」
「このままじゃダメ?飛んだりしないよ?」
ロイがカインの胸にとまったままのトンボを指でつつく。だが、トンボは微動だにすることなくカインの服にしがみついたままだった。
その様子を横目で見ていたレオンが、カインの胸からひょいっとトンボを指で掴み上げる。
「ああっ!!」
慌ててカインがトンボに手を伸ばすが、レオンは掴んだトンボをカインの胸から、身体に斜め掛けにして下げている荷物の上に置いた。
トンボはしがみつく場所ができると、またそこから動かずじっと留まり続けている。
「これが必要なんだろう?逃がさなくてもいいが、もう少し目立たない場所にしておけ」
「うん、ありがと」
レオンに笑顔でお礼を言い、カインは今度は荷物の上にとまったトンボをじっと見た。
そして確認するように一つ頷いた後、カインは徐にズボンのポケットから小さな丸い物を取り出すと自身の左耳の中に入れた。
「待って!今、耳に入れたものは何?やっぱりこのトンボも何かあるのね?」
カインの一挙一動を見ていたイリスは、すかさず問いただす。皇帝陛下の前に危険な物を持ち込ませるわけにはいかない。
動揺で少し口調がきつくなったイリスを気にする様子もなく、カインは人差し指を立ててニヤリと笑った。
「後でのお楽しみ。ちなみに確認してもいいけど武器とか危険な物じゃないよ。僕はこんな歳で死にたくないからね。サンスタシア帝国相手に喧嘩は売らないよ?」
カインが耳に入れた丸い物をもう一度取り出し、イリスの掌に乗せる。それは丸く見えたが少し歪な楕円形をしており、何かしらの機械のようだった。
ついでに、とばかりにカインは持っていた荷物カバンも開けて中身を見せる。レオンとロイが覗き込み確認していくが、殆どその中身は工具だったようだ。カインが武器としてそれらを使うとは考え難かったが、工具類は念のため扉を護る騎士に預けて中に入ることになった。
漸く準備が整い、一同は執務室の扉をくぐる。
先程、扉の脇にある防犯のための機器をレオンが操作していた時は、カインがその一部始終を瞳を輝かせながら見入っていた。流石に防犯上詳しく見せられない部分もあったのでそこはイリスが掌でカインの目を覆い目隠しをすると、ブツブツと文句を言っていたくらいだ。
防犯のための施錠が解除され、中からの了承を得て扉の脇に控える騎士が扉を外側に向かってゆっくりと開く。
一同は、レオンを先頭に室内に入室した。全員が扉をくぐると、後ろで扉が閉まる音が静かな室内に重く響いた。
視線の先、正面の机に皇帝陛下が座していた。金色の髪が室内灯に照らされて明るい橙がかって見えている。透き通るような碧眼の双眸が、真っ直ぐに入室してきた五人を見据えていた。
皇帝陛下の隣には老齢の宰相ジェラルド、その脇に軍総司令官アイザック隊長の姿もあった。
一歩進み出ると、レオン、ロイ、イリスは片膝を折って首を垂れる。それを見て、後ろにいたリュカとカインも慌てて同じように床に片足を付け頭を下げた。
「帝、報告が遅くなり申し訳ありません。対象を保護し、ただいま帰還しました」
「よい。皆の者、面を上げよ」
室内に、皇帝陛下の厳粛でありながら優しさを含んだ心地良い低音が響く。
「余が、テオドール・ジオ・サンスタシアである。……ウィレンツィア王国からの旅人だそうだね」
急に話を振られて驚いたリュカが顔を上げ、慌てて口を開いた。
「俺はリュカ。そして、こっちがカインです。今回、あ、いや、この度は、助けてもらって、いただいて、ありがとうございました」
説明のために身振り手振りをまじえ、しどろもどろになりながらリュカが何とか言葉を捻り出す。動揺が意味なくバタバタと振られる手に現れており、それを見たテオドール帝が思わず吹き出していた。
「ふっ、そんなに堅苦しい言葉遣いでなくても構わないよ。ここにいるのは、今君の目に映っている者達だけだからね」
挨拶から一転、テオドール帝も砕けた話し方でリュカに声を掛ける。その方が話を聴き出しやすいだろうと考えたのだ。
テオドール帝はゆっくりと視線を動かし一同を見回すと、もう一度リュカの前で視線を留めた。
「話を聞こうか。いったい何が起こって君達がここにくることになったのか、その仔細をね」
先程と変わらず優し気な声色のままだったが、その瞳の奥には、虚偽や謀りは許さないという牽制が混じっている。
大国を治めるこの若き皇帝に、虚偽の弁をするつもりなどリュカには毛頭なかったが、上手く話せるだろうかという不安が胸を過る。
しかしリュカ達は、サンスタシア帝国の皇帝とこうして話をするためにここまで来たのだ。
大きく深呼吸をすると、リュカは意を決して話し始めた。




