ゴットハルト工房
簡単に昼食を済ませ、一行は帝都へ戻るために町の外れを目指して歩いていた。
この人混みの中でフラッデルを発進させると迷惑になるため、町外れまで行ってから乗るためだ。
先程の話の内容は衝撃的で、特にリュカとカインは気不味い雰囲気になるのではないかとイリスは勝手に心配していたのだが、当のリュカはあっけらかんとしておりそんな空気には一切ならなかった。
全く悪びれずに「ごめん」というカインと、「まぁ仕方がない」というリュカの軽いやり取りを見ていると、寧ろイリスの方がリュカに対して不憫に思うくらいだった。
「バカで助かるな」
「レオンっ!」
ぼそりと呟くレオンをイリスが窘める。だがレオンの呟きはカインと話し込んでいたリュカには聴こえなかったようで、会話を続けている二人の様子を見てイリスはほっと胸を撫で下ろした。
来た時と同じように、一行はレオンを先頭に、リュカとカインを挟んで最後尾をロイが護りながら歩いている。基本的には二人を壁側に寄せて歩かせ、その隣にイリスが並んで歩き横を警戒しながら進んでいた。
リュカと会話をしながら歩いていたカインは、イリスが視線を向けてきたことに気付いた。
「ねぇ、帝都まではフラッデルで二人乗りをして行くの?」
目をキラキラと輝かせてこちらを見るカインは、何処からどう見ても十歳の子供そのものだ。イリスにはどうしても、先程衝撃発言をした人物と同一人物とは思えなかった。
「そうだよ。本来一人乗りだから乗りにくいとは思うけれどそこは我慢してね。早く君達を城で保護したいし、戻って皇帝陛下に報告もしないといけないからね」
「やったぁ!フラッデルを動かしているところでいいから、一回見てみたいって思ってたんだ。それなのに乗れるなんて夢みたいだ」
イリスの言葉に飛び上がって喜んでいる。そんなカインを見て、隣を歩いていたリュカが「ふふん」と鼻を鳴らした。
「俺はさっきイリスがこれに乗って戦うのも見たし、すでに一回乗ったからな。意外と乗るの難しいからカインも覚悟しておけよ」
「……ふふっ」
一度乗っただけで先輩風を吹かせるリュカに、イリスは堪え切れず笑い声を漏らす。
「いや、だって!」
笑われたことで急に恥ずかしくなり、リュカが顔を赤くしながら言い訳をしようとした時、そんなリュカを押し退けてずいっとカインがイリスの前に躍り出た。
「えぇっ!イリスってあの、フラッデルに乗ったまま戦う騎士なの?」
「……私のことを知っているの?カインって本当にもの凄く物知りなんだね」
イリスは他国でも噂になるぐらいの存在ではあるが、それはあくまで軍に所属している人間の間で、という話だ。表面上は平和な世の中において、他国の一般民がその存在を知っているのは稀だった。
「知っているも何も……。っていうか、リュカはイリスの戦闘を見たの?ズルいっ!」
カインが頬を膨らませ、拗ねた表情をして抗議を表す。その姿は歳相応の子供よりも幼く見えるぐらいで、寧ろ可愛らしくさえあった。
理路整然と理由を説明していた先程との差が激しすぎて、レオンとロイは理解が追い付かず黙ったままだ。
ふくれっ面のカインは、ふいっと顔を背けると前方を歩くレオンに小走りで近付きリュカから少し距離を取った。
「フラッデルを造ったのは僕達なのに……。製作者より先に見るなんて本当ズルい!!」
その言葉に、レオン、イリス、ロイの足は一斉に止まった。
「は?」
「え?」
「ん?」
「わっ、っ!」
三人から同時に疑問の声があがる。
突然歩みを止めたので、レオンに近付いていたカインは見事にレオンの腰に顔を突っ込んでしまった。
「あ、悪い。大丈夫か?」
「いたた、……うん、大丈夫」
腰の剣帯に顔をぶつけたカインは痛めた箇所を手で擦っている。イリスは屈んでカインの顔を覗き込み、傷などついていないか確認しながらも、どうしても気になったことを堪え切れずに訊ねた。
「……ねぇカイン、『フラッデルを造った』って、どういうこと?」
イリスの質問に顔を擦るのを止めたカインは、左右を何度か見回し周囲を気にしながら小声で告げた。
「フラッデルが元はゴットハルト工房で造られたのは、イリス達は知っているんでしょう?」
「それは勿論知っているけれど……」
カインに顔を寄せ、イリスも小声で返した。
フラッデルは、科学技術大国と名高いサンスタシア帝国を代表する機械ではあるが、実は最初にその大元となる基板を開発したのはサンスタシア帝国ではない。そのことは公にされていなかった。
大元となる基板を開発したのは、ウィレンツィア王国のリリキアの町に工房を構えるゴットハルト工房である。
ゴットハルト工房は、表向きは時計などを主に取り扱っている精密機械工房なのだが、その実、サンスタシア帝国に劣らない精工な技術を有している。
しかし平和の象徴として千古不易を信条とするウィレンツィア王国にあっては、その技術は殆ど日の目を見ることが無い。
しかし、技術者達は日々技術の研鑽に励み、ついには人を乗せて浮くことができるという夢のような機械の基板を開発したのだ。
だがそれは、ウィレンツィア王国においては無用の長物でしかない。けれど出来上がった基板を埋もれさせることを惜しんだゴットハルト工房は、機械の完成をサンスタシア帝国に委ねたのだ。
サンスタシア帝国は譲り受けた基板を元に実用化できるまで更に開発を進め、そして生まれたのがフラッデルだった。
「まさか……。カイン、ゴットハルト工房の人なの?」
思わず声が大きくなってしまい、イリスは慌てて周囲を見渡す。昼食の時間帯を過ぎた通りは人の姿もまばらで、イリスの声を訝しんだ人はいなかったようだ。
カインは口元に人差し指を当てて静かにするように知らせながら続けた。
「そうだよ。僕の父さんが工房の代表なんだ」
カインは得意げな表情だ。
これまでカインに関して様々なことに驚かされてきたイリス達は、もう何を聞いても驚かないと思っていた。だが、またしてもこれ以上ない驚きを味あわされている。
信じられない気持ちの方が勝っているが、しかしこれで、カインがエルヴィン皇子が自ら追って来る程の人物であることに漸く合点がいった。ここへ来る途中の会話に出てきた「本物の盗聴器」という物も、ゴットハルト製と考えれば納得である。
(カインはどの程度、開発や製造に関わっているのかしら?)
普通なら、カインの年齢で精密機械の開発や製造に関わらせてもらえるとは思えない。しかし決めつけてかかって、先程カインを見つけられないという失態を犯したばかりなのだ。今までのカインの言動を考慮すれば、開発や製造に関わっていることもあるかもしれない。
次から次へと出てくる驚きの情報に、三人はこれ以上ここで詳しく問い詰めるのを止めた。これ以上こんな町中で機密情報的な話が出てきたら対処のしようがない。
一行はその後、機嫌のよいカインと愉しく会話を続けるリュカを余所に、三人は周囲の警戒を強めながら町外れへ急いだ。
街道を東に向かって歩き、住宅街が終わるとその視界の先には鬱蒼と茂る森が広がっていた。
このドナの森の先に、サンスタシア帝国が広がっている。
「よし、じゃあカインは僕のフラッデルに乗るよ」
「えー。僕、イリスがいい」
ロイが声を掛けると、カインはすぐさまイリスの足にしがみついてきた。そんなカインの反応が可愛くて、イリスは思わず笑ってしまう。
「ふふっ。乗せてあげたいところだけど、総重量を考えるとその組み合わせで乗った方がいいのよ」
「えー。……じゃあ、今度必ず乗せてね」
「分かった。約束」
しゃがみ込んでカインと目を合わせたイリスが指切りをする。その様子を見て、今まで黙っていたレオンが突然ぼそりと呟いた。
「俺も、イリスがカインを乗せればいいと思う」
指切りをしている二人にその声は届かなかったようだが、レオンの隣に居たロイにははっきりとその呟きが聴こえた。
「いや、だからね、総重量の話をイリスがしてましたよね?来る時と同じやり取りをして、無駄な時間をもう一回取るつもり?」
「……」
ロイの正論にレオンが押し黙る。分かってはいても言わずにはいられなかったようだ。
不貞腐れるレオンに、「もう嫌だ」とロイが嘆く。同じくレオンの呟きが聴こえていたリュカは、一切聴こえない振りをしてその場をやり過ごすことにした。
(やっぱり出来るだけ、イリスにくっつかないでフラッデルに乗るよう善処しよう)
リュカは密かに、決意を新たにしたのだった。




