捜索
急ごうにも二人乗りでは限界がある。気持ちは急くが、今は落ち着いてできることをするしかない。
レオンはすぐにロイに向かって指示を出した。
「ロイは今聞いた情報と考え至った結論について隊長に報告。その後は二人で一足先にヴェントの町に向かって状況の把握と捜索を始める」
レオンが言い終わるや否や、ロイは耳輪に付いた無線のボタンを操作し報告を始めた。
「そのカインって奴の特徴を教えてくれ。先に行って探しておく」
レオンが声をかけると、俯き顔面蒼白で心ここに在らずだったリュカがパッと顔を上げた。
「カインはっ……俺とは逆の配色で黒髪に茶色の目をしているんだ。背は低い。大体百五十メタリぐらいで少年みたいな奴なんだよ」
リュカの髪は茶色で、柔らかそうな細毛をしている。風に靡くとその細い毛先が陽に透けて金色のようにも見えていた。瞳は黒色だが、よく見ると濃紺の様な色合いをしている。漆黒というよりは冥色の様な色合いだった。
カインはそんなリュカとは真逆な配色を持つ人物らしい。身長が百五十メタリとは随分小柄だ。
しかし技術者や研究者というものは、研究に没頭すると寝食を忘れる生き物であることが多い。サンスタシア帝国の科学技術研究所に居る者達も例に漏れず、何日も実験室に籠りきりになることがある。偏見ではなく、彼らのそうした外にも出ず運動もせず寝食を疎かにする習慣が、結果として体に栄養が行き届かない原因になり低身長痩身である者が多かった。
カインもおそらく、そういった類の人物なのかもしれない。
「カインが行きそうな場所、もしくは身を潜めていそうな場所は?」
レオンの問いに暫く思案していたリュカだったが、残念そうに首を振った。
「ヴェントの町には今回初めて来たんだ。町に入って三件目にある宿屋に宿を取ったんだけど、そこには居ないと思う。あいつは俺なんかよりずっと頭が切れるから、逆に身を潜めていないかもしれない」
「なんで頭が切れるのに隠れないんだよ」
あまりに突拍子のない話に、無線での報告を終えたロイが即座に口を挟む。だがそんな若干キレ気味のロイにも臆することなく、リュカは当然だと言わんばかりに続けた。
「たぶん、あいつはドルシグ兵には見つからない。だから逆に隠れて不審人物扱いされるよりも、堂々と人混みに紛れてるかもしれない」
(なるほど。それも一理ある)
下手に隠れて勘繰られるよりも、顔が知られていないのであれば一般民を装っている方が逃れられるような気もした。
「黒髪茶色の目って、どんだけいると思ってんの?それで見つけ出せって?」
しかしロイは尚もリュカに突っかかった。黒髪や茶色の瞳など、この世界では珍しい色でも何でもない。イリスの翡翠色の瞳のような淡い色彩の眼球は珍しいが、そうでもない限りよくある色合いだった。
「そうだな、他に外見的特徴は無いのか?もしくはもっと具体的に特徴を教えろ」
「んー……」
レオンの言葉に、リュカが唸りながら考え始める。顔に黒子があるとか、大きな傷があるとか、そういった外見的特徴が他に思いつかないようだ。
「年齢は?」
「正確には分かんないけど……」
イリスの問いに、リュカは首を捻った。そこにすかさずロイの突っ込みが飛ぶ。
「正確な歳を知らなくても、四十代とか五十代とかあるだろ?」
「まさか!そんな歳じゃないよ。多分、十代だよ」
「十代なんだ!」
エルヴィン皇子を出し抜けるほどの盗聴器を作る人物である。勝手に壮年の男性を想像していたイリスは驚きの声を上げた。
「そうなんだよ、あいつは凄……」
リュカがカインについて語ろうとした時、無線での連絡が入ったようでロイが静かにするようこちらを手で制した。
耳輪に付いた無線を手で押さたロイは何度か首肯し、了承の意を伝えて無線を切ったあとゆっくりとこちらを振り返った。
「報告。ヴェントより西に居る諜報部隊が、ウィレンツィア王国方面に戻るエルヴィン一行を確認したそうだよ。兵士の数も今朝遭遇した数と同じみたいだし、やっぱりそのまま真っ直ぐ戻ったみたいだね」
サンスタシア帝国では、ドルシグ帝国の動きが不穏な今ウィレンツィア王国方面には特に警戒を強めており、部隊を配置していた。そこから連絡が入ったのだろう。
ドナの森を抜けると、ヴェントの町とウィレンツィア王国とでは道が分かれる。ドナの森を抜けたエルヴィン皇子がウィレンツィア王国方面に去ったということは、ヴェントの町でリュカの連れを捜索するつもりは無いということに他ならない。
「ひとまずこれで安心だね。よかったね、リュカ」
「ああ、ありがとう」
イリスが声を掛ければ、背中越しにでも分かるくらい嬉しそうな声が返ってきた。思わずイリスの顔も綻んだが、それに水を差したのはレオンの冷静な一言だった。
「まだ完全に大丈夫と決まったわけじゃない。昨晩の内に見つかって、すでに身柄を確保されている可能性もある。とりあえず俺とロイで先に向かう。イリスはそのままの速度を維持。無理はするな」
レオンはイリスが頷いたのを確認すると、フラッデルに置いた後方の足を僅かにずらして、スピードを調節するためのペダルとは別の基盤を操作する。
フラッデルからガシャンという機械音が響き、その左右から三角形の比翼が飛び出してきた。
「!!」
驚き呆気に取られているリュカの横で、レオンはペダルに置いた足をぐっと踏み込んだ。途端、今までと比較にならない速度で走り出したフラッデルはレオンの姿を一瞬にして遥か遠くに連れ去っていた。
リュカの反対隣では、「じゃ」と片手を軽く挙げてイリスに笑顔を向けると、ロイも同じようにフラッデルを操作し、レオンに続いていた。
あっという間に二人の姿は小さくなり、前方の木々の間に消えていく。
「今は二人に任せよう。大丈夫、きっとカインは無事でいるよ」
「……ああ」
背中に向かって、イリスはできるだけ明るく声をかける。
予想外の出来事に放心状態だったリュカは我に返ると、イリスの言葉に小さな呟きで返した。
◇◇◇ ◇◇◇
二人から小一時間程遅れ、イリスとリュカはヴェントの町に降り立った。
イリスはフラッデルを背中に背負い、体に斜めにかけているベルトで固定する。無線に手を伸ばすと、レオンとロイに連絡を取った。
「ヴェントの町に到着、今から捜索に合流する。捜索の進捗はどう?」
「……」
「……」
「了解。先ずはリュカを連れて宿泊先から捜索を開始する」
無線を切ったイリスを見て、リュカが心配そうに声を掛けた。
「カイン、見つかってないんだ?」
二人から発見の報告がきていない以上まだ見つかっていないと分かっていたが、それでも一縷の望みにかけていたリュカは明らかに落胆の表情を見せた。
その瞳は不安と煩慮で揺れており、イリスは安心させるようにリュカの肩に手を置いた。
「該当者が多すぎるんだ。レオンが町の左側、ロイが右側からもう一度探してくれているから、私達も探し始めよう」
リュカを安心させる様にイリスが微笑む。だが、その内心では若干の焦りが浮かんでいた。
(二人がこれだけ探しても見つかっていないということは、もう町にはいないのかもしれない)
ヴェントの町はサンスタシア帝国から伸びる主街道に位置しているため、そこそこ大きな町だ。しかし、大きいとは言っても帝都などと比べると所詮は町でしかない。総人口数は帝都の比ではなかった。
そんな町の中で、レオンとロイは一時間も前からカインを探している。該当者が多く、それを一人一人確認しながらの作業だとしても、まだ発見できていないというのは時間が掛かり過ぎていた。
先程ロイに入った報告では、エルヴィン皇子一行は真っ直ぐにウィレンツィア王国に戻っており、ヴェントの町には寄っていない。考えられる可能性としては、やはり昨晩の内にカインを見つけてすでに身柄を確保しているか……考えたくはないが、始末しているという可能性もゼロではなかった。
町中を一通り探したレオンとロイは、もう一度町を両端から再度捜索することになっている。
イリスはリュカを連れて、レオンとロイがカインを見逃したと信じて探すしかない。
「とりあえずリュカが取ったっていう宿屋まで行ってみよう。カインが戻っているかもしれない」
「……分かった」
浮かない顔のリュカを励ましながら、イリスは西に向けて歩き始めた。
ヴェントの町は街道を中央に配し、その左右に店や住宅が並ぶようにして造られている。町の中央を東西に伸びる街道を進み、イリスとリュカは町の西の外れに位置する宿屋を目指した。
それほど大きくない町だ。暫く歩くとすぐに町の中央部分に差し掛かった。ヴェントの町の名所、噴水広場だ。
町の中央に造られた大きな噴水は町の人々の憩いの場でもあり、あまり他の街で見かけることのない噴水は観光の名所にもなっている。そのため噴水をぐるりと囲むように飲食店や商店が並んでおり、人通りも多い。間もなく昼時ということも相まって、食事を求める人や買い物客で噴水広場は活気にあふれていた。
するとその時、隣を重い足取りで歩いていたリュカが歩く速度を速めた。
「?……リュカ?」
イリスが不審に思っていると、歩いていたリュカは小走りになり、ついには走り出してしまう。
「リュカ!」
走って追いかけながらイリスがその背に呼び掛ける。しかしイリスの呼び掛けも無視して、リュカは目の前にある噴水広場めがけて迷いなく走っていた。
「カイン!!」
大声で噴水広場に向かってリュカが叫ぶ。その名前に、イリスは目を見開いた。
「……リュカ!!」
リュカの声に反応し、俯いて噴水の淵に腰かけていた人物が顔をあげてリュカを見た。リュカの姿を見つけて立ち上がり、嬉しそうに手を振っている。
その光景を目の当たりにして、イリスはこれ以上ない驚きで思わず走っていた足を止めていた。
――『たぶん、あいつはドルシグ兵には見つからない』
リュカの言った言葉の本当の意味を理解して、イリスはただ茫然と立ち尽くすしかなかった。




