交戦
下降するフラッデルが地面が近付くにつれて、言い争う声がはっきりと聞こえるようになってきた。話の内容までは分からないが、怒鳴り声が聞こえてきている。
下は木々に覆われているので人影を目視で確認することはできない。走行中なので上手く気配を読むこともできないが、数十人はいるようだ。時折剣を交える金属音も聞こえるようになってきて、辺りは緊迫した空気を帯び始めた。
イリスは喧騒から離れた場所の上空で一旦速度を落とすと後ろを振り返った。
「ソルはこの辺りの木の上に置いていく。木の上は平気?身を隠していて欲しい」
「毎日高い所で収穫の仕事をしているんだよ?何でもない」
置いていかれることに文句を言わず、イリスの言葉から自分が取るべき行動を理解してソルが力強く頷く。
イリスは頷きを返すと、フラッデルを下降させ大きくて立派な樹のとりわけ太い枝に横付けするとソルを枝に渡らせた。
「出来るだけ身を隠していてね」
この場所は喧騒の中心地からはかなり距離が離れている。あちらからは森の中にあるたくさんの木の中の一本にいるソルを見付けることは困難だろう。だがここからならあちらの状況は辛うじて見て取れる。状況が全く分からないのも不安だろうからと、イリスはこの場所を選んだのだ。
――ガキィィン!
不意に大きな金属音が響いて、イリスとソルは同時に音がした方を振り返った。
見ると、一人の剣士に対して二人が同時に切り掛かっているところだった。その周りでも、激しく打ち合いが繰り広げられている。
「あ、あの人!俺達を一昨日助けてくれた人だよ!」
「えっ!どこっ!?」
木の幹に掴まって身を乗り出したソルが、打ち合いをしている中の一人を指差した。
「間違いないよ!この前俺達が攫われそうになった時、助けてくれた人だよ!」
「!!」
どうやらアレク・ミュラーの護衛が戦っているようだ。そうなると、相手方はソルとルナを襲撃した犯人だろう。
だがどちらも面識のないイリスには、ソルに教えられた人物以外、誰が助けるべき味方で誰が敵なのか判別がつかない。
(どうしよう、何か目印でもあれば……)
イリスは必死に見た目の情報を探すが、これと言って目立つ違いを見付けることが出来ない。
そうこうしているうちに、ソルを助けてくれたという人物が二人から同時に攻撃されて劣勢に立たされ始めた。
「隠れててねっ!!」
「っ!分かった!!」
イリスは体勢を低くしてフラッデルの先端を掴むと、木々の間を縫うようにして駆け抜ける。
どちらが敵か味方かなど分からないが、ソルの目の前でソルを助けてくれた人が死ぬような事態にだけはさせたくなかった。
その時、二人に攻撃されて押され気味だったソルを助けた男の剣が弾き飛ばされ空を舞う。それと同時に、体勢を崩して男が倒れ込んだ。
「危ないっ!!」
イリスは力の限りフラッデルのペダルを踏み込んだ。一段階上がったスピードに、身体を持っていかれないように更に身を低くする。
「観念するんだな!」
「っ!!」
剣を振り上げた男が嘲りの表情を向ける。ソルを助けた男は倒れ込んだ身体を起こしたものの自身の剣は弾き飛ばされてしまったので、今まさに振り下ろされようとしている敵の剣に対して抵抗する術がない。
最早これまでと目を閉じたのだが、次の瞬間聴こえたのはガキンッという重い金属音と、キンッという高い金属音だけで、剣で切られた痛みがソルを助けた男の身体を支配することはなかった。
「なっ!」
「!」
ソルを助けた男が恐る恐る閉じた目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
文字通りその場に風のように駆け付けたイリスが、体勢を横にして振り下ろされようとしていた剣をフラッデルで受け止め、その勢いのままに身体を反転させ続くもう一人の男の剣を帯剣していた背中の剣を素早く抜いて弾いていたのだ。
その場にいた全ての人間の視線が、突然風のように現れたイリスに集まる。皆驚いて、構えた剣を持ったまま時を止めていた。
そんなイリスは身を翻すようにして体勢を整えフラッデルのまま地面に着地すると、剣を構え直し周囲にいる人々すべてに聴こえるように腹から声を張り上げた。
「私はサンスタシアの騎士、イリス・ウェリール。今からアレク・ミュラー側に加勢を表明する」
朝の澄んだ空気の中に、イリスの声が何処までも響き渡った。
(全部で……五十人くらいか)
イリスは視線を巡らし素早く周囲の状況を確認した。
ソルがいた所からではこの場所の全貌は分からなかったが、ここはちょうど森を抜けたところのようで開けた場所になっている。遮る木々がないので状況を把握することは容易く、敵味方の区別はつかないが総勢五十人くらいがこの場にいるようだった。
イリスのよく通る声が男達の耳を震わせる。その声に、時を止めていた男達が弾かれた様に我に返った。
「なんだお前!」
「関係ない奴は引っ込んでろ!」
ソルを助けた男を攻撃していた二人の男達が、即座に体勢を整えるとイリスに切り掛かってきた。それを見て、イリスは怯むことなく身を低くするとそのままフラッデルを発進させた。
男達は剣を構えたもののフラッデルで突撃してくるイリスに驚き一瞬対応が遅れ、あっという間にイリスに間合いに入られてしまう。低い体勢のままイリスは男達の足元目掛けて剣を振った。
「ぐあぁぁっ!」
一人は深く剣が入ったようで、呻き声と共にその場に倒れ込んだ。だが後方にいたもう一人の男は傷が浅かったようだ。負傷しながらも二撃目を繰り出してくる。それを確認したイリスは、くるりとフラッデルで一回転して攻撃を躱すと、回転途中の逆さまの状態で相手の肩口目掛けて剣で切り付けた。
「ぐあっ!」
聞き手の肩を負傷し剣がその手から離れて地面に落ちる。男はそのままその場に膝を付いた。
イリスは相手が反撃してこないことを確認すると、剣を振って付いた血を振り払うと周囲に向かってもう一度声を張り上げた。
「もう一度言う!私はサンスタシアの騎士でありアレク・ミュラー側に加勢する!」
言いながらイリスは、未だ地面に座り込んだままでいるソルを助けた男の服を掴んで引き揚げた。
訳も分からず服を引っ張られソルを助けた男は困惑気味だったが、立てという事だと理解し自分でも身体に力を入れて立ち上がる。イリスは自分の隣に並び立った男に、小声で話しかけた。
「貴方は一昨日ソルを助けた人だと聞きました。アレク・ミュラー側ですよね」
「えっ?……ええ、そうです」
無理矢理立たされた上に意外な事を聞かれて男が驚く。だが、時間がないイリスは捲し立てるように小声で続けた。
「お願いがあります。何か、敵味方を見分ける術はありませんか?」
そんな会話をしているうちに、今の戦闘を呆気に取られて見ていた周囲の男達が我に返り、猛然とイリスに向かって襲い掛かってきた。イリスは手で押すようにしてソルを助けた男を自分から突き放すと、フラッデルを起動し自分から襲い掛かってくる面々に向かって飛び込んでいった。
虚を突かれたものの先程同じような場面を見た男達は、すぐさまイリスの剣を警戒して走っていた足を止めると剣を構えた。
だがそれを嘲笑うかのようにイリスは男達の前でフラッデルを急上昇させるとその頭の上を宙返りするように一回転して飛び越え、振り向きざまにその背中に切りかかった。
「ぐあっ」
血が噴き出す背中を丸め男が蹲る。その隙に切りかかって来たもう一人の剣をイリスは剣で受け止める。だが同時に、もう一人別の男が切り掛かって来た。
「もらった!」
男がイリスを打ち取ったとばかりに剣を振り下ろした瞬間、イリスはフラッデルを起動させその場から高速移動をした。まさに瞬間移動のようにその場から消えたイリスに対応することが出来ず、イリスが剣を受け止めていた男と向かってきた男の剣がそのまま振り下ろされ味方同士を切り裂く。
「ぐはっ!」
「~~っ!!おのれ、ちょこまかとっ!」
向かってきた男の剣が相手に深く入ったようで、切られた男がその場に倒れ込む。向かってきた男は切られたものの傷が浅かったようで、すぐさまイリスを振り返った。だが、見まわしてみてもイリスの姿はどこにもない。
「どこに……っ、ぐはっ」
真上に飛び上がったイリスに気付いた時には、イリスの剣が男に向かって振り下ろされるところだった。
(私がアレク・ミュラーに加勢すると言った以上、こうやって歯向かってくる人物だけを排除していれば片が付くことは付くんだけど……)
そうなるとどうしても後手にまわることになる。フラッデルの性質とイリスの戦闘を十二分に発揮するためには奇襲が一番効くのであって、向かってくる敵を倒すことには向いていない。
もっとも、それであってもイリスが負けることはないのだが。
「……っ!」
不意に後ろから近寄る気配に、イリスは咄嗟に剣を振り下ろしながら振り返った。だがそこに、意外な言葉が投げかけられる。
「っ!その人は味方ですっ!」
「!!」
ソルを助けた男の声に、今にも相手に向かって振り下ろされそうになっていたイリスの剣が止まった。
殺意を感じない気配だったので気付くのが一瞬遅れたのが功を奏した。そうでなければ切ってしまっていたことだろう。
「~~っ、ふぅ、ヒヤヒヤしたぜ」
「っ!!」
イリスの剣を受け止めるために一応剣を構えていたその人物は、焦ったような表情でこちらを見ていた。
その人物の顔に気付いて、イリスは茫然と構えていた剣を降ろした。
燃えるような赤い短髪を風に靡かせ、真っ直ぐにイリスを見つめる大きな瞳はアーモンド色をした三白眼だ。髪の色こそ違ったが、瞳の色と三白眼、通った鼻筋はイリスがよく知る人物と全く同じだった。
「その人がうちの会頭、アレク・ミュラーさんですよっ!」
名前を聞かずとも、イリスには彼が誰なのか分かった。それほどにソルとルナにそっくりだのだ。性別が同じであるだけに、ソルをそのまま大人にしたかのようだ。
「そんなに何度もアレク・ミュラー、アレク・ミュラー言われると、流石に照れるね」
周りを敵に囲まれた状態であるにも関わらず、そう言ってアレク・ミュラーは愉しそうに笑った。




