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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第五章 空を統べる者
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ソルの能力

「お待たせしました。申し訳ない」


 イリス達が居るリビング兼ダイニングから廊下へと続いている扉を引いて開き、ハリス先生が再び部屋に戻って来た。

 待たされたのは事実だが、それほど時間は経っていない。ソルとルナはもう寝たのかと驚くくらいの、ごく短い時間だった。


「二人はもう寝たんですか?」


 ロイが問えば、ハリス先生は微笑みながらゆっくりと首を横に振った。


「今日は皆さんという客人が来て楽しかったようで、ソルもルナもまだ寝付けない様子でした。ですが、ソルは明日の朝早く起きるのだと言って布団をかぶりましたよ」


 その光景が目に浮かぶようで、イリスは目を細めた。


「これからする話を、二人に聞かれたら不味いのでは?」


 寝ていない二人が起き出してきて、これから話す内容を盗み聞いてしまうことにレオンが懸念を示したのだが、ハリス先生は柔らかな笑顔を返した。


「あの子達は日々仕事もしていますし、今日は久々の来客で楽しかったとはいえ疲れているでしょう。それに明日朝早く起きるためにも、起き出しては来ないはずです。間もなく眠るでしょう」

「ソルとルナはいつも二人だけで果樹園の仕事をしているのか?今日は脚立から落ちたんだぞ?危ないとは思わないのか?」


 ハリス先生の口から仕事という言葉が出たところで、リュカが気になっていたことを率直に訊ねる。

 その指摘に、ハリス先生は困ったように眉根を寄せた。

 

「そうですね、その話はつい先程ルナから聞きました。本当に危ないところをありがとうございました」

「そう思うのなら、二人だけで仕事をさせないようにしたらどうだ?」


 若干捲し立てるようにリュカが詰め寄ると、ハリス先生は片手て頭を押さえた。


「言い訳になってしまうのですが、いつも仕事は三人で行っているんです。今日は夕方からどうしても外出しなければならない用事があったので、収穫を切り上げ夕方前に三人で孤児院に戻って来たのですが。……あの子達はそれから、二人だけで果樹園に戻ったようです」

「あいつ等誰かに狙われてるんだろ?なんでまた……」


 リュカが信じられないとばかりに呟くのを聞いて、ハリス先生は眉を下げた。


「今日は予定が押してしまい、収穫した籠を持って孤児院に戻ってくることが出来なかったんです。明日取りに行くことにして戻ってきたのですが、あの子達はこの後雨が降ると分かったんでしょう。だから収穫した籠を取りに戻った。そのついでに、もう少し収穫しようと欲張ったようですね」

「あいつ等、真面目なんだか反抗的なんだか……」


 呆れたように呟くリュカに、ハリス先生も困ったように微笑む。この様子だと、ソルとルナはいつもこんな風に、頑張り過ぎてハリス先生を困らせているのかもしれなかった。


「……長い話になるので、先ずはお茶を淹れましょうか」


 扉の前に立ったままだったハリス先生は、イリス達の座るテーブルを横切ってキッチンへと向かう。「手伝います」とイリスが立ち上がるが、ハリス先生は「お湯を沸かすだけですから」とその申し出を丁寧に断った。


 やかんを火にかけると、ハリス先生は慣れた手つきで後ろの戸棚からカップを人数分用意する。

 程なくして、盆にカップと茶器を乗せて戻って来た。


「先ずは、ルナを助けていただいたこと、本当にありがとうございました」


 盆をテーブルに置くなり、ハリス先生は深々と頭を下げた。


「謝辞は何度もいただきましたのでもう不要です。ですが、今回のようなことが今後起こるとも限らない。二人は誰かに狙われてもいるようですし、大人の目が無い状態を作るべきではないのでは?」


 今回はたまたまイリスが受け止めたので大事には至らなかったが、一歩間違えれば大怪我に繋がっていたかもしれないのだ。しかもロイの言う通り、二人は誰かに狙われている。二人きりでいる時間があるのは危険だと言えた。


「仰る通りです。私も出来る限り二人きりにはしないようにしていますが、あの子達は厳密には二人きりではないのです。貴方がおっしゃったように、警護の者に見守られているんですよ」


 ハリス先生はテーブルの脇に立ったまま、長椅子に座るレオンをじっと見下ろす。その視線を受けて、レオンはフンッと息を吐き出した。


「それで?見守っているという奴等は何者ですか?」

「えっ?何?どういうこと?あいつ等誰かに警護されてんの?あ、さっきの誰かいるって言ってたやつか」


 ハリス先生が答えるよりも先に、リュカが口を挟んだ。どうやら頭の中に浮かんだ疑問がそのまま口から出てしまったようだ。

 リュカの言葉に話の腰を折られ、レオンが盛大な溜息を吐く。そんなレオンをロイが「まぁまぁ」と宥めていた。いつもの光景に笑みを溢しながら、イリスが説明を付け加えた。


「麓の方角で、こちらの様子を窺う妙な気配が複数あったのよ。何かあれば直ぐに駆け付けられるくらいの距離のところにね。こちらの動向に対して動く気配は見受けられなかったから、何なのかなと気にはなっていたんだけど」

「この先のストレアル山脈の麓には、エダルシア王国軍が常駐しているからね。それかとも思ったんだけど、どうやら違ったみたいだ」


 イリスの言葉を補足するようにロイが付け加えれば、リュカは驚いた様子で二人を見た。


「え……イリスもロイも、分かってたのか?その気配に気付かなかったのは俺だけってこと?」

「そうだよ。リュカが気配を察せるようになるのは、まだまだだね」

「あんなに遠かったら無理もないよ。大丈夫、普通は気付かないから」

「普通は、ね……」


 ロイの言葉をフォローするようにイリスが言葉を重ねたが、逆にリュカはテーブルに額を付けて突っ伏してしまった。フォローしたはずなのに落ち込むリュカを見てイリスは慌てたが、ロイはその様子を見てただ面白そうに笑っている。


 そんな一連のやり取りを聞いていたハリス先生は、感心したように呟いた。


「サンスタシアの騎士様と窺いましたが、いやはや、皆さんお気付きになられていたとは流石ですね」

「皆じゃない。リュカスは気付いていないしリュカスはサンスタシアの騎士でもない」

「言い方っ!」


 机に伏した顔の向きだけを変えてリュカが苦言を呈すも、レオンはふいっと視線を逸らした。


「ふふっ。皆さん仲が宜しいのですね」

「「宜しくない」」


 リュカとレオンの言葉がシンクロすると、ハリス先生は益々微笑ましそうに二人を眺めて目尻の皺を深くした。


 一旦話が途切れたところで、ハリス先生は盆の上の茶器にお湯を注ぎお茶の準備を始めた。

 盆にはそれぞれ形も模様も違う五つのカップが乗っている。体裁は悪いがカップはどれも優しい色合いをしており、不揃いな感じが逆にイリスに温かみを感じさせていた。

 そんなカップに、茶器から次々にお茶が注がれていく。お茶が注がれたカップからは湯気が立ち上り、一緒に茶葉の香しい匂いを舞い上がらせていた。

 ハリス先生は全てのカップにお茶を注ぎ終わると、イリス達の前にそれぞれ一つずつ丁寧に置いた。


「この辺りの茶畑で採れたお茶です。どうぞ。落ち着きますよ」


 差し出されたカップに視線を落とし、イリスは掌を温めるようにカップを両手で包み込むとゆっくりと口に含んだ。

 薄い綺麗な緑色をしたお茶は渋みがあるもののすっきりとした味わいで、とても飲みやすかった。


 イリスは座っていた場所から少し長椅子の中央に寄るように移動して、お茶を淹れ終わったハリス先生が座る場所を作る。イリスの動きでそれを察したハリス先生は、「ありがとう」と呟くとイリスの隣に腰を下ろした。

 ハリス先生は自分にも淹れたお茶をゆっくりと口に含むと、一息ついてから話を切り出した。


「あの子達のことを全てお話しいたします。……その上で、お願いがございます」

「話を聞いてみないと分からないが、出来る限り善処しましょう」


 レオンの返答に軽く頭下げると、ハリス先生は一つ大きく息を吐いてから続けた。


「できることならば、ソルが言っていたのようにあの子達を狙う者達を排除していただきたいのです」


 イリスとしてはある程度予想の範囲内の申し出だった。だがレオンは直ぐには首を縦には振らなかった。


「先ずはあの二人が狙われる理由と、狙っている者の正体、そして二人を見守っている者達が誰なのかを教えてもらいましょうか」


 レオンの返答にハリス先生は小さく頷くと、一同をぐるりと見回した。


「あの子達の能力についてはお聞きになりましたか?ルナの能力については、皆さん体験されたのでご存じでしょうが」

「雨が降ると予測できる能力ですよね。ルナは二時間後に雨が降ると、時刻までほとんど正確に言い当てていました。僕達も驚きましたよ」


 ロイが確認のために先程ルナが予測した内容を伝えると、ハリス先生は目を見開いて驚いていた。


「この能力のことは秘密にするよう言ってあったのですが……。このまま山を下ると言った貴方達のことが、余程心配だったのでしょう」

「雨が降るという根拠については、ちゃんと言わないでいましたよ。まぁ、ちょっと色々ありましたが」


 ロイの言う色々とは、夕方果樹園で繰り広げられたリュカとの言葉の駆け引きのことだ。

 ソルとルナは、雨は降るがその理由は言えないと頑なに言っていた。この能力については秘密にするというのが、ハリス先生との約束だったからだろう。


 雨が降るのならば下山するのは確かに危険なのでイリス達はその真偽が知りたかっただけなのだが、ソルとルナは雨が降ると言う理由については頑として言わなかった。

 最終的にリュカとのやり取りの中で、その理由を説明すると折れていたが、孤児院に一泊すると決めた以上イリス達は雨が降ることの真偽はもうどちらでもよく、言いたくないことをわざわざ聞き出すのも憚られたので、結局二人からは何も聞き出してはいなかった。


 ルナがどうやってあれだけ正確な雨の予測ができるのかの理由を、これからハリス先生から聞くことが出来るのだと思ってイリスが隣のハリス先生を見上げた時、向かい側から予想外の言葉が投げかけられた。


「ちょっと待った。ルナだけじゃなく、ソルも何か特殊な能力があるのか?」

「……何で今、ソルの話が出てくるの?」


 今まで机に伏して一切会話に入ってきていなかったリュカが突然声を上げたので、イリスは驚いてリュカを見た。

 ロイも不思議そうな顔をしている中、レオンだけは弾かれた様にリュカを見ていた。


「『あの子達の能力』かっ!よく気付いたな」

「へへっ、もっと常に褒めてくれていいんだぜ」


 得意そうに笑うリュカの言葉に、イリスは先程のハリス先生の言葉を頭の中で思い返した。

 確かに先程ハリス先生は、()()()()の能力について聞いたかと言っていた。ということは、ソルにもルナのような何らかの能力があるということになる。


「成程、ソルのことはまだ何もご存じないんですね」


 そう言って、ハリス先生は徐に視線を窓の外に移した。窓の外では、まだ雨が降り続いており窓をしとどに濡らしている。

 同じように振り返って窓の外の雨を眺めながら、ロイがルナの能力について言及した。


「凄いですよね。あれ程正確に先の天候が読める予報士、サンスタシアでも見たことがないですよ」


 ロイの言葉に、ハリス先生は嬉しそうに目を細める。


「仰る通り、ルナの能力は知識と体感で得た情報から正確に空模様を読むことにあります」

「……」


 言うは容易いが、それは八歳の子供が到底成し得るものではない。

 科学技術大国であるサンスタシア帝国の技術とデータを持ってしても、ルナ一人の能力に及ばないのだ。


「じゃあソルは?」


 テーブルに沈黙が落ちる中、相変わらず空気を読まないリュカが率直に疑問をぶつけた。

 ハリス先生はカップを持ち一口お茶を口に含むと、ごくりと喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。 

 

「……あの子も同じように天候が予測できますが、それよりもソルにはもっと優れた能力があります」

「あれより優れたって……」


 俄には信じられず、イリスの呟きは途中で力なく消え失せる。

 ルナの能力はとてつもない可能性を秘めているのだ。それだけの価値もある。しかしそれよりも優れているとなれば、もうどんな能力なのかイリスには想像もつかなかった。


 ハリス先生は固唾を呑んで見守る一同をぐるりと見回した後、ゆっくりと口を開いた。


「あの子は、ルナが空模様を知識と体感で読むことが出来るのと同じように……風を正確に読むことができるのです」

「……風を、読む」


 言われた事がよく分からず、イリスはハリス先生の言葉をそっと繰り返す。

 そんなイリスの半信半疑の呟きに、ハリス先生は眼差しに力を込めると否定するように語気を強めた。


「一見大したことのない能力のように思えますが、あの子は体感で吹く風の流れが分かるんです」

「……凄いかもしれないけどさ、そんな能力何処で役に立つんだ?」


 説明されてもそれがルナより優れた能力だと思えなかったようで、リュカが首を傾げた。

 確かに、天候と違いその時々で吹き抜ける一瞬の風を読むことは凄い能力なのかもしれないが、天候を読むことと違って活躍の場と需要はないように思えた。


 だがそれを否定するように、ハリス先生は大きく(かぶり)を振った。


「風を読み、気流が乱れる場所を察し、何処をどう進めば風を掴めるかが分かる。ソルの存在が公になれば、このエダルシア王国でソルの力を得ようとする者は後を絶たないでしょう」

「……貿易船かっ!」


 レオンが弾かれたように声を上げた。そしてそのレオンの一言で、皆が一様に納得した。

 

 ここエダルシア王国は貿易大国であり、各国に向けて多数の貿易船が航行している。

 ある程度の知識と技術とデータをもとに天候を予測する予報士はエダルシア王国にもいるだろうし、各貿易船も天候と風向きを予測しながら航行しているだろうが、ソルの能力があれば今より航海がぐっと容易くなるだろう。

 大国の予報士を凌駕するその能力が、どれ程貴重な存在かなど計り知れない。


「そうです。あの子の能力は船に乗る者なら喉から手が出る程欲しい代物です。……どうしてあの子達がその特殊な能力を得るに至ったのか、何故狙われているのか、その全てをお話ししましょう」


 ハリス先生は一旦目を伏せから、覚悟を決めたように視線を上げた。

 これからどんな話が出てくるのか最早イリスには全く予想もつかず、ただハリス先生の次の言葉を待つことしかできなかった。





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