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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第五章 空を統べる者
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リュカの過去

 食事を作っていた三人は、三十分程で皿や大鍋をテーブルに並べ始めた。

 火で焙ったために少し焦げ目のついた香ばしい匂いを放つパン、野菜が煮込まれた温かな湯気を立ちのぼらせるスープ、そして、今日ソルとルナが収穫したばかりの赤い果物がテーブルに並べられた。

 簡素な食事ではあるものの、大勢で囲む食卓は楽しく食事は終始和やかな雰囲気に包まれた。


 そして一同が食事を終えると、ソルがみんなでやろうとボードゲームを持って現れ、食事の片付けを請け負ってくれたハリス先生以外の皆で興じた。


 孤児院にはだいぶ前から子供はソルとルナだけしかいないそうで、現在八歳だというソルとルナは普通ならまだまだ遊びたい盛りだろうが、孤児院の手伝いをしながら生活しているのだそうだ。

 収穫時期は集落の子供達も果実の収穫の手伝いに駆り出されるため、この時期は他の子供達と遊ぶ時間はほとんどないのだという。

 そんな話を聞かされては、一緒に遊ぼうと誘われて断れるはずもない。意気揚々と参加を表明したロイに釣られて、レオンも渋々頷いていた。


 ソルが持ってきたのは簡単なボードゲームで、難しい戦略などは皆無だった。運要素が強い物だったのだが、何故かルナは異様な強さを見せていた。

 反面ソルはなかなか一番になることが出来ず悔しさを滲ませており、「もう一回!」と何度も挑戦していた。

 そういった負けず嫌いな一面やゲームに熱くなるところは非常に子供らしかった。片付けを終えてテーブルに戻ってきたハリス先生も、二人の愉しそうな姿に目を細め終始笑みを湛えていた。


「さぁ、楽しいところではありますが、そろそろ寝る時間ですよ」

「っ!嫌だっ!!」


 何度目かの勝負がついた時にハリス先生が声を掛けると、ソルはあからさまに表情を歪め声を荒げた。


(……こんな時、何て言ってあげたらいいのかな)


 どう宥めれば良いのか分からず、イリスは掛ける言葉に悩む。また今度やろうなど、果たされることのない約束を口にするのは憚られたからだ。

 この孤児院に立ち寄ったのは雨が降ると引き留められたからであり長居をすることは決してない。雨の状況次第だが、今のような降り具合ならおそらく明日には問題なく出立できるはずだ。

 きっとソルにもそれが分かっているから、余計にごねているのだろう。


「もう今日は皆さんに沢山遊んでいただいたでしょう?」

「嫌だっ!絶対まだ起きてる!」


 ハリス先生が宥めるように優しく声を掛けるが、ソルは嫌だと喚くばかりだ。ハリス先生も困惑気味に眉尻を下げる。

 一同がどうすべきか次の手をこまねいていると、意外な人物が声を上げた。


「俺はもう寝るよ。明日も早朝訓練があるし早く寝たい」


 リュカが淡々と言い放つと、その言葉に喚いていたソルが興味を示した。


「……訓練って、兄ちゃんは何の訓練をするの?」

「ん?ああ、剣だよ剣。俺はこの人達に剣を教えて貰ってんの」


 リュカの言葉に、ソルの目がぱぁっと明らかに期待に満ちた光を帯びた。


「俺も剣を教えて貰いたい!」


 ソルはテーブルに両手をついて勢いよく立ち上がると、リュカが「この人達」と言って視線を投げかけたイリス達の方に向けて身を乗り出した。 

 思い返してみると、昼間果樹園でソルと出会った時、イリス達を見てルナを攫いに来たと勘違いしたソルは、ルナを守ろうと木刀を手に構えていた。きっと護身用に携帯しているのだろう。


 ソルは昼間『また俺達を攫いに来たのか』と言っていたし、何者かに狙われているのは間違いない。狙われる理由はおそらく、ルナの天候を予測する能力だ。ソルはルナに危害を及ぼそうとする者達から、ルナを護ろうとしているのだろう。


 しかし剣の構えから察するに、剣の基礎があるようには見えなかった。だからこそルナを護る術として、剣を習いたいのだろう。ソルの気持ちは理解できるものだった。 

 しかし期待に満ち溢れた視線のソルを、リュカは鼻で笑い飛ばした。


「言ったろ、早朝訓練なんだ。お前が寝てる間に終わってるよ」


 リュカはテーブルに肘を付き拳の上に頬を乗せ、ソルの方を見ずに辛辣に言い放った。その言葉にソルは顔を真っ赤にして憤慨する。


「起きれるよ!」

「今まだ起きているつもりなんだろう?朝に起きられる訳ない」


 更に言葉を被せるリュカに、ロイが面白がって口を挟んだ。


「そうだね。朝起きられるのなら、明日の早朝訓練に混ぜてあげてもいいよ。でもこんな時間まで起きていると明日起きられなくて、結局寝過ごしちゃうかもなー」

「おい!何勝手に……」


 ロイが独断で早朝訓練への参加を許可したことに対して、レオンが苦言を呈する。しかし言質は取ったとばかりに、ソルはその言葉に喜色を浮かべた。


「言ったな!絶対に絶対だからね!約束だよ!!」


 こちらに有無を言わせぬ勢いで約束を取り付けたソルは、駆け出す勢いで廊下へと続く扉に向かって行った。


「もう寝る!」

「っ!……え、あ、おやすみなさい!」


 勢い勇んでソルは部屋を出て行く。それを見たルナが、慌てて席を立つとイリス達にぺこりと頭を下げてからソルの後を追った。


「やれやれ、困った子供達ですね。寝たのを確認したら直ぐに戻りますので」


 二人が去った扉を見遣り、ハリス先生が席から立ち上がる。呆れたような物言いではあるが、ハリス先生の顔には微笑みが浮かんでいた。




 後ろ手に閉められた扉が、パタンと小さな音を立てる。二人を追ってハリス先生が部屋を出て行ったので、この部屋にはイリス達四人だけになった。


「本当、子供の気持ちは子供なら理解出来るんだな」

「レオンお前な、本当にいい加減にしろよ?」


 扉が閉まったと同時に昼間と同じ言葉でレオンに揶揄われたリュカだったが、眉間に皺を寄せるだけでいつものように突っ掛かってはいかなかった。

 ソルに「早く寝たい」と言ったのはまるっきりの嘘でもなく、短時間ではあったがこの孤児院に着いてからも雨が降るまでの間訓練が追加されたので、リュカ自身疲れているのだろう。


「でもさ、本当にすごいよね。子供の扱いに慣れてる」


 テーブルを挟んで向かいに座るロイが、感心しているのを仕草で表現するように、腕を組んで大袈裟に頷いていた。


「ああ俺、弟がいたんだよ。死んじゃったんだけどさ」


 リュカの言葉に、イリス達は一様に息を呑んだ。

 リュカはウィレンツィア王国の出身だ。そしてリュカよりも年若い弟が死んでいるとなると、ドルシグの乱の際に犠牲になったのではないかという憶測が全員の頭を過る。

 なんと声を掛けるべきかを迷い、けれど結局リュカに掛ける適切な言葉が思いつかずイリスは押し黙った。


 部屋の中が微妙な静寂に包まれたのを感じて、リュカは慌てて拳の上に乗せていた顔を上げた。


「あぁ、ドルシグの乱に巻き込まれて死んだわけじゃないんだ。もう八年も前の話だし、俺ももう吹っ切ってる。気にしなくていいよ」


 誤解だと訂正するようにリュカが言葉を重ねる。だがイリスは、ドルシグの乱のせいではないと言われても八年前という日付が気になった。

 問うような視線を向けるイリスに気付いて、自分が余計なことを言ったことに気付いたリュカだったが、今更発言を撤回することも出来ない。

 不安げなイリスの表情に、リュカは諦めたように溜息を吐いた。


「俺の弟は、生まれた時から難しい病を患っていたんだ。でもその病に対する薬もあったんだけどさ……」


 この旅の道中会話をする機会は山のようにあったのだが、敢えてお互いの過去について詳しく話をしたりはしなかった。

 それは過去の記憶を失くしているイリスに対する配慮からだ。

 そうやって自分に対して配慮してもらっているのだから、イリスは他人の過去についても根掘り葉掘り聞くことはしなかった。そのためリュカの過去にも一切触れてこなかったのだ。


 だから、一同がリュカの家族構成や過去の話を聞いたのは初めてだった。


「だが戦争が起こって、薬が買えなくなったのか?」


 不自然に言葉を切ったリュカに対してレオンが推論を述べたが、それに対してリュカは緩く首を横に振った。


「正確には、戦争が起こった混乱で物流が止まったんだ。薬が暫く入ってこなかった」

「……」


 リュカの言葉にイリスが息を呑む。そんなイリスの様子に気付いて、隣に座るレオンがイリスの肩に手を置き顔を覗き込んできた。

 その顔が大丈夫かと問うている。心配させまいとイリスは微笑んで見せたのだが、その笑顔はきっとぎこちなかったことだろう。

 そんなイリスの様子に気付いたリュカが、安心させる様に優しく微笑んだ。


「イリスのせいじゃないし、誰のせいでもないよ。元々、ドルシグの乱の前に弟の病状は悪化して薬も効かなくなっていて、余命宣告をされていたんだ」


 リュカはそう言って笑うが、イリスのせいでもドルシグの乱が起こったせいでもないと言われたとしても、イリスは納得できる訳ではなかった。


「俺の親父はウィレンツィアの王城を守る近衛騎士でさ。母さんは王城で働く侍女だったんだ。あの戦争で両親を亡くしてすぐ、弟も死んだ。……俺が革命軍に身を置く理由だよ」

 

 リュカの言葉を耳にした瞬間、イリスの頭に光が閃くように、唐突に何かの映像が思い浮かんだ。


 ――『……リ……様、……リス様っ』


 突然脳裏に浮かんで意識を奪ったのは、お仕着せを着た女性の姿だった。

 ひどく懐かしい、忘れられない大事な光景。それなのに、お仕着せの女性の顔はぼやけていてどうしても鮮明に思い描けない。


 お仕着せの女性が必死に誰かを呼んでいる。……おそらく呼ばれているのは自分だろう。

 イリスはなんとか声を出してそれに応えようとするが、言葉を発することは叶わず応える事がどうしてもできない。


 目の前にあるのに届かないもどかしさに、イリスは叫び出しそうだった。


 

「……リス、イリス!聞いてるか?」


 隣に座るレオンに肩を揺すられ、イリスの意識は現実に引き戻される。どうやら会話の途中で意識を飛ばしていたらしい。

 その原因が自分の言葉のせいだと責任を感じたリュカが、申し訳無さそうにイリスを覗き込んでいた。


「追い詰めるつもりは無かったんだ。ごめん」

「あ、ううん。大丈夫。……ごめんね。追い詰められたとか、そんなことはないから……」


 何かを思い出せそうだったから意識がそっちに引っ張られていたと真実言うべきかを迷い、逡巡するもイリスは結局口を閉ざした。

 不確定な事を言って、皆に心配を掛けることはしたくなかったからだ。


 何となく気不味くなって、イリスは窓の外へと視線を逸らした。外では降り始めの勢いこそないものの、まだしとしとと柔らかな音を立てながら雨が降り続いている。

 孤児院の窓から漏れ出た光が、濡れた木々や雨粒を仄かに照らし出していた。

 

 そんな優しく降り続いているはずの雨音が、イリスの心に重く深く響き渡る。


 雨音はイリスの記憶の扉が再び開くのを阻止するかのように、次々と降り続いてはこの夜闇と同じ暗い心の奥底に、記憶を押し込めていくようだった。

 






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