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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第五章 空を統べる者
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山間の孤児院

 ソルとルナに案内されて、イリス達は木とレンガで造られた簡素な平屋の建物に辿り着いた。

 個人宅としては大きく、横に長い造りになっているようだ。もう辺りが暗くてその全貌はよく確認できないが、玄関に灯っている明かりに照らしだされている外観の一部を見るに、等間隔で同じような窓が並んでいる。孤児院という建物上、同じような造りの部屋がいくつもあるのだろう。


「さあ、入ってくれ」


 先頭のソルが建物正面の中央に造られた扉の鍵を開けると、勝手知ったる様子で一同を振り返った。


 この孤児院は先程ルナを助けた果樹園からはかなり距離が離れていた。ここまで歩いてくるのは下り坂だったので三十分ほどで着いたが、登りとなればもっと時間はかかるだろう。


 孤児院までの道すがら聞いた話によると、この辺りの果樹園は孤児院所有のものだそうで、果実は貴重な収入源のため手分けして収穫をしているのだという。

 まさに今が収穫の最盛期で毎日籠いっぱいに何籠か収穫できるそうで、収穫した果実は孤児院で袋詰めにしてから町で売るのだそうだ。


(収入のためとはいえ、こんな子供が重い籠を抱えてこの距離を登り降りするのは大変だろうな)


 今回孤児院まで戻ってくる際は人手があったので、収穫を終えた赤い小さな果実が入った四つの籠は、レオンとリュカとロイの背中に一つずつ背負われ、残った一つはリュカがお腹側に抱えるようにして持って帰ってきていた。

 二つ籠を持つようレオンに采配されてリュカは当然文句を言ったのだが、レオンに体力作りの一環と言われては黙るしかない。その上、普段は前と後ろに籠を二つ抱えて運んでいるから自分も一つ持つとルナに言われては、リュカは自分が持つと言わざるを得なかった。


「お邪魔します」


 ソルとルナに続き、レオンが孤児院の扉をくぐる。ソルによって明かりが灯された部屋を油断なく一通り見渡した後、レオンはこちらを振り返って頷いた。大丈夫という合図だ。それを確認し、イリスは入室の挨拶を呟きながらゆっくりと室内に足を踏み入れた。

 外から孤児院を見た時この部屋以外に明かりが灯っている部屋はなく、先程自分達以外に子供はいないとソルも言っていた通り、現在この孤児院にはソルとルナしか孤児はいないようだった。


「ソルとルナの他には、誰かこの孤児院にいるの?」

「私達の先生である、ハリス先生がいるよ。……今は、三人だけ」

「……?」


 イリスの質問に答えたルナは、何故か最後に寂しそうな顔をした。その表情の変化が気になったのだが、何かを問う前にリュカの声がそれを遮った。


「随分孤児が少ないんだな」

「今は大きな戦争などがあるわけじゃないからね。世界的に見ても、孤児自体が少ない傾向にあるんだよ……まぁ、ある国を除いてね」


 最後に入室してきたロイが前を行くリュカの肩を軽く叩きながら答えた。

 確かにサンスタシア帝国においても孤児院は二か所しかなく、それぞれ数人しか孤児を抱えていない。

 例外は言わずもがなドルシグ帝国のことだ。あの国は厳しい税を国民に課しているため貧困に喘ぐ人々が後を絶たず、生活に困窮して子供を手放すケースがあるという。また公にはされていないが、世界的に禁止されている奴隷や人身売買なども行われているのではないかと実しやかに言われていた。


 そんなドルシグ帝国を除けば、子育て家庭や貧困層を支える制度も国によって差はあれど整っているため、孤児となるのは稀なケースなのだ。

 両親をはじめ親族などの子供の血縁者が全て病気や事故、事件に巻き込まれて死別しているなどの特殊な場合か、幼い頃に両親に捨てられた場合かに限られる。


「……」


 そのことに思い至り、今現在孤児院に在籍しているソルとルナの境遇が不遇なものであることが容易に想像でき、イリスは気持ちが沈んでいくのを感じた。


「そのハリス先生とやらは、不在なのか?」

 

 背負っていた赤い実の入った籠を降ろしながら、レオンが気になっていたことを訊ねた。ソルとルナが帰宅したにも関わらず、この部屋にあるどの扉からも誰か出てくる気配がなかったからだ。

 今いるのは玄関からそのまま一続きになった、リビング兼ダイニングのような広い部屋だった。中央に大きな樹を切り出して作られた一枚板の分厚いテーブルがあり、そのテーブルの両側には、丸太三本の上にテーブルと同じように一枚板で作られた板が乗せられた長椅子が鎮座している。

 孤児院という建物の性質上、何人もが同時に食事がとれるような大きなテーブルと椅子であり、そんな大きなテーブルと椅子を置いても狭さを感じない程この部屋は大きかった。

 子供が二人きりでいるのには、広すぎる空間だった。


 だがソルとルナは慣れた様子で上着を脱いで壁際のフックに掛けたりしながら、さも当然とばかりに頷いた。


「先生は定期的にこの近くの集落の子供達に勉強を教えに行ってるんだ。きっともうすぐ帰ってくるよ」

「こんな時間まで勉強を教えているのかっ?!」


 その言葉に驚いて、レオンは思わずソルを振り返った。いくら勉強を教えるという尊い仕事であっても、こんな遅い時間まで子供を山間の孤児院に二人きりにさせておいていい理由にはならない。

 

 レオンの表情が険しくなったのを見て、自分の言葉でハリス先生に対して不信感を抱かせてしまったことに気付いたソルは、否定するように言葉を捲し立てた。

 

「この辺じゃ、子供も貴重な労働力なんだ!日中は子供も収穫を手伝わされてる。だからハリス先生は、仕事が落ち着く夕方の時間から子供等に読み書き計算を教えてるんだよっ」

「先生は子供達が将来仕事を選べるようにって、勉強を教えているのよ」

「……ふーん。でもさ、ソルとルナは一緒に勉強しないのか……っ!!」


 ソルとルナの言葉を聞いて、リュカが特に何も考えず思ったことを口に出す。そんなリュカの口を後ろにいたロイが慌てて塞いだ。

 一瞬のことに驚いたリュカだったが、この旅を通してロイがこうした対応に出る時は往々にして自分が何か不味いことを言った時なのだという事を理解するようになったリュカは、黙ってされるがまま素直に口を閉ざした。


 その様子を呆気に取られた様子で見ていたソルは、次の瞬間楽しそうに笑いだした。


「ははっ、気を遣わなくていいよ兄ちゃん。俺達はこの孤児院にお世話になっているんだからさ、働いて少しでもハリス先生の為にならないといけないんだよ」

「それにね、私達はハリス先生と一緒に暮らしているから、夕飯の後に二人だけの特別授業が受けられるのよ」


 ソルに並んだルナが嬉しそうに顔を綻ばせる。その表情からは虚勢や悲壮感などは窺えず、純粋にそのことを喜んでいるようだった。


「兄ちゃん達はとりあえず、ここで待っててもらってもいいか?俺達もそれを置いてきたいし」


 ソルがレオン達が背から降ろした籠を指差す。確かにこれだけの量の果物を、このままにしてもおけないだろう。 


「俺達の事は気にするな。ここまで付いてきて今更帰ったりなどしない。お前達もまだ作業があるんだろう?気にせずいつも通り過ごしていい」


 レオンの言葉に、ソルとルナが目を丸くする。ついてきてもらったのに相手を待たせるという発想がなかったようだ。

 だが、おそらく収穫した果物が籠の中で潰れてしまわないように広げたり選別したりなど、何かしらの作業があるはずだ。

 二人はどうしていいか分からずお互いの顔を見たり所在なく手を動かしたりしていたが、やがて意を決したように見つめ合って頷くと、こちらを振り返った。


「早く作業終わらせて戻ってくるから」

「来てもらったのに、本当にごめんなさい」


 ソルが片手を挙げ、ルナがぺこりと頭を下げる。二人は籠を受け取ると、慣れた様子で籠を背中とお腹にそれぞれ一つずつ抱え、ふらつく様子もなくダイニングから続く別の部屋へとそれを運んでいった。

 そんな二人の様子を目にしてリュカが絶句していたが、その気持ちも分からなくなかった。ルナが籠を背負う際にイリスは籠を持って背負うのを手伝ったのだが、一籠でも相当重い代物だったのだ。

 

 小さな身体で重労働を嫌な顔一つせず行う姿に居た堪れない気持ちになりながらも、素直に感心もした。それに、人の幸不幸を他人が勝手に推し量ることはできない。

 実際イリスも、傍から見れば過酷な運命を背負わされているのかもしれないが、八年前までの記憶が無い今の状態では自分が不幸だとは思っていない。寧ろ、この八年は人には恵まれて育ってきたとすら感じていた。

 この先どんな過去と未来が待ち受けているのか今のイリスには到底分からないが、どちらも現在のイリスが切り開いていった先にしか存在しない。であれば、行動するしかない。


 イリスは無骨でありながらどこか温かみを感じる長椅子の端に腰を降ろし、束の間の休息を取ることにしたのだった。



 ソルとルナと別れてから、十分くらい経っただろうか。現在イリスは一人長椅子に座りこの広い部屋で時間を持て余していた。

 時間があるならと、レオンとロイはリュカを鍛錬のために屋外に連れ出している。イリスも行くと言ったのだが、当然の如くその意見は却下されていた。部屋にいても暇なので訓練には参加せず外で一緒に見るだけと言い募ってみたが、それならば室内から見ていればいいとその意見も一蹴されてしまっている。

 仕方がなくイリスは、長椅子に腰を降ろして室内の様子や窓の外を眺めていた。

 

 この部屋の壁には、子供が描いたと思われる拙いながらも温かみのある絵が所狭しと飾られていた。

 額などには入れられておらず、スケッチブックから切り離したまま画鋲で壁に貼られたものや、メモ帳をテープで直接貼ったものなど様々だ。その内容も、風景画や人物画だったり、短い文だったりと多種多様だ。劣化して色褪せているものや埃を被っているものもあるため、ここにいたであろう孤児達が描いたものと思われた。


 そんな絵に和んだ後、イリスは窓の外に目を凝らした。外では玄関の明かりを頼りに、レオンとロイの指導の元一心不乱に剣を振るリュカの姿が見える。

 毎日の鍛錬で少しずつ動きが様になってきたリュカは、今では手を抜いてもらっているとはいえ実戦練習の打ち合いにもついてこれるようになっていた。相手の次の動きを、僅かな身体の傾きや剣の軌道などから少しずつ読めるようになり、だいぶ相手の剣を受けられるようになってきたのだ。

 とはいえ、攻撃に転じようとするとまだまだ自身に隙が生まれるので、そこを叩かれてしまうのだが。

 しかし、日々鍛錬の成果が見える生徒を教えるのは誰であっても愉しいものだろう。今ではレオンですらも、表立ってリュカを褒めることはないがその実、鍛錬に付き合うのはまんざらでもないようだった。


 リュカの鍛錬をぼんやりと眺めていたイリスだったが、窓に付いたいくつもの水滴で揺蕩っていた気持ちは一気に現実に引き戻された。

 それは瞬く間に大粒の雫となり窓を濡らしていく。外にいた三人も雨に気付いたようで、訓練を切り上げてバタバタと玄関から飛び込んできた。


「あちゃー、ちょっと濡れちゃったね」


 レオンとリュカが室内に入ったのを確認し、最後にロイが衣服に着いた雫を払いながら今くぐって来たばかりの玄関扉を閉めた。

 その間にも窓を濡らす雨粒の量がどんどんと増え、やがて本格的に雨が降り始めた。瞬く間に、周囲の森は先が見えない程に蒼く烟っていく。


 その様子を唖然として眺めていたイリスは、先程のルナの言葉を思い返していた。

 

 ――『今から二時間後に、たぶん強い雨が降るんです』


 はっきりと告げられたその言葉の意味を、イリスはもう一度考える。

 あれから約一時間半。ルナの言葉通り雨は降った。あのまま下山していたら、一行は間違いなく雨に打たれていたことだろう。


「どういうこと……」


 イリスの呟きを飲み込むように、雨は更に窓を叩く勢いを増していく。

 外界からも思考からも閉ざすように、降り続く雨はイリスから全てを覆い隠していくようだった。






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