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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第五章 空を統べる者
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果樹園の少女

 山小屋を後にし、一行はエダルシア王国の王都を目指して南に進路を取る。

 今日はストレアル山脈を下るだけで一日を費やす予定だ。登りより時間は短縮されるが、三千メトル級の山だけに下りとて山の麓まで降りるのにかなりの時間を要する。

 とは言っても整備された登山道を訓練された騎士が歩むのだから、旅人のそれよりも早く降りられる予定ではある。だが怪我が治り切っていないイリスにレオンとロイが負担を強いるはずもなく、まもなく陽が西の稜線に沈もうという頃になっても、一行はまだ山間部にいた。


(一体いつ迄、怪我人扱いするつもりなのかなぁ)


 イリスは前を行くレオンの背中を見てそっと溜息を吐いた。

 患部にはまだ薄っすらと打撲痕が残ってはいるものの、正直痛みなどはもうないに等しい。

 騎士団での毎朝の訓練時だって、訓練用の刃を潰した剣で打ち合えば打撲痕など出来ていたし、当たり前だがそんな傷をいちいち痛がったりはしていられない。

 そんなことが日常茶飯事だったのだから、いい加減完治扱いにしてもらいたいところではあるのだが、二人が折れる気配はなかった。


 最早諦めるしかないのかとイリスが項垂れ掛けた時、斜め後ろを歩いていたリュカが「あっ」と声を上げた。


「なぁ、あれ村なんじゃないか?」


 ちょうど森を抜けて開けた所を歩いていたので、麓の方が良く見渡せていた。リュカは早足でイリスとの距離を詰めて並び立つと、眼下に広がる森の中の一点を指し示した。

 今朝出立した山小屋の地点はまだ標高が高く地表はほぼ石と岩に覆われていたのだが、歩を進める毎に少しずつ植物が生え始め生命の息吹が感じられるようになり、今いる辺りは完全に森の中になっていた。

 リュカが指差すのはそのずっと先、山の麓に近い森林の先だった。

 目を凝らすと、確かに木々の合間から建物の屋根らしき物がちらほらと見えている。この登山道からは少し外れているので、宿場町ではないのだろう。


「山間の村なんじゃないかな?あの辺りは果樹園が広がっているし、果樹栽培で生計を立てている集落だと思うよ」


 後方から掛けられたロイの言葉に、なるほどと頷く。

 生活する上では山間部にある住居は何かと不便だろうが、果樹園を管理するためには近くに住んでいた方が便利なのだろう。


「あの集落に寄るつもりは無い。予定通り、今日は下山したところで野営をするぞ」


 後方を振り返ることなく、レオンが皆に告げた。

 そんなレオンに対して意見するというよりは、純粋に疑問に思ったようでリュカが首を傾げた。


「野営するより、集落に世話になった方が安全なんじゃないの?」


 考え事のせいでリュカの歩みが遅くなっていたようで、後方から追いついたロイがリュカの背を軽く叩き前に進むよう促した。


「ここはサンスタシアじゃないからね。どんな人がどんな生活をしているのか我々は全く把握していない。危険を犯してまで、全く情報の無い集落に自ら足を踏み入れない方がいいんだよ」

「でもさ、町の情報があったからって、その町の全てを把握できている訳じゃないだろう?」


 ロイの言葉にリュカが言葉を被せた。

 実際この旅で通った、ナリシェの町の事を言っているのだろう。


 サンスタシア帝国領土内の町なので町の概要をイリス達は勿論把握していたが、実際に町に辿り着いてみると、町の有力者による人々の監視という、とんでもない内情を町は抱えていたのだ。

 領土内の町や村などにおいては、人々の暮らしに不便や不具合がないよう国が見守ったり不正などがないか監視しているはずなにも関わらず、だ。

 

 リュカの言いたい事を察し、イリスは困ったように眉を下げた。


「ナリシェの町に関しては……監査を担当していた騎士が買収されていたこともあって、その騎士を派遣した国にも非があるのは間違いないけれど……」


 監査を担当していた同じ帝国の騎士が圧政に目を瞑っていた事で長い間ナリシェの住民が苦しんでいたという事実は、イリスにとってもとても心苦しく居た堪れない気持ちになるものだった。

 世の中、正しく真っ当な行いばかりで世界が回っているわけではないことを百も承知だが、だがせめて人々を守る立場にいる者だけは、不正や不義に手を染めることなく、正しく真っ当でいなければならないだろう。

 イリスはこの件をきっかけに、自分は人々に誇れる己でいたいと心から強く思っていた。


「あれは異例中の異例だ。無論あの町の人々にとっては、そんな言葉で許されることではないけれどな。……今後向かう先は国が違うし殆ど情報がない場所になる。基本的には全く情報のない町や集落には、必要物資の調達に立ち寄ることはあっても滞在はしない予定だ」


 イリスの言葉を受けて、レオンがすかさずフォローを入れる。

 リュカとて、国が末端の騎士や領土の端に位置する主要ではない町まで、その詳細の全てを把握しているとは思っていない。

 リュカが言いたいのは、そういうことではなかった。


「いや、それは分かるんだけどさ。野営するより土地の人々と交流した方が情報とかも集められるかもしれないだろ?」


 エダルシア王国の情報が乏しい現状、リュカが言うように自ら情報を集めに行く方が効率的だろう。でも今回の旅に関しては、そう出来ない事情があった。


「ここはもうエダルシア王国領土内だからね。親切の振りをして王国の間者に接近されるとも限らないんだよ」


 ロイの言葉に、リュカはますます首を捻った。


「は?ドルジグ帝国じゃないんだ。平和条約のもとサンスタシア帝国とエダルシア王国の和平は成ってる。エダルシア王国から目を光らせられる謂れは無いだろう?」


 リュカの疑問も尤もだったが、そこには一つ大きな問題があった。


「俺達がただの旅人ならな。俺達はおそらく今、多方面からその動向を注視されている」

「はぁ?各国に俺達のことが知れ渡っているってことか?」


 今まで前を見据えて歩みを止めていなかったレオンが、足を止めリュカを振り返る。相変わらずよく分かっていないリュカを鋭く睨んでいた。


「……私はきっと、世界を揺るがしかねない要注意人物なんだよ」

「それは……」


 随分と皮肉な言い回しになってしまったとイリスは自嘲する。冗談と取ることも笑って流す事もできずリュカが口籠ってしまい、イリスは苦笑した。

 だが、それは事実だった。イリスがサンスタシア帝国でインペリアルガードをしていた頃は一騎士としてしか各国に認識されていなかっただろうが、おそらく今は死んだと思われていたウィレンツィア王国の王女として、その一挙一動に注目されていることだろう。

 

 各国は間諜をそれぞれの国に放っている。エルヴィン皇子が自らサンスタシア帝国まで一人の青年を追って来たことは瞬く間に知れ渡り、そこから各国共その背景を調べたはずだ。

 その過程で、ウィレンツィア王国の現状、封印の扉を開く鍵、イリスの素性などもおそらくは知られてしまっていることだろう。各国ともそれだけの情報網は持っている。


 各国は世界の命運を握るイリスという存在について、今は静観しながらもその動向を監視しているはずだ。


「……そろそろ果樹園に差し掛かってきたみたいだよ。誰か人に聞かれても困るし、この話はおしまい」


 黙ってしまったリュカをちらりと横目で見ながら、イリスは努めて明るい声を出し話題を変えた。

 森林地帯を歩いていた一行の前に、明らかに自然にできた森とは別の、等間隔で植えられた樹木が広がり始めたのだ。


 今通ってきた鬱蒼とした森林地帯とは異なり、そこは人の手によって樹木が間引かれ整然と植えられていた。

 適度に間引かれた果樹の隙間からは、今にも西の稜線に沈もうとしている斜陽の光が差し込んできている。風通しも良く、先程までの森林地帯の湿気を多分に含んだじっとりとした空気が嘘のように、乾いた心地良い風が果樹の間を吹き抜けていっていた。


 人の手で管理されているであろうそれらの樹木は、よく見ると上の方の枝に真っ赤な小さな実をいくつも付けていた。

 零れ落ちそうな程に枝をしならせ、たわわに実っているその実は今が収穫の時期なのだろう。


「あ、ほら。ちょうど収穫しているみたいよ」


 イリスの声に視線を向けると、遠く向こうに大きな脚立の上に立って小さな赤い実を収穫しようとしている、背中に大きな籠を背負った少女の姿が見えた。


 日差しを避けるためか帽子を被り、動きやすい服装をしているため一見すると男の子のように見えなくもないのだが、帽子の下から流れ落ちる茶色の長い髪や、やや丸みのある身体付きが少女であることを物語っていた。


「こんな不安定な斜面で、高い所に登って取るなんて凄いな」


 自分達よりも大分幼いように見えるその少女は、高い木々の間に立てた脚立の先端に登り、枝の先に鈴なりに実っている赤い小さな実に手を伸ばしている。その姿にリュカは素直に感心し称賛の声をあげた。

 斜面の中でも幾分平行な場所に脚立を立てているようではあったが、脚立の上の少女が実を取ろうと手を伸ばす度に脚立がぐらぐらと小刻みに揺れていた。そんな不安定な中で収穫を行うのはどう考えても大変だろう。


「あ、ぶなっ、……っ!」


 ぐらりと大きく脚立が揺れたその瞬間、リュカが思わず声を上げる。

 前後を守るレオンとロイも目を見張る中、その場に一陣の風が吹き抜けた。


「あっ!!」


 次の瞬間、脚立の上の少女の身体が宙を舞った。とうとう脚立が倒れたのだ。

 このままでは少女が怪我をすると頭では分かっているが、ここからでは距離が遠すぎる。諦めの二文字が頭の中を掠めた時、それは起こった。


 地面に打ち付けられる寸前、地表の草花を薙ぎ倒しながら地面スレスレで、フラッデルに乗ったイリスが少女の身体と地面の間に滑り込んだのだ。

 少女の身体は、地面に叩き付けられることはなかった。

 

「っ!イリス!無事かっ!?」


 ガシャン、という脚立が倒れる大きな音で我に返ったレオンとロイが、慌ててイリスの元に駆け寄る。驚いて動くのが遅れたリュカがそれに続いた。

 イリスは脚立が大きく揺れたと同時にフラッデルを背から外して起動させ、即発進させていたのだ。


「大丈夫、平気」

「……」


 イリスの声に、地面に叩き付けられるだろうと予想し硬く目を瞑っていた少女が、いつまで経っても襲ってこない身体の痛みと聞いたことのない声に恐る恐る瞼を上げた。

 誰かに抱えられ、複数の男達に見下ろされている状況を理解し、叫ぶよりも混乱が勝ったようだ。目を見開き、周囲をぐるりと見回して呆けたように口を開いた。


「あ……、だ……れ?」

「我々は怪しい者じゃないよ。ただの旅人だ」


 少女の顔を覗き込みながら、ロイが外向きの柔和な笑顔で話し掛ける。


「ただの……旅人……」


 まだ現状を呑み込めていない様子の少女は、抱えられたイリスの腕の中で呟くようにロイの言葉を繰り返すことしかできなかった。






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