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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第一章 回り始める運命の歯車
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革命軍の思惑

 紆余曲折を経て、リュカは片方の足をイリスの足の間に置きもう一方の足は後方に置いて、フラッデルの操縦はイリスに任せることになった。

 そもそもこの状態であっても、走行中のフラッデルの上で素人が一朝一夕にバランスが取れるものではない。ロイの言質を取ったのでその上でリュカはイリスの腰を掴みながら、一行は漸くヴェントの町に向かって出発した。


 だが、後方からリュカに向けられる視線は相変わらず刺すように痛い。後ろに目があるわけでもないのに、リュカは睨まれているのを肌で感じていた。

 だからこそ、リュカは最初イリスの腰を掴んで乗りながらも、僅かでもいいからイリスとの間に隙間を空けて乗るつもりでいたのだ。

 しかしフラッデルが走り出した瞬間、そんな考えは甘かったことを思い知らされる。

 とんでもないスピードに身体が振り落とされそうになり、気付いたらリュカはイリスの腰に必死でしがみついていた。


(なんでこれで、平気でいられるんだよ!)


 目の前のイリスが壁になっているおかげでリュカには直接風が当たっていないが、それにも関わらず物凄い風圧と負荷にリュカは目を開けておくことも出来ない。

 フラッデルに乗りながら平気で立っていられる三人が、リュカには到底信じられなかった。



 一行は街道を走行しているだろうエルヴィンと遭遇することを避け、森の中をフラッデルで駆け抜けいる。


 迫る木々を避けつつ縫うように走行しているのだが、イリスのフラッデル操作は極端な上下移動や左右移動がないため、暫く走行するとリュカは次第に速度と風圧に身体が慣れてきていた。

 僅かにフラッデルを傾けただけでスルスルと木々の間を駆け抜け、低い位置にある枝などは自然に高度を落としてスッと避けている。リュカにはその些細な動きの変化など分からない程、滑らかな走行だった。


(しかもイリスは、このフラッデルを手足のように自在に操って戦うんだもんな)


 先程見た戦闘がいかに凄いものだったのか。リュカはイリスが他国にまでその名を轟かせている理由が分かった気がした。 


 だいぶ余裕が出て来たリュカは、顔を左右に動かして周囲の状況に目を向ける。

 辺り一面生い茂るドナの森の木々しか見えないが、それらは一瞬にして葉の緑色と幹の茶色の塊となって飛ぶように後方に流れていっていた。


「……凄いな。昨日夜通し走った距離があっという間だ」


 僅か数時間前、必死でこの森の中の街道を走っていたことを思い出す。

 動かない足を必死に動かして走っていたのが馬鹿らしく思えるぐらい、フラッデルは比較にもならないスピードで容易にリュカが走った距離を逆走していた。


「夜通し走ったって……大変だったんだね」


 誰に聞かせるでもなかったリュカの独り言を拾ったイリスは、真っ直ぐに前を見つめたまま後ろに乗っているリュカに訊ねた。


「ねぇリュカ、それって、一晩中ドルシグ兵から逃げ回っていたってこと?」


 リュカの走力がどれ程なのか分からないが、訓練を受けている兵士の脚力と体力に只の一般民が敵うとは考えにくい。

 リュカが一晩中ドルシグ兵相手に逃げ遂せたということではないだろうとは思ったが、イリスは念のため聞いてみることにした。


「いや。昨日の夜ヴェントの町にいる時にドルシグ帝国が追いかけてくるって分かって、そこから夜通し走って逃げてたんだ。あいつ等はきっとウィレンツィア王国から俺を追ってきたんだろうな。もうちょっとでサンスタシア帝国まで逃げ切れるって思った時に、追いつかれたんだよ」

「……そうなんだ」


 今朝の事を思い出し悔しさを滲ませるリュカに、イリスは曖昧に返事を返した。


 リュカの話が本当なら、ドルシグ兵はウィレンツィア王国からわざわざリュカ一人を追いかけて来たことになる。よほど大きな事件でも引き起こしていない限り、普通そんなことは有り得ない。

 そのことを突き詰めていくにあたって、まずはリュカの事を知らなくてはならないことに思い至る。リュカ自身のことについて、イリスはまだ何も知らなかった。


「……ふーん。じゃあさ、まずリュカって何者なの?ウィレンツィア王国から来たのは聞いたけど」


 イリスと同じことを考えていたようで、二人の会話を聞いていたロイが後ろから口を挟んだ。

 一行は、先頭をレオン、後方をロイが護る形で、間にイリスとリュカが乗るフラッデルを挟んで走行している。


「ああ、まだ言ってなかったっけ。俺はウィレンツィア王国で活動している、革命軍に所属しているんだ。革命軍っていっても、寄せ集めの素人集団同然なんだけどさ」

「……」


 自嘲気味に笑うリュカを、イリスは思わず振り返った。

 追われるくらいだからリュカには何かしらあるのだろうと思っていたのだが、革命軍というのは予想外だった。


(革命軍の存在を、エルヴィン皇子は知っているのかしら?)


 革命軍ということは、ドルシグ帝国に対して仇なそうとしている集団ということになる。その集団に属する人物が突然国を離れたとしたら、その動向を探るのは当然なような気がした。

 エルヴィン皇子自らが追いかけてきたことについては、まだ謎のままではあるが。


(でもあのドルシグ帝国、ひいてはエルヴィン皇子が、革命軍程度をそれほど警戒するかしら?)


 リュカ本人が言うように革命軍が寄せ集めの素人集団なのだとしたら、それこそエルヴィン皇子にとっては刈り取る価値もない取るに足らない組織でしかないだろう。


 けれどリュカは革命軍に並々ならぬ想いを持っているようで、誇らしげにイリスに告げた。


「それでもさ、素人なりに城に盗聴器なんかを仕掛けて、細々と情報収集とかしながら機会を窺っていたんだ。そうしたら、ついにある重要な情報を掴んだんだよ。凄いだろ?俺達はその掴んだ情報をもとに、今は皆で各地に散ってるんだ」

「……」


 喜々として語るリュカに、何と返していいか分からずイリスは黙り込む。

 自分達の活動に誇りを持っているリュカには申し訳ないが、おそらくリュカ達が掴んだ情報とて、エルヴィン皇子は把握済みだろう。


 すると、そこまで黙って会話を聴いていたレオンが不意に口を開いた。


「リュカス。いくつか質問がある」


 レオンはリュカを、一応名前で呼ぶことにしたらしい。イリスやロイと違って愛称で呼ばない辺りが、レオンらしいとイリスは思った。


「何でもどうぞ」


 フラッデルの走行にも慣れて少し余裕の出て来たリュカが、イリスの背中から顔を覗かせ前を走るレオンを見ると、振り返ってリュカを見ていたレオンと目が合った。

 視線がかち合いレオンは眉間の皺を深めたが、その表情には感情だけに振り回されず、きちんと必要な情報を収集しようとする冷静さも混じっていた。 


「革命軍が『掴んだ情報』と、『皆で各地に散った』理由は何だ?」


 レオンの言葉に、イリスもちらりと後ろのリュカを振り返る。おそらくそれが、エルヴィン皇子襲来の大きな鍵なのだろう。

 

 レオンの問いに、完全にリュカの眼が泳ぐ。そんなリュカとは対照的に、レオンは言い逃れは許さないとばかりに眼光鋭くリュカを睨み据えていた。






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