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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第四章 国を隔てる連峰
109/125

閑話 第三者の立場

今回はロイ視点のお話です。



(あー……どうするかなぁ)


 壁に凭れ掛かり不機嫌極まりない男の顔を見遣る。

 機嫌は悪くても見張りはしっかり熟しているようで、佇まいは一部の隙もなく、周囲に神経を張り巡らせているのがこの距離からでも分かった。

 レオンを視認できる場所にいるのだから、レオンも自分を認識しているだろうが、目の前の闇を只管に睨むレオンは自分に一瞥もくれなかった。


 そんな姿に苦笑が漏れる。本当に手の掛かる奴だ。


「お疲れ。そろそろ交代の時間だ」


 わざと足音を立てながら近付いてみたが、やはりレオンは一切こちらを振り返らなかった。


「何がそんなに気にくわないんだよ」

「……」


 レオンが凭れ掛かっている窓際に、リビングから椅子を一脚拝借してきて並べるとそこに腰を降ろした。

 

 今いるのはストレアル山脈にあるエダルシア側の山小屋だった。

 ダングワーン達と別れて特に問題なく頂上を越え、予定通り反対のエダルシア側にある山小屋まで辿り着き今日はここで一泊している。


 ストレアル山脈を越えるためにはこの登山道を通る以外に方法は無い。故に、如何にドルシグ帝国と言えど今後は隠密に追っ手を差し向けることは難しくなる。

 整備された登山道を通らずに獣道を強行突破することも不可能ではないが、それこそストレアル山脈のサンスタシア帝国側はダングワーン達ナタラ族が警戒を強めている。今回自分達も、登山道に入る前から目を付けられたくらいだ。

 そして数年前から、ストレアル山脈のエダルシア王国側は、山脈の麓にエダルシア王国軍の兵が常駐しており登山道の治安維持にあたっている。

 名目上は山賊被害や不慮の事故などから旅人を守るためと称して兵を常駐しているようだが、そうするようになった時期的に見て、エダルシア王国もドルシグ帝国の動きを警戒しているのだろう。


 そのためストレアル山脈には検問があるのに近い状態で、今後は今までのように頻回にドルシグ帝国からの追手に襲われることはないだろうと予想している。勿論、エダルシア王国やオートレア王国に最初から潜伏している兵や諜報員もいるだろうから、ドルシグ帝国からの襲撃が皆無になる訳ではないだろう。


 それに、ドルシグ帝国だけが敵ではない。世界的には平和を保っているが、賊や無頼漢がいないわけもないし、エダルシアの海域には有名な海賊が存在し幅を利かせているという噂も聞き及んでいる。

 そうした不穏な輩から寝込みを襲われないためにも、夜間の見張りは今後も続ける予定だった。


「……」


 一向に自分に一瞥もくれず窓の外の暗闇を見つめたままのレオンに呆れて溜息を吐く。

 椅子に凭れ掛かり同じように窓の外を見ると、真っ暗な闇の中でちらちらと雪が舞っているのが見えた。一年中温暖な気候であるラプェフェブラ大陸であっても、標高の高いこの地には雪が舞う。この場所でしか見ることのできない貴重な自然現象だ。

 音もなく降り積もる小さな雪はまるで闇夜の中を風に吹かれた花弁が空を舞っているかのようで、不思議で幻想的な光景だった。


「綺麗じゃないか」

「……」


 しかしそんな美しい景色を睨みつけるがの如く、眉間に皺を寄せて一点を見つめているレオンは相変わらず一言も喋らない。その瞳は目の前の美しい景色も何も、一切映してはいないのだろう。


「……リュカのこと、そんなに意外だったのか?」

「!」


 レオンが勢いよく振り返りこちらを見降ろしてきた。そのあまりの勢いに、思わず驚いて椅子から転がり落ちそうになったほどだ。

 レオンは眼光鋭くこちらを睨んでおり、鬼のような形相をしている。だが恐ろしいはずのその顔がなんだが不安気に見えて、少し意外だった。

 こんなに長く付き合っていても、まだまだ知らないレオンの一面があったようだ。


「そんなに意外か?だってイリスだぞ?」

「……」


 投げ掛けた言葉に、レオンは眉を顰めた。何がそんなに意外だというのだ。

 少し冷静になって考えてみて欲しい。俺達がずっと大事に護って来たイリスは、素直で優しくて可愛くて謙虚で誠実で努力家で、その上強くて格好いいのだ。相対した人が皆、イリスという人柄に惚れ込むのは当たり前だ。

 こんなに近くにいて一緒に過ごしているリュカがイリスに対して好意を抱くのも当前だろう。


 レオンはサンスタシア帝国の帝都にいた頃、無意識にイリスに近付く輩を排除していたから気付かないのかもしれないが、本来イリスは誰からも好かれる人物なのだ。

 騎士団内での謂れのない非難ややっかみなんかも、全てはイリスに対する羨望と好意からくるものであって、イリスが嫌われていたからではない。要は、好きな子には逆に意地悪をしてしまうみたいな心理なのだ。


 そのイリスの人たらしな面が、旅に出てから顕著に表れている。接する人を皆虜にしてしまうのだ。

 ナリシェの町で出会ったゲイリーは自身の持っている情報を教えてくれたし、今回ナタラ族の族長であるダングワーンは、どうやらナタラ族が代々守ってきた秘密をイリスに教えてくれたようだ。

 そうしたくなる魅力が、イリスにはあるのだろう。


 そんなイリスを、自称イリスの兄として自分は誇らしく思う。だがレオンは、このまま兄のような立場でいいのか本気で考えた方がいい。そろそろ本腰を入れないと、意外なところからイリスを搔っ攫われてしまうかもしれないのだ。


(まぁそうは言っても、リュカの台頭は予想外だったけどな)


 リュカにとってイリスは自国の大事な王女なのだ。そういう感情を抱くべき相手ではないはずで、だからこそリュカはそういう感情でイリスを見ることはないかと思っていたのだが、予想が外れた。


(まぁけどリュカ自身、自分の感情に気付いていなさそうだけど)


 リュカ自身、自分の想いに気付いていないからこそ持っていられる感情なのかもしれない。その想いに気付いた時、リュカはその感情をイリスに告げることなく、一生胸の内にしまうことになるだろう。


(けど意外な伏兵に、レオンが慌てる様はちょっと面白かったな)


 一昨日の早朝、イリスはダングワーンと何処かに出掛けた。

 分かっていたが、止めはしなかった。おそらくゲイリーが言っていた『有益な情報』にかかわることだろうと察しがついていたからだ。無論レオンも黙認していた。


 しかし帰宅は予想よりかなり遅く、病み上がりでフラッデルで長距離を走行しているかと思うと気が気ではなかった。

 フラッデルでの走行はバランスなどの体幹を維持する筋肉を使うし、走行中は風圧と冷気に耐えなければならない。雪が降るようなこの地での走行は余計に体力を消耗するのは目に見えていた。

 ちなみに、二人乗りという部分を大いにレオンが気にしていたのは言うまでもない。


 帰ってきたイリスは平気そうに見えたが、やはりかなり疲れ切っていたようだ。

 ダングワーンに一言物申すのに気を取られそのことに最初に気付いてやれなかったことは自称兄としては大いに悔やまれる。

 しかしその時、唯一イリスの体調に気付いていたのがリュカだった。


 リュカはイリスこそが探し求めていたウィレンツィア王国の王女かもしれないと分かってからも、イリスのことを王女として扱うわけでもないし、もっと言えばイリスを女性だとも思っていない感じだった。

 最初に出会った時の印象のまま、サンスタシア帝国のインペリアルガードとしてのイリスが根強く刻まれているようだった。


 それがナリシェの町を出るあたりで、どうやらやっと女性として意識し始めたようだ。大方、イリスが女性物の服を着ているのを見て焦ったのだろう。物凄く分かりやすい思考回路だ。

 しかし意識はすれど自分の気持ちを理解していないのか、傍から見て分かるぐらいイリスを意識しているにも関わらず、女性として意識したイリスをどう扱うべきか悩んでいる風だった。物凄く面倒くさい。


 だがイリスがダングワーンと共に帰って来た時、リュカはイリスの体調の変化にいち早く気付き、対応した。まぁ、女性を抱えて重そうな態度を表してしまうあたり、ダングワーンが言うようにまだまだだ。非常に不甲斐無い。その上イリスを抱えておいて重そうにしたのだ、非常に不愉快だった。

 だがそんなリュカの様子を目の当たりにして漸くリュカが抱える想いに気付いたレオンは、表情に出さずに慌てていた。これは非常に面白かった。


(これで少しは何か進展するか?……いや、しないだろうな)


 レオンは長い間抱え過ぎた想いを今更伝えられないだろうし、リュカに至っては自身の気持ちに気付いてもいない。

 当のイリスも激的にそういう事を察する能力に欠けている。まぁ、そんなことに現を抜かしていられない立場なのだから、イリスに関しては仕方が無いのかもしれないが。


 俺は誰の味方もしない。第三者の立場を貫く。決めるのは本人達だ。

 敢えて言うのならば、イリスの味方だ。そして自称兄としてはまだこのままでもいいかなと思っている。信頼できる仲間として、まだイリスと皆で一緒にいたいのだ。


 自分も相当イリスに惚れ込んでいるなと自嘲する。

 けれどイリスという人物は、それだけ人を魅了する何かを持った人物なのだ。


「俺はこれからも、誰に対しても平等に、第三者の立場でしかいないからな」


 どちらか一方になど肩入れしない。つい口を挟みたくなるのは我慢だ。

 ダングワーンにも「大変だな」と同情された。この三人を相手にするのは本当に骨が折れる。だが、この三人の相手をするのは自分の役目だ。誰にも譲る気は無い。

 

 レオンに宣言して窓の外に視線を戻す。

 ちらちらと降り続いていた雪はいつの間にか止み、窓の外は真っ暗な静寂に包まれている。見上げれば薄曇りの雲の合間から、月明かりが漏れてきていた。

 明日の出立には、また晴天に恵まれそうだ。



 これからのそれぞれの未来がこの夜空と同じように晴れ渡っていくといいなと思いながら、この夜に少しだけ祈りを込めた。


 

 



これにて第四章の閑話は終了です。

次から第五章に入ります。

今後もどうぞよろしくお願いします。

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