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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第四章 国を隔てる連峰
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閑話 客観的視点 2

◇◇◇   ◇◇◇ 




 九年前のその日、エダルシア王国のガルーラ国王が狩りのためにストレアル山脈に入るという情報を得たダンは、密かにその姿を監視していた。

 狩りならば登山道付近には近寄らず、山深い獣道を行くことになる。万が一ナタラ族が代々守っている洞窟の存在を知られないためにも、監視する必要があった。


 しかしここでガルーラ国王は予想外の行動に出る。あろうことか、護衛を撒いたかと思うと山の中を一人で探索し始めたのだ。


 明らかに目的をもって歩く足取り。闇雲に動いているように見えて、しっかりと太陽の位置と地形を照らし合わせ自分の位置を把握しながら進んでいるのだ。

 洞窟の位置を知っているのではないかと思わせるその動きに、ダンの焦りは募った。


(止めに入るべきか……いや、止めに行ったら逆に、何かが秘匿されているという事の裏付けになってしまう)


 ダンはどうするべきかの判断に迷った。


(万が一、洞窟を見付けてしまったのならば……抹殺するか?)


 相手は一国の王だが、護衛は自ら撒いてきたので今は一人だけだ。ガルーラ国王は武功で名を馳せた武人ではあるが、御年五十は過ぎている。どんなに過去の栄光が輝かしかろうと、加齢による体力の衰えは否めないだろう。

 万が一に備えて、事故や遭難に見せかける選択も視野に入れながらダンは思考を巡らせていた。


『!』


 あれこれ方策を立てながら追尾していたダンは、不意にガルーラ国王がその歩みを止めてダンの方を振り返ったことで現実に引き戻された。

 考え事をしていたとしても、ダンは追尾している人物に気配を悟らせるような動きはしていないし距離も取っていた。だがガルーラ国王は、確実にダンのいる方向を振り返ったのだ。


 ナタラ族は千年前の遺産である洞窟を守るために、幼い頃から敵を退けるための武術の他に、気配を消して追尾する術を叩きこまれる。山の中に入ってきた不審人物の目的を見極め、場合によってはしかるべき措置を行うためだ。故に、屈強でありながら気配を絶つ繊細な技術を持ち合わせている。


 それにも関わらず、目の前に佇むこの国王はダンの気配に気付いたのだ。ダンは集落の中でも気配を絶つことに関して一、二を争う実力の持ち主である。驚かずにはいられなかった。


『誰かいるんじゃろう?……儂の護衛じゃない……ナタラ族か?』


 声を掛けられ、ダンはビクリと肩を震わせた。

 

『儂が誰かも分かって付いてきているんじゃろう?話がしたい。危害を加えるつもりはないから出て来てはくれんかのぅ』


 その言葉に一瞬迷うも、ダンは腹を括るとガサッと落ち葉を踏む音を立てながら、自分の存在が認識できるように隠れていた木の幹から一歩踏み出してその姿を晒した。

 追尾していることがバレているのならば、今更隠し通すことに意味は無い。


『その姿、ナタラ族の族長じゃな。確か……ダングワーン・リューといったか』

『!』


 ダンは隻眼であるため、一目見て誰か分かりやすい外見をしている。だが、一国の王が一部族の長の名前まで知っているとは思わずダンは驚いた。


『……そういうあんたはエダルシアのガルーラ国王だろう?護衛を振り切ってまで、この場所に何の用だ!』


 ダンは国王相手に怯むことなく声を荒げた。虚勢を張っていないと動揺が悟られてしまいそうだったのだ。

 しかしガルーラ国王はダンの牽制など気に留めた様子もなく、口角を上げ楽しそうに笑った。


『そう怒るな。ナタラ族の守る秘密とやらを探しに来たんじゃ。探検ってやつじゃよ』

『た、んけん?』

『わっはっは。そうじゃよ?』


 理解できないとばかりに呆気に取られるダンの顔を見て、ガルーラ国王は豪快に嗤った。

 ダンはガルーラ国王が何を言っているのか分からず首を捻る。


(護衛を撒いてまで一国の王が一人で、山中を探検していると言ったのか?)


 訝し気にダンがガルーラ国王を見るも、その顔は冗談を言っているようには見えない。


『そう、探検じゃよ。ナタラ族には代々守る宝があるじゃろう?だが儂は、それは手に取れるような物ではないと思っておる』

『何を……』


 言い当てられ、ダンは思わず顔に焦りが出てしまった。その表情の変化を見逃さなかったガルーラ国王は、ニヤリと口角を上げて不敵に微笑む。


『当たり、ということじゃろうかのぅ』


 ダンの目の前まで歩み寄って来たガルーラ国王はダンに視線でその場に座るように促すと、自身もその場にあった岩の上に腰を下ろした。


『安心せい。これは儂一人の考えであって、誰にもこの推測を話したりはしとらん』


 訝しみながらも同じようにその場に腰を下ろしたダンを見て、ガルーラ国王はふっと息を吐き出して笑うと自身が思うナタラ族の宝について熱心にダンに説き始めた。


 歴史の中では、宝と明言されていないこと。その宝を守るために、代々ナタラ族はこの山岳地帯に住居を構えていること。その宝のために一族内で争いが起こったことがあること。争いの後、宝が奪われた訳でも何処か安全な場所に移した訳でもないことなどを、ガルーラ国王はダンに意気揚々と語って聞かせた。


『どうやって、ナタラ族が守る宝のことを?』


 まず大前提として、なぜナタラ族に守っている物があるということをガルーラ国王が知っているのかがダンには疑問だった。

 だがその質問に、ガルーラ国王は満面の笑みを見せた。


『そこは儂の情報網故、というところかのぅ』


 その笑顔を見て、これ以上教えてくれる気はないということを察したダンは、詮索を諦めた。大国の持つ情報網というのは、ダンには想像もつかないほど強大なものなのかもしれない。


『話は戻るが、儂の推測を総合すると宝というのは建築物的な物なんじゃないかと思っとるんじゃ。おそらく千年前の遺産と考えとるんじゃが、どうかのぅ?』


 五十代の、しかも国王という立場の人物であるにも関わらず、ガルーラ国王はキラキラとした好奇心いっぱいの目でダンを見つめていた。


(王様より、トレジャーハンターにでもなったら名を馳せたんじゃないか?)


 その考察力、護衛を巻いてまで一人で探索しようという行動力は、一国の王にしておくにはもったいない逸材だった。

 そんなことを考えていると、何だか可笑しくなってきて笑いが込み上げる。


『ぶっ、くくくっ』


 一国の王の手前、腕で口元を隠し必死に笑いを押し殺すが、抑えきれない笑いが零れてしまう。


『おや、違ったか?』


 ダンの笑いをガルーラ国王は、自身の推測が見当違いだったからだと判断したらしい。眉間に皺を寄せて、考え込んでしまっている。

 その様子が尚可笑しくて、ダンは更に笑ってしまう。もう降参だった。


『いや、間違っていない。……あんたの勝ちだ』


 ダンは笑いを何とか収めながら、立ち上がってガルーラ国王に歩み寄ると右手を差し出した。

 その手の意味を理解し、ガルーラ国王は満面の笑みを浮かべるとその手を両手で握り返した。


『儂の考えであっとるか?』

『ついて来てくれ。これはあんたと俺だけの秘密だ』

 

 二人は互いに顔を見合わせて笑った後、目的の場所に向けて歩き始めた。




◇◇◇   ◇◇◇

 



 そんな出会いを経て、この洞窟の秘密はダンとガルーラ国王の二人が共有することとなった。


 後から聞いた話によると、ガルーラ国王はナタラ族の守る宝を千年前の遺産だと考えてはいたが、それは銅像や遺跡だと思っていたのだそうだ。

 だが連れていかれた場所にあったのは人工の洞窟だったので、度肝を抜かれたらしい。


 それを聞いた時は、秘密を教えたことは軽率だったかと後悔した。

 だが実際のところ、当時はドルシグ帝国の動きが活発化していた時期だったので、ナタラ族はストレアル山脈の北側、サンスタシア帝国側を見張るだけで手いっぱいだった。

 そんなダンを見かねたガルーラ国王が治安維持のためと称して、ストレアル山脈の南側の麓に兵を常駐し警備してくれるようになったのだ。そのことは本当にとても助かっていた。

 そうなるべくして出会い、こうして協力体制を得ているのだとダンは感じていた。


 だからこそ、今回ウィレンツィア王国の王女であるだろうイリスが来たことも、運命のように感じていた。

 おそらく、この洞窟は今この時、イリスに伝えるために守られてきたのだろうとさえ思ったのだ。


(きっとこの先、世界が、歴史が動く)


 そうしてイリス達を見送った数日後、旅人によって一通の手紙がダンの元に齎された。

 必要なことが記されただけの簡潔な伝令を受け取る。差出人の名もないが、誰からの手紙かなど言わずと知れていた。

 イリスを見送ってから受け取った伝令に、イリスが来た事は把握されているのだろうと思っていたが、この洞窟の秘密を知らせたことまで知られているとは予想外だった。


「それで、どんな人物じゃった?信用に足るという事じゃろうが」


 この言い方だと、ガルーラ国王はイリスが何者かということは知っているのだろう。ダンはふっ、と息を吐いて短く笑った。


「そうだな、信用はできる。素直で真面目だ。実力もある。だが記憶を欠いているためか自信を支えるものが無い脆さもある。……守ってやりたくなるな」

「お?奥方一筋のダンにしては珍しい評価じゃな。奥方が間もなく出産という時期に浮気かのぅ?」


 ガルーラ国王が面白そうに揶揄うのをジトリと睨んで黙らせる。


「会えば分かるさ。誰でも手を差し伸べたくなる」


 その言葉に、ガルーラ国王は目を細めた。


「無論、儂は儂の目でしっかりと見極めるつもりでおるが、お前の客観的視点に基づく意見は参考にしておこうかと思っての」


 言い終わらないうちに、ガルーラ国王はさっと身を翻して馬に跨った。


「それで、記憶を欠いている、とは?」


 いつもダンがガルーラ国王と落ち合う時は、必要最低限の言葉を交わすのみで終わる。一国の王に許される時間は多くない。

 ダンは馬に跨ったガルーラ国王を見上げ、簡潔に答えた。


「八年前以前の記憶がないそうだ」

「ふむ、なるほどのぅ」


 その一言であらかたを悟ったようだ。ガルーラ国王は納得したとばかりに手綱を引くと、元来た方角へと馬を方向転換させた。


「ああ、そうだ」


 ガルーラ国王の流れるような手綱捌きを黙って見つめていたダンは、あることを思い出して不意に声をあげた。その声に、今まさに馬を走り出させようとしていたガルーラ国王が踏み止まり、こちらを振り返る。


「なんじゃ?」

「ナリシェの町にいるのはあんたの息の掛かった奴か?」


 ダンの元にやって来たイリスは、ナタラ族がイリス達にとって有益な情報を持っていると麓の町で聞いたと言っていた。

 イリスにそれを吹き込んだ奴は、『有益な情報』という言葉を使っている。ナタラ族が『守る物』が『宝』のような物ではないことを確信しているということだ。


 ガルーラ国王がナタラ族が守る物の存在を第三者に教えるとは考えにくい。そうなると、昔のガルーラ国王同様、様々な情報からそのことを導き出したという事になる。

 しかしガルーラ国王は、国が保有する歴史書など普通では閲覧できないような文献まで漁って真実に辿り着いたのだ。普通なら辿り着けるものではないだろう。

 ナリシェの町にいるのはおそらくどこかの国の諜報員なのだろうが、情報を得る能力がずば抜けているようにダンは感じていた。


 ガルーラ国王はダンの言葉に眉間に皺を寄せ首を捻っていたが、直ぐに何かに思い至ったようでダンを見下ろすと眉尻を下げて笑った。


「あいつは……そうじゃなぁ。能力に長けていて少し知り過ぎているという事は否めんが、危険な奴ではない。自由ではあるがな」


 どうやらガルーラ国王はその人物を知っているようだ。ということは、エダルシア王国の諜報員なのだろう。

 だがどこの国の諜報員だとしても、ナタラ族が代々秘匿し守って来た物の存在を知る者がこう何人もいるということが信じ難く、また受け入れがたい。

 ダンが眉間に皺を寄せたのを見て思考を読んだのか、ガルーラ国王が声を上げて笑った。


「いい奴ではあるんじゃ、警戒はしなくていい。ただ自分の考えで、与えたい人物に与えたい情報を与えるんじゃよ。だが何処までの情報を与えるかの判断は間違えない奴じゃ。今回もそうじゃったろう?」

「だが……」

「このことに関しては心配するな。結果として、知るべき相手に知らせることが出来たじゃろう?」


 確かに結果として、ダンはイリスにこの洞窟の存在を知らせることになった。しかし何となく釈然としなくてダンが顔を顰めると、ガルーラ国王は困ったように笑った。


「まぁ、あまり深く考えるな。また連絡する」


 ガルーラ国王が馬の手綱を引く。それに合わせて馬は一声嘶くとゆっくりと走り始めた。

 急な別れの挨拶に、ダンは思考を切り替え去り行く後ろ姿に声を張り上げた。


「イリスによろしくな!」


 ガルーラ国王は後ろを振り向くことなく、片手を挙げるとそのまま闇の中に吸い込まれるように消えていった。

 その姿が完全に見えなくなるまで真っ暗な洞窟の先を見つめながら、ダンは一昨日別れたばかりのイリスを思った。


 願わくばエダルシアの優しくも頼りになる王が、イリスの助けになってくれることを祈って。






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