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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第四章 国を隔てる連峰
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閑話 客観的視点 1

今回のお話は、イリス達が山小屋を出発して数日後の、ダンのお話です。

 真っ暗な人工の洞窟の中を、手にしたランタンの灯りだけを頼りに進む。つい一昨日、ここにイリスを連れてきたばかりでまた直ぐにここを訪れることになるとは思いもしていなかった。

 本来ここは俗世から隔離された場所にあり、秘匿されるべき場所だ。こうも頻回に訪れていては、何処かで誰かに見られここの存在が公になってしまうかもしれない。

 勿論ダンは人に見つからないよう細心の注意を払ってこの洞窟まできていたが、それでも不安が全くないわけではなかった。



 この洞窟は代々、ナタラ族が守ってきていた。

 ストレアル山脈を越えてサンスタシア帝国とエダルシア王国を行き来しようとする旅人を監視し、万が一にもこの場所の事を知られることがないようにするために、俺達一族は存在している。

 しかし、この洞窟の事を詳細に知るのは族長のみだ。他の一族の者に詳細は知らされていない。

 ただ守る物があり、そのために山に入る者を監視し、おかしな行動を取る者がいないかに目を光らせておくことが自分達の仕事であることを理解している。


 だが人は分からない物、得体のしれない物への想像力を働かせる生き物だ。

 『守る物』があるとしか語り継がれていなかったのに、いつしか一族の間でも守る物が何なのかという憶測が進み、守る物が『宝』という表現に変わっていったようだ。

 ダンも族長を継いだ時に真実を知り、驚いたものだ。


 歴代の族長は一族の間違った認識を正そうと考えたのだが、それをすると『守る物』が『宝』のような物ではないということを逆に知らせることになるためできなかったようだ。

 結局、一族の者達の間では『守る物』は『宝』であるという間違った認識が根付いてしまうことになる。

 そのせいで何代か前には、あるはずもない『宝』を巡って一族間で争いが起きた。

 『守る物』は『宝』ではないといくら真実を伝えても信じてもらえず、争いに身を投じねばならなかった族長の心中を察するとダンはやりきれない気持ちになった。


 その争いは熾烈を極め、結果としては族長側が勝利を収め『宝』を欲した一族の者達を退けたのだが、多くの犠牲を出すこととなった。それ以降、一族の者同士で『守る物』のためにむやみに争うことがないようにと、この争いの事は一族の中で長く語り継がれている。


 族長とて、好きでこの秘密をたった一人で抱えているわけではない。真実を知る者が増えれば増えただけ他にも広まる危険性が増すために、族長一人のみに口伝でその真実が知らされるのだ。


 族長になったがために背負わされる秘密。それが齎すのは、誰にも言えない孤独、理不尽、重責だけだった。 

 


「……」

 

 ダンは暗い洞窟の中で一人、溜息を吐いた。

 族長を継ぐと共に押し付けられた一族の『守る物』。だがその『守る物』であるこの洞窟は、ナタラ族だけの問題ではないことはすぐに分かった。

 この洞窟の存在が世に知られたら、大軍であっても陸路で迅速に国家間の移動が可能になる。それはつまり、世界の均衡が崩れることを意味していた。これは、世界の秘密に他ならなかった。


 奇しくも、それまで世界大戦後千年という悠久の時を平和に過ごしていた世界は、ダンが族長を務める代になって起きたドルシグの乱によって、その平和の存続が危ぶまれる事態になっている。

 当時まだ今より若かったダンは、自分の代でこの洞窟の存在が世に知れ渡り世界大戦の一助を担う事態にまで発展してしまったらどうしたらよいのかと、頭を悩ませていた。

 ダンは、抱えた重責に圧し潰されそうになっていたのだ。


 たが幸い、ダンは歴代の族長とは異なり()()()()()()()()



 そうして思考を巡らせていると、洞窟の向こう側に僅かな灯りの点が見え始めた。

 馬に乗っているのだろう。点は見る間に大きくなり、それと同時に舗装道路の上を走る馬の蹄の音も洞窟内に反響して聞こえてくるようになる。

 お互いの顔が見えるぐらいまで走り寄ると、馬に乗る人物は馬を停止させダンを見下ろして微笑んだ。

 

「そう怖い顔をするでない。申し訳ないとは思っとるんじゃ」


 そう言って、馬に跨る人物はダンを呼び出したことへの謝罪を述べた。どうやら知らず険しい顔付をしてしまっていたようだが、ダンはそのことを謝るつもりも取り繕う気も無かった。

 何故なら今日ダンがこの場所を再び訪れたのは、目の前の人物に急に呼び出されたからなのだ。


 無線も使わず、エダルシア王国側からやって来た旅人がわざわざダンのところまで手紙を運んできたのだ。だが手紙に書いてあった日時は手紙を受け取った今日の午後だったので、実はダンはかなり慌てた。

 この洞窟の中央付近で落ち合うと書かれていたのだが、この洞窟の中央付近に辿り着くまでに入り口からゆうに六時間はかかる。すぐさま出発を余儀なくされ、ダンは文句の一つも言ってやらないと気が済まず目の前の人物をギロリと睨んだ。


 短く切り揃えられた金色の髪と同じ金色の豊かな髭が、顔を彩っている。厳つい顔をしているのだが、瞳は深い茶色をしており少し垂れているせいもあって、全体的に優し気な印象を与えていた。歳をとって目元や口元に刻まれた皺がより柔らかな印象を見る人に与えるのに一役買っている。

 筋骨隆々という訳ではないが六十代とは思えない鍛え抜かれた身体つきをしており、武芸を嗜んでおりそれなりに実力があるのが見ただけでも分かる。

 旅人のような軽装だが、纏う空気が気品を漂わせていた。馬から降りて手綱を持ちここまで駆けてきた馬の鬣を撫で労う仕草も、何処か洗練された動きのように見えた。


 自分とは正反対の所作にダンは苦笑する。ダンはどちらかというと自分が粗暴な言動をしている自覚がある。無論、厳しい山岳で暮らす民族の族長としては、そうでなければやっていけないのだが。


「申し訳ないと思っているなら、もう少し余裕のある日時を指定してもらいたいもんだな」

「儂の予定に融通が利かないのは重々分かっておるじゃろう?申し訳ないと思っとるからこそ、自分の足でここまで来たんじゃろうが」


 まぁそうか、とダンが渋々納得する。本来ならこんな山奥に来るための時間を捻出することも難しく、一人でこんな処に来ていい人物でもないのだ。


「護衛は?」

「山の中腹に置いてきたわい。ここの存在は儂とお前だけの秘密じゃろう」


 それでよく護衛が納得したなと一瞬考えたが、撒いてきたのだろうとダンは思考を改めた。目の前の人物は、年の割に行動が大胆でよく突拍子もないことをするのだ。

 

「そうだな、だが……すまない。もう一人、この場所の事を知る人物が増えた」


 ダンは深く頭を下げる。本来この洞窟の事はダンのみが守る秘密であるため、この秘密をどうしようと誰に対しても謝罪など必要ない。

 しかしダンは、目の前の人物がこの洞窟の秘密を共有してくれたことで、救われたのだ。


 次期族長として将来を期待されていた兄を自身の不注意で亡くし、その後悔が癒えぬうちに今度はダンが次期族長の役割を担わなければならなくなった。

 そして次期族長としてこの『守る物』の秘密を伝えられた矢先、父である前族長をも亡くし、ダンは本格的に一族を纏める長としての重責を負うことになったのだ。


 誰にも相談することもできず、不安と恐怖を抱え責任に圧し潰されそうになる日々。

 そんな中、ひょんなことから目の前の人物がこの洞窟の存在に気付いた。発見を阻止することができなかったダンは当初、目の前の人物を抹殺することすら考えたのだが、目の前の人物はこの洞窟の秘密を口外するどころかダンと共に守ると言い出し、尚且つ様々な重責で折れそうになっていたダンを叱咤激励し心身共に支えてくれたのだった。


 目の前の人物がいたからこそ、ドルシグの乱以降世界が不安定な状況に陥っている現状でも、ダンは取り乱さずにいることができていた。

 目の前の人物はダンにとって、もう第二の父親のような存在だったのだ。


 そんな心の支えとなって一緒に秘密を守ってくれていた人物に対して、まるで裏切るかのように自分からもう一人別の人間に秘密を教えてしまったことに対して、ダンは一種の罪悪感のような感情を抱いていた。

 だがイリスにこの場所を教えたことをダンは一切後悔していなかった。きっと、この時の為にこの洞窟の秘密を守ってきたのだろうとさえ思っていた。

 

 だがそうは言ってもどんな反応を返されるのかが分からず不安で、ダンは恐る恐る下げていた頭を上げた。


「……ああ、そうじゃろうな。それを確かめに来たんじゃからのぅ」


 目の前の人物は怒るでも驚くでもなく、さも当然とばかりに頷く。ダンはそんな様子に面食らって目の前の人物をまじまじと見た。


「……知って、いたのか?」


 驚きで目を見開いたダンを、目の前の人物はさも可笑しそうに見ながら抑揚に頷いた。


「儂を誰だと思っておる。エダルシアの王、ガルーラ・ファロ・エダルシアじゃぞ?」


 目の前の人物、エダルシア王ガルーラが口角を上げてまるで悪戯が成功した子供のように笑う。本当にこの王様はいくつになっても手のかかる子供のようだ。


 実際、ダンとガルーラ王の出会いも、ガルーラ王の突拍子の無い行動が原因だった。




 


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