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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第四章 国を隔てる連峰
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別れの挨拶

 リュカに抱えられて運ばれた次の日は雨模様で天候が悪く、過保護が加速しているレオンとロイによってイリスはベッドで過ごすことを余儀なくされ、結局丸一日出立を延期することになった。

 

 そうして迎えたその翌日は、山の変わりやすい天候では珍しく、何処までも澄み渡るような清々しい晴天だった。


「お前等、本当にありがとうな」


 昨晩の内に必要な話と別れの挨拶は済ませており、その際明日の見送りは要らないと伝えておいたのだが、いざ出立しようと山小屋を出ようとしたらすでに入り口のところでダン夫妻とニーナが待っていてくれたのだ。


 ダンは感謝の言葉と共に、持っていた大きな荷袋をイリスに手渡した。


「……これは?」

「今後、色々と必要になりそうな物を入れてある。すぐに腐ったりする物は入っていないから、安心しな」

「そんなっ、受け取れませんっ!」


 イリスの療養のために結局一か月以上この山小屋に滞在していたわけだが、その間の費用なども固辞されてしまいイリス達は今回一銭も支払っていない。それなのに贈り物まで貰えないとイリスが慌てて突き返そうとするも、それはダンの手によって阻まれてしまった。


「娘の恩人に対して、こんなことしかできないんだ。せめて貰ってくれ」

「でも……」

「……ありがたく受け取っておいたら?」


 イリスの肩に、ポンとロイが手を置いた。

 困惑するイリスを余所に、ロイは柔らかく微笑んでいる。この笑顔は、素直に受け取っておけということだろう。確かにこれ以上断るのもダンの善意を無下にするようで申し訳なくはあった。

 イリスはロイの言葉に頷くと、ダンの腕から申し訳なさそうにしながらも荷袋を受け取った。

 

「気を付けて行くんだよ」

「はい。身重な身体にも関わらず何日も寄り添って頂き、ありがとうございました」


 この一か月、ノーラはイリスの怪我が酷い時期は医師の指示に従い傷口の手当てや包帯を巻き直す手伝いをしてくれたり、動けない頃は風呂にも入れないので身体を拭いてくれたりと、献身的にイリスの世話をしてくれていた。

 実はイリスの怪我よりもノーラの体調の方が先に落ち着いたので、本来ならばノーラは集落に戻っても良かったのだが、ノーラはイリスの怪我が回復するまでは世話をすると言って山小屋に留まってくれていたのだ。


「あんた達が戻ってくる頃にはきっとお腹の子ももっと大きくなっているだろうね。用事が終わったらでいいから、また会いに来ておくれ」

「勿論です」


 ノーラが少し大きくなったお腹を擦りながら愛おしそうに目を細める。

 イリスの怪我から一か月以上経っているので、出会った頃よりノーラのお腹は見て分かるくらい膨らんできていた。


 ダンはイリス達の事情を、他の誰にも詳しく話してはいない。そのためノーラもイリス達が何者なのか本当のところは分かっていない。しかしフラッデルを持つイリスは、誰の目にも普通ではなく、寧ろ不審な旅人でしかない。

 それでもノーラはイリス達の素性を詮索せずに、こんなにも良くしてくれ信頼を寄せてくれていた。イリスにはノーラの気遣いが嬉しかった。


「ぜひそうしておくれ。この子も喜ぶよ」


 そう言ってノーラは自身の太腿の辺りを振り返った。ノーラの足の後ろには、俯いてずっとスカートを握りしめているニーナがいるのだ。隣に立つダンがその背を押して前に出るよう促すも、ニーナは俯いたまま首を振るばかりだ。


 ニーナのそんな様子を目の当たりにして、イリスの胸もぎゅっと締め付けられる。

 一歩前に進み出てニーナの前にしゃがみ込むと、イリスは視線を合わせるようにしてその顔を覗き込んだ。


「ニーナ、また……会いに来てもいい?」


 イリスの言葉に、地面を見つめていたニーナがそっと顔を上げる。

 その顔は驚きで目が見開かれており、喜びと不安が入り混じっていた。


「……ほんとうに?……ほんとに、ぜったい?またぜったい、にーなにあいに、くる?」


 幾重にも確認するニーナが可愛くて、イリスは自然と笑顔になった。


「本当に、絶対、必ず。……会いに来るよ」


 イリスの返答に、ニーナの顔にぱぁっと笑顔が広がる。すぐさまニーナが手を伸ばし、目の前にしゃがみ込んでいたイリスにぎゅっと抱きついた。


「ほんとうにね、ぜったいね、かならずだよ!」

「うん。本当に絶対、必ず」 


 抱きつくニーナの小さな背中に手を回し、イリスはニーナを抱きしめ返した。気持ちが伝わるように、その手にそっと力を込める。


 そうして暫く抱き合った後、イリスはそっとニーナの身体から手を離した。

 離れていくイリスの手にニーナは抵抗こそしなかったが、顔を伏せると再びノーラの後ろに隠れてしまった。

 そんなニーナに、ノーラが「仕方がないねぇ」と肩を竦める。


 その様子を名残惜し気に見つめた後、イリスは立ち上がると後方で待ってくれている三人の元へ向かった。名残惜しいが、ここでいつまでも立ち止まっている訳にはいかない。


「いくぞ」

「うん」


 イリスが合流すると、レオンは踵を返し山小屋に背を向けると振り返らずに歩き始めた。ロイもその後に続く。

 レオンとロイに続き山小屋に背を向け歩き出し始めたイリスは、山小屋を見つめたまま微動だにしないリュカの姿が目に入り首を傾げた。


「……リュカ?」


 呼び掛けられリュカはイリスと目を合わせたものの、何も言うことなく視線をイリスから山小屋に向けて顎でそちらを指し示した。


「?」

 

 視線で促され、何かと思ってイリスが後方を振り返る。


「え……」


 振り向けば、今まさに別れたばかりのダン夫妻とニーナが手を振ってくれていた。そしてその後ろの山小屋では、窓という窓が開け放たれ、山小屋で働いていたナタラ族の人達がイリス達に向かって手を振ってくれていたのだ。


「ありがとうなー」

「またこいよー」

「元気でな―」


 皆が口々に、イリス達への餞の言葉を叫びながら手を振ってくれていた。

 ナタラ族の人達は数日交代でサンスタシア帝国側の山小屋に勤めたりエダルシア王国側の山小屋に勤めたり、それがなければ集落に戻って過ごすこともあるのだが、一か月以上も山小屋に滞在していたイリスにとってはそれぞれ何日間かずつ一緒に過ごしてきた人達であり、皆見知った顔ばかりだ。

 

「イリスはナタラ族の奴等にとっても恩人みたいなもんだろ。何か言ってやれば?」


 口角を上げてそう告げると、リュカも山小屋に背を向け歩き始めてしまった。

 戸惑いながら前方を見遣ると、先を歩くレオンとロイの姿はもうだいぶ遠い。


「えぇ……」


 何か声を掛けてやれと言われて戸惑うも、イリスはナタラ族の人達の気持ちが嬉しかった。

 次にここに戻ってくるのがいつになるかは分からない。しかしいずれサンスタシア帝国に戻ってくる時は、ここは必ず通過する場所だ。

 出立の挨拶であり、今生の別れではないのならば言う言葉は一つしか無い。


 イリスは大きく息を吸い込むと、笑顔で大きく手を振った。


「行ってきます!」


 手を振ってくれている皆に届くように声を張る。イリスの声は、澄んだ空気の中どこまでも響き渡った。


 空は晴天。

 今のイリスの気持ちを代弁するかのように、何処までも穏やかに碧く広がっていた。

 





これにて第四章完結です。

年明けから忙しくて、毎日の投稿が出来ない日がほとんどでした。これから年度末まで仕事が忙しくこんな感じかと思いますが、出来る限り執筆に励みますので、引き続き楽しみにしていていただけたら嬉しいです。

明日から閑話を数話投稿します。よろしくお願いします。

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