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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第四章 国を隔てる連峰
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千年前の遺産

 目の前に広がる光景が、欲していたはずの『有益な情報』だと言われイリスは戸惑う。


(これが?……どれが?)


 目の前にはどう見ても、木々が生い茂る山麓の景色が広がっている。そしてその木々の隙間に、絡まる蔦に隠されるようにして暗い闇が広がる空間が見え隠れしていた。


「洞……窟?」


 しかしそれは、その先に何かがあると視線で示されていたからこそ気付くことができただけで、普通に山の中を歩いていただけではまず気付かない。

 目を凝らして見ていてさえ、木々に遮られその全貌はよく分からないのだ。


「ああ。……さぁ、行こう」


 だかダンは当然とばかりにイリスを追い越し、洞窟に向けて道なき道を進んでいく。呆気に取られながらも、イリスは慌ててその後を追った。


 腰の辺りまである背の高い植物を掻き分け、木々の枝から垂れ下がる蔦植物を払い前に進む。

 進むにつれて、行く先の全貌が少しずつ明らかになってきた。


 洞窟の入り口の前にも大きな木々が立ち並んでいるので遠くからではよく分からなかったのだが、洞窟の上部は上から垂れ下がる植物に覆われており、入り口の側面は落石で大幅に塞がれていた。

 そのため正確な大きさはよく分からないのだが、それでも洞窟の高さ、横幅共に十メトルはあろうかという大きさだった。


「……すごい……」


 見上げてその高さを確かめ、イリスはあまりの大きさに圧倒され感嘆の溜息を吐いた。これほど大きな洞窟を見たのは初めてだったのだ。

 興味深げに周囲を見回しているイリスの横で、洞窟の入り口にしゃがみ込むとダンは腰に付けていたランタンをベルトから外し、ポケットから取り出したマッチで火を点け始めた。

 どうやら洞窟内に入るようだ。


(この洞窟の中に、何が隠されているんだろう?)


 イリスはダンが明かりの準備をしているのを眺めながら、今から対面するであろう『有益な情報』について考えていた。

 この洞窟の中にそれがあると言うのならば、『情報』というのは言葉の綾で、何か重要な『物』があるのかもしれない。


(だからこそゲイリーさんも『その目で見て確認してこい』と言ったんだわ。……そうよ、ゲイリーさんは最初から言っていた……目で見る物だと)


 そこではたと、イリスは自分達が思い違いをしていたことに気付いた。

 ゲイリーが最初に『有益な情報』だと言ったので知識的なものだとばかり思っていたのだが、どうやらその言葉に囚われすぎていたようだ。


 イリスは改めて、洞窟の中を見つめる。

 そこには真っ暗な闇がどこまでも続いているだけで、何の気配も感じられなかった。ただ静寂だけが、そこに存在している。


(でもこの洞窟の中に……きっと何かがあるんだわ)


 山深いこの場所なら、誰かが偶然にこの場所を見つける可能性は皆無に等しいだろう。何かを隠すのには絶好の場所だ。

 しかし洞窟内というのは温度は一定に保たれるが湿度が高く、錆びたり劣化したりと物を隠すのには適した場所とは言い難い。隠す物は限られるだろう。


「ほら、行くぞ」


 纏まらない思考で上の空だったイリスの背中を、ランタンを準備し終え立ち上がったダンが軽く叩く。

 色々と考えを巡らせていたイリスは、慌てて平静を装った。


「……分かった」


 イリスの動揺はダンに悟られなかったようで、ダンは一つ頷くと静かに洞窟内に足を踏み入れた。


 洞窟の入り口の中まで落石や堆積物が蓄積していたので最初はかなり歩きにくかったのだが、洞窟を潜り少し行くと落石や土砂などは無くなってきた。雨風もこの辺りまでしか入ってこられなかったようだ。

 最初は足元を確認しながら慎重に歩いていたのだが、落石や落ち葉が無くなってくると洞窟本来の地面が顔を出し始める。


 そこは、綺麗に舗装された地面になっていた。


「え……な、んで……」


 よく見ると、行く先の地面が全て綺麗に石で舗装されてた。十メトルはある横幅、そして行く先がこの後どのくらい続くのかは分からないが、見渡せる限りどこまでも、その全てが整った舗装道路になっていたのだ。

 そして何のためなのかは分からないが、その舗装された道路の上に、鉄でできた四角い長い棒が洞窟の奥深くまで真っ直ぐに伸びていた。その数四本。

 間隔を開けて二本が並び、その二本と更に間隔を開けて同じように二本が並んでいる。その全てが真っ直ぐに洞窟の奥深くまで続いていた。


「こっちも見てみろ」


 舗装道路と鉄の棒に気付いたイリスを見て、ダンが声を掛けてきた。その声に、地面を見つめていたイリスは視線を上げてダンを振り返る。

 ダンはランタンを上に掲げて洞窟の天井が見えるように照らしていた。それに導かれるようにして、ゆっくりとイリスは天井を見上げた。


「……嘘……」


 洞窟の天井までの距離も、ゆうに十メトルはある。とても大きな洞窟だが、驚くべきはその大きさではなかった。

 洞窟の天井が、弓なりに弧を描いていたのだ。そして地面同様、洞窟の壁も天井も、綺麗に石で舗装されている。

 洞窟自体が、円を半分にしたような構造をしている建造物だった。


「……信じられないだろう?この洞窟は人工物だ。俺は、これは千年前の遺構だと思っている」

「!」


 呆気に取られただ天井を見つめるしかないイリスに、ダンは信じられない言葉を告げた。

 イリスは思わずダンを振り返ったが、その顔は真剣そのもので決して嘘や冗談を言っているとは思えなかった。


(この洞窟が……人工物……?)


 ダンの言葉が信じられず、イリスは再び天井を見上げる。

 よく見ると、半円を描くように綺麗な放物線を描いている天井には、左右に等間隔で何かの機械が埋め込まれている。この洞窟が人工的に造られたことは間違いなさそうだった。


 しかしそれでも、イリスはその事を素直に受け入れられずにいた。

 無論、自然にこの形状の洞窟が出来上がるなど絶対にありえない。だがこんな舗装された洞窟を人の手で造り上げるなど、どうしても信じられなかったのだ。


 千年前の時代は、科学技術的には現代同様、発展した時代だったと言われている。

 だからと言って、こんな建造物を造り上げることが果たして千年も前に出来たのだろうか。

 現在の叡智と技術力をもってしても、こんな物を造り上げることは到底不可能だ。それは科学技術大国であるサンスタシア帝国にいたイリスだからこそ、余計によく分かっていた。

 

「……」

 

 イリスは黙って、天井からダンへと視線を移す。

 ダンは真っ直ぐにイリスを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「……千年前の世界大戦ではありとあらゆる物が戦争によって破壊された。記録によると、大戦後に残った遺物や遺構なども、今後同じ過ちを繰り返さないためにとその全てが破壊されたのだという。しかし、この洞窟はそれをどうやら免れたようだ。唯一と言っていい過去の遺構だと、俺は思っている」

「……造られた物だとして……これは何の目的で造られた物なの?」


 途方もない技術力で作り上げられた洞窟。しかし、これが何の為に作られたものなのかイリスには皆目見当もつかない。

 イリスの尤もな疑問に、ダンは長く息を吐き出すと軽く首を振った。


「そうだな……これは俺の私見だが、……移動手段のための通路だと思っている」

「移動手段のための、通路?!」


 イリスが思わず顔を顰める。この洞窟でどこに移動しようというのか。

 疑問が全面に出た顔をしているイリスに対して、ダンは自身の見解を一つ一つ慎重に述べた。


「この足元にある鉄の上を、人を乗せた物を何らかの動力で動かして移動したんじゃないかと俺は考えている。馬車がこの鉄の上を走ると思えばいい。無論、動力は馬じゃないがな」


 何となく分かったような分からないような説明を、ゆっくりと頭の中で反芻する。


(この洞窟が通路だとして、千年前の人々はこんな暗い場所を、どうして移動しようと思ったのかしら)


 イリスはしばし真っ直ぐに伸びる人工の洞窟の先を見つめ、人を乗せた馬車がこの鉄の上を走る様を想像する。そして、その先にあるはずの出口を探した。

 しかしどんなに目を凝らして見ても、全くその片鱗も見ることは叶わない。いったいどこまでこの洞窟は続いているのだろうか。


 洞窟の先をぼんやりと見つめていたイリスは、続くダンの言葉で一気に現実に引き戻された。


「動力さえ確保できれば、大勢の人間が一度に移動できたんじゃないかと、俺は思っている」

「っ!まさか……」


 ダンの突拍子もない発言に、思わず息を呑む。


 現在ラプェフェブラ大陸での人々の移動手段と言えば、徒歩、馬、馬車ぐらいだ。フラッデルは例外的に使用が認められているが、基本的には動力で動く船などの移動手段は、世界平和条約で厳しく規制されている。

 理由は簡単で、大勢の人々が一気に移動することを阻止するためだ。大軍の移動は戦時下で戦況を一変させる。


 疑問が溢れ考えが纏まらないイリスを余所に、ダンは言葉を続けた。


「その証拠に、この洞窟はエダルシア王国まで真っ直ぐに伸びている」

「え……」


 鉄の棒が真っ直ぐに伸びた人工の洞窟。そしてこの洞窟を通路だというダンの言葉に何となく予想はしていたものの、はっきりと山一つ越えた先まで伸びていると言われイリスは驚きを隠せない。

 だがダンは更に、衝撃の事実を畳み掛けた。


「ちなみに俺はこの洞窟を以前馬で駆けてみたが、半日かからなかった」

「!!」


 もはやもう、言葉も無かった。


 サンスタシア帝国とエダルシア王国を行き来するためには、何人(なんびと)もストレアル山脈越えを余儀なくされる。

 しかも、一番標高が低く整備されたストレアル山脈唯一の登山道を通るにしても、ナタラ族の運営している山小屋に行くまでに一日、頂上を越えて反対側の山小屋に到着するまでにもう一日、そこから山の麓まで降りるのに一日と、普通なら三日、どんなに急いでも二日以上掛かってしまうのだ。


 それが馬で半日とは、常識が覆るどころの騒ぎではない。しかも、洞窟内は暗さはあるが舗装されており平坦で歩きやすい。安全面という観点からも山越えの比ではなかった。


「これが『有益な情報』の理由だ」

「……」

 

 黒色の隻眼が、射貫くようにイリスを見つめていた。


 馬でこの洞窟内を走れるのは立証済み。この広さなら一個師団でも移動することが出来るだろう。その上、時間も掛からない。()()()()()()際に、即時駆けつけることが出来る。


 ――つまりは、そういう事だ。


 一つ大きく深呼吸をして心を決めると、イリスはダンを真っ直ぐに見つめ返した。


「これを、私に?」


 イリスの決意が籠った眼差しを受けて、ダンは静かに頷きを返した。


「……」

 

 暫し、二人の間に沈黙が流れる。

 だがダンがふーっと長く息を吐き出すと、強張っていた表情を僅かに緩め口を開いた。


「……そうだな。お前さんの好きにしていい。最初に言ったが、俺はお前さんに大恩があるが、それだけでこれを教えた訳じゃない。お前さんがこれを必要とする時に、何らかの力になれればと思っている」

「手に余るよ……」


 思わず零れた本音と共に、イリスは微笑みを返した。ナタラ族が護ってきたであろう秘密を教えてくれたダンに敬意と感謝と込めて、右手を差し出す。

 それを目にし、ダンも笑みを浮かべると差し出されたイリスの手を握った。


「ありがとう」

「ああ」


 言葉少なに思いを交わす。

 この溢れる感謝を伝えるのにそれ以上の言葉が見つからず、イリスは握る手にそっと力を籠めた。





 

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