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黎明のウィレンツィア  作者: カワシマ キオ
第四章 国を隔てる連峰
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親子

「本当にすまなかった」

「いえ、頭を上げて下さい。……こうして皆無事だったんですから」


 リュカに連れられてイリスが寝ている部屋に入室して来るや否や、ダンは深々と頭を下げた。

 騎士として困っている人を助けることは当然であり、まして助けたことに対して感謝されるのならまだしも、謝罪されるなどイリスには到底受け入れ難かった。

 それにイリスは、謝罪よりもダンの足の後ろに隠れ先程からずっと俯いているニーナのことの方が気になっていた。


 ニーナは黙ったままダンの足の後ろに隠れ、その足にがっしりとしがみ付いている。

 よく見るとダンの服を掴む手が震えており、俯いているためよくは分からないが、その瞳は涙に濡れているようだった。

 こんな幼子にここまで責任を感じさせていることが、イリスには心苦しかった。


「ニーナ。ね、お願い。顔を上げて元気な姿をよく見せて?」


 声を掛けられ一瞬肩をビクリと震わせたニーナだったが、イリスの願いに恐る恐るダンの足の後ろから一歩前に出て隣に並ぶと、ゆっくりと顔を上げた。


「あのっ、ね、……いりす……」


 ダンと同じ、黒色の瞳が怯えるように揺れ、とうとうその大きな瞳から涙が一粒零れ落ちた。

 それを見たイリスは、動くことのできない身体で何とかニーナを安心させようと、出来る限りの笑顔を作った。


「貴方を助けることが出来て、こうして元気な姿を見せてくれて、私はとても嬉しい」

「……っ」

「あのね、私は貴方を助けたことをこれっぽっちも後悔してない。私が助けたかったの。だから、ニーナが元気でとっても嬉しいのよ」

「でも、いりすはいっぱい、いたくて」


 言葉を発した途端、ニーナの瞳からは堰を切ったように大粒の涙が溢れる。


「お願いニーナ、泣かないで?」


 身体が動かせないイリスは、慰めようにもニーナを抱きしめることも出来ない。もどかしく思いながら何とか手だけでも動かそうとしたその時、ゴツッという、わりと大き目な音が響いた。


「うわぁ~ん!いたいぃぃ!!」

「馬鹿な事言うんじゃないよ。イリスさんの方がよっぽど痛いに決まってるだろ」

「うぅぅ……でも~……」

「でも、じゃない!ちゃんと謝りな!」

「……ごめんなさいぃ……」


 イリスをはじめ、室内に居たダン以外の人物が皆突然の出来事に言葉を挟む余地もなく、一連のやり取りを呆気に取られながら見ていることしかできなかった。


 イリスが寝ているベッドの他に、簡素な書机と椅子が置かれた他は何もないこの部屋は、この山小屋の一般的な客室なのだという。

 一人部屋のためそれほど大きくなく、先程からそのままレオンとロイがイリスのベッド脇にいるので、ダン達を呼びに行ったリュカは扉の隣に控えていた。それだけで部屋の中の面積がかなり占められていたので、やってきたダンとニーナは扉を開け放った状態で部屋の入り口近くにいたのだ。

 そのため部屋がいっぱいで入ることが出来ず、ダンの後方、入り口の外に控えていた人物にイリスは全く気付かなかった。


 ニーナは後方から突然降って来た拳骨の痛みがまだ色濃く残っているらしく、頭を両手で押さえてしくしく泣いている。そんなニーナを押し退けてその人物は室内に一歩入り込むと、頭を押さえているニーナの手の上に自身の手を乗せ、無理矢理ニーナの頭を下げさせた。


「本っ当に申し訳なかった」


 そしてその女性は謝罪の言葉と共に自身も深々と頭を下げた。


「私が体調を崩したばかりにニーナが危険を冒して、結果貴方の身まで危険に晒してしまった。お詫びのしようも無いが……本当に申し訳なかった」

「いえ、……私が勝手にしたことですし、お気になさらないで下さい」

「本当にすまなかったね。そう言ってもらえるとありがたいよ」


 そう言って、目の前の女性は真っ白な歯を見せながら快活に笑った。

 今の会話から察するに、この女性がニーナの母親、ダンの奥方であるノーラなのだろう。


(なんというか……イメージと違うっていうか、いや……失礼な話なんだけど)


 イリスは勝手にノーラという人物を、悪阻で動くことも出来ず熱を出して寝込んでいるという情報から、儚げな女性を想像してしまっていたのだ。

 けれど今イリスの目の前にいる人物は、褐色の肌に快活な笑顔がよく似合う、健康そのもののような女性だった。


 女性にしては背が高くスラッとした美人だが、少し垂れた大きな黒色の瞳が可愛らしさも醸し出している。長い髪を一つに束ねて頭の上でくるりと丸めており、妊娠しているとはいえまだそれ程お腹に目立った膨らみもないため、このままバリバリと仕事をこなしそうな勢いすらあった。

 そんな美人が後ろから思い切りニーナに拳骨を食らわせたかと思うと、捲し立てるようにニーナに謝罪を促し自身も頭を下げたのだ。

 想像していたような儚げな女性とは全く異なり、竹を割ったようなさっぱりとした性格の人だった。


「だって……おかあさん、しんじゃうって……みんないってた」


 頭を下げさせられていたニーナが、ちらりと母親を仰ぎ見る。その視線が不安に揺れていた。

 その言葉に驚いたように目を見開くと、ノーラは態と大きな声でニーナの言葉を否定した。


「誰がそんな事言ったんだい、熱なんかで死にやしないよっ!」


 狼狽えた様子で、ノーラがニーナの頭の上に乗せたままになっていた手でその柔らかい髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でる。せっかく結ったニーナの可愛い三つ編みの髪が、頭頂部でボサボサになっていた。


「……お前等、病人の前だぞ。少し静かにしろ」


 不意にダンが低い声で、ノーラとニーナのやり取りに割って入った。

 ダンが手で扉を指し示しノーラに合図を送る。その合図にノーラはコクリと頷くと、ニーナの背に手を添えて扉の外に促した。

 扉の外にニーナが出た所でノーラはイリスを振り返ると一礼し、二人はそのまま退室していった。


「騒がしくてすまなかったな。だが、お前さんの顔を見てニーナも安心しただろう。身体がきついだろうに、会ってくれてありがとうな」


 扉を閉めて振り返ったダンが、謝罪の言葉を口にする。


「いえ。私もニーナの顔を見て安心したかったですし。……ちょっと驚いただけで、問題ないです」


 騒がしくもなかったし体調も問題ないとイリスは伝えたかったのだが、ダンはイリスの言葉を、ノーラという人物が意外で驚いたと受け取ったようで、豪快に笑うと眼帯に覆われていない右目を細めた。


「ガハハッ。ノーラが豪胆で想像と違ったか?」

「いえっ、あの、初めてお会いしたので驚いただけで……」


 しどろもどろになるイリスを面白そうに笑っていたダンだったが、スッと笑いを収めると真剣な表情でイリスを真っ直ぐに見つめた。


「……あの通り、ニーナもノーラもお前さんのお陰で今も生きている。本当に感謝しかない。ありがとうな」


 そう言ってダンは再び頭を下げた。イリスは動かせない頭を僅かに振って否定を示す。


「私のお陰だなんて大袈裟です。私には他の人と違ってニーナを助けるための手段があった、それだけですよ」


 だからもう気にしなくていいと言ったつもりだったのだが、ダンは進み出てイリスのベッドの脇に膝を付くと、同じ高さで目線を合わせた。

 驚いて咄嗟に身を後ろに引こうとするも身体が動くはずもなく、イリスはそのままダンを見つめ返した。


「いや、お前さんのお陰だよ。さっきは元気そうに見えただろうが、ニーナが言っていただろう?ノーラの熱は本当に命を落としかねないものだったんだ」

「!」


 先程の様子を見る限り健康そのものに見えたが、そうではなかったという事実に驚く。


「ノーラはニーナの出産以降に流産を経験していて、今回の病状に薬を使う事をずっと拒んでいたんだ。しかし流石にこのままでは母子ともに危険な状態になるということを話している集落の奴等の会話を耳にして、ニーナは母親が死ぬと思って今回の行動に出たんだよ」


 このままでは大好きな母親も生まれてくるであろう自身の弟妹も失うと思い、ニーナは幼いながらに自分が何とかしなければと思ったのだろう。


「ニーナの姿が見えないことに早々に気付いて、皆で探していたら大地の裂け目の近くを歩いているところを見付けたんだ。だが、見付けた奴が咄嗟に制止の声を掛けてしまって……。ニーナが余計に焦るだろうことは想像に容易いだろう?」


 してはいけないことをしている時に、人から声を掛られて慌てたのだろう。

 本人も悪いことをしているという自覚があるだけに、そういう時は決まって、焦って事態をより悪化させてしまったりするものだ。

 今回はそれに偶々大地の裂け目の崩落という自然現象が重なり、最悪の事態が起こってしまったのだろう。

 だが不幸中の幸いだったのは、ニーナが落ちた瞬間を見ていた者がいて直ぐに助けを呼びに行くことが出来たことと、ニーナが底まで落ちずに衣服が岩の突起に引っかかって一命を取り留めたことだろう。


「後はお前さんの知っている通りだ。ニーナが大地の裂け目の崩落に巻き込まれて落ちたが、崩落が落ち着かない大地の裂け目を前に俺達は迂闊に近付くことも出来ないでいた。どうにもできない状況の中、集落の奴等がフラッデルを持つお前さんならニーナを助けられるかもしれないと、呼びに走ってくれたというわけだ」


 ダンはそこで話を切ると、ベッドに横たわるイリスの手をそっと両手で握った。

 その行動に、後ろに控えていたレオンが僅かに動く気配があったが、ダンがそれ以上何もしないと分かるとレオンもそれ以上は動かなかった。


「分かっただろう?もし今日お前さんがこの場に居なかったら、俺は娘も妻もお腹の子も、全て失うかもしれなかったんだ」


 ダンは握った手の上に、項垂れて額を付ける。肩が僅かに震えているのが分かった。


「……ありがとう」


 絞り出すように告げられた言葉に、イリスは目を細める。


「誰も悲しい思いをしなくて、良かった」


 イリスの言葉に、ダンが顔を上げた。

 眉間に皺を寄せて苦しそうな顔をしていたが、イリスが微笑みかけるとそれにつられてダンも微笑む。


「そうだな、本当に良かった。……本当に……ありがとう」


 ダンは握った手にさらに力を籠め感謝の意を伝える。それに笑顔で応えながら、ダンのその涙を堪える表情に、イリスは気付かない振りをしていてあげようと思った。






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