始まり
数ある作品の中から本作品を目に留めていただきありがとうございます。
国の政策や法令など、この世界独自のものとしてお読みいただけると幸いです。
魔法は存在しない世界です。科学技術は進んでいますが、条約により細かい規定があり、国同士で定めた領土以外の部分はどの国も不可侵の為、開発等が進んでいず自然が多く残る世界です。追々書いていきたいと思いますが、そういうアンバランスな世界なんだなとご理解ください。
独特な世界観なので、何でも許せるかた向けです。よろしくお願いします。
「今日もいい天気になりそうだなあ」
朝日が昇り始めたばかりの東の空を眩しそうに目を細めて見た後、イリスは眼下に広がる帝都の街並みを見遣った。
朝日を浴びて黄金色に輝いて見える石造りの街並みは、早朝の時間帯だけに人々の気配はまだ少ない。それでもそこかしこの家の煙突からは煙が昇り始めており、朝食の支度が始まり出したことが窺えた。
「おはよう!今日もご苦労さん!」
不意に真下から声を掛けられ視線を向けると、街道沿いの家から出て来た男性がこちらに手を振っているのが見えた。
巡回の為ゆっくり飛んでいるとはいえ、フラッデルはそこそこの速度が出ている。イリスは既に後方へと遠ざかり小さくなっていくその男性に向かって慌てて大きく手を振って挨拶を返した。
フラッデルは簡単に言えば、人が立位で乗って上空を飛行できる板のような機械だ。長方形の形をしているが、その先端は尖った流線形をしている。イリスの身長の半分ぐらいの大きさだが、軽量且つ頑丈で、最大瞬間出力、連続使用時間など、何処をとっても高性能であり、技術の粋を集めて造られた科学技術大国サンスタシアを象徴するような機械の一つだった。
フラッデルはその高性能故おいそれと量産できるものではなく、各国でも数機を保持する程度だ。そんな貴重なフラッデルに乗り、 毎朝の騎士団での早朝訓練を終えたイリスはサンスタシア帝国の帝都上空を巡回中だった。
先程昇った朝日を背に、風を切りながら西に向かって進路をとる。フラッデルの速度を調節するペダルに乗せている右足の力を緩め、イリスは少し速度を落とした。
今日は風もなく穏やかな快晴。フラッデルの走行で生じる心地良い風が、イリスの琥珀色の髪と真っ白な騎士服を揺らしていた。
「邪魔になってきたし、少し切ろうかなぁ」
ゴーグルを留めているバンドにかかるようになってきた髪は、短いとは言え剣を振る際に視界を邪魔することが多くなってきていた。
「……平和だな」
溜息をつきながら、曖昧に笑う。
吐き出した言葉は、言葉通りの意味ではなかった。寧ろ、そう思いたい自分自身に言い聞かせた言葉だったのかもしれない。
今から約千年前、この世界は一度滅びた。
愚かしいことに、国同士が争い合い世界戦争が起きたのだ。
その「千年前の世界大戦」がどうやって終結したのか――それは後世に詳しく語り継がれていない。
ただ、人類は世界の滅亡という最悪の結果をその身をもって経験することで、戦争の恐ろしさを漸く理解したのだ。
残されたわずかな人類は、このラプェフェブラ大陸にサンスタシア帝国、ドルシグ帝国、ウィレンツィア王国、エダルシア王国、オートレア王国の五つの国を造り、大陸中央に造ったウィレンツィア王国に、二度と世界大戦など引き起こさないようにと「世界の力」を封印した。
そして常しえの平和を願い、世界平和条約――通称「ウィレンツィア条約」を締結したのだ。
ウィレンツィア王国は以後世界平和の象徴として、「世界の力」を守るという役目を長きにわたり果たしている。
しかし、その平和は八年前、突如として脆く崩れ去った。
北の軍事国家ドルシグ帝国の皇帝が亡くなり、新皇が即位すると即位後一年も経たずしてウィレンツィア王国へ侵攻したのだ。
ウィレンツィア条約の根幹は「国家間の争いを禁じる」というものだ。その他にもいくつかの条項が定められているが、その中に互いの国及び領土への干渉は一切行わないという「不可侵の掟」がある。
この条項が破られるようなことがあった場合、他四国は平和を脅かす存在を殲滅することが認められている。再び世界大戦を引き起こされる前に、何としても脅威を潰すためだ。
そのため八年前のドルシグ帝国の侵攻の際も条約の定めに従い、東のサンスタシア帝国、南のエダルシア王国、南西のオートレア王国の三国が即座に援軍を送り込もうとしたのが――結果、それは徒労に終わった。
なぜなら、ドルシグ帝国の侵攻を受けたウィレンツィア王国の先代国王から、各国に向けて耳を疑うような声明が発表されたからだ。
『我がウィレンツィアは、今後ドルシグ帝国の協力を得て王国の再建を目指していくものとする』
声明では現国王と王妃、国王夫妻の双子の王子と王女の不慮の事故死も伝えられた。
どう見てもドルシグ帝国によるウィレンツィア王国の簒奪であり、脅されてそう言わされた声明であることは誰の目にも明らかだったのだが、証拠がない以上各国は動くことが出来ない。はっきりとした証拠もないままにドルシグ帝国を非難しウィレンツィア王国奪還に向けて動こうとすれば、逆に此方側が「不可侵の掟」に抵触することになりドルシグ帝国に戦争を始めるための大義名分を与えてしまうからだ。
結果、ウィレンツィア王国はドルシグ帝国軍によって一夜にして陥落した。
こうして八年前に突如起こったドルシグ帝国によるウィレンツィア王国の簒奪、通称「ドルシグの乱」だったが、なぜかウィレンツィア王国を手にして以降、ドルシグ帝国に目立った動きはなかった。
それこそあっという間にウィレンツィア王国に眠ると言われる「世界の力」を手に入れて、ドルシグ帝国が世界を蹂躙しにかかると各国共思っていたのだが、それは杞憂に終わっていた。
しかしこれまで静かだったドルシグ帝国が、最近不穏な動きを見せ始めたのだ。
自国の諜報機関からもたらされるドルシグ軍の不穏な動きを連日耳にしていては、今の平和な日常が風前の灯のような気がしてイリスの胸の奥はざわついた。
「戦争なんて、二度と起こさせない」
ウィレンツィア王国に眠る「世界の力」がどんなものなのか、記録が残っていないのでその詳細は分かっていない。しかしそんなものがドルシグ帝国に渡れば、世界中が戦火の渦に呑み込まれるのは明白だ。
イリスは深く息を吐くと、決意を新たに前を見据えた。
「おっ……と。ちょっと飛び過ぎたか」
あれこれ考えながら穏やかな朝の空気の中を走行していたら、気付けば帝都の端の方まで来てしまっていた。
既に帝都の街並みは遥か後方で、眼下には見渡す限りの草原が広がっている。その中に一本、西へ延びる街道が何処までも真っ直ぐに伸びていた。
街道は草原の先に鬱蒼と生い茂るドナの森の中に呑み込まれていく。この街道をドナの森を抜けてひたすら北西に向かって進んで行くと、遥か遠く向こうに北の大国ドルシグ帝国が広がっているのだ。
ふとイリスの背後から、朝の始まりを告げる大聖堂の鐘の音が微かに聞こえた。
帝都にある大聖堂の鐘は朝と夕に一回ずつ鳴らされる。その音色で、帝都民に朝の始まりと一日の終わりを知らせる役割を担っているのだ。
「大変。もうそんな時間……!?」
イリスが慌てて城に戻ろうとフラッデルの向きを変えようとした時、不意に目の前に広がるドナの森から微かな、けれど異常な音が聞こえた気がした。
(何だろう?……人の、声?)
イリスはゴーグルを頭上にずらして目を細め、森に目を凝らす。気のせいではなかったようで、次第に声としてはっきり認識できるようになったそれは、遠くて何を言っているのかは聞き取れないが何かを叫んでいるようだった。
だんだん大きくなる声を頼りに場所を見定めていると、次の瞬間街道ではなく鬱蒼と茂る木々と草の隙間から草原に転がり出るようにして、青年が一人飛び出してきた。
「なっ?」
イリスが驚いて目を見開いていると、続いて複数の軍服をきた兵士達が彼を追いかけて次々飛び出してきた。
「追われてる!」
驚いて一拍遅れてしまったが、急いで助けに入ろうとした次の瞬間、兵士達の軍服に描かれた紋章が目に入りイリスは息を呑んだ。
「……ドルシグ帝国の、紋」
太陽を囲むように描かれた一対の蛇。それは、今最も危険視されている国の兵士であることを物語っていた。
今日はもう一話投稿予定です。




