三日月蹴りに憧れた少女の功夫修業
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
正拳突きと回し蹴りの連続技を浴び、敵の黒幕は既にフラフラ。
半ば白目を剥いた悪人面が大写しになった時には、私を含めた観客達の興奮は頂点に達していたの。
‐今だ!必殺技を御見舞いしちゃえ!
そんな客席の私達の思いを背負うかのように、銀幕の中の女性拳士はキッと敵を見据えたんだ。
『覚悟なさい、天誅!』
そうして跳ね上がった左足が美しい軌跡を描いた次の瞬間、見事な三日月蹴りが敵の脇腹に命中したの。
正月映画として公開された「乙女ドラゴン 怒りの三日月蹴り」は、このカッコいい必殺キックで大団円を迎えたんだ。
スカッと爽快な功夫映画を見ると、身体の底から元気が湧いてくるよ。
まるで自分まで強くなったみたいに、肩で風切って帰っちゃったんだ。
映画を見ただけで、只の小学生が急に強くなる筈がないのにね。
そればかりか、「自分でもやりたい!」って衝動が抑えられなくなっちゃったの。
「これで良し!」
チャイナ服まで着込んじゃって、気分はすっかり一角の女性拳士。
そのまま庭に飛び出し、我流で稽古を始めちゃったんだ。
「斜め四十五度に蹴り上げて…えいっ!」
映画の修業シーンを真似て蹴りの型を繰り返したけど、干してる布団が相手じゃ様にならないね。
だけど家には木人椿なんて無いし、致し方ないか。
ところが私の功夫修業は、思わぬ形で水を差されたんだ。
「美竜、何を一人で騒いでるの…ちょっと、お布団蹴らないでよ!」
「え、お母さん!?わっ!」
蹴りの姿勢で呼び止められたから、驚いて転んじゃったよ。
「痛った…」
「もう、『痛った…』じゃないでしょ。どうせ功夫映画の真似事と思うけど、あんな危ない真似しちゃ駄目よ…」
尻餅ついて顔を顰める私を労りながら、母は功夫ごっこが駄目な理由を冷静に諭してくれたんだ。
第一に、自分や他人が怪我をしたり、物を壊したりするかも知れないから。
第二に、映画を見た私達が怪我すると「おとめドラゴン」の制作者に迷惑がかかるから。
どっちも至って正論だね。
「私が子供の頃に『少年太公望』って番組が流行ったんだけど、真似して怪我した子が沢山いたの。それ以来、EDで『僕の真似は危ないから絶対しないでね!』って太公望が言うようになっちゃって…」
「そっか…イメージ悪くなるもんね。」
乙女ドラゴンが私達の為に頭を下げる事になったら、確かに申し訳ないよね。
残念だけど、我流の功夫修行は諦めた方が良さそうだよ。
三日月蹴りも憧れのままの方が良いのかな。