【連載化しました!】八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
僕ことアッシュは、辺境の田舎からリーヴェ王国の王都に移り住んでいる平凡な人間だ。
そんな僕は月に一度この王都で開催される『リーヴェ王国最強決定大会』の選手として働いている。具体的に何をしているかというと、試合に出てわざと負け、場を盛り上がらせるというものだ。
いわゆる八百長試合と呼ばれるものなのだろうが、給料はもらえるし、地下室に住まわせてもらって魔術の研究もできるから嫌ではない。
約一ヶ月間の地下室生活をしていると、ドンドンとドアが叩かれる音が聞こえた。
「ん? はいはい」
『いつまで引きこもってんだ芋野郎! さっさと出てこい!!』
ドアの外から突然怒号が浴びせられる。何事かと思いドアを開けるとそこにはザムアという男がいた。
この男は大会の運営の一人で、俺を八百長試合をしないかと誘った張本人である。キレ症で酒臭く、風俗通いをよくする男と聞いている。
「いつまで引きこもってんだテメェ!」
「お久しぶりですね、でもここ使っていいって言ったのはザムアさんじゃないですか。給料で一ヶ月分の食料買ってたから大丈夫ですよ」
僕が暮らしているこの地下室は机・トイレ・人一人分のスペースのみだ。とても人が長い間暮らせる空間ではないが、そこんとこは魔術で補っている。
そんなことはさておき、もう一ヶ月経っていたのか。でも結構魔術を開拓できたし、なかなか有意義な時間を過ごせた。
「仕事ですか? 張り切って負けてきますね」
「そのことだがなァ……。お前はクビだ」
「そうですか! ……え? クビ??」
ザムアさんが放った言葉に対し、僕は鸚鵡返しをして首を傾げた。
「あぁそうだ。テメェはクビだアッシュ! ロクに働かずに金だけもらって地下に引きこもるゴミムシみてぇなやつは俺様の大会にはいらねぇんだよ!」
「そんな……」
「だいたいこんな紙切れにお絵描きなんかしやがってよォ」
「あ、それは――」
俺の部屋に入り、机の上に置いてある魔術の構築例が描かれた紙を手に取り始める。そしてそれをビリビリと破り捨て、足で踏んだ。
「俺様は金をたやすく横領できるようになって金が大量に手に入るようになったッ! 女も金も腐るほど手に入る勝ち組になったのさ! コネで王室に入って、姫様と結婚するのも近い! だからアッシュ、テメェみたいな寄生虫には消えてもらうんだよ」
「……そうですか、わかりました。今までお世話に――」
「おおっと待てよ。最後に大会に出てもらうんだよ。本気を出しても惨めに負ける姿を観客に見せてやるのさ! ガッハッハ!!」
約一年前から続けているのでルールはよく知っている。出場が決定している選手は絶対に出場しなければいけなく、できない場合は罰金。払えない場合は短期奴隷となる。一ヶ月前に金を使い果たした僕が棄権しようものなら奴隷になってしまう。
これをザムアさんは狙っていたというわけなのだろう。
「……出れば、いいんですね」
「そうだ。本気出してもいいんだぞアッシュ、出したところで負けるのは確定だがな!」
高笑いをしてこの場を立ち去るザムアさん。床に落ちた紙を拾い上げ、息を吐く。
「わかりましたよ。出せば、いいんですね。本気を」
もう八百長試合はおしまいだ。誰が相手だろうと絶対負けやしない。
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2日後。
来たるリーヴェ王国最強決定大会の当日だ。月一のイベントというこで街は盛り上がっており、出店も繁盛している様子だった。
なんせ今回はとんでもない選手が出ているとの噂だ。盛り上がらないわけがない。
僕は選手の控え室で自分の出番を待っていた。すると、僕の第1試合の対戦相手が話しかけてくる。
「おやおやおやおや。君がこの俺の相手かい? 随分見窄らしく哀れで弱々しくゴミのような相手じゃあないか」
罵倒をつらつらと並べて僕に吐くこの男こそが対戦相手のヒューク・セントだ。貴族出身らしく、全身に宝石をまとわりつけて自分の財力を誇示している。
剣が得意らしいが、その実力やいかに。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「ふぉやふぉや、俺の言葉が効かないなんてねぇ……。まぁいいよ、戦いで君をコテンパンにしてあげるからね☆」
「さいで。お互い楽しみましょう」
こいつは一応件のとんでもない選手らしい。剣術はかなり上のランクになるらしいが、僕からしたらただのナルシスト貴族(笑)である。
出番までボーっと天井のシミの数を数えていると、いよいろ僕の名前が呼ばれた。どうやら出番のようだ。
控え室の外からアナウンスの声が響いてくる。
『さー続いての試合は初出場の選手です! 身なりの派手さは国一番ッ! 纏う宝石のように美しく勝利を決めれるか〜!? ヒューク・セント選手です!!』
会場がワッと盛り上がり、歓声がここまで聞こえてきた。さて、アナウンスで呼ばれたらいよいよ僕も出場だ。
『その対戦相手はもはやこの大会でおなじみッ! いつもは引き立て役として敗北してしまっているが、今回は果たして勝てるのか!? アッシュ選手です!!』
先ほどよりは歓声が上がっていない。理由はまぁ、普通だからだ。
表舞台まで歩き、巨大な円のフィールドまで向かう。周りには何万もの観客がおり、王様も見にきている。
「君は踏み台になるんだよ☆」
「ふわぁ……」
いつもだったらとにかく接戦を演出し、攻撃を食らった時には派手な演出(魔術)を出していた。いつだって相手を思っていた。
けどもう違う。僕はもう無職だ。金がもらえないならもう敬う必要もない。
『ではレディ〜〜? ファイッッ!!!』
「先手必勝さっ!」
腰に携えていた剣を引き抜いて俺に一直線で向かってくるヒューク。僕もゆったりと腰にあった木剣を取り出し、たった一言だけ呟いてそれを薙ぐ。
「〝无式・空折〟」
「ゴパァアアアアアアアアアーーッッ!?!?」
ヒュークはカエルが踏み潰されたような悲鳴をあげて後方に吹っ飛ぶ。そして場外まで飛ばされ、気絶してしまったようだ。剣を当たっていなくて、風圧だけだのに。
シーンと会場が静寂に包まれるが、アナウンスが慌てた様子で状況を説明する。
『あ、アッシュ選手、ヒューク選手を一撃で吹き飛ばしましたぁあ!? とてつもない威力でした! 場の盛り上がりなど一切考えない一撃ッ! 今までのアッシュではない! 進化を遂げて帰ってきたッ! アッシュ選手の勝利で〜〜す!!!』
「ふぅ」
随分とあっさりしたものだったが、会場はどよめきが起こっていた。
「え、い、一撃!?」
「あいつ弱いんじゃなかったっけ……」
「剣の動き見えなかったぞ!?」
「賭けた金がーー!」
踵を返して控え室に戻り、椅子に座った。
剣術は昔、剣の師匠に教えてもらったからそこそこ得意だ。でも、魔術の方が得意。
ぐるぐると腕を回してストレッチをし、再び時間を潰した。
とりあえず初戦は勝利だ。
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『さてさて、戦いも続いていますが次はいよいよシード枠からの出場ッ! 手札無限の最強魔女! 遥々山頂から来たる災いの如き彼女の進撃を止めれるか〜!? イア選手です!!』
第2試合の僕の対戦相手は魔女らしい。
王都最寄りの山でひっそりと住んでいる魔女だが、今日はなぜか目立つ大会に出場してきた。理由はわからないが、彼女がやばい選手の一人である。
『そしてその対戦相手、一味違うところを最強に見せつけられるのか!! アッシュ選手!!』
魔女、か。僕が研究している魔術以外のものを知っている可能性もあるし、有意義な試合にしたい。そんで終わったらその魔術の研究をしよう。
目の前には、とんがり帽子に赤い髪、翡翠色の目を持ついかにも魔女といった容姿の女性。あの人が対戦相手だ。
『ではでは、レディ〜〜? ファイッッ!!!』
ブツブツと呟いて、魔女は魔術を展開させた。
「面倒ごとは嫌い、早く終わらせる……。死にたくなかったら棄権して。【黝】」
彼女が呟くと、ボール程度の漆黒の球体が出現した。そして凄まじい音を立てて空気を吸い込み始めた。
確かブラックホールとかって名付けたような気がする。
「棄権はしません。同じくらいの土俵で嬉しいですよ。【皓】」
「!!」
僕も魔術を展開し、魔女とは正反対の純白の球体を生み出した。それを漆黒の球体にぶつけると、どちらも消滅をした。
彼女は瞠目させて驚いており、少し笑みを浮かべていた。
「面白い……。じゃあこれは? 【滅炎球】」
「対策済みですね。【万海球】」
巨大な火の玉と水の玉がぶつかる。
「じゃあこれ。【破撃】」
「その上位魔術ありますよ。【滅撃】」
今度は見えない衝撃がぶつかり合い、突風と轟音が響き渡る。
「なんだこの戦いはよ!」
「怪物バトルだ!」
「会場壊れりゅううう!!!」
「どっちも化け物だ……」
「アッシュ今までの何だったんだよ!!?」
その後も魔術の見せ合いっこをしてたら、フィールドがボロボロになってしまっていた。
「……ふふ、とても面白かった。私は棄権する」
『え? え!? イア選手棄権しました! つまり勝者はアッシュ選手です!!!!』
満足した様子で魔女はフィールドから降りた。ボロボロに壊れたフィールドを魔術で元どおりに直して、こちらに振り向いた。
「……ん、アッシュ。覚えた。近いうちに勧誘する」
「は、はぁ? そうですか」
何が何だかよくわからないが、とりあえず第2試合も勝利した。
なんか魔女さんの目が少し怖かったような……。狙いをつけた肉食魔獣のように感じられたぞ……。
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その後も、次々と対戦相手を圧倒的力で負かせたり、棄権させたりした。ギルドマスターや騎士団団長、王室直属の剣士や勇者。
今まで溜め込んできたものを全て解き放つかのようにこの試合にぶつけた。魔術、剣術、体術、全てにおいて凌駕し、見事に優勝した。
「第22回リーヴェ王国最強決定大会の優勝者はアッシュ選手でーす!! おめでとうございますアッシュ選手」
「ありがとうございます」
表彰台に登らされ、隣にアナウンスをしていた人がいる。そしてその奥には、口をあんぐりと開けているザムアさんの姿があった。
しめしめと思っていると、アナウンスさんが質問を投げかけてきた。
「アッシュさん、何度もこの大会には出場していましたが今回が初優勝となります。猛者たちがいるなか、今回優勝できましたが、理由は一体何なんでしょう?」
「えーっと、まぁ本気出したからですかね」
「なるほど? つまり今までは本気ではなかった、というわけですか?」
復讐とかは特段興味はないが、魔術の紙を破られたことは少し根に持っている。なので、ザムアさんには少し痛い目見てもらおう。
「そうですね。僕が田舎から来た時、そこのザムアさんに勧誘されたんです。『八百長試合をしてくれないか』って」
「えぇ!?」
「なっ!!?」
「「「「「え?」」」」」
会場が一丸となってザムアに視線を送る。
しかし、僕はまだ止まるつもりはない。
「ザムアさんはこの大会の金を横領するから僕はいらないと言ってきたので捨てたんです。コネで姫様と結婚したりとか言ってて、少し羨ましいとかおもっちゃったりしましたね。あはは」
「「「「「…………」」」」」
会場が静まり返る。ザムアさんの顔は血の気がすっかりなくなり顔面蒼白だった。
近くで待機していた騎士が動き、ザムアの前に立ちはだかる。
「少し話を聞かせてもらうぞ。ザムア」
「ひ、ひぃぃ!! お、俺様は何もしてない! アッシュ! あのアッシュがホラを吹いているんだ! や、やめろ! 俺様を連れて行くなぁああああ!!!」
ザムアが連れていかれ、気分がスカッとした。無事に優勝もできて楽しい戦いもできてよかった。
……けれどこれからどうしようか。田舎から出てきてあまり常識がわかっていない。無事に職に就いて魔術の研究をしたいけれど……僕にできるだろうか。
僕の心配をよそ目に、遠くから見る人たちはこんなことを考えていたらしい。
(アッシュはもしかしたらこのリーヴェ王国の姫さまに相応しい人なのでは? 是非とも面会をさせねば……)
(是非とも騎士団に入ってもらわねば! 彼がいれば百人力だ!)
(私たちのギルドに入って欲しい……。けど、女の子だけのギルドだし……。けど、大丈夫、かなぁ?)
(アッシュ。私と魔術の研究してもらう。ふふ……山頂で、二人で、魔術を開拓する)
「……っ!? なんだか寒気が……」
圧倒的な力を見せつけたアッシュを見て、王国や一流ギルド、騎士団や魔女からの熱烈なアプローチが始まるのは、この後の話だ。
【お知らせ】
好評につき連載化することになりました!
加筆したり修正したりしているので、そこのところも楽しんでいただけたら幸いです。
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