聖女様の嘲笑
読んでいただき、ありがとうございます。
今話はマリカ視点になります。
よろしくお願い致します。
「マリカ、君のその神秘的で美しい黒髪に青のドレスがよく似合っているよ!」
「あ、ありがとうございます……」
私は恥ずかしそうに俯き、手をモジモジとさせといた。
そりゃあ、就活のためにちゃんと美容室で黒髪にしたからね。綺麗だろうよ。
「こんな美しい君を、私以外の男に見せたくないな……」
そう言って、アルバートはモジモジとする私の手を取り、そっと手の甲に口付けを落とす。
口付けは触れるか触れないか程度のもので、肘までを覆うシルクのような肌触りの手袋をしていたからそんなに感触を感じたわけではない。が……
「………」
相変わらず距離感バグってんなコイツ……。と思いながらも、なんと言っていいのかわからないから、やっぱり恥ずかしそうにしておいた。
今のところ、だいたいのことはこれで切り抜けている。
この国の第一王子だというアルバートは、出会った時からずっとこの調子なのだ。
最初はこの世界の人たちがとてもラテンな種族なのか?とも思ったが、他の人たちはここまでじゃない。
だから、このアルバートがそういう仕様なのだと解釈している。
……私がこの世界に召喚されてから二週間が経過した。
最初は何もかもがわからず、本当に怖かった。
けれど、アルバートに連れられて、この国の王だという最高責任者に会い、話を聞いて、だいたいの自分の状況を理解した。
私は、この大陸に百年ごとに現れる瘴気溜まりを浄化するために召喚された聖女であること。そして、この国を含めた大陸を巡る浄化の旅に出なければいけないこと。
「聖女よ、この大陸に住まう全ての民を救ってほしい!」
仰々しい身振り手振りでそんなことを言われても……。と、周りを見渡してみると、私を取り囲むこの国の王族だという人たちと、部下らしいおじさんたちがものすごく嬉しそうに拍手をしながら笑っていた。
(ああ、私に断られることなんて想像もしてないし、断らせるつもりもないんだろうな……)
そう悟った時、私は背中に嫌な汗をかく。
召喚された時に感じた恐怖とは別の恐ろしさを感じたからだ。
しかし、残念なことに、この世界に拉致同然で連れて来られた私には、彼らの言いなりになるしか手立てがないのが現実だった。
……とりあえず、しっかりと猫をかぶり直す。
今のところ彼らは私に危害を加えたり脅したりもしてこない。むしろ、丁重に扱われている。
そして、今日は歓迎の宴だと言われ、メイドさんたちによって綺麗に着飾られたのだ。
アルバートにエスコートをされ、王族たちと共にホールへと足を踏み入れる。
そこには私と同じように着飾った大勢の人々。
この国には階級制度があるらしく、この宴に参加している彼らはその上位に位置する貴族たちらしい。
そんな人々から向けられる数多の視線……。
そのどれもが好意的で、聖女である私が召喚されたことを心から祝っていた。……でもね?
(この人たちは、この召喚が私の人生にどれくらいの影響を与えてるのか……ちゃんと、わかってるのかな?)
◇◇◇◇◇◇
最初は、第一王子のアルバートだけがやたら好意的な発言を露骨に繰り返していた。が、気付けば似たようなのが増殖していた。
「マリカちゃん!こんなにいい天気なんだし散歩とかどう?」
部屋を出て、浄化魔法の訓練へと向かう廊下。
私の護衛を任されている近衛騎士のバーナビーが気安い口調で声をかけてくる。
背が高く、長めのピンクブロンドの髪は後ろで一つに結われており、形の良い額に少し短めの眉、そして藍色の瞳は切れ長で精悍な顔立ち。
そんな見た目で親しみやすい雰囲気を出せば……まあ、女性には好かれるだろうな、というのが素直な感想だ。
本人もそれを自覚しているのだろう。言葉と態度の端々に自信が見え隠れしている。
「すみません。時間通りに行かないと怒られちゃいますから」
「あいつは細かいことに煩さそうだもんなー」
バーナビーの言うあいつとは、浄化魔法の指導を担当している魔導師のギディオン・オルレアンのことだ。
「それより俺と散歩したほうが絶対楽しいのにー」
「あははっ」
わざと不貞腐れたように口を尖らすバーナビーに愛想笑いで相槌をうつ。
ようやく訓練場へと着くと、魔導師のギディオンがすでに待ち構えていた。
彼は若草色の真っ直ぐな長い髪に、真っ白な肌、灰色の瞳には長い睫毛が影を落としている。儚げな美青年といた風貌だ。
「遅くなってしまい、申し訳ありません」
「いいえ、構いませんよ。あなたを待つ時間でさえも楽しんでいますから」
「そ、そんな……」
「恥じらう顔も愛らしいですね。……堪らない」
「………」
まだ昼間なのに、声もセリフもなかなかに色気ムンムンだ。こっちは違う意味で堪らない。もうちょっと健全な奴にチェンジできないのか。
このように、私は王宮のあらゆる場所でやたら口説かれている。
しかも、相手は揃いも揃って顔が良く、それなりの地位と権力を持っていた。
……モテている。モテてしまっている!
なんて思考になるほど、私の頭の中はお花畑にはなれない。
よく考えてみてほしい。私はこの世界に来てまだ二週間と少ししか経っていない。それなのにこのモテ具合は異常だ。
しかも、彼等は出会ってすぐにフルスロットルで口説いてきた。
私が絶世の美女ならば、一目惚れしたとかなんとか話は変わってくるが、私の容姿は平凡の範疇だと思う。
そして現在のところ、私は聖女として何の活躍もしていない。彼等の命を救ったとか、心の傷を癒やしたとか、病気の妹を治療した……なんていう事実はないのだ。
ということは、私ではなく『聖女』そのものに、彼等にとって何かしらのメリットがあるのだろう。
だから私は、彼らの言動に恥ずかしがったり、照れたり、はにかんでみたりと忙しく振る舞っている。
そろそろ新しいバリエーションがほしい。
そこに、また新たな男が追加された。
「初めまして。神殿より参りましたグレン・シュルーダーと申します。この度、聖女マリカ様の教育係に任命されました」
またまた顔が良い。けっこう好みだな……。
しかし、これ以上増えるとさすがに相手にするのも大変だ。
「マリカ、君はこれから神殿に居を移す。そこで、このグレンから浄化の旅に必要なことを学ぶんだ」
「そう、ですか。……わかりました」
「不安がることはない。マリカならできるよ」
(神殿に移動ね……。もっと早く言ってよ……)
が、その日の予定を急に言われることはこれまでにもあった。むしろ、先の予定をあまり教えてもらえない。
恐らく、何かしらの理由があって与えられる情報が制限されているのだろう。
相変わらず、私は『聖女』などと持ち上げられていても、彼等の支配下に置かれ、主導権を握られたままなのだ。
モヤモヤとした気持ちが込み上げて来るのをぐっと飲み込んだ。これから、新たに加わったグレンの相手もしなければならない……。
が、グレンは他とは違い、あまりグイグイと来るタイプではなかった。
私が話しかけてみても、見るからにキョドっている。
そして神殿へと向かう馬車に二人きり。
「………」
「………」
明らかにグレンは気まずそうな表情をしている。どうやら、あまり女性と話をすることに慣れてなさそうだった。
また口説かれてしまう!なんて構えていた私が自意識過剰みたいだ……恥ずかしいな。その時グレンと目が合った。
「も、申し訳ありませんでした!」
すると、グレンからの突然の謝罪。とりあえず理由を尋ねてみる。
「あ、あの、それはですね……あなたをこの世界に召喚してしまったから……です」
「………」
もごもごと必死に理由を重ねるグレンを冷めた気持ちで見つめる。
たしかに、この世界に連れて来られてから、誰からも召喚したことに対する謝罪はなかった。そのことに内心は腹も立てていた。
けれど、実際に謝罪されてみると、どうしようもなくやるせない気持ちが怒りとともに湧き上がる。
「ふふっ、そんな……謝罪なんて結構ですよ」
今回は上手く笑えなかった。
━━謝罪なんていらないから、私を元の世界に帰してよ。
明日は投稿できなさそうなので、今日はあともう1話投稿予定です。
書き終わり次第投稿しますので、17時頃を予定しております。