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聖女たちの行く末

「大丈夫ですか?」


目を見開いて固まってしまったマリカに声をかける。 

  

「いえ、大丈夫じゃないです」


即答されてしまった。


「古代竜でなければ駄目というわけではないんです。他にも聖獣はおりますので」


古代竜にショックを受けている様子だったので、僕は慌てて聖獣の一覧表を取り出した。

この一覧表はアンガスではなく国が用意したもので、元々この中からマリカに従魔を選んでもらうよう指示されていた。


マリカと共に一枚目から順番に目を通して説明していく。


「これは……犬ですか?」

「フェンリルですね」


フェンリルは白く長い毛に包まれた大型の狼の聖獣だ。


「これは……ヘビ?」

「リヴァイアサンですね」


リヴァイアサンは大型の蛇の聖獣だ。


「あっ!これはわかります!ペガサスでしたっけ?」

「ユニコーンですね」


ユニコーンは馬の聖獣で、その額には立派な角が生えている。


「この中だったら……ユニコーンがマシですかね」

「お気に召した聖獣がいて良かったです」


僕はホッと安堵の息を吐く。


「この聖獣はどこかで捕まえるんですか?」

「いえ、聖女様が直々に聖獣を召喚する儀式を行います」

「私が召喚するんですか!?」

「はい。召喚の方法もこちらで指導するから大丈夫ですよ」

「そうですか……」

「そうして召喚した聖獣の額に聖女が口付けをすることで、聖獣との契約が結ばれます」

「え?聖獣の額に口付け……?」

「ええ、そうすると契約の証が額に浮かび上がるそうです」

「……ユニコーンはどこに口付けをするべきなんでしょう?」


二人でユニコーンの絵を見つめる。その額には立派で鋭利な長い角が生えている。


「………」

「………」


振り出しに戻ってしまった。


「実は……私、動物の毛のアレルギーがあって、でも毛が無い爬虫類は苦手なんです」

「アレルギー……?」

「つまりモフモフは体質的に駄目で、体毛はなくても竜やヘビみたいなやつは生理的に無理ってことです」

「……さ、探しましょう!マリカ様に合う聖獣がきっと見つかるはずです!」


僕は再び一覧表に目を通していく。

すると、マリカがおもむろに口を開く。


「あの……必ずこの中から選ばなければいけないんでしょうか?」

「いえ、必ずというわけでは……。魔力を持つ生物ならばなんでも召喚をして従魔にすることができますので。しかし、聖獣は魔力が強いので、歴代の聖女様たちは皆が聖獣を従魔に選んでいらっしゃいます」

「聖獣ってそんなに強いんですね」

「そうですね。高位精霊と同等の魔力の強さだと言われています」

「精霊?この世界には精霊もいるんですか?」

「はい。ただ、精霊は普通の人間の目には見えません。稀に精霊と波長の合う精霊師と呼ばれる者がいるのですが、彼らには精霊が見えたり会話をすることもできるそうです」

「精霊も魔力を持つ生物だから従魔にできるんですよね?」

「それが……。以前、精霊を従魔にしようとして上手くいかなかったそうです」

「精霊は見えないからですか?」

「ええ、それもあります。説明が難しいのですが……これまでの研究で、聖女が従魔として召喚するのに必要なものが『召喚したい者の姿』と『召喚したい者の名前』であることがわかっています。聖獣たちはこの世にそれぞれ一体しか存在しないので、種族名がわかれば召喚が可能なのです。しかし、精霊は数が多く、どの精霊にも固体名が付けられており、種族名がわかっているだけでは召喚に応じてもらえず……」

「………?」


説明の途中からマリカは困った顔になってしまっていた。

僕は少し思案し、わかりやすく具体例を挙げてマリカに説明を続けた。


「例えば、古代竜の場合は種族名が『古代竜』で、個体名はありません。ですので、召喚の儀式で古代竜の姿を頭に思い浮かべながら古代竜と呼びかければ召喚に応じます。しかし、精霊たちは種族名が……例えば『水の精霊』だとしても、水の精霊は数多く存在しているので、それだけでは呼びかけに応じません。精霊それぞれに付けられた個体名……人間でいうところの名前で呼びかけなければならないのです」

「つまり、精霊の名前がわからないから召喚できないということですか?」

「はい。精霊師によると、精霊たちは姿形もそれぞれ異なるようでして、姿も名前も一致させることは見えない我々には難しいのです」

「精霊ってまるで人間のようなんですね」


たしかに、人間も少なからず魔力を持ち、数が多く、それぞれ姿形は異なっており、それらを識別するために名前が付けられている。マリカの言う通り、人間と精霊はその点もよく似ていた。


「もう一つ従魔について質問なんですけど、一体しか召喚はできないのですか?」

「……少しお待ちいただけますか?」


僕は聖獣の一覧表とは別の資料を取り出す。

これはアンガスが用意してくれた、他国の聖女の情報が記されているものだった。

それをパラパラと捲り、目的の内容を探す。


「数体の聖獣を召喚された方もいらっしゃいますね。これは……カーバンクルとスコルですね。どちらも聖獣の中では魔力があまり強くありませんので、二体召喚することに成功したようです」


そう言って、私はカーバンクルとスコルの絵をマリカに見せた。

残念ながら、どちらの聖獣もマリカの体質に合わないモフモフだった。


「聖女様の魔力量が多ければ多いほど、魔力の強い聖獣が召喚できるそうです」

「魔力量なら私も測定しましたよ。聖女シオリ様よりも多いと言われました」


そういえば、王宮での歓待の宴で国王が言っていたなと思い出す。


「それならば、ほとんどの聖獣を従魔にすることができますよ」


シオリ様が召喚した古代竜は、聖獣の中でも魔力の強さはトップクラスだと言われている。

そんなシオリ様よりも魔力量が多いマリカならば、カーバンクルとスコルよりも魔力が強い聖獣を数体召喚することが可能かもしれない。


「なるほど……。従魔についてはよくわかりました。ありがとうございます」


そう言って、マリカは微笑む。


「従魔を召喚する儀式はまだまだ先になるので、ゆっくり考えていきましょう」


そう言いながら、僕はようやくマリカの役に立つことができたのだと嬉しい気持ちが込み上げた。


が、そこでマリカから強い視線を感じた。それは僕ではなく僕が持つ資料に注がれている。


「そこに歴代の聖女の情報が書かれているんですよね?」

「はい」

「それは……聖女たちが浄化の旅を終えたあとのことも書かれていますか?」


今度はマリカの視線が僕の瞳を捕らえた。


(ああ……そうか……)


きっとこれが本題だったのだろうと僕は悟った。


「……はい」

「教えてもらえませんか?」

「わかりました」


僕は再び資料に目を落とす。


「まずは五百年前、この国に召喚された聖女シオリ様ですが、彼女は当時の王太子と恋仲になり、後に即位したその方の側妃となられました」

「………」


この聖女と王太子の恋物語は、子供向けの絵本にもなっているぐらいにこの国では有名な話なので、マリカもすでに知っていたのかもしれない。

彼女は無言のままだったが、僕はそのまま続ける。


従騎士の一人と恋仲になり、旅が終わるとすぐに嫁いだ者。臣籍降下した王弟へ嫁いだ者。シオリ様のように国王の側妃となった者……。

どの聖女たちも、旅から帰ったあとはその召喚された国の貴族のもとへ嫁いでいた。


「元の世界に帰った聖女は……?」


そう僕へと問いかける彼女の声は震えていた。


「………」


僕はマリカに真実を伝えるべきかどうか、ほんの一瞬迷ってしまう。

そんな僕の心を見透かしたかのように、彼女は強い視線を僕へと向ける。


「私の知りたいことは何でも答えてくれるんですよね?」


……そうだ。これは僕から言い出したことだ。僕は覚悟を決め、ゆっくりと口を開く。


「他の聖女様たちは……皆様そのままこの世界で生涯を終えております。元の世界に帰った聖女様はいらっしゃいません」


僕がそう言い終えると、マリカはその瞳を見開いたまま顔をくしゃりと歪ませた。

その瞬間、僕は立ち上がり、彼女の側へと駆け寄ってその場に膝をつく。そして、マリカのその握りしめられた両手に触れると、そのまま僕の掌で彼女の両手をしっかりと包み込んだ。


「大丈夫です!この世界にはマリュエスカ様がいらっしゃいます!神があなたの側にいますから!」


それは、幼きあの日の自分にアンガスが掛けてくれた言葉。その言葉に僕は救われた。だからマリカも……


「その神様が、私をこの世界に連れて来たのに……ですか?」


そう言って、彼女は僕の手をそっと押しのけた。

マリカの声は先程よりも震えていたけれど、その瞳に満ちていたのは涙ではなく怒りだった。


そんな怒りに満ちた彼女の瞳を食い入るように見つめる……。

胸の奥がドクドクと音を立て、まるで血が逆流しているかのようだ。

そんな僕はまるで熱に浮かされたかのように言葉を紡いでいた。


「だったら、僕が側にいます。あなたの側にずっと僕がいます」

「……それは、あなたが神の下僕(しもべ)だから?」 


少し嘲りの混じったマリカの声。

本来ならば、彼女の言う通り、神の下僕(しもべ)である僕が神の代理として側にいる……そう言うべきなのだろう。もしくは、彼女に理解してもらえるまで、神の教えを説くべきなのかもしれない。だけど……


「いいえ、神ではなく、僕自身があなたの側にいて、あなたを支えたいと思ったからです」


これは神の意思ではない。僕の意思だ。


そんな僕の言葉にマリカは……まるで縋り付くようにその右手をほんの少しだけ僕に伸ばした。

僕は今度こそ、彼女のその手をしっかりと掴む。


━━この時、僕は初めて神の下僕(しもべ)としての役目を自ら放棄した。



読んでいただき、ありがとうございます。

やっとここまで書けました。グレンの執着の下地が整いました。(ある意味ここまでがプロローグ)

ドラえもんの映画すごく良かったです!泣いた……。


次話はもう一人の主人公マリカの視点になります。

よろしくお願い致します。

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