異世界の知識
読んでいただき、ありがとうございます。
今話からまたグレン視点に戻ります。よろしくお願い致します。
「で?今度はこそこそと何を調べてるんだ?」
「あっ……アンガスさん……」
神殿の図書館で調べ物をしている僕に、眉間にシワを寄せたアンガスが詰め寄る。
マリカは王宮での浄化魔法の訓練のため、今は僕一人だった。
「えっと……マリカ様に教えるための資料を……」
「必要な資料は俺が全部渡したよな?」
「ちょっと、足りなくて……」
「足りない?何が足りない?」
「………」
「全部きっちり話せ」
「………はい」
そのまま神官長であるアンガスの執務室へと連れて行かれた。
きっとまたお説教されるのだろうとは思ったが、僕は突然この世界に連れて来られたマリカの不安を減らすために、様々な知識を彼女に与えたいこと、そして、そのために他国の聖女の資料を探していることを説明する。
黙って僕の話を聞いていたアンガスは、眉間にシワを寄せたまま何かを考え込んでいるようだった。
「それは、本当にお前が考えたことなのか?」
「え?……そうですけど?」
「どうしてそんなことを考えた?」
「それは……僕がこの神殿に連れて来られた時のことを思い出して……」
「そうか……」
そのまま無言になったあと、アンガスは少しだけ口元を緩めた。
「……わかった。とりあえずお前は動くな。必要な資料なら俺が用意してやる」
「アンガスさんがですか?」
まさかそんなことを言われるとは思わず、大きな声が出てしまった。
「お前が探してる資料は神殿の中じゃ全部は用意できない。どうせお前のことだから堂々と取り寄せるつもりだったろ?」
「はい」
それ以外の方法があるのだろうか?
僕の返事にアンガスは小さなため息をつく。
「やっぱりな……。いいか、エイブラム司教から渡された手引書は王家と協力して作られたものだ。そんな手引書に書かれてる禁止事項の資料を、教育係であるお前が取り寄せたらヤバイに決まってるだろ?」
「あっ……」
そんなところまで全く気が回らなかった。
じゃあ、どのように資料を集めるのだろう?
アンガスの名で取り寄せれば、今度はアンガスの立場が悪くなってしまうのではないだろうか。
「どうするつもりなんですか?」
「他国とも取り引きしてる商会にツテがあるんだよ。バレないようにやるから心配すんな」
そう言いながら、アンガスは手を伸ばして僕の頭をポンポンと優しく叩く。
それは幼い僕を宥めたり慰めたりするときにやるアンガスの昔からの癖のようなもので、ずいぶん前にアンガスの身長を追い抜いてしまってからもそれは変わらない。
「ありがとうございます」
「まあ、あれだ……今回は特別だ」
「てっきり怒られるのかと思ってました」
「いや、怒られるってわかってるならやるなよ……」
呆れたようなアンガスの声と表情。
今回は特別ということは、アンガスも聖女召喚に思うところがあるのかもしれない。
「他にも必要なものがあれば、まずは俺に相談しろ。いいな?お前はいつも勝手に考えて勝手に結論を出すんだから、その前に報告と相談だ!わかったか?だいたいお前は……」
やっぱりいつものお説教が始まってしまった……。
しかし、そう言うアンガスの表情はどことなく機嫌が良さそうで、僕はアンガスの話を聞き流しながら不思議に思った。
◇◇◇◇◇◇
それから二ヶ月の間は、手引書に書かれていた通りの授業しかできなかった。それでも、僕なりにこの世界の常識を懸命にマリカに伝えた。
そうすると、自然とマリカの世界の常識を知ることにもなった。
魔法が存在しないこと。瘴気や魔獣も存在しないこと。身分も一部を除いて、ほとんどが平等を推奨されていること。そしてなによりも、神に対する概念の違いに驚かされた。
特にマリカの国では宗教に対する自由度が高かった。
「わざわざ他国の神を祀るお祭りをするのですか?」
「はい。クリスマスって言うんですけど、国中がそのお祭り一色になりますね」
「………」
意味がわからない。
それは自国の神を蔑ろにする行為ではないだろうか?
そうマリカに伝えたところ、恐るべき答えが返って来る。
「大丈夫ですよ。その一週間後に自分の国の神様に参拝するお祭りがありますから」
「………」
(え?そんな間も空けずに?)
なんて罰当たりな……。思わずそう言ってしまいそうになるのをぐっと堪える。
すでにマリカには一度酷い失言をしてしまっているのだ。
「まあ、人によって違うとは思いますけど、私の国ではこの世界ほどに神様に重きを置いてないんですよね」
「そ、そうですか……」
神への信仰心の無さに驚いた……が、なぜかそれを不快に感じることはなかった。
それはマリカが異世界人であることも理由の一つだが、僕は彼女のはっきりとした物言いが嫌いではなかったからだ。
最初は口数が少なく、見た目からも気弱な印象だったけれど、この二ヶ月で少しずつ打ち解けていくうちに、彼女の印象もずいぶんと変わっていった。
マリカは自分の意見をきちんと言葉にして主張することのできる人間だった。
だからといって、僕の意見を蔑ろにしたり批判したりもしない。
だから、僕もマリカの言葉を否定することなく、すんなりと聞くことができ、彼女との会話を楽しいと感じるようになっていった。
「やっとアンガスさんから資料が届いたんです」
昨夜、アンガスの執務室に呼ばれ、頼んでいた資料を渡された。
時間はかかってしまったが、今日からはマリカに本当に必要な知識を教えることができる。
「アンガス神官長にはなにかお礼をしなきゃいけませんね」
「アンガスさんだから別にいらないですよ」
僕の返事に彼女はクスリと笑った。
「ずいぶん仲が良いんですね。でも『親しき仲にも礼儀あり』と言いますから」
「親しき……?」
「私の国の言葉です。どんなに仲が良い人でも礼儀を忘れてはいけないという意味です」
「へぇ……面白い言葉ですね!」
まるで神の教えのようだ。
「マリカ様の好きな言葉はなんですか?」
「私ですか?……うーん、私の国の言葉ではないんですけど『目には目を歯には歯を』ですかね」
「不思議な言葉ですね。どんな意味があるんです?」
「やられたらやられた分だけやり返せっていう意味らしいです」
「勇ましい言葉なんですね!」
そのまましばらく話し込んでしまい、マリカから「そろそろ授業を始めないとですね」と苦笑いで言われ、慌てて始めることになった。
「まずは、マリカ様が一番気にされていた、歴代の聖女様についてです」
この国で聖女召喚が行われたのは五百年前のことで、その出来事は広く語り継がれており、国民のほとんどが知っている。しかし、他の聖女たちは全て他国で召喚されており、その情報は秘匿されているわけではなかったが、国内ではあまり知られていなかった。
「アンガスさんの資料には歴代の聖女様の名前や姿、従魔や従騎士についても記されています」
「従魔?」
「はい。聖女様が浄化の旅に連れて行く聖獣のことです」
今まではこの世界の常識に焦点をあてた授業をしていた。
従魔の話題が出たので、そのまま浄化の旅ついても説明をしていくことにする。
「浄化の旅では瘴気溜まりに近付かなければならないので、聖女様の身を守るために従魔と従騎士を連れて行くのが習わしです。その従魔ですが、魔力の強い聖獣と契約し使役することで聖女様の身を守ります。従騎士はその国に所属する騎士の中から三名が選ばれます」
僕は資料の中から、五百年前にこの国に召喚された聖女シオリ様の肖像画の複製を取り出し、マリカの前に置く。
「これが聖女シオリ様の肖像画で、シオリ様の前に伏せっているのが従魔の古代竜です」
「古代竜……」
そこには優しげに微笑む黒髪黒目の女性と、屈強な騎士が三人、そして肖像画に全身が入りきらなかったであろう巨大な竜の頭部が描かれていた。
「こ、こんなのを連れて行くんですか?」
マリカが大きく目を見開いた。
今日はドラえもんの映画を観に行くので朝早くの投稿になりました。
では、行ってきます!