表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/20

閑話 アンガスの不安

読んでいただき、ありがとうございます。

※今話はアンガス視点となります。


感想欄にて聖魔法について質問がありましたので補足です。聖魔法=聖女を召喚するための魔法です。

遺伝性はなく、どの世代にも一定数(希少)しか発現しません。


よろしくお願いいたします。


朝、目覚めてまず枕を確認するのが日課になってしまった。

以前の髪が長かった頃、枕に付着する自身の抜毛のインパクトが凄すぎて、慌ててバッサリと短くしたのは秘密だ。


それなのに……


「アンガスさん!『神はそなたの外見ではなく心の内を見ている』と仰っているんですから、頭髪の減りなんて気にすることありませんよ」


爽やかな笑みを浮かべながら、無邪気にそう言ってきたグレンに殺意が湧いた。


(そもそも、お前がソードマスターなんて大層なものになって(おおやけ)の場に出る機会が増えたから、俺にストレスがかかって頭髪にまで影響が出てんだよ!)


と、怒鳴りたいのを必死に抑えて、「減ったのはお前のせいだろうが!あと、イメチェンだ!」だけで済ませた俺はかなり優しいと思う。


グレンは見た目はまあ……悪くない。性格も少し気弱なところはあるが普段は穏やかな奴だ。

他の神官たちのグレンの評価も『ちょっと変わった奴だけど悪い奴じゃない』ぐらいのものだろう。


だけど俺はそのグレンの『ちょっと変わった奴』という部分が不安の種だった……。



◇◇◇◇◇◇



俺はマリアーノ子爵家の三男だった。

マリアーノ家は元は商家だったが、金儲けが上手かった曾祖父(ひいじい)さんの代に叙爵され男爵となり、さらに親父の代で子爵に上がった。

だから、貴族としての歴史は浅いが、他国にまで手を広げるマリアーノ商会のおかげで、下手な貴族よりも金持ちなのが我が家だった。


そんな家の三男だった俺は、後継者としての重圧もなく、一応貴族としての教育を受けながらものびのびと育った。

ただ、唯一気がかりだったのは、十歳を過ぎても魔法が発現しなかったことだ。


この世界の人間は必ず魔法を発現する。

ただし、その魔力量によって発現する時期が異なった。

平均が十歳で、早くに発現すればするほど魔力量が多いとされ、逆に十歳を過ぎても発現しない者の魔力量は少ないとされていた。


俺は十歳どころか十四歳になってもまだ発現しなかった。この時点で俺の魔力量がカスカスなのは確定だ。

それなのに、もうすぐ十五歳になるという頃、やっと発現した俺のカスカスの魔力が……聖魔法だった。


俺の魔法の発現と同時に神殿行きが決まり、普段は気丈なはずの母が泣き崩れた。

この世界には魔法が溢れているが、聖魔法の発現者は驚く程に少ない。

そんな数少ない聖魔法使いを神殿に集めている理由は、異世界から聖女を召喚する際に必要な魔力を集めるためだった。

異世界から一人の人間を召喚するには膨大な聖魔力が必要で、それはこのように国中の聖魔法使いをかき集めても、数百年かけてやっと召喚一回分が集まるという程だった。

だったら俺のカスカスの魔力なんて大した足しにもならないだろうに……。


一応、聖魔法が発現した者の家にはそれなりの金額が国から支給される。それは、平民にとってはかなりの額になるが、貴族の……特に我が家のような金に困っていない家にとっては、息子を差し出すに値する金額ではなかった。

だから、貴族の中には、聖魔法が発現してしまった我が子を病気と偽り、隠してしまう家もあるらしかった。

俺の両親もそれを考えたようだが、そうすると俺は一生日陰の身で、(おおやけ)の場に出ることができなくなる。

それに、商売が順調で子爵にまでなった我が家をよく思わない連中もいる。俺の存在が家の弱点になるのは嫌だった。そう思えるくらいには、俺はもう子供ではなかった。


結局俺は神殿に行くことを自身で決めた。



◇◇◇◇◇◇



「ぎぃぃぃやぁぁぁぁ〜!!」


俺が神殿で見習い神官となってもうすぐ一年になるかという頃、泣き叫ぶ子供が一人連れて来られた。

六歳で聖魔法を発現したという、青銀髪に薄紫の瞳をしたグレンという名の男の子だった。


急に親元から引き離されパニックになっているようで、こちらの呼びかけには全く応じず、狂ったように泣き叫び続けている。


「アンガス頼んだ!」

「えぇ〜?」


ここにいる神官たちはだいたいが十歳前後で聖魔法を発現しており、十五歳で見習いなのは俺くらいだった。

つまり、必然的にやっかいごとを押し付けられやすい。


「おい!こっちに来い」

「びぃえあぁぁぁ!」

「とりあえず歩けよ!」

「いやぁぁぁぎゃぁぁ!」


何を言っても会話にならない。

仕方なく俺はグレンを抱き上げ……ようとしたが、暴れまくるので、結局担ぎ上げて歩いた。

ようやく食堂まで辿り着いた俺は、とりあえずその泣き叫ぶ口にパンを一切れ放り込んで黙らせる。

これからグレンには、神殿での暮らしに慣れてもらわなければならない。泣こうが喚こうが、俺たちの居場所はここしかないのだから。


それからはもう忍耐の連続だった。

俺は泣き続けるグレンに神の教えを説いて聞かせた。何度も何度も、神様が側に居てくれるから大丈夫だと言い聞かせた。

……人はそれを洗脳と呼ぶのかもしれない。


(神様なら、死ぬことも離れることもないって自信を持って言えるし……ちょうどいいだろ)


俺は家族と無理矢理離された幼い子供に、何か心の拠り所となるものが必要だと考えていた。

俺の根気強さが(まさ)ったのか、グレンはようやく泣き叫ぶことは減っていった。が、反抗的な態度は相変わらずだった。

さて、どうしたものかと思っていた矢先にグレンが流行り病にかかってしまう。

そして、死の淵を彷徨ったグレンが目覚めると……すっかり従順な神の信徒へと様変わりしていた。


(……まあ、これなら大丈夫か)


そう安心したのもつかの間、今度は神の教えに固執するようになってしまう。

最初は、それでもグレンが寂しさを紛らわすことができているならと、好きなようにさせていた。そのうち飽きるだろうとも思っていた。

しかし、成長と共にその執着はどんどんと酷くなっていく。


神の教えを守りたいあまり、その教えの内容に疑問を持つと、何度も「どうしてですか?」と俺に聞きに来る。

グレンの頭の中も生活も神の教えで埋め尽くされていた。


(さすがにこのままじゃヤバイな……)


そう考えた俺は、あまりにも神の教えに囚われ過ぎているグレンの方向性を変えるために、グレンが十一歳になった頃、俺の独断で聖騎士団に見習いとして放り込むことにした。

身体を動かしていれば変なことを考える暇もなくなるだろうと思ったからだ。

まあ、グレンは体格も良かったから、上手くいけば騎士として芽が出るかもしれないとも思った。


その頃の俺は、若くして神官長へと昇進していた。理由はもちろん実家から神殿への多大な寄付金のおかげだ。

神殿内……つまり神の前では身分は関係ないとされているが、そんなものは表向きだけで、実際は貴族出身者ばかりが高位の聖職に就いている。


「えっ?あいつがサボってる?」

「いや、サボってるというより、断固として訓練に参加しないんだ」


グレンを聖騎士団に放り込んでから一週間後、あいつの様子を聞いた俺に、団員の一人が困り果てたように告げる。

俺はすぐにグレンを呼び出して問い(ただ)した。


「だって……聖騎士団の活動は神の教えに反しています」


仏頂面の拗ねた口調でグレンは言った。


「いや、反してないだろ?神殿に所属する騎士団だぞ?」


神が祀られる神殿を守護するための聖騎士団だ。別に武力を行使して他国に攻め入るわけじゃない。

実戦も、時々現れる魔獣討伐の後方支援くらいだと聞いている。


しかし、神の教えに『無意味に他者を苦しめるなかれ。痛めつけるなかれ』というものがある。

それなのに魔獣を攻撃する聖騎士の存在はおかしいのではないかとグレンは言い出したのだ。

相変わらず神の教えに固執するグレンに、俺は神の教えには神の教えで返すことにした。


「あのなグレン、『理不尽な他者からの攻撃には抗うべきである』っていう神の教えもあるだろ?だから、魔獣に攻撃された時に抗えるように聖騎士団は存在するんだ」

「………」


なかなかいい返しができたんじゃないだろうか?

誰も褒めてくれないだろうから、心の内で勝手に自画自賛しとく。


「なぜ、そのような相反する教えがあるのですか?」


しかし、そんな俺の渾身の返しに、グレンは納得できずに真顔で詰め寄ってくる。


(いや、そんなの知らねぇよ!)


という俺の心の叫びを伝えるわけにもいかず、結局俺は

「余計なことは考えずに、黙って鍛えて魔獣を狩れ」とだけ答えてグレンから逃げた。


それからしばらく後、グレンが真面目に聖騎士団の訓練に取り組むようになったと報告がきた。

俺の答えに納得したのかはわからないが、あいつももう泣いてばかりいたあの頃のガキじゃない、自分なりに矛盾の落とし所を見つけたんだろうと少しホッとした。


それからのグレンは訓練だけでなく勉学にも励むようなった。神殿内にある図書館で熱心に本を読む姿を見かけるようになり、あいつの成長っぷりに俺も泣きそうになった。これが、父性か。

ただ、やたら訓練に根を詰めることが多かったので、時々訓練場を覗いては、一人居残り鍛錬を続けるグレンを無理矢理連れ出して休ませるようにしていた。


……それから十年は平和な日々が続いた。



「おい、ワイバーンの群れを殲滅ってなんだ?」


瘴気溜まりの影響で現れるようになったレッドボアの討伐に、後方支援としてグレンが参加したことは知っていた。

口には出さないが、怪我なんてしないだろうな?……と、それなりに心配もしていた。


「急にワイバーンが空から襲撃してきたんです」

「いや、それは知ってる。俺が聞きたいのは、なんでそれをお前がたった一人で殲滅できたのかってことだよ」


こんなことを言ってはなんだが、聖騎士団とは聞こえはいいが、あくまで団員は神官によってのみ構成されている。

しかし、近衛や第一から第三まである王宮所属の騎士団は、大勢の騎士を目指す者たちの中からさらに選び抜かれたエリート集団だ。

まあ、中には家のコネで入団できた奴も居るだろうが、それでも聖騎士団とは比べものにならない。


そんな聖騎士団の中で訓練を受けただけのグレンが、なぜワイバーンの群れを殲滅する力を持っているのか、それがわからなかった。


「ワイバーンの急所を知っていたからです」


事もなげに答えるグレンに、俺は詳しく説明するように言った。


グレンは十年前、相反する神の教えに悩みに悩みぬいたという。


『理不尽な攻撃には抗わなければならない。しかし、無意味に苦しめることも痛めつけることもできない』


そんな悩みに自分なりに辿り着いた答えというのが……


「じゃあ、痛みも苦しみも感じることがないように、一瞬で相手を葬ればいいのだと……そう気付きました。きっとそれこそが神の教えだと」


それからは神の教えに従うべく、相手に無駄な痛みと苦しみを与えることなく一撃で()れるよう、一心不乱にただ急所を突けるように剣の腕を磨いたそうだ。

もちろんどこが生物にとっての急所なのかも、生きとし生けるものを全て調べ尽くしたらしい。


「それで、ワイバーン殲滅……」

「はい!やはり神の教えは正しかったんです。おかげで死者は出ませんでした!」


整った顔で朗らかにそう答える狂戦士(グレン)に、俺は白目を剥きそうになった。

まさか十年前の答え合わせがこのようになされるとは思いもしなかった。


(くそっ!誰だ、こんなくだらない神の教えを考えたやつは……)


神の教えなんて『よく食べてよく遊んでさっさと寝ろ』くらいでいいんだよ!


「……あのな?何度も言ってるだろ?お前はなんでも極端に考えて行動し過ぎなんだよ!」

「でも、『努力を続けることは結果を出すことよりも素晴らしいことだ』という教えがありますから」

「………」


それからは魔獣討伐の度にグレンが呼ばれるようになり、努力の成果を発揮しまくったグレンは、最年少のソードマスターに任命されるまでになってしまった。


ただの聖騎士団員とは違って、ソードマスターともなると(おおやけ)の場に呼ばれる機会がそれなりにある。

黙っていれば整った顔立ちの聖騎士なのだが、中身は残念な神の下僕(しもべ)……。

俺は貴族たちにグレンの残念さがバレないよう、必死にフォローに回っていた。


そんなグレンが聖女様の教育係に任命され、それを止めることができなかった。


(もう嫌な予感しかしないだろ……)


エイブラム司教は今までグレンとの交流はほとんどなく、あいつの見た目の良さやソードマスターであるといった表面的な部分しか見えていない。

結局は、俺があいつがまたやらかさないように見張らなきゃいけないんだろう。


(これ以上減ったら絶対に許さないからな……)


俺は鏡に映る頭髪をクシで梳かしながら、内心で悪態をついた。



とりあえず書けた分はここまでになります。

明日からなるべく一日一話ずつ投稿していければと思っております。

(でも明日はドラえもんの映画に行く予定……)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] アンガスさんが案外と素敵な御仁でした。 普通の感覚でホッとします。 [一言] 最後まだ読みます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ