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任命

聖女召喚から二週間後、王宮では歓待の宴が催された。司教をはじめ、聖女召喚に尽力した主だった神殿関係者も招待を受けた。


きらびやかな王宮のホールには、多くの装飾と花が飾られ、テーブルには彩り豊かな料理が並び、楽団による演奏が流れていた。


「うわぁ……。王宮ってやっぱりすごいところだな」


小声でそう語りかけて来たのは同じ神官職を務め、聖女召喚の際に共に聖魔力を捧げたギルだった。


「ああ、すごいね」


僕もそう小声で返す。


聖女召喚とは国の威信をかけた一大事業のひとつだ。

それを成功させたのだから、国中がお祭り騒ぎになるのも無理はない。

それに、聖女召喚の成功を祝うために、他国から使節団も訪れている。

国を挙げての宴だ、力が入らないわけがなかった。


その反面、僕たち神殿関係者はというと、そのきらびやかで豪華な場の雰囲気に完全に気後れしてしまっていた。さすがに司教などの高位の聖職に就いている者たちは、慣れた様子で貴族たちの輪の中に入っていたが……。


周りは派手に着飾った貴族たちに対して、シンプルで飾り気のない白の神官服に身を包む僕たち。

元々が神殿で慎ましやかな生活を送っているのだ、どうにも馴染めそうもなく、神官たちだけでホールの片隅に集まっている状態だった。


「でも、グレンはソードマスターに任命された時、王宮の宴に参加したんだろ?」

「いや、あの時と今日の宴は比べものにならないし……」


僕は神殿に所属する神官であり、聖騎士でもある。そして、この国に現在七人しか存在しないソードマスターの内のひとりだった。


二年程前に魔獣討伐に駆り出された第二騎士団の後方支援に、聖騎士団員として参加した。

それは森に出没するレッドボアの討伐だったのだが、まさかのワイバーンの群れが現れ、空からの襲撃を受けたのだ。

たまたま(・・・・)ワイバーンの急所を知っていた僕は剣を振るい、無事にワイバーンの群れを殲滅した。

それからは、瘴気溜まりの影響で増え続ける魔獣の討伐の度に呼ばれるようになり、気が付けばソードマスターに任命されていた。


そんなソードマスターの任命式のおり、初めて王宮の宴に参加したのだが、神殿とのあまりの違いに気後れしっぱなしだったのは記憶に新しい。その時の宴よりも今日のものは規模からして違うのだから、やはり場違い感が否めなかった。


その時、ホールの音楽が鳴り止んだ。


皆の注目を集める中、国王夫妻を筆頭に王族がホールへと入場する。そこには、第一王子であるアルバートにエスコートされた黒髪黒目の少女もいた。

その少女は召喚された時に纏っていた異国の衣服ではなく、アルバートの瞳の色である鮮やかな青色のドレスを纏っていた。

髪も結い上げられ、小振りながらも細工が見事なアクセサリーが彼女の清楚さを引き立てている。

そんな二人を、招待客たちは盛大な拍手で迎え入れた。


「まあ!今回の聖女様も黒髪だわ……」

「神秘的ですわね」


すぐ近くからはそんな話し声が聞こえてくる。


聖女マリカは大勢の注目を浴びることに緊張してか、ひどく顔を強張らせていた。

その様子すらも初々しく愛らしいと、貴族たちからの評判は上々だ。

しかし、僕はそんなマリカの表情に、またもや目が離せなくなってしまう。

彼女を召喚した日の光景が再び思い起こされ……そして、心の奥底がざわついた。


招待客たちの拍手が鳴り止んだタイミングで国王陛下が皆に向けて祝いの言葉を述べる。

約百年振りにこの世界に聖女が召喚されたこと、そして、その召喚を我が国が成功させたことを誇らしげに語った。


「聖女マリカ殿の浄化の魔力は五百年前の聖女シオリ様と遜色ない……いや、それ以上のものであった!」


マリカの魔力測定の結果を告げる陛下の言葉に、招待客の皆が息を呑む。


この大陸では瘴気溜まりが発生する周期に合わせて、約百年ごとに聖女を召喚している。

しかし、異世界から聖女を召喚するには膨大な魔力が必要となり、ひとつの国がずっと負担をし続けるのは無理があった。そのため、この大陸にある五つの大国が持ち回りで聖女を召喚するという条約が結ばれたのだ。


ライルス王国が前回召喚を受け持ったのが約五百年前。その時の聖女シオリ様が、歴代最強と呼ばれる程の浄化の魔力を有していたのは有名な話だった。


陛下の挨拶が終わると、また音楽が流れ始める。


「シオリ様以上の魔力ってことは、今回の浄化は史上最速で終わるかもな」

「ああ……」


隣からギルがまた話しかけてきたので、短く返事を返す。

周りの貴族たちも皆、どこか安堵したような顔で、そして興奮気味に今回の浄化についての話をしていた。


本来ならば陛下の挨拶の後は、聖女とアルバートによるダンスになるのだろうが、聖女はこの世界に来てまだ日が浅い。そのため、ファーストダンスは国王夫妻が務めた。


国王夫妻のファーストダンスが終わると、周りの貴族たちは思い思いに動き出す。

その様子を確認してから、やっと僕たち神官も普段は食べることのない豪勢な料理の数々に舌鼓を打つことができたのだった。



◇◇◇◇◇◇



宴の翌日、僕はエイブラム司教に呼び出されていた。


司教のもとへ僕と共に向かう三十代前半の神官長アンガスは、二年前までは長い赤茶色の髪を一つに束ねていたのだが、今では短く切った髪を後ろに撫でつけている。

本人はイメチェンだと言っているが、最近頭髪の減り具合を気にしているらしいと神官たちの間でもっぱらの噂だった。


『神はそなたの外見ではなく心の内を見ている』


この神の教えの通り、頭髪の減りなど気にすることはないとアンガスに伝えると、「減ったのはお前のせいだろうが!あと、イメチェンだ!」と、なぜか怒られてしまった。


そんなアンガスに連れられて、エイブラム司教の執務室へと入った。

執務机の向こう、革張りの椅子に腰掛けた淡い金髪の壮年の男と向かい合い、立ったまま僕たちは彼からの言葉を待つ。

エイブラムは白い神官服の上から、高位の聖職である証の紫の衣を羽織り、銀縁のメガネの奥からは翠の理知的な瞳が覗いている。


「グレン・シュルーダー、君を聖女マリカ様の教育係に任命することが決まった」

「……ぼ、僕がですか?」


驚きで上擦った声が出た。


召喚された聖女は、この大陸の瘴気溜まりを巡る浄化の旅に出る前に、約一年間の準備期間が設けられる。その一年を神殿で過ごしながら浄化魔法の習得やこの世界の常識を学ぶのだ。


「エイブラム司教、お待ち下さい!」


そこにアンガスが待ったをかける。


「聖女様の教育係など、グレンには荷が重いと思われます」

「……彼は敬虔な信徒であると聞くが?」


エイブラムが翠の瞳を細める。


「たしかにグレンは敬虔な信徒ですが……その、信心深過ぎると言いますか、そのせいで極端な行動をすることが多々あるのです!」


アンガスは必死に言葉を紡ぐ。

たしかに、幼い頃からアンガスには「お前は考えと行動が極端過ぎる」と何度も言われていた。

僕としては、自身で深く考えてから行動に移しているつもりなのだが……。


「だが、彼はソードマスターだろう?聖女様の護衛としても最適じゃないか」

「しかし……」

「それに、側に置くならば歳も近く見目も良いほうが、きっと聖女様もお喜びになるはずだ」


司教は僕の顔をちらりと見たあと、満足げにそう告げる。

なおも何か言いたげなアンガスにエイブラムはとどめを刺す。


「先程も言った通り、教育係だけではなく、この神殿内での聖女様の護衛も兼任してもらわねばならんのだ。グレン以上に適した者はいないだろう?」

「………」


この国の七名のソードマスターのうち聖騎士として神殿に所属しているのはグレンだけであった。

結局、アンガスはそれきり口を閉ざしてしまう。


(大丈夫なのだろうか……)


もちろん、このような大役を任されたことに対しての不安はあった。しかしそれよりも、先程エイブラムが年齢が聖女様と近いからと言っていたが、幼い頃から神殿で暮らしていた僕には異性との交流というものが全くと言っていいほどなかった。そんな僕が、異世界人である若い女性の教育係……しかも、側を離れることのできない護衛という役目……。


しかし、僕も司教様直々の言葉に逆らえるはずもなく、こうして、神殿内での聖女の護衛と教育係の任を引き受けることとなったのだった。



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