番外編 初めての浄化の旅
読んでいただき、ありがとうございます。
本編のエピローグで触れていた、マリカたちの初めての浄化の旅を番外編として書いてみました。
※マリカ視点です。よろしくお願いいたします。
その森は鬱蒼と茂る木々によって陽の光が遮られ、昼間なのにひどく薄暗い。
私が知っている元の世界の森とは雰囲気からして全く違うものだった。
森の中に馬車は入れないので、ここからは徒歩になる。
「マリカ様、足元に気をつけて下さいね」
青銀髪に薄紫色の瞳をした美青年が、私に優しく声をかける。
「ありがとうございます」
私がそう返事を返すと、グレンは嬉しそうにニコニコと笑った。この不気味な森よりもよほどマイナスイオンが放出されている。これこそが癒し。
つい先日、従魔召喚の儀式で、その場にいる全ての人たちを人質に取り、私は国王に直談判をした。
私の要求はその場では聞き届けられたが、後に多くの貴族たちの反発を招いた。
私としては至極真っ当な要求をしたつもりなのだが、やはり長年の慣習を変えるまでには至らなかったようだ。
『マリカは本当に聖女なのか?』『間違えて悪女を召喚したのではないか?』『聖女にしては地味だと思っていた』などなど……。散々な言われようだったらしい。
「召喚したのはお前らだろーが!」と、吠えたところできっと何も変わらないだろうし、こうなることはある程度予想もしていたので、次のパフォーマンスに移ることにする。
それは、実際に瘴気溜まりを浄化してみせること。
そうすれば、私が聖女であることは証明され、私の要求も通りやすくなるはずだ。
そして、パフォーマンスはなるべく派手なほうが効果的だろうと、この国に発生している瘴気溜まりの中でも特に被害の大きいものを選び、従魔たちを引き連れてその場所へと向かうことにした。
ついでに自分の聖女としての浄化の力量も見極めたかった。
私が召喚した従魔は総勢三十名。
これまでの歴代の聖女たちは、聖女と従魔と従騎士三名で旅をしていたので、それに比べるとかなりの大人数での移動となる。
歴代の聖女の中には巨大な聖獣を従魔にし、その聖獣を移動手段にも使っていたそうだ。
なるほど。そういった面においても聖獣は使い勝手が良かったらしい。
私たちは数台の馬車と馬に分かれて王都を出発する。
そうして、王都を出発してから二日後、目的地であるこの森の入口に着いたのだった。
「なぜこのような所を私が歩かねばならんのだ!」
ぶつぶつと文句を言いながら、へっぴり腰気味に私の後ろに付いて歩くのはアルバート第一王子。
「まだ歩き始めたばかりですけど?」
「もっと整備された明るい道はないのか?」
「森の中なんだから仕方ないんですよ。ワガママ言わないで下さい」
出会ってから従魔になるまでのアルバートは、王子様然とした口調と振る舞いだったのだが。今では、私に対して猫をかぶることをやめてしまった。
素のアルバートは甘やかされたワガママなクソガキがそのまま大人になったような人物で、すぐに拗ねて口を尖らせる。今も尖らせている。
「ワガママなどではない。正当な主張だ!」
「あんまり煩いと先頭を歩かせますよ?」
「………」
そう言ってアルバートを黙らせると、今度は先頭を歩くバーナビーがこちらを振り返った。さすがに騎士団所属というだけあって、バーナビーは森の中でも慣れた足取りで迷うことなく進んでいる。
「ねぇ、マリカちゃん。この浄化が終わったら、女の子も従魔に加えようよ。俺、男ばっかりの環境ってやる気が出ないんだよね」
「私は女の子ですけど?」
「いや、そうなんだけど、そうじゃないんだよ。もっと豊満で露出が多い子が側にいないと、俺のやる気が出ないんだよ」
「………」
バーナビーもチャラさは変わらないが、従魔となった今では完全に開き直ってしまっている。
一応、私は従魔となった彼らの主なのだが、従魔契約は精神や人格まで従えさせるものではなく、『聖女を守る』という行動が契約によってプログラムされただけのようなもので、彼らの感情を操作することはできない。
そのため、聖女である私を利用しようとして返り討ちにあった彼らが、私に対してあまりいい感情を抱いていないのは明白だった。
「マリカ様、歩きづらいようでしたら僕の腕をつかんで下さいね?」
右隣から、グレンの気遣う声。
やはり、従魔になってからも変わらず私を大切にしてくれているのはグレンだけだ。
「マリカさん。よければ私の腕をお貸ししましょう。そのまま身も心も私に預けていただいても構いませんよ?」
左隣からのやたら色気のある声に、この場にいる全員がうんざりした顔をする。
そうだ、忘れていた……。
グレン以外にも一人だけ、召喚前と全く変わらない奴がいた。
「いえ、結構です……」
「マリカさんは相変わらず照れ屋なのですね。そんなあなたの恥ずかしがる顔をもっとよく見せて下さい」
「………」
やめろ。やめてくれ。
アルバートやバーナビーのように私に言い寄っていた人たちは、従魔契約した途端に私への態度をがらりと変えた。
あからさまに睨み付ける者もいれば、暴言を吐く者、泣き崩れている者もいた。
私はそれらを知ったこっちゃないとスルーしていたのだが、ギディオンはそんな私に近付いてくると
「この私を従魔にするなんて……マリカさん、君はずいぶんと悪い子だね?」
色気たっぷりにウインクをしながらそう言って、場の空気を凍らせたのだ。
なぜ、ギディオンは態度が変わらないのか?意外と私に好意を抱いてたりしたのだろうか?
そのような疑問が頭をよぎり、その答えがわかったのは翌日のことだった。
「お久しぶりですマリカ様。息子がお世話になっております」
神殿を訪ねて来たのはギディオンの父であるクリフ・オルレアン侯爵。
ギディオンと同じ若草色の髪をした彼は、それなりに年齢を重ねているはずなのに、若々しい見た目には華がある。
「昨日の従魔召喚の儀式でうちの息子を従魔にしていただいたようで」
「はぁ……そうですね」
てっきり息子の従魔契約に文句をつけに来たのかと思ったのだが、その物腰は柔らかで、敵意も悪意も感じられなかった。
私もどう対応するべきかわからず、曖昧に返事をする。
「従魔に選ばれたということは、浄化の旅が終わったあとも息子の面倒をみていただけると……」
(ん?)
「てっきりこのまま独り身で魔導師として骨を埋めるのかと諦めておりましたが……本当に良かったです」
「あの?それはどういう……?」
「息子と会話をされたのであれば、お気付きかと思いますが、息子の発言の数々がどうにも令嬢たちには不評のようでして……」
「………」
たしかに、バーナビーとは違ってギディオンは直接的な発言ばかりでドン引きだったが、顔は儚い系の美形なんだし、この世界ではこういう男がモテるんだなぁ……なんて、勝手に解釈をしていた。そうか、不評だったのか。
「そのせいで婚約者がなかなか決まらなかったのです。しかし、異世界から来られた聖女様なら息子のことを受け入れてくださるかも……という下心もあって、従騎士に志願させました」
クリフはにこやかに笑っている。
「それが従魔に選ばれたと聞いて、こうしてお礼の挨拶に伺った次第です」
「………」
つまり、ギディオンは聖女のために婚約者を作らなかったのではなく、セクハラ発言が酷すぎて婚約者が決まらなかったので、異世界の聖女ならばセクハラ発言も受け入れてくれるかもと従騎士に志願した。……そういうことらしい。
なんだか、ものすごく厄介なものを押し付けられてしまった気がする。
「本当に、どうしてあのような不快な発言ばかりを繰り返すのか……」
そう言って、クリフは深いため息をつく。気持ちはわかる。
「幼い頃から本ばかり読んでいるおとなしい子だったんですよ?暇を見付けては書庫に籠もって、魔導書を読んでいました」
そのおかげで魔導師としての才覚に目覚めたそうだ。
「ただ、気づけば書庫に隠していた私のエロほ……秘蔵コレクションまでも読んでしまったようでして」
「秘蔵コレクション……」
「いやぁ、お恥ずかしい。妻にはナイショにしてくださいね?」
クリフは朗らかに「ははっ、まいったなぁ」と照れている。
「そういえば、息子があのようなことを言い始めたのはそれくらいの時期からでしたね」
「………」
「本当に、どうしてあのような不快な発言ばかりしてしまうのでしょう」
「………」
悩ましげなクリフに「お前のせいだろーが!」と、叫びそうになるのを必死でこらえた。
どうやらクリフの秘蔵コレクションの影響でギディオンがあんなことになってしまったようだ。ちゃんと隠せよ。どんなどぎつい秘蔵コレクション置いてんだ。
そんな煩悩まみれのギディオンを押し付けようとするクリフに腹が立ったので、秘蔵コレクションの件は奥様に報告することに決めた。
そのような出来事を思い返している時だった。
先頭を歩いていたバーナビーが足を止め、こちらを振り向くと、静かにするようにジェスチャーをする。
「ま・じゅ・う・が・い・る」
声を出さずに口の動きでバーナビーが状況を伝えた。
途端に、グレンが無言のまま前に走り出し、バーナビーをも超えて森の中へと単身突っ込んで行く。
ギディオンは私の周りに防御魔法を展開し、バーナビーは私を庇うように剣を構える。
その数十秒後、「ギィァァァァァ!」という獣の断末魔の叫びが、何かがぶつかるような音と共にいくつも重なり……すぐに何の音も聞こえなくなる。
あまりにも突然の出来事に、私はただ突っ立っていることしかできなかった。
しばらく呆然としていると、前方からこちらに向かう足音が聞こえてくる。
「マリカ様!もう大丈夫ですよ!」
「グレンさん!血がっ!」
戻って来たグレンは明るい声と表情だが、その顔と白い騎士服には赤錆色の液体がべったりと付着している。
「ああ、返り血です」
「そうでしたか……」
グレンに怪我がないようでホッとした。
「どうしても魔獣の急所って血がすぐに吹き出ちゃうんですよね」
「そうなんですかぁ……」
あまり知りたくない情報だった。
「何の魔獣だった?」
「アルミラージの群れです。恐らく二十はいました。全て殲滅しましたのでご安心を」
「おおぅ……噂通りえげつないな」
バーナビーの問いに、グレンはなんでもないことのように答えている。
「それより、マリカ様!」
「はい?」
血塗れのグレンがぐるんとこちらに顔を向ける。
「僕、ちゃんと魔獣を倒しましたよ!」
「すごいです!ありがとうございます」
私の返事に、血塗れのグレンが距離を詰めて来た。
「僕は役に立つ従魔ですよね?」
「そうですね」
「僕が一番マリカ様のお役に立ててますか?」
「そ、そうですね」
血塗れのグレンはその瞳の奥をどろりと溶かせていく。
「嬉しいです!マリカ様に必要な従魔は僕だけだって思ってもらえるように、これからも頑張りますね」
「は、はい……」
その美しい血塗れの顔を紅潮させたグレンは、うっとりとした表情でそう言った。いろんな意味でドキドキする。
その後もグレンはご機嫌に魔獣を葬り去り、私はその度にグレンを褒めまくり、そのまま瘴気溜まりの発生場所へと辿り着く。
その禍々しい黒い球体に浄化魔法を叩き付けると、呆気ないぐらいにあっさりと浄化することができた。
周りの歓声を聞きながら、浄化そのものよりも、これからもこのメンバーで旅をしなければいけないことに一抹の不安を覚えたのだった。
本編に入れようと思って入りきれなかった設定を番外編として書いてみました。




