聖女様のターン1
読んでいただき、ありがとうございます。
本日は3話投稿予定です。
※今話はマリカ視点です。
よろしくお願いいたします。
舞台の上に立ち、多くの視線に晒されながら、私は目の前の、魔法陣の上に呆然と座り込む青銀髪に薄紫の瞳の美青年を見下ろす。
グレンは私を見上げながらぽかんと口を開けていた。
美形はどんな表情をしていても美形なのだなぁ……と思う。
私はグレンに大きく一歩近付くと、その胸ぐらを掴み、彼の形の良い薄い唇に、勢いよくぶちゅーっと濃厚な口付けをかました。ホール中がどよめいた。
数秒そのままにしてから唇を離すと、グレンはその顔を真っ赤にして両手で自分の唇を押さえてぷるぷると震えている。
(あー、かわいいわー)
やはり本物の恥じらいは違う。
「あ、額だったけー?うっかり間違えちゃったー」
わざと棒読みのセリフを言ったあとに、今度は震えているグレンの額に優しく触れるような口付けを落とす。
すると、グレンの額には従魔の印である紋様が浮かび上がった。
「………これは一体?」
まだ顔は赤いまま、混乱した様子でグレンは声を絞り出す。
「グレンさんは私の従魔になったんです」
「わ、私がマリカ様の従魔に?」
グレンはその瞳を大きく見開いた。
「はい。……それで、私に勝手に召喚されて、私のものになった気分はどうですか?」
私はわざと意地悪く笑いながら、グレンに質問を投げかけてみる。暗に、「この世界に勝手に召喚された私の気持ちがわかったか?」という意味を込めて。
「あ、あの……最高です」
しかし、グレンはその瞳を輝かせ、とろけるような恍惚とした表情でそう答えた。
(……やっぱり)
思っていた通りの反応に私は苦笑いを浮かべてしまう。
初めてグレンとワインを飲んだ時、『最近どうして私のことをじろじろ見てるんですか?それにメモみたいなのもよく取ってますよね?』と、質問をしてみた。
酔っていたからだろう、グレンは正直に答えてくれた。……ちょっと正直過ぎるくらいだった。
『マリカ様のいろんな表情が見たいんです』
『マリカ様との会話を忘れないようにメモしています』
『マリカ様のことが全て知りたいんです』
『ずっとマリカ様と一緒にいたいんです』
『もう、僕のことをもらってください』
いや、重い。重すぎる。
開けてはいけない扉を開けてしまった。
元の世界でこんな言葉を言われたなら、いくら顔が好みだったとしても、きっと私は全力で逃げていたと思う。法的措置も辞さなかっただろう。
けれど、環境とは恐ろしいもので、家族も知り合いもいない、周りは誰も信用することのできないこの世界で、グレンからの執着を私は喜んでしまったのだ。
━━こんなにも重い愛ならば、きっと彼は何があっても私の味方になってくれる。むしろ、これくらい重い愛じゃないと信用できない。
しかし、それでもこの世界に聖女として召喚されたことに対する怒りは消えなかった。だから、彼にも私と同じ目に合ってもらうことにした。
そうすれば、私はグレンのことを許すことができるはずだから……。
こんなことを考えてしまう私は、ずいぶんと歪んでしまっているのだろう。
「せ、聖女様!さすがにお戯れがすぎます!」
そこに、慌てて舞台に上がってきた壮年の男の大きな声が響いた。この王宮の魔導師たちのトップを務めているブルーノ・ノヴォトニーだった。
ちなみに、この舞台にはホール中に声が届くよう魔法がかけられており、先程のグレンとのやり取りは皆に丸聞こえだった。
「別に戯れたりしてませんよ?」
「これは従魔を呼び出す神聖なる儀式ですぞ!」
「だから、従魔を呼び出しましたけど?」
「か、彼は聖獣ではなく人間です!」
そんなことはわかってる。とは言わずに、私は優しく説明をしてあげる。
「聖女は魔力を持つ生物ならば、なんでも召喚して従魔にすることができるんですよ」
この世界の人間も魔力を持つ生物なのだから、何も間違ってはいない。
「それに、従魔を呼び出すのに必要なのは『召喚したい者の姿』と『召喚したい者の名前』なんですって。だから……」
私は目を閉じて、数人の顔と名前を頭に浮かべて魔法陣に魔力を流した。
すると、魔法陣が光輝き、私が思い浮かべた人たちが先程のグレンのように魔法陣の上に呆然と座り込んでいる。
私は彼等に素早く近寄ると、流れ作業のようにその額に口付けを落としていく。
もちろん全員の額に従魔の印が浮かび上がった。
「聖女様!一体何をなさっているのです!」
ブルーノの悲鳴のような声が響き渡る。
しかし、こういうのは勢いが大切だ。私は気にせずにどんどん召喚をして従魔を増やしていく。
「誰か!聖女様をお止めしろ!」
そんな声がかかった時には、すでに三十人ほどの従魔を召喚していた。
彼等は私の従騎士になりたいと志願し、私を利用しようと近付いてきた人たちだった。もちろん、バーナビーやギディオンもいる。
ホールの扉が開かれ、警備を担当していたらしい騎士たち数名が困惑した顔をしながらも、私を止めようと舞台に上がって来た。
それを、バーナビーやグレンが体当たりをして止めた。ギディオンは防御魔法を私の周りに展開する。他の従魔となった人たちもそれぞれ私を守る体勢を取った。
「ギディオン!何をしているんだ!」
「それが……」
上司であるブルーノの叱責にギディオンは困ったような顔を向ける。
「彼等は私の従魔になったので、私のことを守ってくれているんです」
ギディオンの代わりに私がそう答えた。
彼等の意志とは関係なく、従魔は聖女を守らなければならない。それが聖女と従魔の契約だ。
その証拠に、彼等は私を守りながらも、私にむける視線は不安や恐怖、憎悪といったものばかり……いや、一人だけ執着を孕んだ熱い視線もあるな。
そんな舞台上の様子に、本格的な危機感を感じたのだろう。ブルーノが舞台を降りてどこかへ移動しようとする。他にも慌ただしく動き出す人が見えた。
やはり舞台上からは客席がよく見える。
「ブルーノ・ノヴォトニーさん、カーティス・ペトルスさん、エドワード・ミラーさん、ハンフリー・モンテスさん、どちらに行かれるんですか?」
私は舞台の上から、動き出そうとした人たちの名前を呼んだ。
彼等は私の声にぴたりと動きを止める。
「大切なことだからもう一度言いますね。従魔を召喚するのに必要なのは『召喚したい者の姿』と『召喚したい者の名前』なんです。それで、私はこの王宮で挨拶をしてくださった方全員の顔と名前を覚えてるんですよ」
私の言葉にホールの中がしんと静かになる。
ここ数ヶ月の間で、グレンが書いてくれた似顔絵付きのメモを見ながら必死に顔と名前を覚えたのだ。褒めてほしい。
聖女に名前を名乗って直接挨拶をすることのできる人間は、この国でも一部の……王宮に出入りできる立場の人間だけ。
逆を言えば、王族を含め、この国の中枢を担う人物の顔と名前が私には知られていることになる。
そして、強大な魔力を持つ古代竜を従魔にしたシオリ様よりも、はるかに魔力量が多い私ならば、このホールにいる数百人くらい余裕で全員従魔にすることができるだろう。
やっと、このホールにいる全員が、自分たちが人質であることを理解できたようだ。
そして、そんな皆の視線が助けを求めるように、この国の最高責任者がいる王族専用のボックス席へと移る。
私も自然と王族専用のボックス席へと視線を移し……アルバートと目が合った。
(そうだ、忘れるところだった)
私は彼ににっこりと笑ってみせる。
「や、やめろ!」
私のいい笑顔の意味を悟ったのだろう。
しかし、アルバートの悲壮な声を無視して、私は目を閉じ、アルバートの姿と名前を思い浮かべた。
今朝、娘を幼稚園へと送る車の中、あと少しで幼稚園に着くという時に、後部座席から
「靴の中にクワガタがいるぅぅぅ!」
と、泣き叫んだ娘のセリフが、今のところ今年1番のパワーワードです。
(幼稚園の駐車場で無事に靴の中からクワガタ捕獲しました。クワガタも元気に生きてます)