従騎士
読んでいただき、ありがとうございます。
本日2話目の投稿となります。
※少々、女性軽視な発言があります。お気をつけて読んで下さい。
「はあ?お前、恋がどういうものかわかって言ってんのか?」
「さすがにそれくらいはわかってますよ!」
アンガスのあまりの子供扱いぶりに僕は声を荒らげた。
「いや、お前がそう言うなら……まあ、そうなんだろうけど……」
そう言いながらも、アンガスはまるで納得のいかない表情をしている。
僕はそろそろ話を切り上げることにした。
「じゃあ、従騎士への推薦の件、よろしくお願いしますね」
「ああ、わかった。寄り道せずに部屋に帰ってさっさと寝ろよ」
……やはり子供扱いされている。一体アンガスには僕が何歳に見えているんだろう。
自室への帰り道、アンガスの言葉を反芻しながら歩いた。
(僕のこの気持ちが恋だなんて……そんなこと、あるはずがない)
僕はたしかに恋をしたことがない。しかし、恋がどういうものなのか知識としてわかっている。
恋とは、相手を思い遣り慈しみ、まるで花が咲くかのように煌めいた美しい気持ちなのだと本には書いてあった。
しかし、僕がマリカに対して抱くのは、そんな生易しい気持ちではない。
ずっとマリカの側にいて、マリカの全てを把握し、そして、マリカの全てを理解したい……。
そんな、ドロドロとした欲望に塗れた気持ちなのだ。こんなに醜いものが恋であるはずがない。
(それぐらいわかってるのに。本当に、アンガスさんはいつまで経っても僕のことを子供のままだと思ってるんだから……)
◇◇◇◇◇◇
正式に聖女マリカの浄化の旅の出発日が予定より三ヶ月ほど早まることが発表された。
それと同時に従騎士の推薦が開始される。
アンガスは約束通りに僕のことを推薦してくれた。しかも、神官長のアンガスではなく、さらに上の役職であるエイブラム司教の名前で推薦を出してくれたそうだ。
「俺が頼んだんじゃないぞ。あのジジイは、ちょっとでも自分の利益に繋がりそうなところを見つけると、すぐに一枚噛もうとするからな」
てっきりアンガスがエイブラム司教に推薦を頼んでくれたのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
それにしても、上司であるエイブラム司教に対してあまりにも態度と口が悪い。もっと上司を敬うべきだと伝えると「俺もお前の上司なんだけどな!」と、なぜか僕が怒られてしまった。
アンガスは従騎士に選ばれるには騎士としての実力だけでは足りないと言っていた。恐らく、権力が絡んでくるのだろう。
それならば、神官長ではなく司教が推薦してくれたことで、僕が選ばれる可能性は上がったのかもしれない。
今日は王宮での浄化魔法の訓練日だった。
従騎士の推薦が開始されてから、王宮の中を歩くだけで多くの貴族や騎士、または魔導師たちがこぞってマリカに声をかけるようになっていた。
どうやら、従騎士に選ばれるにはマリカの意見も加味されるらしい。
「マリカ!やっと見つけた!」
そこに、第一王子のアルバートが現れた。
さすがに王族が現れると、皆がマリカへの道を開ける。
「アルバート様、こんにちは」
「今日はマリカに贈りたいものがあるんだ。さあ、行こう」
「でも、これから訓練がありますので……」
「ははっ、何を言っているんだ。もう訓練なんて必要がないくらいマリカは優秀だと報告を受けている」
そのままアルバートはマリカを強引に王宮の一室へと連れて行ってしまった。
そして、アルバート専属の護衛騎士がそのままマリカの護衛も兼任するからと、僕とバーナビーはその場に残されてしまう。
「クソっ、あからさまに嫌がらせしやがって」
その場に残されていた僕等は待機室へとメイドに案内された。部屋に入り、僕と二人だけになった途端にバーナビーが悪態をつく。
「嫌がらせ?……アルバート殿下がですか?」
バーナビーの言葉がマリカを連れて行かれてしまったことを指しているのならば、嫌がらせをしたのはアルバートということになる。
しかし、第一王子がわざわざ嫌がらせをする意味がわからなかった。
「そうだよ。アルバート殿下はマリカちゃんが自分に靡かないから焦ってんだよ。このまま浄化の旅に出発して、従騎士に聖女を取られるかもって考えてる」
「だから嫌がらせ……」
ずいぶん子供じみた真似をするのだなと思った。
「どうしてもマリカちゃんに惚れてもらいたいんだろ」
「アルバート殿下はそれほどまでにマリカ様を想ってらっしゃるのですね……」
初めて王宮でマリカに挨拶をした時、アルバートがとてつもなくマリカと距離が近かったことと、甘すぎる言葉を吐いていたことを思い出した。
しかし、バーナビーは僕の言葉に、驚いたように目を見開き……口元を歪めて笑った。
「お前、殿下がマリカちゃんに本気で惚れてるとでも思ってんの?」
「え?でも、マリカ様に惚れてもらいたいって……」
「そうすれば、王太子はアルバート殿下に確定だろうからな」
「は?」
「アルバート殿下は第一王子であって、まだ王太子には決まっていない。まあ、一番の有力候補ではあるけどな。第二王子のシリル殿下を推す声もあるから、それを黙らせるために聖女様が必要なんだよ」
「そんな……」
「ほんとに何も知らないんだな……。まあ、神殿に籠もってばかりじゃ仕方ないか」
バーナビーはそう言ったあと、何かを思いついたように目を細めた。
「ついでにもう一つ忠告しといてやる。お前も従騎士になりたいんだろ?」
「はい」
お前も、ということは、バーナビーも従騎士を目指しているのだろう。
「残念だけど、グレン、お前は従騎士には選ばれないよ」
「えっ!?」
なぜ、バーナビーにそんなことがわかるのか。
「だって、お前は神官ってのもあるけど、平民出身だよな?従騎士に選ばれるのは貴族出身……それも有力貴族の家から選ばれる」
「でも、僕はエイブラム司教様から推薦をしていただきました!」
「神殿もそれなりに力はあるけど、聖女に関しては王家が主導権を握ってるからな。王家が、聖女を嫁がせてもいいと判断した家が選ばれる……つまり、出来レースってやつだ」
「………」
(出来レース?……それに、王家が聖女を嫁がせる?)
僕はあまりの情報量に目眩をおこしてしまいそうだった。それでも、聞かなければならないことがある。
「どうして、王家が聖女を従騎士に嫁がせるんです?」
たしかに、歴代の聖女様の中には従騎士に嫁いだ者もいた。しかし、それは浄化の旅で恋仲になったからではなかったのか?
「グレン、お前にとっての聖女って何?」
「それは……この大陸の瘴気溜まりを浄化し、民を救ってくださる方です」
「ははっ、模範解答だな。そんな民から絶対な信仰もあり、知名度も抜群の聖女様は、王家にとって魅力的な政治の駒の一つだよ」
「なんてことを!」
「それが事実だ。この国の広告塔として、外交のカードとして、使い道なんていくらでもある。そんな聖女様をなんとか自分の家に引き入れようと、皆が躍起になってるんだ」
「………」
「まあ、俺もそのうちの一人だけど」
僕はまるで恐ろしいものを見るように、バーナビーに視線を合わせる。
バーナビーによると、百年前に他国で召喚された聖女様は、婚約者がいる相手との婚姻を頑なに拒んだらしい。
そのため、今回の聖女召喚に合わせて、有力な従騎士候補たちは婚約者を作らずに、聖女を口説き落とすよう家から厳命を受けているそうだ。
「聖女が嫁いだ家は、今後の繁栄を約束されたようなものだからな。まあ、アルバート殿下は、さすがに有力貴族との婚姻がなければ政治基盤が作れないだろうから……王太子に選ばれて国王に即位したらマリカちゃんを側妃にするんじゃない?」
聖女シオリ様みたいに……と、バーナビーは付け加える。
「そうじゃなきゃ、あんな平凡な見た目の女が必死に口説かれるわけないだろ?いや、顔はそれなりにかわいいけど……もうちょい出るとこ出てくれないとなぁ」
ため息混じりにそう言ったバーナビーは、僕に憐れみのこもった視線を向けた。
「グレンは俺たちと違って、純粋にマリカちゃんを想ってるみたいだったからさ。でも、神官は結婚できないんだし、どっちにしても早めに諦めがついたほうが傷は浅いだろ?」
「………」
「マリカちゃんも初心そうに恥ずかしがってはいるんだけど、どうもイマイチ掴みどころがないんだよなぁ。まあ、旅の間にどうにかすればいいけど」
「………」
僕はようやく彼等の行動の真意を知った。
婚約者がいるはずのアルバートがマリカに甘い言葉を囁いていたのも、バーナビーやギディオンがマリカの好物を贈るのも……全て彼女の好意を得て、それを利用するためだった。
マリカの元の世界での人生を奪い、さらにそんな彼女を大切にするのではなく、権力の道具として扱うなんて……。
『ふふっ、そんな……謝罪なんて結構ですよ』
『その神様が、私をこの世界に連れて来たのに……ですか?』
マリカの嘲る声と表情が脳裏に浮かび……僕はこの世界と神の罪深さを知った。