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あなたの笑顔が見たい

読んでいただき、ありがとうございます。


今話からまたしばらくグレン視点が続きます。

よろしくお願いいたします。

翌朝、僕はマリカの部屋を訪ねる。


「おはようございます」

「グレンさん。おはようございます」


部屋から顔を出したマリカの目は腫れていた。

昨夜、部屋で一人になったあとの彼女のことを想うと心が痛む。けれど、僕はその腫れた目元には気付かないふりをして、普段通りに振る舞うことを心掛けた。


しかし、昨日のことを話題に出してきたのはマリカのほうからだった。


「昨日、元の世界には帰れないって聞いて……私、やっとこの世界で生きて行く覚悟ができました」

「そう……ですか」


僕はそれ以上何も言葉が浮かんで来なかった。

彼女がこの世界で生きて行く覚悟をしたのは、それ以外の選択肢を与えられなかったからだ。


「それで、これからもいろいろと教えてもらえますか?」

「もちろんです!」


彼女の問いかけに、今度は素早く力強く答えた。


「ふふっ、今の返事すっごい食い気味だった」

「あ……」


マリカの口調も笑い方もとても自然で、それだけで僕には心を許してくれているような……そんな気がして、口元がにやけてしまいそうになる。

が、傷付いているマリカに対して喜んでは駄目だと、頑張って顔を引き締めた。


「あ、あの、今日の予定ですが、朝食のあとは王宮での浄化魔法の訓練で……」


僕は誤魔化すように話題を変える。


「わかりました。また送迎をお願いしますね」

「いえ、今日から王宮の中にも僕が付いて行きます」

「え?」

「付いて行きます」


昨日のマリカへの言葉に嘘はない。僕はマリカの側に居ると決めたのだ。


「あ、ありがとうございます……」


彼女は僕の迫力に戸惑ったように返事をした。



◇◇◇◇◇◇



いつもは馬車が王宮に着くと、王宮内のマリカの護衛である近衛騎士たちと交代をしていたが、今日はそのままマリカと共に王宮の中へと入って行く。


「あれ?今日はグレンも一緒なんだ?」


ピンクブロンドの髪を後ろに結った近衛騎士のバーナビーが目ざとく声をかけてくる。


「マリカちゃんの側には俺がいるんだから、護衛は必要ないのに」

「いいえ。理由は護衛だけではありませんので」

「ふーん?」


バーナビーはじろじろと僕の顔を見てくる。


「なんですか?」

「いや、お前が参戦するとは思わなかったなぁって」

「は?」


しかし、バーナビーは答えずに、僕には背を向けてマリカの肩に馴れ馴れしく触れる。

僕はバーナビーのその手を思わず睨みつけた。


「せっかく堅苦しい神殿から抜け出して息抜きしてるってのに……なぁ、マリカちゃん?」

「そんなことないですよ。神殿でもよくしていただいてますから」

「でも、こっちのほうが楽しいこといっぱいあるだろ?あ!今日は王都で流行りのお菓子も用意してあるんだ」

「え?」


お菓子と聞いてマリカの目の色が変わった。


「本当はマリカちゃんと王都でデートしたいんだけど、さすがに許可は出ないからさ。せめて甘いものを一緒に食べようと思って。休憩時間に食べられるように準備しておくよ」

「わぁ、ありがとうございます!」


嬉しそうなマリカの表情と声に、なぜだか胸の奥からムカムカとした気持ちが湧き起こる。

そんな僕にバーナビーは視線を向けると口の端をつり上げた。


「あれ?マリカちゃんが甘いものが好きだって知らなかったの?あー、神殿だとそういうのは駄目なんだっけ?」

「………」


バーナビーの言葉にマリカが何かフォローをするようなことを言っていたが、僕の耳には入って来なかった。


(マリカ様の好きなもの……)


そういえば、僕はマリカ自身のことをあまり知らない。この二ヶ月間はお互いの世界の常識については度々話をした。とても楽しかった。

けれど、彼女が何を好きで、何が嫌いなのか……そんな話はあまりしてこなかった。


(あ……でも、モフモフとヘビや竜は苦手だって言ってたな……)


それくらいしか思い浮かばない。

そのまま、マリカとの今までの会話を頭の中で思い出しながら、親しげに会話をするマリカとバーナビーの後ろに付いて歩き、魔導師の訓練場へと辿り着く。


「お待ちしておりましたよ、マリカさん」

「こんにちは、ギディオンさん。今日もよろしくお願いします」

「もちろんです。おや?目元が少し腫れていますね?」


そう言いながら、ギディオンはマリカの目元をするりと撫でる。


「えっと、昨日少し悲しいことがあって……。でも、もうすっかり元気ですから」

「そうでしたか……。私も一度あなたを啼かせてみたいものです」

「そ、そんな……困ります」

「ふふっ、そんなに慌てなくても……冗談ですよ」

「もうっ、からかわないで下さい」


そんな二人の会話を聞いて僕の思考はすっかり止まってしまった。


(……この人は何を言ってるんだ?)


なんとなく、すぐ近くにいるバーナビーの様子を伺うと、眉根を寄せて今にも吐きそうな顔をしていた。気持ちはよくわかる。

しかし、聞かされるこちらの身など気にもせずに、ギディオンはギリギリの会話を続けている。


ようやく苦行の時間が終わり、浄化魔法の訓練が始まった。マリカの前にはいくつもの鉢植えが置かれ、そこには瘴気に侵された植物が植えられている。

マリカが瞳を閉じると、淡い光がマリカの全身を包み込み、掌へゆっくりと光が集まりだす。そして、掌を離れた光の塊が瘴気に侵された植物に触れると、黒い靄のようなものが植物からふわりと浮かび上がり……掻き消えた。


(すごい!これが浄化魔法……)


マリカは次々と鉢植えの植物を浄化していく。さすが歴代最強と言われたシオリ様にも(まさ)る魔力量だ。

その訓練が何度か繰り返されると、ギディオンから休憩の声がかかった。



訓練場から出てすぐの庭園にはすでにお茶の準備がされており、バーナビーに促されるまま席につく。

事前に指示を受けていただろうメイドが紅茶とケーキを運んで来る。


「はい、これが言ってたやつ」

「ケーキですか?」

「まあ、食べてみなよ」

「あ……」


ドーム状のケーキを崩すと中からクリームが溶け出す。


「冷たい!アイスクリームが入ってるんですね!」

「そろそろ暑くなってくる季節だし、こういうのが今人気なんだって」

「美味しいです!ね?グレンさん」

「はい!」


僕は、溶け出したアイスクリームをスプーンで口に運ぶマリカに勢いよく同意の返事をする。

すると、マリカが僕を見て嬉しそうに笑った。


(なぜだろう……?)


彼女がバーナビーに向けて嬉しそうに笑った時は胸の奥がムカムカとしたのに、僕に向けて嬉しそうに笑うと……今すぐ駆け出してしまいそうな、そんな気持ちになるのだ。

僕は無意識に自分の左胸辺りを手でぎゅっと押さえていた。その時


「マリカさん、少しよろしいですか?」

 

声がしたほうに顔を向けると、ギディオンが笑みを浮かべながら、綺麗にラッピングされた細長い包みを抱えて立っていた。



◇◇◇◇◇◇



帰りの馬車の中、向かいに座るマリカはずいぶん機嫌が良さそうに見えた。その両手にはギディオンから渡された包みを抱えている。

その中身は、マリカがお酒が好きだという話を聞き、ギディオンが選んだというワインだった。


マリカがお酒を好きだということも初耳で、僕はマリカについて知らないことばかりなのだと思い知らされる。


「あの、マリカ様はこういったプレゼントをよくもらうのですか?」

「えっと……まあ、最近はそうですね……」


マリカにしては珍しく歯切れの悪い口調だ。


「今までは言葉だけだったんですけど、あの人たち方針転換をしたみたいで……。でも、物には罪はないので、有り難くいただくことにしているんです」


マリカは苦笑いを浮かべながらそう言った。


「方針転換?」

「まあ、色々ありまして。あ!グレンさんはお酒はお好きですか?」

「いえ、飲んだことがありませんので……」


なんだか話を逸らされた気もするが、僕はマリカの質問に素直に答えた。

合わせて、神官は酒や煙草といった嗜好品の類は禁止されていることを説明する。


「そうだったんですか……。じゃあ、これは持ち込まないほうがいいですね」


マリカが軽くワインを持ち上げる。


「いえ、神官は禁止されていても、聖女様は大丈夫ですから。気にせずに飲んで下さい」

「うーん、でも一人で飲むのもなぁ……。グレンさんも一緒にどうですか?」

「え?」

「バレないようにこっそり飲みません?」

「それは……」


ちらりとマリカの表情を伺うと、その黒い瞳がいたずらっぽく細められている。


「……わかりました。こっそりと飲みましょう」


そんな僕の返事に、マリカはまた嬉しそうに笑って……。


━━ああ、もっともっとこの表情(かお)が見たい。


そんな風に思った。



次話はなるべく明日には投稿したいと思っているのですが、春休みで予定が読みづらく……。

投稿時間がちょっと明言できなくて……すみません。

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