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聖女様の慟哭

読んでいただき、ありがとうございます。


本日2話目の投稿になります。

今話もマリカ視点です。よろしくお願いいたします。

「はぁ……」


神殿内に用意されていた部屋のベッドの上で、私は一人反省会をしていた。


召喚されてから今まで必死にかぶっていた猫がちょっぴり脱げてしまったのだ。

謝罪をしてきたグレンに対してなんとか暴言を吐くことは我慢したが、あれは感情が態度に出てしまっていた。

恐らく……いや、確実にそのことにグレンは気付いている。そのせいで、神殿に着くまでの馬車の空気は最悪だったのだから……。


(ちょっと大人げなかったなぁ……)


グレンがこの召喚を先導したわけじゃないし、彼が言っていたように、この世界では聖女召喚は当たり前のことなんだろう。

頭ではわかっていても、八つ当たりしてしまったのだ。

そんなことをしたところで何も解決などしないのに。

今の私は敵を作るわけにはいかない。とりあえず、自分の感情は後回しだ。


問題はこれからグレンにどのように対応するか。

残念なことにお互いの第一印象は最悪だろう。それでも、この神殿では彼に護衛をしてもらいながら、この世界の常識を学ばなければならない。


(うーん……)


いろいろ考えてはみたが、方法は一つしか思い浮かばなかった。


(……よし、なかったことにしよう)


そう、しらばっくれる一択だ。

昨日の馬車での会話なんてなかったかのように振る舞って、うやむやにして、時間の経過で風化させる作戦だ。

これしかない。


「おはようございます」

「グレンさん。おはようございます」


翌朝、私はグレンに笑顔で挨拶をした。

有り難いことに、彼も昨日のことについて何か言うこともなく、丁寧に神殿の中を案内してくれた。

それに、アルバートのように距離が近いわけでもなく、バーナビーのようにチャラくもなく、ギディオンのようにエロくもなかった。


(楽だ……)


さすがに、かぶっている猫を全て脱ぐことはできないけれど、心にもない口説き文句を浴びせられ続けるよりは、はるかにマシだった。

てっきりグレンも私に対するハニートラップ要員なのかと思っていたが、話を聞いてみるとこの神殿では女性の数がかなり少ないらしく、女性に不慣れなのは演技ではなさそうだった。

しかも、恋人を作ることも結婚をすることも認められていないらしい。


「もったいない……」


思わず心の声がそのまま出てしまった。


「もったいない、ですか?」


グレンはきょとんとした顔をしている。

そのきょとん顔にぐっと来た。本当にもったいない。元いた世界だったら推してたかもしれない。この国は何を考えてんだ。


「だってグレンさんってとっても素敵じゃないですか。その青味を帯びた銀髪も薄紫色の瞳もかっこいいですよ?」

「そ、そうでしょうか……?」


思わずグレンの外見の良さを力説してみたが、やはりグレンはピンときていないようだった。

ただ、私の褒め言葉は伝わったのか、ほんのり赤い顔ですごく嬉しそうにニコニコとしていた。かわいいな、おい。


そんなグレンが褒められて気をよくしたのか、なんなのか……驚くべき提案をしてきたのだ。


「知りたいことがあれば何でも聞いて下さい」


それは、私にとってとても有り難い申し出だった。

けれど、その言葉を頭から信用していいのかが、いまいち読めない。

しかし、このまま何もしなければ、私の状況はいつまで経っても変わらないのも事実だ……。


結局、私は思いきって彼の提案に乗ることにした。



◇◇◇◇◇◇



「やっとアンガスさんから資料が届いたんです」


グレンの提案に乗ってから二ヶ月が経った。

待ちに待った情報がやっと手に入る日がやって来たのだ。


この二ヶ月間はあまり状況は変わらず……。むしろ王宮でアピールしてくる男が増えてしまったくらいだ。

特に浄化魔法の訓練で魔導師たちの目に触れる機会が多いからか、ギディオンとは別の魔導師が数名寄ってくるようになった。……疲れる。


グレンは特に変わらない。

相変わらず、懇切丁寧にこの世界についての話を聞かせてくれている。

お互いの世界の常識の違いに驚いている顔を見るのがけっこう好きだったりする。やはり顔がいい。


まずは浄化の旅ついての話になった。

聖獣やら精霊やら、ファンタジーの世界そのままだった。けれど、本や映像で見るのとは違って、実際に聖獣と触れ合わなければならないとなると……。


(古代竜の額に口付け……)


肖像画の古代竜は大き過ぎて全身が絵に入らなかったらしく、描かれていた顔部分だけでも人間よりはるかにデカイ。

そんな古代竜の額に口付けをした五百年前の聖女シオリ様の豪胆っぷりに震えた。


そしてその話の流れで本題に入ることにする。


「他の聖女様たちは……皆様そのままこの世界で生涯を終えております。元の世界に帰った聖女様はいらっしゃいません」



◇◇◇◇◇◇



グレンとの話が終わって、今は自分の部屋に一人きり。


(帰れない……かもしれない)


『元の世界に帰れない』と明言されたわけではなかったが、今まで元の世界に帰った聖女はいなかった。

その事実が重くのしかかる。


もしかしたら……とは、思っていた。

だって、誰も浄化の旅が終わった(あと)の話をしてくれないんだから。

だけど、今日グレンの話を聞いて、突き付けられた現実に目眩(めまい)がしそうだった。


━━帰れない、帰れない、もう、帰れない。


(内定だって決まってたのに……)


別に、子供の頃から夢見てた職業とかじゃないよ?

でもさ、私なりに努力して勝ち取った結果だったんだよ……。

お父さんとお母さんも喜んでくれて、三人で久しぶりに焼肉食べに行ってお祝いしてもらって……。

珍しく酔っ払ったお父さんが、「やっと子育てが終わったなぁ……」って言って……。

来年の夏にはお姉ちゃんの結婚も決まってて、「すぐに孫の面倒見なきゃならないかもよ?」なんてお母さんが言って笑ってた……。


春休みには友達との卒業旅行も計画してたし、もうすぐ公開予定の映画の前売り券も買ってたし、毎週楽しみにしていた新章に入ったばかりの漫画の続きも……。


(最終回まで読みたかったな……)


そんなくだらない思いが浮かび上がると同時に、目からぽろりと涙がこぼれた。


━━ずっと我慢していた。


今まで当たり前にあった日常がこんな突然に奪い去られるなんて思ってもみなかった。

こんな世界に勝手に召喚されて、ずっと周りの態度を伺って……。だけど泣いたら負けだって。悔しいけど、泣いたら余計に惨めになりそうで意地でも泣きたくなんてなかった。


だけど……


(帰りたい、帰りたい、帰りたいよぉ!)


一度涙がこぼれてしまうともう駄目だった。


「ふぅっ、うっ……」


(お母さん、お父さん、お姉ちゃん……)


「うぅぅ……うっ……なんで私がこんなっ、こんなっ!」


ただ、ただ、泣いた。

ベッドの上で身体を丸め、一晩中泣き続けた。


そして夜が明ける頃、ようやくむくりと身体を起こす。

泣きすぎた目の周りはピリピリと痛み、鏡を見なくても腫れてしまっているだろうことは予想がついた。

どれほど泣こうとも、この世界に朝は訪れ、私にはまた聖女としての現実が待っている。


だけど、凪いだ心の中にひとつの感情が浮かび上がった。


(このまま思い通りになんて、なりたくないな……)


それは純粋な怒り。


このまま聖女としての役目を押し付けられるままに生きて行く。そして、その役目が終わったら、今度はこの国の誰かとの結婚。

勝手にこの世界に連れて来られて、生き方まで決められてしまうのか……。


「ははっ……」


自然と口から乾いた笑い声が出た。


そんなこと許せない、許せるわけがない。私はそんな人生を望んでなんていないのに。

私のこれまで積み重ねたものも、私が歩むはずだった未来も、全てが踏み躙られた。

それらを踏み躙った奴らに、私の生き方を決められてしまうことが許せなかった。


━━だから、私は自分の人生の主導権を取り戻すんだ。



次話はおそらく明後日の投稿となります。よろしくお願いいたします。

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