プロローグ
なんてことのない一日になるはずだった。
大学の帰り、今日はバイトも休みだから家でダラダラと過ごすつもりで、自宅の最寄り駅近くにあるコンビニに立ち寄ってスイーツを物色する。
期間限定のハロウィン仕様となった可愛らしいデザインのプリンを手に取る。しかし、見た目は可愛いが味はどうなんだろうと悩んだ末、ほうじ茶を使ったモンブランをカゴに入れた。
支払いを終え、コンビニを出て自宅への道をぶらぶらと歩く。近道になる公園の中を突っ切ると、今日は誰も人が居なかった。
(……珍しいな)
その程度の小さな違和感。
特に足を止める理由にはならず、そのまま歩き続ける。
(……えっ?)
今度はキィィィンと耳鳴りがした。と、同時に周りの景色がぐにゃりと歪む。
あまりの不快感に思わず足を止めるが、耳鳴りは治まらない。
片手で耳に触れ、ふと視線を足元にやると、見たこともない文字のような記号のようなものがいくつも地面に描かれている。
なんだこれ?と思う間もなく、耳鳴りは一層酷くなり、足元からの眩い光に私はきつく目を閉じた……。
◇◇◇◇◇◇
「やったぞ!召喚は成功だ!」
誰かの叫ぶような声がした。
それに続いて、まるで歓声のような声があちらこちらから上がる。
私はその声に驚いて反射的に顔を上げた。
視界に映るのは大声を上げる大勢の見知らぬ人、人、人……。
そして、その人々が全員こちらを……私を見ている。
(………っ!)
━━その瞬間、私の胸を占めたのは純粋な『恐怖』だった。
突然理解の及ばない恐怖に直面し、私の頭の中は真っ白になって、身体は硬直し悲鳴すら出なかった。
すると、そんな私に向かって背の高い一人の青年がゆっくりと歩み寄る。
彼は金髪碧眼のとても整った顔立ちで、白地に金の刺繍がされたタキシードのような服を着ていた。
「初めまして聖女よ。我等が召喚の声に応えてくださったこと、この国を代表して心より感謝する」
「えっ……?」
「私の名前はアルバート・ライルス、このライルス王国の第一王子です」
そう言って、アルバートと名乗る青年は一礼した後に、にこりと微笑んだ。
「は、はい」
彼の丁寧な言葉遣いと柔らかい物腰に、少しだけ力が抜け、自然に返事をしていた。
「聖女よ、あなたの名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「聖女……とは、私のことでしょうか?」
「ええ、そうです。あなたは我が国にもたらされた聖女なのです」
「………」
彼の様子を見る限り、私に対して敵意や悪意といったものは感じられなかった。けれど……。
私はちらりと視線だけで部屋の中を見回す。
これ程の人数がいるのだ、私が反抗したり暴れたりすれば危害を加えてくる可能性もある。
それに、今の自分の状況が何もわからないままだった。
「私の名前は真里佳と申します」
そう言いながら、少しでも愛想よく見えるように微笑んでみせた。
━━この瞬間、私は自分の命を守るために全力で猫をかぶることを決めた。