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第八節 : 女の冒険者達

 第八節 : 女の冒険者達


 銀翼達との話も終わり、エナンはまたいつもの席へと戻っていた。

 銀翼お勧めの料理を山と盛られた大皿を抱えて席に戻ると、先程の銀翼の話を聞きつけた冒険者達がエナンをいじりに押し寄せた。かくしてエナンのテーブルには今まで見たことのない人だかりが出来たのだった。

 銀翼に貰った料理がみるみる減っていくのを黙って見過ごす訳にはいかなかったので口を酷使しながら暫しの時を過ごす。料理が尽きる頃には冒険者達も満足して三々五々と自分の居場所へと戻っていった。

 もう夜も更けて朝も近くなっていた。また眠気が押し寄せてきて意識が薄れてきたその時、酒場の空気が一変した。


『その気配』に気づいた者達の間に緊張が走った。何か強い力を持った存在が間違いなくこの酒場へと向かって来ていた。最初に気配に敏い魔術師やハンター達がそれを察知し、すぐにその様子は他の者達へも伝播していった。

 それはもう扉のすぐ近くまで来ていた。そんなに接近されるまで気が付かなかった事の方がむしろ不覚だった。多くの冒険者が自分の得物を手元に引き寄せ、平常心を装いつつも態勢を整えようとしていた。


 そんな中、恥ずかしながら鉱石堀師のエナンは眠気との闘いの真っ最中で全くその気配にも他の冒険者達の様子にも気が付いていなかった。元々荒事専門の連中とは違って日々見えない敵の気配に神経を削るような生き方はしていない。エナンはそういう事にはかなり疎かった。

 こっくりこっくりと頭を揺らしながら浅い眠りの池に入ったり出たりを繰り返していると、ついに赤竜亭の扉がゆっくりと開かれた。


 もちろん先方もこちらの様子は承知しているはずだ。だが全く動じる気配もなく扉は大きく開け放たれた。そして重い足音と共にずっしりとした存在感の戦士がゆっくりと酒場に足を踏み入れてきた。


 赤竜亭の多くの冒険者が息を飲んだ。

 明らかに強者と判る存在、だがその戦士は女性だった。


 第一印象から言うならばその女戦士の印象は“おやっさん”だった。

 赤竜亭の主から感じる揺らぐことのない安定感と信頼感、そんな生き様がこの女戦士の体からは滲み出ていた。それに戦士としての力量においても銀翼やおやっさんと比肩し得る存在であるという事も。

 だが、この女戦士からはそれだけではない何か不可思議な感覚を皆が感じていた。人の心を惹きつける何か、とでも言うのだろうか。一つだけはっきり言える事はこの女戦士は不動のリーダーたるべき存在だ、という事だった。


「驚いたね、こんな夜更けに大盛況じゃないか。」それが女戦士の第一声だった。そして酒場の中を見渡すとニヤリと笑いながら続けた。「こりゃあとんでも無い所に来ちまったかもねぇ」もちろん、それはこの酒場に陣取る面々の力量を見抜いた上での言葉である事を皆が理解していた。そう、まだ寝ぼけているエナン君以外は、だが。


「いらっしゃい、まだ営業中だよ。」珍しくおやっさんの方から来客へ声をかける。それを聞いた女戦士は満面の笑みを浮かべた。人好きのする嫌味のない笑顔だった。

「おやおや、親父さんからしてとんでもなくいい男じゃないか。入ってもいいかな?」スキンヘッドで強面のおやっさんのどこが良い男なのかは敢えて問うまい。お世辞ではなく本気で言っているのが分かるから、とかなりの人数が思った。

「ああ、叩き出される事はたまにあるが入るのは自由だから安心しな。」

「ありがとさん、それじゃお邪魔するよ。」


 女戦士が扉をくぐり中に入った。するとその後ろから次々に彼女の仲間達が酒場へと入ってきた。

 最初に入ってきたのは目つきの鋭いハンターらしき女だった。女戦士の背中に潜むように歩を進める。女戦士の背中を守っているのは一目で分かった。

 次に入ってきたのは驚く事に神官風の女だった。冒険者は神官とは相性が悪い、というより金目当てで信条を持たない冒険者の類は教義に背く行為を平気でするので助力しにくいのだ。治癒術を修めた人間は神官が多いが、それは教義として苦しむ人々を救う為であって金儲けの為ではない・・・一応建前としては。

 この二人もかなりの腕前なのが感じられた。何よりも神官がその柔和な顔つきとは裏腹にかなりの場数、それも修羅場を潜ってきた人間に特有の余裕のような雰囲気を漂わしている事は驚きだった。


 だがそんな驚きも次の瞬間には吹き飛んだ。四人目は明らかにまだ幼い魔女だった。

 殺気があるわけでもなければ威嚇しているわけでもない。それでもその強大な圧に圧倒される程の尋常ではない魔力。そして何よりも雰囲気がヤバかった。

 子供であるというだけでも道理が通じないという厄介さはある。だがこの少女の場合それに輪をかけて何かを超越してしまったかの様な常人ではない気配が感じられた。平たく言ってしまえば不気味なのである。何をするか分からない、と言い換えても良かった。

 焦点の合わない虚ろな目で気だるそうに酒場を見渡した。まったく興が乗らないといわんばかりに虫けらを見るような目で眺めていた彼女の視線が、大あくびをしていたエナンの上で静止する。すると彼女がくすっと笑ったのが分った。

 その様子には酒場の冒険者のみならず女戦士すら驚いた模様だった。少女の目は面白い物を見つけた子供の目になっていたからだ。


 最後の一人は扉をくぐるのを躊躇していた。その存在からは殺意ではないものの、並々ならない敵意に近い警戒心が放たれていた。そんな彼女の様子を見て女戦士がたしなめた。

「ほら、そんなに殺気立つんじゃないよ。全くその男嫌いは誰に似たんだか。」そう言うと女戦士は大きく息を吸い込んだ。


『大丈夫さ、ここにいるのはみんな良い奴だよ。』


 その言葉が響いた瞬間、エナンは何かで頭を殴られたような衝撃を感じた。眠気が一気に吹き飛んでいた。そしてそれは酒場の他の者も同様だった。

 言葉・・・なのだろうか。それは頭の中に直接響いたような気がした。そして同時にその言葉の意味する事が真実であると確信、というより確認した。

 それは人ならざる者の力、神の力を持つ者だけが為し得る奇蹟、“真言”だった。



 ここより遥か南方、大海に面した豊かな大地に“神の庭”と呼ばれる国々がある。

 かつて創世神フィニスの創った閉ざされた箱庭であったこの世界が開かれ、真の意味で世界と呼べるようになった時代、外界より数多くの神々がこの地へも訪れ、そして多くの神が降臨したと伝えられている。

 女神フィニスが理想とした争いの無い世界からは程遠かったが、それでもこの世界は多くの神から愛でられ祝福されたという。万神紀の始まりである。


 創世神であった女神フィニスは既にその力のほとんどを失った無力な神だった。外界から来訪した神々はその女神フィニスに代わり数々の奇蹟や恩恵をこの世界にもたらし、人々の多くはそれらの神々を信仰するようになる。そしてその神々の神殿が数多く建てられた古代文明の中心地が“神の庭”だった。

 そのような神殿、特に総本山である大神殿においては神の奇蹟は日常の物としてその信徒のみならず万人への恩恵として示されていた。武の神殿、幸運の神殿、愛の神殿・・・そのような神や神殿が大いに人々の信仰を集めたのは今も昔も変わらない。

 そんな数々の神殿の中でも特に人々がその奇蹟に頼ったのが“真実の神殿”であった。


 真実の大神殿が示す奇蹟は裁定、すべての虚実を明らかにするものだった。多くの人々は疑心暗鬼に駆られると真実の大神殿の裁定を頼った。時には国家の行く末までをも左右する力を持っていた真実の大神殿は無数の信徒と強大な神権、そして自衛のための武力を持つ巨大組織として突出した力を持つようになっていった。


 その後、魔法文明が発展し古代魔導帝国期と呼ばれる時代が訪れると、人間は神々の奇蹟ですら為し得なかった数々の偉業を達成し、次第に自らが神に近しい存在であると誤解し傲慢になって行く。

 それに伴い神殿信仰も廃れていったが、それでも真実の神殿を筆頭に幾つかの神殿は人々の生活の一部となってその影響力を保ち続けたのだった。

 そして魔晶石の枯渇と共に古代魔導帝国期が終焉し、混沌の時代が訪れた。

 戦乱や疫病が蔓延し、人間によって駆逐されていた魔獣達は息を吹き返した。そんな苦難の時代において再び神殿は世俗権力の中にまで厳然とした影響力を持つ存在として復活したのである。

 それから既に数千年、神殿への信仰は変わりなく今も多くの人々が神の奇蹟を信じている。だが、神への信仰など全く持ち合わせていない輩にとっても神殿の権力と財力は非常に魅力的に見えるものとなっていた。それを我が物とせんと画策する輩がいても何も不思議はなかった。


 そしてそのような輩はついに真実の大神殿の内部にも現れる。狡猾で残忍なその男は用意周到に罠を張り競争相手を次々と消していった。ある者は身内の堕落に引きずられ、あるいは逆恨みで殺され真相は闇の中、といった感じで成りあがっていったその男は、ついには神殿の最高位へと手の届くところまで到達する。

 その人格と不自然な栄達の数々にその男を疑う者は神殿内部にも少なくはなかった。だが真実の裁定まですり抜ける狡猾さでその男は地位を上げ、それと共に世俗の権力者達を仲間へ引き込むとその圧力まで利用して神殿を我が物とせんと狙いを定めていた。


 だが、時を同じくして真実の神殿の信徒の中に一人の少女が現れる。戦災孤児だったその娘は神殿の孤児院で育ったが、体格に恵まれた為女でありながら神官戦士見習として神殿に仕える道に入った。その性格は実直そのもの。彼女は真実の神を深く信仰し自分と同じ境遇の孤児の為に無私の奉仕を厭う事なく研鑽を重ね続け、ついには正規の神官戦士のさらに上、女性初となる神殿騎士の座へと若くして到達する偉業を成し遂げたのだった。

 その叙勲の式典上でそれは起きた。神殿の最高位である大神官から叙勲を受け、多くの人々が見守る中で誓いを立てたその時、彼女の言葉に神の力が宿ったのだった。


『私は真実の神のために戦う事を誓う。』その言葉が響いた瞬間、時の大神官は歓喜のあまり卒倒したという。それは真実の神が最も寵愛する者だけに与えると伝えられていた神の恩恵、“真言”の力であった。

 彼女の名前はフォルセリア。その日より“真言のフォルセリア”と称される事になった聖人である。


 世俗の権力者達からの干渉も日々エスカレートする中、不可解な裁定が出るなどという噂まで広まり真実の神殿への信頼は揺らぎつつあった。そんな中で見紛う事なき神の恩恵を得たフォルセリアの存在は、神殿にとっては真実の神への信仰を取り戻す為の絶好の機会となった。彼女は様々な機会にその力を示す事を求められ、そして実際に裁定以外の奇蹟に触れた信徒達は狂喜したのであった。


 そんな彼女の存在をあの狡猾が男が利用しようと思わない訳はなかった。彼女の存在が不動の物となった事で彼は大神官の座を奪う為に遂に動いた。


 突如大神官が体調を崩し、務めを果たす事能わずとして大神官の座を辞する事が決まった。そして当然ながらその後任はかの男であった。

 フォルセリアとてその男の悪評は当然聞き及んでいた。だから新しい大神官となる儀礼の中で彼女がその就任を宣言しないといけないと知った時には顔をしかめたのだった。


 良心ある神官達の抵抗も空しく式典は決行された。恙なく式典は進み遂にフォルセリアの出番がやってきた。彼女が真言の力を使い宣言する言葉は『ここに新たな大神官が就くことを宣言する』となるはずであった。


 だが実際に彼女の口から出た言葉はこれだった。

『下劣な俗物よ、お前みたいなクソッタレを神が祝福するとでも思ったか。』

 真言を以て発せられたその言葉は式典を見守る何万もの信徒と神官達に真実を伝えた。一瞬の静寂の後、式典は怒号と歓声に包まれた。

 そして野望を打ち砕かれた男が逆上し何かを叫んだ瞬間、フォルセリアは戦槌の一閃でその首を吹き飛ばしたのだった。

『私は真実の神のために戦う事を誓う。』その誓いを彼女が果たした瞬間だった。



「ごめんなさい、こういう場所には慣れなくて・・・」自分の為に真言まで使わせた事にすっかり恐縮してしまった最後の一人はか細い声で謝罪すると酒場の中へと入って来た。

 華奢な身体に一目で貴族と分かる見事な造りの武具を纏った剣士、そして先程の魔女には劣るとはいえ傑出した魔力をも併せ持つ様子から見て魔術剣を操る魔剣士と呼ばれる存在ではないかと思われた。

 その姿は絶世の美女と呼んで何ら差支えなかった。だがその容貌はどこか人間離れしていて儚い。普段ならその美貌だけで見る者達の心を奪ったかもしれなかったが、しかし今この赤竜亭の中で彼女の事を気に留める者はほとんどいなかった。


「真言のフォルセリア様・・・」

 年配の冒険者の一人が天を仰いだ。その聖人の逸話を知らぬ者は多分この酒場の中に一人もいなかっただろう。神意を示して神敵を討ち滅ぼした聖人は、神殿を去った今もなお多くの人々から崇拝される存在だった。

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