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第五十四節 : エナンの闘い

 第五十四節 : エナンの闘い


 異形の化物が近付いてくる。

 ロドピスの絶叫を聞いてエナンはそれが渦中の敵の首魁、邪神司祭ガルドーだと知った。

 ロドピスに向かって歩みを早めたガルドーは嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべたまま一気に距離を詰める。するとそれを迎え討つかのようにロドピスが前に出る。二人の距離が5メートル位まで近付いたところでガルドーが歩みを止めた。


「お久しぶりですね、ロドピス。ようやく貴女をお迎えに来る事ができました。」

「やはりガルドーなのですね。遂に人間である事すら捨てましたか。」

「おお何と素晴らしい事か。やはり貴女は姿が変わっても私である事が分かるのですね。人間?最初からそんなものには興味などありませんよ。」

 そう言うとガルドーはこの地の底にある天を仰いだ。

「本当に素晴らしい。邪神の巣穴の上にこんな宮殿があったとは! あなたをもっと相応しい場所にお連れしようと思っていましたが、むしろこの場所こそ私と貴女の居場所にふさわしい! そう思いませんか?」


 その言葉を聞いてロドピスの背中に悪寒が走る。

 気付いていない訳では無かった。この男のロドピスに対する異常な執着に。

 最初は自我を失う事なく不死者に変貌した自分に対する興味本位故の行動かと思っていた。だがこの男が執拗にロドピスの意思を砕き服従を迫るのを見てもしかしてと思うようになった。

 そして今はっきりした。この男がロドピスに向ける想いの本質が。

 それは考えただけでおぞけが走るような、口にもしたくないような感情であった。


「誰がお前などと・・・お前に殺された子供達の恨み、今こそ晴らしてやりましょう。」

「ふむ、館の呪縛は完全に解けているようですね。おおかたあの聖女の仕業ですか。」

 聖女、それが誰の事を言っているのかはすぐに分かった。ティモの事である。そして彼女を『聖女』と呼んだ事からロドピスはガルドーがティモの本質を全く理解出来ていない事を確信した。そう、彼女は聖女などではないのだから。

 敢えて言うなら彼女は大天使の使徒であり、その目であり、常にその身に大天使を降臨させる事ができる存在。つまり大天使テスそのものと言っても良い存在なのだ。ロドピスは今もなお彼女の祝福が我が身を守り続けている事をはっきりと感じている。今なら邪神の使徒になど負ける気はしない。

「はて、聖女? いったい誰の事を言っているのでしょう。」

「とぼけても無駄ですよ。全く、あの結界には手を焼かされましたからね。」

 そういうとガルドーは声なき笑いに顔を歪めた。

「まったく、馬鹿な事をしますね。あの結界の中に留まっていれば私ですら手が出せなかったものを。のこのこ外へ出て来るとは本当に・・・・」

「・・・・・馬鹿はお前だ!・・・・」


 何の前触れも見せず突然ロドピスが動いた。

 先程まで立っていた位置からその姿が消えたようになくなり、次の瞬間ロドピスはガルドーの懐深くまで踏み込んでいた。そして鋭い風切り音が響くと同時に何かがガルドーの頭部を貫く。

 ガルドーの虚ろな左目に突き立てられ、後頭部の頭蓋骨まで貫通して突き出していたのはロドピスの髪を結い留めていた髪飾りであった。


 生前、彼女は人間離れした身体能力によってダイナミックでありながら華麗に舞う姿で一世を風靡した舞姫であった。それに加えて歌唱や楽器など多才な芸事を極めた彼女は、高級娼婦としての歌姫とは一線を画すアーティストやエンターテイナーの類の存在として名声を博していた。

 だがロドピスにも決して自ら語る事は無かった暗黒の過去があった。

 それは彼女を不世出の芸術家へと至らしめた原点であり、彼女の人生における闇。

 その驚異的な身体能力をはじめとした歌姫としての素養の数々を育んだのは、彼女が暗殺者となるべく産み落とされ、訓練されたという過去だった。

 彼女は暗殺者になるべく訓練され、洗脳され、そして肉体改造すら行われた。

 少なくない子供達がそうして育てられていたが生き延びる事の出来た者はごく僅か・・・そんな世界で彼女は育ったのだった。

 だがある時、奇蹟的にロドピスは自我を取り戻す。そしてその境遇から脱出しようとした結果、自らと同じような境遇で育った子供達を数多くその手に掛けてしまう事となる。

 長き闘争の末、自由となった彼女は自らの身体に刻まれた暗殺者の力を終生使わぬと誓ったのである。


 だが今ロドピスはその禁を自らの意思で破り戦う事を決めていた。全てはラブダの為に。

 自らの知る暗殺術の全てを駆使して今この目の前にいる悪の元凶を葬り去る、それはかつてロドピスが望んでも呪縛によって阻害され成し遂げる事が出来なかった願いであった。

 だが今なら動ける。ロドピスはこの機会を逃すつもりは無かった。

「・・・・・馬鹿はお前だ!・・・・・」

 ガルドーの脳を貫いたロドピスは吐き捨てるようにそう呟くと、そのアゴに右手の掌をあてがい、左手でガルドーの肩口をつかむと一気にその首をへし折らんと右手を突く。

 不気味な鈍い音が響くと同時にガルドーの頭はあらぬ方向へ傾き、スローモーションのようにゆっくりとその場で仰向けに倒れていった。

 それでもなおロドピスの容赦のない攻撃は続く。次に彼女が服の下から抜き放ったのは刃に魔力を帯びた美しい短剣だった。それはヴィクトリアの寝床に敷かれた財宝の中にあったものを彼女がおやっさんの許しを得て身に付けていたものだった。


 生者なら今の攻撃で間違いなく死んでいただろう。だがガルドーはすでに不死者と化した化物だ。この程度で倒せるとはロドピスも思っていない。

 ただでさえガルドーは魔人だったのだ。それは魔族と同様、肉体的には致命的な弱点を持たないという事を意味する。そう、シガノーが首を切り落とされてなお生きていたように。


 だがロドピスは知っていた。自分が不死者の体となったが故に。

 例え化物の体となり果てようと肉体には肉体の役目があるのだ。その足は歩くためにあり、その手は細やかな指先を使う為にある。目は世界を見るためにあり、耳は音を聞くためにあり、そしてその脳は物事を考えるために存在しているのである。

 肉体の檻に囚われた存在である限り例え化物と化してもその定めからは逃れられない。それを理解しているからこそ、彼女はガルドーに決定的なダメージを与える手段が存在する可能性にも気が付いたのだった。


 まず脳を破壊し思考を奪う。そして首をへし折り肉体の自由を奪う。

 そして最後に、肉体を動かす為の力の源泉を奪う。

 全ての肉体を活動させるための源泉、それは例え血液が流れなくなった化物の体であったとしても間違いなく心臓と呼ばれる場所に存在していた。


 ロドピスの手に握られた白刃が一閃する。

 迷いなく振り下ろされた鋭い一撃がゆっくりと倒れていくガルドーの胸の中心を垂直に切り裂いた。その一撃はガルドーの胸骨を一刀両断しその胸に深い裂け目を刻み込む。

 そのまま仰向けに地面に叩きつけられたガルドーの上にロドピスは馬乗りになると胸の裂け目に手を突っ込み左胸の肋骨をむしり取るように引き剝がす。

 そしてロドピスはガルドーの心臓をえぐり取ろうと手をかけた。


 心臓を傷つけるだけでは駄目なのだ。どれだけ切り刻もうと肉体と繋がっている限り魔力によって肉体は動き続け、傷もいずれ再生する。だが、もし心臓を肉体から切り離したらどうなる?

 魔力の源が何処にあるのかはロドピスにも分からない。だがそれでも心臓をその他の肉体から切り離してしまった時、肉体としての本体はどちらになるだろうか。


 これは賭けであった。もしかしたら心臓を失った肉体のほうが失われた心臓を諦めて新たな心臓を無から再生するかもしれない。そうなればこの賭けはロドピスの負けである。

 しかしそう簡単に肉体としての活力の源泉である心臓を捨てられるだろうか。ロドピスが知る演劇や物語の中にも吸血鬼などの不死者を扱ったものは多くあった。そんな物語の中でも心臓が不死者の唯一の弱点とされていたものは多い。

 心臓を奪われた不死者の肉体はその活力を失う、その可能性は低くなかった。それは動く事も考える事も出来なくなる、という事を意味する。

 たとえ滅する事が不可能でもガルドーの行動を封じラブダが逃げる為の十分な時間を稼ぐ事は出来るかもしれない。もし自分が消滅する事になったとしてもラブダが助かるのであればそれでいい・・・

 ロドピスは鷲掴みにしたガルドーの心臓のまわりを短剣でえぐると絶叫と共にガルドーの心臓を引きちぎった。


 それは血流を失い、干からびた物体となり果てた今でもなおロドピスの手の中で脈動していた。

 ガルドーの心臓を奪ったロドピスは跳びはねるようにガルドーから離れるとラブダ達からも距離を取り叫んだ。

「ラブダ!! 逃げなさい!!! 赤竜亭へ、結界の中に戻るのです!!!」

 あのティモの結界の中ではガルドーでは手出しも出来ないと本人が言っていたのだ。それも当然だ、大天使テス様の御使いによって作られた守護結界である。ガルドー如きが破れるものではない。


 だがロドピスがそう叫んだ瞬間、赤竜亭と繋がる転送魔法陣が音を立てて砕け散った。



 空気が変わった。

 強大な悪意と邪気に満ちた何かが一気にその場を覆い尽くす。

 その気配だけでその場に居た者達は希望を打ち砕かれ絶望へと突き落とされる。それが邪神へと変貌しつつあったガルドーの権能だった。

『邪神ガルドー』・・・その存在の象徴するもの、それは『絶望』だった。


「痛い・・・痛いではありませんか、ロドピス。」

 ゆらりと倒れていたガルドーの体が起き上がった。

「この身体になれば一切の苦痛から解放されるのではなかったのですか・・・それに苦痛を与えるなどとは、さすがはロドピス、偉大なる魂の持ち主、私と同じ高みに居る存在ですね。」

 折れた首を気味悪く動かしながらガルドーがゆっくりとロドピスに近付いていく。

 だがロドピスは一歩も動く事が出来なかった。

「心臓を奪うとは良い判断です。貴女は本当に頭が良い。」

 ガルドーはそう言いながらまたあの歪んだ笑みをうかべた。

「ですが残念でしたね。我らの存在とは肉体に縛られるものではないのですよ・・・我らの存在を成り立たせているのは魂そのものなのですから。」

 そう言うとガルドーは自らの存在を可視化させるかのように力を強める。するとどす黒いオーラがガルドーの体とロドピスの手の中の心臓を繋ぐように延びているのが見えてきた。

「くくくっ・・・ただの矮小な魂であれば少し切り離しただけで肉体の力は失われたかもしれません。しかし私の魂は偉大なのですよ、世界の果てまで逃げても無駄だと思ってください。」

 それは少々はったりが過ぎるのではないかとガルドー自身ですらも思った。しかし今はロドピスが絶望する姿を見るのがこの上なく心地良く、その魂を蹂躙する快楽に比べれば些細な事でしかない。

「こんな凶暴な一面があるとは、私は貴女を少々誤解していたようですね。本当に素晴らしい!」

 ガルドーは勝ち誇ったように言葉を紡ぐ。

「こんなじゃじゃ馬の貴女には相応しいお仕置きが必要のようですね!!」


 そんなガルドーの言葉を聞きながらエナンは考えていた。

『え、この人が凶暴じゃないと思っていたんですか・・・』

 ロドピスに思いっきり殴り飛ばされた本人としては当然の感想である。

 エナンは気が付いていなかった。絶望に囚われ皆が動く事も出来ない中で自分だけが全く何も感じていないという現実を。呆けたように突然目の前で始まった闘争を、またエナンは何処か遠くから見るような冷めた目で見ていた。だが次の瞬間、ガルドーの口から出た一言でエナンの思考は真っ赤な業火に染まる。


「ちょうど都合良くラブダまでここにいるではありませんか。最初の計画どおりラブダを殺す良い機会です。あの忌々しいノアルにも消えてもらう事に致しましょう!」


 お前か。お前だったのか!

 必死に抗い死んでいったラブダの姿が脳裏をよぎる。何故ラブダがあんな辛い目に合わなければいけないのか。何故お前などの都合で殺されなければいけないのか。

 目の前にいる化物と化した男が全ての元凶だと知ったエナンの中に再び怒りの炎が燃え上がる。


 ガルドーが勝ち誇ったようにラブダを指さすとどす黒いオーラがラブダに向けて襲い掛かった。

 それは圧倒的な魂の力による魂への直接攻撃。常識では魂を削り合うだけの行為だが今のガルドーには自分の魂の力に絶対的な自信があった。ラブダ程度の脆弱な魂など吹き飛ばしてしまえば良いのだと自らの魂をラブダに叩きつける。

 だが、その前にエナンが立ち塞がった。


 勝負は一瞬でついた。

 ラブダをかばう様に駆け込んできたエナンが襲い掛かるガルドーのオーラに怒りの拳を叩きつける。

 するとガルドーのオーラは爆発するように燃え上がり、一瞬の内に霧散した。

 後にはオーラを失い、驚愕に顔を歪めたガルドーだけが残されていた。


「何が・・・起こった・・・」

 そう呟くガルドーの体が灰となり崩れていく。

「私の夢が・・・私の未来が・・・・! おのれ若造がぁああ!!!」

 そう絶叫するとガルドーは塵も残さず崩れ去っていったのだった。



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