第五十一節 : 再会
第五十一節 : 再会
道標の名、帝の杖の仮初めの名
人の叡智が神々の、真理へ達したその証
彼の杖は、この世の真理の名を纏う
されど其の名を呼べるのは、広き此の世に唯一人
杖の主がその真名を、呼ぶ時奇蹟は姿を示す
杖の名にして我らの名
心の奥底、魂に、深く刻んだその響き
決して忘れはしなくとも
口にする事は無く、書き記す事も無く
【 魔導帝国記 帝杖の章 】
「しかし何だってんだ、こんな時に面白いイベントがどうのと。」
おやっさんはミュリッタに半ば強引に地下洞窟へと連れて行かれていた。
ミュリッタの一撃の後、死霊共の攻撃はぴたりと止まっていた。次の手を考えてはいるのだろうが当面少し一息つけたのは事実だったので否応なくおやっさんはミュリッタに付き合わされる羽目になったのだった。
「見逃すと後悔するわよ? 爽快なエンターテイメントをご提供するわ。」
そんなおやっさんを後目に上機嫌のミュリッタは陽気に言った。
「おいおい、ヴィクトリアの寝床で何やらかすつもりだ?」
その言葉にミュリッタはとても善良とは言えない満面の笑顔で応えたのだった。
「エナンがまた新しいお嫁さん連れて帰ってくるのよ!」
「・・・なんじゃそりゃ。」
地下へと降りる道すがら、ミュリッタから探索に出たエナンの大体の経緯を教えてもらったおやっさんは呆れるやら驚くやらであった。
全く運がいいのか悪いのか、この後の修羅場も大体予想はついたが、それ以上におやっさんはエナンの境遇に大きな変化があった事で一つの可能性を見出していた。
だがそれを口にすることは無くおやっさんはミュリッタの後を地下へと降りていったのだった。
地下洞窟へ辿り着いたおやっさんの目にまず入ってきたのは光り輝く転送魔法陣だった。
おやっさんとて幾多の古代遺跡を踏破してきた冒険者である。転送魔法陣を見た事位はあったが、その魔法陣の力強い輝きは初めて目にする物だった。魔力には詳しくないおやっさんでもそれが膨大な力を秘めた魔法の産物である事は肌で感じられる。
そもそも転送魔法は今では誰も扱えないとされるロストマジックの代表格である。そんなものを再現してしまうミュリッタの偉大さを改めて再認識する。
ただ、ちょっと性格に問題があるんじゃないかとは思わなくもないが。何といってもまあまだ中身は子供だし。
おやっさんはこれからエナンの身に降りかかる不幸については合掌しながら傍観する事にしたのだった。
・・・・・以上がエナン君が転送魔法陣が完成した後も暫しの間待たされた事の真相である。ミュリッタによる“お出迎え”の準備が万端整うまでの間、知らぬが仏ならぬ大天使様のエナン君はお預けを喰らった犬のようにアルテのお尻を眺めていたのである。もちろんアルテュストネ様も協力者であった事は言うまでもない。
大きすぎる幸せは時に不幸のおつりが戻ってくるものなのですよ、エナン君。それは別に特級魔晶石に限った事ではないのだ。
他人の嫉妬を軽んじるなかれ、である。
ミュリッタが魔法陣の前に立つ。
皆がその姿を注視すると光の中からエナンが現れた。そしてエナンは出迎えたミュリッタをしっかりと抱きしめたのだった。
おやっさんはエナンの為に一生懸命尽くしていたミュリッタがそうやって報われたのを見て目頭が熱くなるのを感じていた。
『バカ野郎が・・・あんまり嬢ちゃんを泣かすんじゃねえぞ。』
続いて魔法陣から美しい女性が姿を現した。彼女が“新しいお嫁さん”のようだ。
この際エナンには一発鉄拳でも喰らわせてやろうかとも思ったがどうやらその必要もなさそうだった。
背後のロドピス師匠からただならぬ殺気が漂ってきていた。
かくしてエナンは見事にロドピス師匠に吹っ飛ばされみんな仲良く大団円となった訳だったが、おやっさんにいきなり頭を下げられたエナンは状況が理解できず困惑するばかりであった。
「おやっさん・・・いったい何があったんですか。」
戸惑うエナンにおやっさんは今、赤竜亭が邪神司祭ガルドーによって攻められている事を伝えた。
「奴の狙いは恐らく銀翼だ。今の赤竜亭はあいつが逃げられないように人質にされたも同然の状況だ。」
銀翼が姿を現すと死霊達が彼へ向かって殺到したと聞いた時点で狙いは明白だった。赤竜亭の冒険者の象徴である彼が倒れれば冒険者酒場としての赤竜亭は終わったも同然である。
「それに今ここには赤竜亭の呼びかけ応えて集まった600人からの冒険者達がいる。もし死霊の大群に囲まれてしまえば犠牲を覚悟で討って出るしかない。ここにはそれだけの人数をいつまでも養う食料も無いからな。」
おやっさんは大きく息をすると本題に踏み込んだ。
「だがそれでも赤竜亭の奴らは最後までここに残るだろう、銀翼も同じさ。俺がこの場所にいなければならない理由を銀翼は知っている。だが、もし今ヴィクトリアをどこか別の場所に避難させる事が出来れば赤竜亭を放棄するという選択が可能になるんだ・・・頼むどうか力を貸してくれ!」
ガルドーが自ら操る化物達とは別に、全方位から赤竜亭に死霊達が集まり始めていた。今はティモの結界に突っ込んで消滅しているが、兵糧攻めに気が付いて周囲を取り囲み始められれば冒険者達を退避させる事も困難になる。
もう迷っている時間は残されていなかった。
おやっさんはもう一度深々とエナンに頭を下げたのだった。
そんなおやっさんを見てエナンはいたたまれない気分になっていた。
元はと言えば自分が原因なのだ。何がどうなって邪神などが出てきたのか理解に苦しむがエナンの為に戦ってくれた大勢の人々が今危機に瀕しているという事だけは分かる。それが何より辛かった。
何より彼らの命を守るためにおやっさんが大切な赤竜亭を放棄しようとしている。ここはエナンにとっても世界でたった一つ残された温もりのある居場所だったのだ。それを失う事はエナンですら耐えられない程の苦痛なのにおやっさんの気持ちやいかばかりか、それを思うだけで心が絞め殺されそうになってくる。
できる事なら全力でそんな選択は拒絶したい。だが今のエナンにはそんなわがままを言う資格などあるはずもなかった。
おやっさんの為なら出来る事はなんでもする。そう腹を決めたエナンはおやっさんの頼みを承諾したのだった。
「・・・アルテさん、竜のヴィクトリアさんにおやっさん、それにラブダとそのお師匠様達を転移可能にしてもらえませんか?」
エナンが絞り出すようにそう言うと、アルテは微笑みながらそれに応じる。
「ええ、もう資格を追加しましたわ。今ここにいらっしゃる方は全員。」
「え?」
想定外の返事に振り返ったエナンの目にアルテの隣に立つ仏頂面のミュリッタが目に入ってきた。
「ねえエナン、誰か忘れてない?」
「・・・ごめんなさい、もちろんミュリッタちゃんもです。」
「皆さん、まずはその目で確かめられては如何ですか? 私達の館へおいで下さいませ。」
すっかり意気消沈したエナンに代わってアルテがその場を引き継ぐとその場の全員が興味津々でそれに応じた。まずはおやっさんがヴィクトリアをいざなって転送魔法陣の光の中へと消えると他の者達も次々にそれに続く。
転送先はあの幻想的な地下庭園である。初めて目にした全員が驚嘆して興奮するのも当然の反応と言えた。
とりわけおやっさんはヴィクトリアの住まいとして快適な環境な事に大喜びだった。
ドドドドドッ! ドドドドドスンッ!!
おやっさんがすっかり運動不足になってしまっていたヴィクトリアの背中に乗ると庭園の中で走り始めた。時々破壊的な音がするので気が気ではないが喜んでくれているのはエナンとしても嬉しい限りである。
「地竜って滅茶苦茶足早いんですね・・・」
「おう、伊達に最強の騎兵と呼ばれている訳じゃないぞ。足の速さは馬相手にだってひけは取らないし悪路踏破に関しては馬の比じゃないのさ。」
そう言っておやっさんがヴィクトリアに掛け声を送るとヴィクトリアが2メートルほどの高さで跳躍する。一気に10メートル程先へと着地すると衝撃で地面が揺れた。
「いかんいかん、すっかりはしゃいじまった。浮かれてる場合じゃないのにな。」
そう言いながらヴィクトリアの背中から降りてきたおやっさんだったが、その表情は先程までとは全く別人のように明るくなっていた。それを見てエナンは泣きそうになってしまったのだった。
「おやっさん、俺は赤竜亭が無くなるなんて嫌です。」
今だからこそエナンは本心を打ち明ける。
「・・・俺だって良い訳あるかよ。だがな、赤竜亭のせいで救える仲間を見殺しにするなんて俺は真っ平だ。壊されたものは建て直せばいいのさ、まあ時間は少しかかるかもしれないけどな。」
おやっさんはそう言ってエナンの肩を叩いた。
「俺だって大切な家を一戦もせずに明け渡すほど腑抜けじゃねぇ。だがそれに巻き込まれた若いのが死ぬのは真っ平なだけさ。まずは関係無いやつは逃がす。あとは銀翼と二人、肩を並べてやれるだけはやってみるさ。どうしても無理ならとんずらするけどな。」
「そんな、他のみんながはいそうですかって先に逃げる訳ないじゃないですか。」
「うっ・・・まあ、そのへんは聞き分けてもらわねぇとな。」
そんなやり取りを傍で見ていたアルテは大きく息を吸うとエナンに言った。
「エナン様、どうか私にお命じ下さい。邪神とその下僕共を討ち滅ぼせと。」
驚く二人にアルテは静かに告げた。
「もしそれが御爺様が封じたこの地に眠る因縁の邪神であるならば、それを討ち滅ぼすのは神託に示された私の使命なのです。決して負けは致しません。」
“カエルラの地に滝を求めよ”
“深淵の胎動阻みし時 揺り籠は運命に至る時を得ん”
“さすれば汝の愛は報われ 汝の血は冥府の影を葬らん”
「・・・これが祖父、魔導皇帝ルゥに宣託された南の神託です。この三行のうちの二行目まではすでに現実となりました。そして三行目の前半も私が救いを得たことで祖父の願いは叶えられたと思うのです。」
確固たる信念で紡がれる言葉。だがエナンにはその声は震えているように聞こえた。
アルテは勇気を振り絞って言った。
「ならば、最後の一文は魔導皇帝ルゥの孫である私の成すべき使命なのです。必ずや冥界の邪神を葬ってみせましょう!」
沈黙が訪れる。
確かに神託はそう言っているように思える。だが衰えたりとはいえ神が相手である。いくらアルテが強大な力を持つ魔人だとしても勝てる保証など全く有りはしない。
それはアルテ自身も良く分かっている事だ。
誰一人として勝利を確信できる者はいなかった。だから誰もその言葉に同意する事は出来なかったのである。
その沈黙を破ったのはミュリッタの声だった。
「却下よ。貴女の出る幕はないわ。」
ミュリッタの迷いのない声が響いた。
「なぜですか!? ミュリッタさん。」
「何故も何も、神託にそんな事一言も書いてないからよ。」
「・・・言っている意味がわかりません。」
アルテのその言葉にミュリッタは大きくため息をつくと説教を始めた。
「神託にすがる者はその意味を曲解し、神託を疎む者はその言葉の真実に気付かぬ振りをする。だから私は神託みたいな回りくどい奴は嫌いなんだ・・・ってフォルセリアが言ってた。」
「なっ・・・?!」
絶句するアルテに容赦なくミュリッタは言った。
「貴女の解釈は前者ね。神託に救われて今ここにいるのは認めるけどそれを成したのはルゥであって貴女じゃないわ。そして貴女は今ルゥの気持ちを無視してエナンの役に立ちたいという一心で勝手な解釈をしているわ。」
その言葉にさすがのアルテも怒りを感じたらしい。怒気を含んだ声で詰問する。
「私がお爺ちゃんの気持ちを無視しているってどういう意味ですか!」
だがミュリッタは眉一つ動かさずそれに応じた。
「神託のロジックについて今ここで一々講釈する気はないわ。でもね、一文で纏めても構わない文章が二つに分かれている、その意味する事くらいは気が付きなさい。」
「どういう事ですか・・・」
「簡単な事。神託は起こり得る事象をただ書き記すもの。一つの繋がった文章に見えるけど、区切られた二つの文には繋がりは無いという事よ。つまり区切られた文の事象はそこで完結しているの。」
「それがどうしてお爺ちゃんの気持ちを無視している事になるのですか!」
「・・・そう書いてあるからよ。“さすれば汝の愛は報われ”たんでしょう? 自分が命と引き換えに封じた邪神と戦う未来をルゥが望む訳がないからよ。それは結果論として貴女が邪神に勝利したとしても覆す事の出来ない齟齬を神託に生むわ。愛しい孫娘を邪神と戦わせる事もルゥの愛だった、という。あなたのお爺ちゃんはそんな人だったのかしら?」
「!・・・・」
「理解出来たかしら。そこに書かれている汝の血とは貴女の事じゃない、私の事なのよ。」
そう言うと不敵な笑みを浮かべてミュリッタはおやっさんに言った。
「聞いての通り、次は私も出るわよ。今日中にケリを付けさせてもらうわ、そうしないとフォルセリアの言葉が嘘になってしまうから。」
全て今日終わらせる。そう言ったフォルセリアの言葉をミュリッタは忘れていなかったのである。
心臓の手術から生還して二か月経ちました。
死ぬかと思っていたので何か生まれ変わった気分。
でも機械式の人工心臓弁を入れたので心音が生物じゃなくなってるかも・・・




