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第五節 : アーティファクト(伝説級魔導工芸品)

 第五節 : アーティファクト(伝説級魔導工芸品)


「あいつは全く魔法は使ってねぇ。それは間違いないから少なくとも寒さに強いのは魔術師だからじゃねぇな。」

 シガノーは酒場仲間の魔術師の問いに答えた。だがこんな事は言われなくても相手も分かっていることだ。

「だけどな、あいつがただの駆け出し冒険者じゃない事は間違いないだろうな。」

「例えばお前より魔力が強いとかな。」

「うるせぇよ、そういう意味じゃねぇ。」


 あの石を譲り受けた後、あの堀師は自分達が思っていた以上に凄腕かもしれないと思わされた一幕があった。実を言えばその前段階から腑に落ちなかった事の理由を教えられたのだった。シガノーは懐から何かを掴みだすと、その手を握ったまま相手の魔術師の鼻先に突き出した。


「なあ、この手の中に何が入っていると思う?」

 そう言われた相手の魔術師はその手を暫く見てから答えた。

「ご自慢の石、って訳じゃないな・・・知るかよそんなの。」

 それを聞いたシガノーはにやりと笑って手を開いた。

 握られていたのは掌ほどの布切れの縁に糸を通しただけの小さな巾着だった。

「残念! 大外れだぜ。」その巾着から出てきたは例の魔晶石だった。


「!!!」

 読みを外した相手の魔術師は驚愕した。

「おい、どういう事だよ・・・さっきまで全然魔力を感じなかったのに。」

「ようやく気付いたのか、この間抜けが。堀師が持ち込んだ時も取り出すまで全く魔力の気配がしなかったろうが。」

 そう言われて相手の魔術師もなにやら感じていて違和感の正体に気が付いた。

 魔術師なら魔力の気配を隠す事は不可能ではない。法囲を使って魔力を魔力で相殺すればいいのだから。だがあの堀師は多分魔術師ではなかった。なら何故こんな強力な魔晶石を持ち込んだのに気が付かなかったのか。


「この巾着の布、魔力を完全に遮断する代物なんだよ。」

 どう見ても目の不揃いなボロ布にしか見えない代物だったが、堀師はこの巾着を魔晶石の気配を消すために使って下さいと言っておまけしてくれたのだった。


「端切れとはいえそんな代物、かなりのお宝じゃないのか?」相手の魔術師もその価値に気が付いて言った。

「ああ、多分な。」魔晶石を引き取ったシガノーの身の安全を心配してくれていた事は分かるが、そんな物をおまけする堀師の感覚は明らかに普通ではなかった。


『そういやこの石持ち込んだ時も気配がしなかったな。』シガノーがそう言うと堀師は答えた。『この収納箱に入れていましたからね。』

 堀師がそう言って見せたのは腰のベルトに通した年代物の収納箱だった。魔晶石の気配がしなかったのはこの小箱の中に入れられていた為だった。

『へぇ、こいつにそんな性能があったとはな。』シガノーは思わずその蓋をあけて中を覗きこんで見てしまった。そして次の瞬間、覗いた事を後悔した。

『な・・・・!!!』絶句した。そして一瞬、本気で殺されるかもしれないと思った。

 箱の中に見えたのは、手の平程度のその外見とは明らかに異なる大きさの空間だった。


 “空間拡張”それを実現する術式の名前には心当たりがあった。“空間転移”などと並ぶ誰もが夢見る至高の領域、今では再現出来る者はいないと言われる“遺失魔術(ロストマジック)”だった。

 この薄汚い収納箱は持ち主同様、魔力があるのか無いのか良く分からない代物だったがもしそんな性能を持っているとすれば間違いなく伝説級の魔導工芸品の類であった。


 そんな物を普段使いしているという時点でこの男は普通の堀師では無かった。名のあるトレジャーハンターかその後継者の類、あるいはもっと特殊な、強大な組織から何かを探す為の密命を帯びて活動しているエージェントの可能性も考えられた。

 見てはいけない物を見てしまったと冷や汗が吹き出した。だが堀師はさすがに困ったような顔をしたが怒ってはいなかった。

『ちょっと・・・困りますよ。言い触らさないで下さいね。』堀師は小声でそう言うと勘弁してくれたようだった。

 上手い対応だった。他人がもしこの顛末を見ていたとしても、これならシガノーが箱の中身を見て驚いたようにしか見えなかっただろう。

 命拾いした、と本気でシガノーはその時思ったのだった。


 こいつは多分・・・という憶測は心の中にしまってシガノーは事実だけを整理した。極力あの収納箱の事には触れないようにしながら。

「あの毛織物も良くみると少しだけ魔力を帯びているだろ。あとあの・・・なんだ、あの腰にぶら下がってる得物は。ナイフか?」

「ああ、あれな。」他の冒険者も一瞬答えに窮する。ナイフというより手斧のような、肉切り包丁のような何というか・・・なんとも形容し難い一品が堀師エナンが唯一持っている武器のようなものだった。

 刃がついているのかも良く分からないが、へし折れたブロードソードを削ってナイフにしたような、両手で持てそうな柄に手の平くらいの幅と長さの刀身が付いたとんでもなく不格好な代物だった。


「ナイフ、なのか?」

「うーん・・・」

「!! スコップじゃね?」

 妙案が飛び出した。堀師の武器としてはこの上ない分類だった。

「そうか! スコップか!!」

「ぎゃははは!! 違いねぇ!」

「さすがは堀師、バトルスコップか?!」

 大うけして一気に話題が盛り上がる。シガノーにとっては願ったりだった。

「あのスコップ・・・あれも魔力を帯びてるぜ、気が付いたか?」


「本当かよ?!」

 それを聞いた他の冒険者は素直に驚いていた。魔法強化された武器防具は冒険者にとっては憧れの一品だ。そんな物を駆け出しにしか見えない冒険者が持っていれば驚きもする。

「全然そうは見えないけどな。」別の魔術師が疑問を口にした。魔術師は魔力に敏感だ。魔力を帯びた物なら普通はすぐに気付くはずだった。

「それなんだけどな、俺も正直今日気が付いた。」シガノーは言った。本当の事だった。

「とにかく気配の読めない魔力でな、触れるくらい近付かんとわからんのよ。」

 だがシガノーにはその魔力の性質に心当たりがあった。そう、堀師エナン本人が持つ魔力である。

「おい、それって・・・」どうやらシガノーの言わんとしている事に他の冒険者も気が付いたようだった。

「ああ、奴本人の魔力と多分同じだ。」


 魔法の武具を作る方法は幾つかある。

 そもそも魔法の道具、魔道具というものは魔法が今より遥かに普及していた昔、古代魔導帝国期には日常的に市民が使う物だった。そしてその魔力源として使用されていたのが魔晶石だった。

 そうして日々大量の魔晶石が消費され、採掘され続けた果てに枯渇した。それが今の時代の状況だった。

 そんな魔道具の製作技術は今でも一部伝承され、細々とではあるが製作も行われている。だが肝心の魔晶石が手に入らないとあって使える人間はごく少数だ。


 また、そんな魔晶石を使った魔道具とは全く違う作り方をされた物も存在した。それらは製作者の魔力や、霊脈などの魔力源となる事物の力ををその思念と共に道具の材料である金属や宝玉に練り込むのだ。そうやって作成された品々は、魔法の術式では説明のできない数々の不思議な力を秘めている事がしばしばあった。

 使用者に幸運や不幸をもたらしたり使用者を道具自身が選んだりする。使用者の命の危機に際して未知の力を突然発揮し、自らを犠牲にして使用者を守ったりした物もあった。

 そのような品々はただの魔道具とは一線を画す存在として“魔導工芸品”と呼ばれた。


 だがそんな魔導工芸品も込められた魔力が尽きればその力を失う。長い年月を経て優れた魔導工芸品もその多くが失われてしまったのだが、そんな中いまだに力を失うことなく存在している強大な力を持った魔導工芸品もごく僅かだが存在した。

 そんな品々は現在では“アーティファクト(伝説級魔導工芸品)”と呼ばれている。


 現在でもごく僅かではあるが、そのような魔導工芸品を作成する技術を継承した者達も存在しているらしい。そのような人々は“魔導工芸師”、あるいは魔力を持たない物質に魔力を練り込む事から“魔力付与師(エンチャンター)”と呼ばれていた。


 この堀師のエナンという男は、実は強力な魔力を持った魔力付与師である、それがシガノーが達した結論だった。


「じゃあ、あいつ魔力付与師なのか?」誰かが言うのを聞いて、シガノーは答えた。

「おいおい兄弟、滅多な事は言うもんじゃないぜ。」

「・・・やばいのか?」

「やばいなんてもんじゃねぇだろ。使い減りのしない歩く魔晶石がいたら欲しくなる奴もいるだろ? だからあいつは堀師なんだ、それでこの話は終わりなのさ。」

 恩を仇で返す訳にはいかない。魔術師シガノーは一同に釘を差すとこの話題を終わらせる事にしたのだった。


「まあ屑石くらいなら問題ないだろ。」

「そだな。よし、今日からあいつの名前は“歩く屑石”だ。」

「オイヤメロ・・・」

 世の中、中々思う通りにはいかないものである。

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